町山智浩『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を語る

町山智浩『Everything Everywhere All at Once』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年4月26日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でミシェル・ヨー主演の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』について話していました。

(町山智浩)今日、紹介する映画がものすごくややこしいので。前振りなしでいきなり映画の説明から始めないと時間がないと思いますんで。タイトルがこれ、ものすごく長いんですよ。まだね、日本公開は決定してるんですけど、公開日も日本語タイトルも決まってないんで英語タイトルのままなんですけども。『Everything Everywhere All at Once』っていうタイトルなんですね。これは日本語に訳すと「なんでも、どこでも、いっぺんに」という意味ですね。

これはね、「多元宇宙」についての映画なんですよ。多元宇宙っていうのは他に「マルチバース」とか「マルタイバース」とか「並行宇宙」とか言うんですけど。うーん、たとえば赤江さんって子供の頃、アナウンサー以外に何か、なりたかったものってあります?

(赤江珠緒)旅館の女将さんですかね。

(町山智浩)旅館の女将さん。あとは?

(赤江珠緒)植木屋さん。

(町山智浩)うんうん。植木屋さん。もしかしたら、そっちに行ってたかもしれないですよね? で、そっちに行った世界……つまり赤江さんが旅館の女将さんをやってる世界とか、植木屋さんをやってる世界もどこかにあるっていう考え方があって。

(赤江珠緒)ああ、なるほど。人生でいろんな選択をする中で、他のやつもあっただろうって。

(町山智浩)そうそう。その枝わかれした世界もどこかにあるはずだっていうのが非常に物理学的な、数学的な仮説があるんですね。そういう。で、それを多元宇宙とか並行宇宙とかマルチバースって言うんですよ。そういう、「いろんな宇宙がいっぺんに」っていう意味のタイトルなんですね。この『Everything Everywhere All at Once』っていうタイトルは。で、SF映画なんですけども、カンフーアクションでもあるんです。

(山里亮太)カンフー?

(町山智浩)カンフーアクションです。で、主演はミシェル・ヨーさんっていう女優さんで、この人はね、たぶん映画史上最強の女性カンフースターなんですね。ジャッキー・チェン主演の『ポリス・ストーリー3』で日本では知られるようになったんですけども。あと『グリーン・デスティニー』とか、『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』とかに出演して。たとえばカンフーだけじゃなくて、バイクで走る列車の屋根に着地したりとか。

(赤江珠緒)ああ、すごいアクションスターだ。本当に。

(町山智浩)すごいアクションスターなんですよ。スタントなしでね、ヘリコプターをバイクで撃墜したりとか、そういうアクションをしていた女性で。僕と年齢が同じなんで、今年還暦なんですけど。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)だから最近はアクションはあんまりなくて。それでもね、『クレイジー・リッチ!』っていうハリウッド映画でね、アジア人しか出てこないハリウッド映画として大ヒットした『クレイジー・リッチ!』で大金持ちのマダムの役でしたね。で、このミシェル・ヨーさんは実際の実生活でも大富豪で。映画スターとしてもすごいんですけども。だってハリウッドでやってますからね。ただね、最初の旦那がね、アジアにおけるラルフローレンとかデュポンの代理店の経営者で。高級ブランドのコングロマリットの経営者で。次の旦那はね、フェラーリのF1チームの監督かな?

(赤江珠緒)ほー、面白い!

(町山智浩)すごい旦那なんですよ。だからね、誰よりもガチで喧嘩が強くて、誰よりもリッチな本当にアジア映画界の女王がこのミシェル・ヨーさんなんですよ。最強なんですよ。で、この『Everything Everywhere All at Once』では彼女はただのお母さん役なんですよ。で、彼女が演じるのはアメリカに移民した中国人のイヴリンという女性で。もう還暦近くて。ずっとアメリカでコインランドリーを夫婦で細々と経営してきてるんですけど。でも、商売があんまりうまくいってなくてね。で、夫婦仲も悪くなって、旦那とも離婚寸前という状況で。しかも1人娘がちょっと、まあ彼女から見たらあんまり出来が良くなくて。とっくに成人してるんですけど、なんかもうフラフラしてて働いてない感じで。家にもあんまり寄りつかないんですよ。娘が。

(赤江珠緒)ああ、ちょっと状況としてはパッとしない感じでね。

(町山智浩)しかも1人娘が「恋人を連れて行くわ」って言って久しぶりに帰ってきたと思ったら、その彼女が連れてきた恋人は女性でね。まあレズビアンなんですけども。イヴリンさんは中国人だから非常に保守的で。家を重んじるのでね。それでがっかりしちゃうんですよ。で、娘を受け入れられない。すると、娘もがっかりして、母親と仲悪くなっちゃって。で、しかも税務署から「税金の申告がおかしい」とかってこのイヴリンさん、呼び出しをくらっちゃうんですね。

それで「カラオケマシンが入ってるけど、どうしてカラオケがコインランドリーに必要なんだ?」って言われてね。で、実は彼女は子供の頃、歌手になりたかったんですよ。だから買ったんだけど。「それはあんたの個人の趣味でしょ? 税務署に来なさい!」って言われて呼び出しをくらって。それで夫婦で税務署に行くんですけど……そうすると、なぜか税務署の職員が次々と彼女に襲いかかってくるんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)カンフーで。で、実はその税務署の職員はこの宇宙全部をブラックホールに吸い込まれて滅ぼそうとする悪の帝王に操られた戦士たちなんですよね。で、平凡な主婦のイヴリンさんがこの宇宙を滅亡から救う戦士として選ばれるんです。

(赤江珠緒)ええっ? うんうん……。

(町山智浩)で、どういう風に戦うかっていうと、多元宇宙の中にはカンフーができるイヴリンさんもいるわけですよ。で、そこと脳を直結させて、そこからカンフーができる自分の能力や経験をダウンロードして、カンフーで戦うんです。

(山里亮太)へー! おもしろそう。

別の多元宇宙の自分の能力をダウンロードして戦う

(町山智浩)という映画なんですよ。もうめちゃくちゃ話がややこしいんですけど。で、その彼女、イヴリンさんがカンフーをやってる世界っていうのは、彼女は子供の頃からカンフーをやっていて。ずっとやってね、そのままカンフースターになって、映画スターになって大金持ちになってるという、ミシェル・ヨーさん自身なんですよ。そっちは。

(山里亮太)別の世界線が。

(町山智浩)別の世界線がね。で、他にもいろんな世界があって。たとえば彼女は料理がすごく上手だったんで、スーパーシェフになってる世界もあるんですよ。で、他にもいろいろ……たとえば歌がうまかったんで、歌手になっている世界もあって。それぞれの能力を使うんですね。たとえば敵が迫ってきた時に近くにナイフとかそういうのがあると、そのナイフを二つ持って……彼女がやってるシェフってのはアメリカに鉄板焼き屋でBenihanaっていうチェーンがあるの、ご存知ですか?

(山里亮太)いや、存じ上げないです。

(町山智浩)あのね、日本の鉄板焼きと同じで野菜とか肉とかを焼いたりするんですけど。2本の包丁で踊りながら、カンカンカンカン……ってリズムを奏でながら料理を作るんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、その能力を自分にダウンロードして、2丁包丁でガンガンガンガンッ!ってイヴリンさん、敵と戦ったりするんですね。で、そういう話なんですけども。もうひとつ、その他の多元宇宙と直結するためにはすごいショックを与えないとならないんですよ。とんでもないことをしなきゃならないんですよ。たとえば、ハエを鼻の穴から吸い込むとかですね。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)そういうバカげたことをするとショックで多元宇宙と直結するんですよ。別の宇宙と。

(赤江珠緒)ああ、そういうのがスイッチなんですか?

(町山智浩)それがスイッチになっていて。だから、いちいちバカなことをしないとならないんですよ。で、「なんかないのか?」って紙を探して。紙で指の股のところをサッと切って。「痛い!」って言うとそれでバーンと多元宇宙に飛ぶんですよ。

(赤江珠緒)ああ、毎回そういう違うバカなことをしなきゃいけないの?

(町山智浩)違うバカなことをしないとダメなんですよ。ところが、敵の戦士たち……まあ、単なる税務署の職員なんですけども。彼らも何かバカなことをすると、別の……全ての人がどこかの世界ではカンフースターなんですよ。

(山里亮太)はー!

(町山智浩)だから、その自分のカンフースターの世界と直結するために彼らは何かをお尻に入れようとするんですね。そこらへんにあるものを。で、それを入れると彼らがパワーアップしちゃうから、彼らにお尻に物を入れさせないようにってミシェル・ヨーさんは戦うという、何がなんだかわからない世界になってるんですよ(笑)。

(赤江珠緒)うわっ、すごい世界観の話ですね、それ(笑)。

(山里亮太)めちゃめちゃ面白い(笑)。

(町山智浩)これ、コメディです。もちろん(笑)。で、とにかくいろんな映画のパロディーがあって。たとえば、その彼女はスーパースターになっている世界……つまりミシェル・ヨーさん自身になっている世界では、その実際には結婚してる彼とは別れてるんですね。幼なじみだったんですけど。ところがその彼がですね、すごい成功したビジネスマンとして、すごい高そうなスーツを着て映画のプレミアに現れるんですよ。ある世界では結婚してるんですけど、その世界では結婚してないんですね。で、「僕ら何十年も遠回りしちゃったけども、またやり直せないかな?」みたいなメロドラマが始まるんですよ。大人の。

そこの部分はウォン・カーウァイという監督が作った『花様年華』というメロドラマの傑作あるんですね。ラブロマンスの。その映画の完全なパロディーになっていますよ。そっくりに演出していて。この部分は。で、彼女がBenihanaのシェフなっている世界ではライバルのシェフがいて。めちゃくちゃ料理がうまいんですけど、なんか怪しいって思って頭にかぶってるあのシェフの帽子、あるじゃないすか。それをポンって取ったら、頭の上にアライグマが乗っていて。で、その彼をマジンガーZみたいに操って料理を作ってることがバレるっていう話になってんですね。で、それはピクサーアニメの『レミーのおいしいレストラン』のパロディーなんですよ。

(山里亮太)はいはい! あのネズミがコントロールするやつだ。

(町山智浩)そう。ネズミがダメなシェフを操って料理を教えてあげるっていうアニメがあったじゃないですか。それなんですよ。で、それぞれの宇宙がいろんな映画のパロディーになってるんですよ。で、ある世界は『2001年宇宙の旅』のパロディーになっていて。『2001年宇宙の旅』って映画のはじめの方で人類になる前の猿人がですね、骨を道具に使って敵を倒すことを覚えて人類に進化してくっていうシーンがあるんですけど。それが、骨じゃなくてなぜかその人類の祖先が指がソーセージになっちゃうんですよ(笑)。

(赤江珠緒)ええっ?(笑)。

(町山智浩)全然わけがわかんないです(笑)。指がソーセージになって、そのソーセージの指をバンバン振り回して敵を倒すことで、人類がソーセージの指を持った種族として進化した世界なんですよ(笑)。

(赤江珠緒)このへんで振り落とされた感があるんですけども(笑)。

(町山智浩)そう。これ、全くわからないんですよ。そのソーセージ(笑)。その意味は、なに?っていう(笑)。全然わからないんですよ。そういう、めちゃくちゃな内容になってるんですよ。でね、ただわかってくるんですけども、その宇宙をめちゃくちゃにして破壊して何もかも消してしまおうとする悪の帝王っていうのは、実は自分の娘だったということがわかってくるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

悪の帝王は自分の娘

(町山智浩)娘は要するに「ママのせいで私の人生は滅茶苦茶よ! こんな世界なんか全部滅ぼしてやる!」ってなってるんですよ。その娘と戦わなきゃなんないんですよ。すると、またヨボヨボのおじいちゃんがいてね。「こんな孫はダメな孫だから、私がつけてやる!」っつってね、そこらへんの機械を体中にくっつけて、パワードスーツでガンダムみたいになって娘に対して襲いかかったりとかして。もういい加減なことをその場で思いついて次々とやっていく、デタラメな映画なんですけど(笑)。すごいことになってますね。これね。

(赤江珠緒)いや、でもなんかあまりにも突拍子もない部分ありますけど、その筋を今、流れ聞いてるとなんか、ちょっとありますね。家族でも母がね、ずっと「あれ? 私もこんな人生あったのに……」みたいな話を聞くとかね。そんなことは現実とちょっとリンクするところ、ありますね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、「なんで私が宇宙を救う戦士に選ばれたの?」って聞くと「君はいろんな可能性があったんだ。歌手にもなれた」って。で、歌手になった時、そこからダウンロードしするのは敵と戦ってる時、息切れすると息が続かなくなるんで。歌手になってる自分から肺活量の大きさをダウンロードして(笑)。それで戦うんですけども。「君は歌手にもなれた。スーパーシェフにもなれた。スーパースターになれた。いろんな可能性があったんだけれども、君は旦那さんと一緒のその小さな幸せを選んだんだ。だから君にはものすごいポテンシャル、潜在能力があるんだ。だから君を宇宙を救うため選んだんだ」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)これもね、非常に深い話なんですよ。

(赤江珠緒)そうね。そして、ちょっとバカなことをしなきゃスイッチが入らないというのもなんか、ちょっと自分の枠を壊せ、みたいなね。

(町山智浩)そう。その通りなんですよ。ちっちゃくちっちゃく生きてるんだけど。突拍子もないことをしないできたんですよ。ずっと。だから突拍子もないことをして自分の枠を破壊することで、ひとつの才能が芽生えていくんですよ。で、そういうね、結構いい話だなっていうね(笑)。

(赤江珠緒)なるほど! 細かいディテールはなんかめちゃくちゃなところがありますけどね。

(町山智浩)めちゃくちゃなんですけどいい話なんですよ。で、その娘との戦いを宇宙全体に広げて戦ってるわけなんですけども。そこの部分はね、前に紹介したやっぱりピクサーのアニメでね、『私ときどきレッサーパンダ』っていうアニメとちょっと似てるんですよ。あれも中国系のね、母と子の話で。娘が思春期になって性に目覚めていくんですけど。それを母親が押さえつけようとして。そうすると娘が巨大なレッサーパンダの怪物になってしまうという話で、すごくよく似てるんですよ。で、ほとんど同時に作られているんですけど。テーマはほとんど同じ。そういうところもすごく面白いなと。

町山智浩『私ときどきレッサーパンダ』を語る
町山智浩さんが2022年3月15日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でピクサー映画『私ときどきレッサーパンダ』を紹介していました。

(町山智浩)で、だからもちろん日本の人とかとも通じるところがあると思うんですよね。母親と娘との関係でね。で、すごくだんだんだんだん泣ける展開になっていって。全く生物が発生しなかった世界っていうのとも繋がるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? そんなところまでいっちゃうの?

(町山智浩)そうなんです。そこで全く進化とかが行われなくて。生物が発生しなくて。石とか岩とかしかないんですよ。ところが、そこでもイヴリンさんと娘はやっぱり親子なんですよ。石が二つ、転がってるんですけど、それが母と娘なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ! ちょっとそれは泣けそうです……。

(町山智浩)泣けるんですよ。宇宙を超えて、次元を超えても母と娘の絆は続いてるんですよ。そういうね、途中からこの映画、泣かしにかかってくるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、面白い映画ですね。

(町山智浩)面白いんですよ。アメリカの評判とかを見ると、大きくなった娘がこの映画を見て、「久しぶりにお母さんに電話したくなった」とか。そういう人も多いんですけども。で、またその石になっても娘は反抗して。「ママなんか嫌だ!」って崖から石が飛び降りちゃうんですよ。娘の石が。ゴロンゴロン!って。そうすると、母親の石が飛び出して追っかけていくんですよ。泣ける!

(赤江珠緒)泣ける!

(町山智浩)もう赤江さんとか、めちゃくちゃ泣けると思いますよ。めちゃくちゃ泣いちゃうんですよ。これ、見ていると。山ちゃんのところももうすぐ、そうなりますよ。

(山里亮太)そうか。そうですよね。また見る目が1個、増えるんだ!

(町山智浩)そうなんですよ。というね、まさか泣ける展開を期待していなかったんですけども……。

(赤江珠緒)そうですね!

(山里亮太)めちゃくちゃなコメディというか……。

(赤江珠緒)うんうん。突拍子もない話かなって。

(町山智浩)突拍子もないんですけどもね。内容は。という、とんでもない映画がこの『Everything Everywhere All at Once』ですね。

(赤江珠緒)日本公開は決定してるということですが、まだ日程が決まってないので。公開してほしいですね。

(山里亮太)違う世界線は絶対に考えてたもん。その能力を借りて戦うっていうのは、めちゃくちゃ面白い設定ですもんね。

(赤江珠緒)そうそう。自分にはその可能性があるんだっていう話なんですよ。あなたにもあるっていう話でね。ただ、やっぱりすごいなと思ったのはもうすぐ還暦っていうか、今年還暦のミシェル・ヨーさんがとにかく最初から最後までカンフーアクションしまくりなんですよ。自分の子供ぐらいのスタントマン相手に。これは大したことだなって思いますね。思いっきり股割りとかやってますからね。足、めちゃくちゃ上がっていますよ。動きも速いしね。やっぱりすごい!

(赤江珠緒)ねえ。そこも見たいね。

(赤江珠緒)という感じでね、これは面白かったです。もう結構、今年見た映画の中でもベスト級に入りますね。

(山里亮太)うわっ、いつやるんだろう?

(赤江珠緒)ねえ。どうなりますか。『Everything Everywhere All at Once』でございます。はい。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした!

『Everything Everywhere All at Once』予告

<書き起こしおわり>

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