爆笑問題の太田さんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』で「今、高市早苗首相に解散をしてほしくない」と話していました。
(金ちゃん)永野さん、(サンドウィッチマンのことを言いすぎて)鬼越トマホークのYouTubeはもう二度と行けないということで。もう出れないですよ。
(永野)事務所NGが出て。
(田中裕二)ああ、そうか(笑)。
(太田光)また調子に乗って言うから(笑)。
(永野)調子に乗って言っちゃうし。まあ相当、怒られました。
(良ちゃん)めちゃくちゃおもろかったですけどね。
(太田光)っていうかお前、先輩?
(永野)いや、同じ歳なんで。もう同期みたいなことなんですけど。で、サンドは大丈夫なんですけど、ちょっとやっぱり事務所的には「何を言ってるんだ」と。
(良ちゃん)取り巻きがね。
(田中裕二)「うちの大事なサンドを」っていうことだよね。
(良ちゃん)結局、だからダウンタウンさんと一緒ですよね。本人よりも取り巻きがめんどくさくなってくるっていう。
(金ちゃん)あれ? っていうことは、ほんこんさんのこと?(笑)。ほんこんさんがめんどくさい?
(良ちゃん)ほんこんさん、取り巻きにすらなれてないから!
(太田光)ほんこんさん、お前ら散々言うけど……。
(金ちゃん)でも「芸人が政治の話、語りだしたら終わりだ」って俺らに言ってますよ。何回も。
(太田光)たしかに、俺もそう思う。
(金ちゃん)そうですよね……って、あなただよ!
(太田光)フハハハハハハハハッ!
(永野)「ここはちゃんとした時間」ってしゃべれるじゃない? 政治の話を。俺、怖かったもん。テレビに出る前。
(良ちゃん)選挙特番。
(太田光)俺が今、一番思ってるのは「高市、解散しないでくれ」って(笑)。
(田中裕二)ほら、選挙特番をやることになるから(笑)。そうすると、また大炎上するでしょう?
(良ちゃん)本当に、もうついていけてないんだからさ。太田さん。
(太田光)なにが? うるさいよ!
(良ちゃん)山本太郎に言い負けてたじゃん?(笑)。
(金ちゃん)もうやめろ!(笑)。
(太田光)山本太郎、あいつが失礼だっただけだろうが!
(良ちゃん)昔の「メロリンQ」とか言って(笑)。ごまかして、チャチャを入れて。なんで言い負けたんですか?
(太田光)いや、言い負けたんじゃない。あれはね、別に山本太郎先生が悪いわけじゃないんです。俺が全部、悪いんですよ。俺は悪いけど。あれね、言ってみりゃ現代貨幣論っていうのがあるんですよ。これはちょっと、何年か前の流行りなんですけど。経済学的に国債をいくら刷ってもとにかく、国有銀行がある場合はいくらでもペイできるから大丈夫なんだっていう。まあざっくりと言うと……これはもう、正確ではないですよ。で、それを1から説明しようとしたんです。これ、難しい話なんですよ。
(良ちゃん)今のじゃわかんないですよ。
(金ちゃん)たしかにね。難しい。
(太田光)で、あの人は「原発で想定外のことが起きた。原発に騙された」っていうことで政治を目指したっていうんだけど。「でも、想定外のことが起こるってことをなんで資本に関しては思わないんですか?」って俺が聞いたら、「太田さんはね、実はね、日本銀行っていうのがありますよね?」って、それを1から説明しようとした。で、その難しい話はとてもこの尺に収まらないんですよ。
(金ちゃん)なるほど!
(太田光)だから「それはいいから」っていうようなことを言ったら……もう、そこからダメなっちゃった。
(良ちゃん)ちょっといいですか? 難しい話を難しくし始めたら、もう芸人じゃないですか。笑いを交えてファニーに言ってくださいよ?(笑)。
(金ちゃん)あと、政治のことでもう熱くなったら政治家に……。
(太田光)お前ら、ずるい! お前たちは、ずるい! 今、俺に言わせようとしたよな? だから説明したのに……。本当に人間として腐ってる、お前らは!
今、解散・総選挙となるとまた選挙特番をやることになり、それでまた炎上騒動が起きてしまうかもしれない。だからなんとか解散をしてほしくないという太田さんの思い。そしてそこにさらに踏み込んでまた失言を引き出そうとする鬼越トマホークの意地の悪さ、すごすぎる!
爆笑問題の太田さんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』の中で「『ダウンタウン+』に出ようと思ってる」と話していました。
(太田光)俺は精神的に平静を保つのはこの番組なんですよ。いろんな……「こういうのがあって」っていうのをここで愚痴を言って。それでなんとか復活するという、そういうことですよ。お前らのYouTubeと似たようなもんですよ。
(良ちゃん)そういう感じなんですか? ここが城なんだ。
(金ちゃん)東野さんの回、見てくれたんですよね?
(太田光)見た! 面白かったなー! 今田の話(笑)。
(良ちゃん)今田さんの話。あれでもだいぶカットされてますからね。
(太田光)今田がどんだけエロかったかという話を東野が延々、バラすんだよ。
(金ちゃん)「東洋一のエロ」って言われて(笑)。
(良ちゃん)今、だから弊社、吉本興業の実質トップは僕は東野さんだと思っていて。
(太田光)そりゃそうだ。
(良ちゃん)太田さんが大嫌いなダウンタウンさんがいなくなったから。
(田中裕二)すげえ言うな(笑)。
(太田光)まあ、間違いではないけどね。
(坂井・金ちゃん)やめてください!
(太田光)俺はプラスに出ようと思ってるんだから。
(金ちゃん)出てくださいよ!
(良ちゃん)一緒に餃子、包んでくださいよ! 2人でアディダスのジャージ、着ながら。ねえ。
(永野)それ、本で読んだ!
(金ちゃん)読んだ(笑)。アディダスのジャージ、着て(笑)。
(良ちゃん)で、登録者が増えなかったら2人で土下座してくださいよ(笑)。
(金ちゃん)伏線回収だ(笑)。何十年か越しに(笑)。
(太田光)伏線回収。見事だよね(笑)。
(良ちゃん)俺、でも言いましたからね? カットされてるかどうか、わかんないですけど。ダウンタウンプラスに出た時に。
(太田光)ああ、出たの?
(良ちゃん)「何をやってほしい?」って言われたから「爆笑問題の太田さんと共演してください」って。
(金ちゃん)そしたら?
(良ちゃん)「ああ、まあまあでも、おもろいかもな」みたいに言ってましたよ?
(金ちゃん)めっちゃ笑ってましたよ?
(太田光)フハハハハハハハハッ!
(良ちゃん)でも今、もう2人とも魅力がないから……。
(一同)フハハハハハハハハッ!
(金ちゃん)そんなことねえだろ!(笑)。
(良ちゃん)共倒れの可能性、あるから。
(永野)あの好きだった頃ではないっていう。余韻で好きだけど(笑)。
(良ちゃん)余韻で好きだけど。。今、2人とも余生だから(笑)。
(永野)目の前の残像としゃべって(笑)。
(良ちゃん)そう。俺は今、田中さんと浜田さんの方が見たいもん(笑)。
(金ちゃん)面白そう!(笑)。
(永野)言われっぱなしじゃないですか(笑)。なんか言い返してくださいよ?
(太田光)本当だよな(笑)。
(田中裕二)さすが鬼越だよ(笑)。
「ダウンタウン+に出ようと思っている」と言い出した太田さんに対して即座に「2人でアディダスのジャージ着て餃子を包んでください」と返す鬼越トマホーク、最高ですね! 今後の展開に期待です(笑)。
爆笑問題のお二人が2026年1月13日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』の中で亡くなった久米宏さんを追悼。太田さんが久米宏さん、筑紫哲也さん、木村太郎さんにそれぞれにニュースへの向き合い方を聞き、その三者三様の回答を紹介していました。
(太田光)あの人は……だから僕はあの当時、だから『ニュースステーション』で会ったでしょう? で、その当時、同時にあの頃の横並びってTBSで筑紫哲也さんが『NEWS23』をやってたんです。で、フジテレビが木村太郎さんが『ニュースJAPAN』をやっていたんですよ。もう激戦だったんですけど。で、ほとんど同時期に俺、三つの番組に出てるんですよ。呼ばれてね。で、まず最初は筑紫さんだったのかな? 筑紫さんが特番をやった時かなんかで。だから『23』じゃないかな。特番かな? そこで筑紫さんと会って。
で、本番中じゃない時に「筑紫さんっていつもクソ真面目な顔してやってますけど。真面目な顔して多事争論とか、やってるじゃないですか。どういう気持ちでニュースを伝えてるんですか?」って言ったら、これはこの番組でも何回か話してると思うけど。筑紫さんは「僕はやっぱり記者出身なんでね。だからそういうニュースっていうのはやっぱり、本当に命がけと言っちゃあれですけれども。本当にこの自分の言葉が伝わって。それで世の中が動くっていう責任においては、こんな偉そうなことを言うあれじゃないですけどね。命がけというか、そういう気持ちでいつも多事争論は臨んでいます」って言っていて。「ああ、やっぱりすごいんですね。で、ポコチンってデカいんですか?」って……。
(田中裕二)フハハハハハハハハッ! 何を言ってるんだよ?(笑)。
(太田光)「いや、それは別に……」って。俺、デカそうだなって思っていたのよ。筑紫さんは(笑)。
(田中裕二)そんなこと、別にいいし(笑)。なんでそんなこと、聞いたのよ。普通に真面目に答えてくれて。
(太田光)それは真面目に答えてくれて。で、久米さんと会った時にも俺、「久米さんってニュース、いつもどんな感じで? この間、筑紫さんに聞いたら『命がけでやってます』って言ってましたけど。久米さんはどうですか? どんな感じでやってるんですか?」って。そしたら久米さんが「ああ、筑紫さんはそれ、言いそうだね。筑紫さん、そうだろうね。命がけなんだよ、あの人ね。あのね、僕はね、楽しけりゃいいの」って。要するにテレビショーとしてニュースは……これはね、俺に対して言ったことだから本気かどうかはわからない。本当は命をかけてたと思うけど。
俺に対して久米さんが言ったことは「もうね、とにかくニュースなんか、なんでもいいの。視聴者が楽しめばそれでいいと思ってるから。だから僕、鉛筆を落としたりするでしょう? ああいうのもね、楽しけりゃいいからね。もう楽しい、エンターテインメント。それだけを心がけてやってます」「ああ、筑紫さんと全然違う!」「やっぱり彼はね、真面目だね」って。もう久米さんは軽いんだよ。飄々として。「僕はね、命なんかかけないよ、こんなもんに」って言ってたの。それで「久米さん、ちんこはデカいですか?」って……(笑)。
(田中裕二)なんだよ、その共通の質問は?(笑)。
(太田光)「いや、それは関係ないでしょう?」って言われて(笑)。
(田中裕二)なんでそれがマストのやつなの?(笑)。
(太田光)で、最後に会った木村太郎さんで。木村太郎さんに会った時、同じ時期だったからその話をしたの。「筑紫さんは命がけだって言ってました。久米さんはもう、とにかく視聴者を楽しませる。エンターテインメント。ニュースがどうとか関係ない。だから鉛筆を落としたり、ボールペンを落としたり、しかめっ面したりするって言ってましたよ。木村さんはどうなんですか?」って聞いたら「太田くん、あのね、ニュースっていうのはね、別にね、放送だろ? 放送っていうのはね、『送りっ放し』って書くだろう? だから放送なんだよ。だからね、言葉に責任なんか持たなくていいんだよ!」って言っていて。
(田中裕二)フハハハハハハハハッ!
(太田光)「木村太郎、さすがだな! ポコチンがデカいのは木村太郎だな」って。俺はそう思ったんだよな(笑)。
(田中裕二)そこは聞かなかったんだ。木村太郎さんには聞いてないのね?
(太田光)「送りっぱなしだから、責任なんか持ってない」って言ってたよ。木村さんは。本当かどうかはわかんないよ。これもサービスだと思うけど。
(田中裕二)まあ、リップサービスもあるだろうね。
(太田光)そんな感じだったね。だからあの時のニュース11時台の……10時台? もう本当にすごいあれだったよね。
(田中裕二)『ニュースステーション』『23』『ニュースJAPAN』。
(太田光)やっていたよね。それぞれ、三者三様だなって思ったのをすごく覚えてますよ。僕は久米さんの。やっぱりでも、光栄だったよね。一緒に仕事できたのはね。
(田中裕二)いや本当に。俺なんかだからもう一番、会いたい人というか。一番憧れてる人だったからね。それでほら……。
(太田光)本気でかっこよかったわな。
(田中裕二)かっこよかったし、一番やっぱり嬉しかったのは、ほら。サザンの20周年特番。
(太田光)そう、あれがね!
(田中裕二)あれが『ザ・ベストテン』のセットで久米・黒柳司会でやったでしょう? 久米・黒柳・サザンで『ザ・ベストテン』のセットって俺にとってはもう満貫じゃん。満貫というか、役満じゃん?(笑)。
(太田光)お前さ、言い方を考えろよ? 満貫って……せめてハネマンにしろよ?(笑)。
(田中裕二)いやいやいや、役満だよ(笑)。
(太田光)役満だろ? 満貫ってなんだよ?
(田中裕二)大三元みたいなもんじゃない? 全部、揃っちゃったみたいな。そう。もうあれは本当に忘れられない。嬉しかったね。
(太田光)嬉しかったね。で、また当時のセットだったしね。ああいうのもな。
(田中裕二)そうそうそう。あれは良かったね。俺はだって、TBSラジオでバイトしてたでしょう? その時に954でまさにこの『土曜ワイド』の時もあったの。たまたまね。で、俺がやっている仕事っていうのは954のキャスタードライバーがいろいろ都内をレポートしてくれるのをメモって。で、それをディレクターに渡して、それを久米さんが読むっていうこともやっていたの。学生のバイトをやってたの。
(太田光)めちゃくちゃすごいよね、それね。お前、自慢してたもんな。本当、大学の時に。
(田中裕二)自慢してたでしょう? すげえ自慢だもん(笑)。
(太田光)「今日、954だから」って。「ウーチャカ、バリン行く?」「いや、ダメなんだ。俺、今日954だから」「なんだよ、954って……」って。
(田中裕二)それでその俺が書いた文章を久米さんが読んだんだよね。
(太田光)それも久米さんに言ったんだもんね?
(田中裕二)ああ、それも言ったかもしれない。たぶん全然、覚えてないと思うけど(笑)。
(太田光)全部、言ってるもんね。黒柳さんに「『ザ・ベストテン』、全部当てました」「それがどうしたの?」って言われたり(笑)「だから何?」っていうね(笑)。最高だったな。本当にありがたかったですけどね。
(田中裕二)はい。

かつてのニュース戦争の時代の各番組の看板キャスターたちの回答が三者三様で面白いですね。そしてついでにシモの話も聞く太田さん、ひどすぎる(笑)。
爆笑問題のお二人が2026年1月13日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』の中で亡くなった久米宏さんを追悼していました。
(太田光)でもまあ、久米さん。
(田中裕二)いやー、本当にね。
(太田光)やっぱりしんみりしちゃいますけども。
(田中裕二)特に俺は久米さんがきっかけで今、ここに……。
(太田光)お前、生島だろ?
(田中裕二)いやいや、まあまあ……そこは細かく言うといろいろあるんですけど。ラジオは生島さん、テレビは久米さん。
(太田光)さみしいよね。やっぱりね。久米さんね、だから81歳? ということは、私の両親がともに82なんですよ。
(田中裕二)ああ、そうかそうか。
(太田光)そう。で、我々が今年で61じゃないですか。そうすると20歳、久米さんが上で。俺の両親とほぼ同じかって思ったら、若いよね。久米さん、そう考えたらね。
(田中裕二)若いね。そうだね。
(太田光)残念ですけどもね。
(田中裕二)残念だよね、本当ね。
(太田光)でも考えようによってはですよ、うちの両親と同じぐらいだとまあ、大往生というか。
(田中裕二)まあまあまあ、年齢的にはね。
(太田光)こう言っちゃいけないのかもしないけれども。81歳って言ったらね、そういう歳なんだろうなとは思けど。でも久米さんはやっぱりインパクトが強いからね。
(田中裕二)たしかに。で、生放送をフジテレビでやった時。
(太田光)『たけしの日本教育白書』ね。
(田中裕二)あの時、久米さんと小倉さんと……。
(太田光)あの小倉事件の時ですよ。
(田中裕二)太田さんの小倉事件の時ですよ(笑)。
(太田光)それを言うなよ。蒸す返すなよ。
(田中裕二)そこはいいのよ(笑)。
(太田光)あの時、久米さんがいた? というか、石原さんの時だよ。たぶん久米さんがいたのは。
(田中裕二)あの時、いなかった? あん時も俺、いた記憶があるんだけど。
(太田光)いたかな? その回があってその後、今度はいじめ問題を考える時ですよ。その時に石原慎太郎さんと久米さんがいて。で、久米さんはもう石原さんのことが大嫌いだっつって。もう石原慎太郎が出てきてるのに目の前で「僕、この人、嫌いなんです」って。素晴らしかったよね、あれね。
(田中裕二)いかにも言いそうだね(笑)。
(太田光)「おいおい」と思いながらね、やりましたよね。あの時ね、印象深かったですよね。
(田中裕二)『ニュースステーション』も我々、出てますからね。お正月の時かな?
(太田光)『ニュースステーション』は我々は……まずね、僕はね、「最後の晩餐」というのがあったんですよ。久米さんがやってる対談の。そこに呼んでもらって、久米さんと話して。その後、お正月? 年末だっけ? 最後、年末だよね。年末の特番で言ってみりゃいつもの『ニュースステーション』のスタイルじゃなくて。要するにその年に起きた、話題に扱ったいろんなやつをお客さんを入れて。で、俺らと久米さんで司会なんですよ。
(田中裕二)はいはい。
(太田光)それで1個1個商品を……「◯◯牛」とか。そうすると、オークションをするんですよ。お客さんからね。オークションをワーッてやっていて。俺がすごく印象深かったのは、まあもう時効だから言いますけど。まあ、時効じゃないかもしれないけど(笑)。あの時に高級な高いワインがあったの。で、それを「じゃあ、こちらの◯◯製のワイン」とか言って久米さんが仕切ってるんだけど。俺らもまあ、そこにいて。アシスタント的な役割をして。で、その年にある大企業が不祥事を起こしたんですよね。それを俺はシャレで、そのワインボトルを見てその企業の名前を……「ああ、△△製って書いてありますけど?」って言ったらドカーンとウケたんだけど。その企業が『ニュースステーション』のスポンサーだったんだよな(笑)。
(田中裕二)調べとかなきゃダメね。そういうとこね!
(太田光)それがさ、生放送ですよ。それでさ、CM中にプロデューサーがすっ飛んできて。「冗談じゃないよ!」って言われて。「ちょっとエンディングで謝ってくれないか?」って言うんだよね。俺らの楽屋に来て。休憩してたら。だけど俺は「いや、謝らないよ」って。その「謝らないよ」っていうのはまあ、生意気だけど。でもそれは俺が謝ることじゃない。だって俺が言ったことだし、俺が謝ったらまたギャグになっちゃうから。まともに謝れないから。「久米さんに言って」っつったんだよ(笑)。そしたらプロデューサーが「わかりました」って久米さんところに行ったんだよ。そしたら久米さんが「嫌だ」っつったんだよ(笑)。
(田中裕二)フハハハハハハハハッ!
(太田光)それで結局、謝らず。次の週の平場の時に……小宮悦っちゃんだっけ? あの時は。
(田中裕二)あの時はもう渡辺真理さんだったかもしれないね。どうだろう?
(太田光)まあとにかく久米さんじゃないアナウンサーが、何のことだかわかんない……もう2日間、置いてるから。で、「こういうことがありまして、申し訳ありません」って謝ったっていうのがあったよね。久米さんが「俺はもう絶対、謝らない」って(笑)。
(田中裕二)そういう人だからね(笑)。
(太田光)あれも最高だったな。俺らが久米さんと最後に会ったのはたぶんこのTBSラジオで。『ラジオなんですけど』に呼ばれた時なんですよ。俺がね。お前もいたっけ? あの時? いなかったよな。俺だけだったよな。
(田中裕二)そうかな?
(太田光)お前も別で出てたと思うんだけど。で、その時にやっぱり久米さんが「僕ね、彼、苦手なの」って。もうずっと! 「嫌いなの。僕、この人のこと」って(笑)。
(田中裕二)すぐ言うから。そういうことばっかり。
(太田光)あれがまた、嬉しいんだ。そう言われると。久米さんに言われるとなぜか嬉しい。
(田中裕二)嬉しいよね。
(太田光)そういうの、あったよな。
(田中裕二)俺、「最後に会ったのはいつかな?」っていうのを思い出していて。偶然会ったの、俺は。あのね、俺がクモ膜下で倒れる2週間前ぐらいなんだけど。それをはっきり覚えてるの。何でかっていうと、正月明け。青山のコンビニで……だからたぶんTBSの仕事があったのかな? ラジオかなんかで。で、その帰りかなんかにコンビニに寄ったんですよ。買い物があって。たぶん家から頼まれたものかなにか。で、カゴに入れてたら久米さんと奥さんと2人で。
(太田光)ええっ!?
(田中裕二)「ああ、どうも。明けましておめでとうございます」みたいな。たしか正月だったのよ。
(太田光)背が高くてね、かっこいいんだよな。
(田中裕二)そう。で、奥さんもそうなのよ。スラッとしてて。
(太田光)スタイリストの奥さんでね。
(田中裕二)そしたら久米さんが俺のその買い物してるコンビニのカゴを見ながら「何をお買いになったんですか?」って言ってきて(笑)。そしたらその奥さんが「ダメですよ。そうやって人の買い物をしてるのを見ちゃ。ダメですよ」「いや、だって気になるじゃない?」って(笑)。もう、すげえ久米さんでしょう?
(太田光)面白いよね(笑)別に気になってないんだけどね。サービスで言ってくれるんだよね、そういう風にね。
(田中裕二)サービスでね。そう。

太田さんの失言への謝罪を拒否した太田さんと久米さんのお話、めちゃ面白いですね(笑)。2日後になぜか代わりに謝罪する羽目になったアナウンサーの方はちょっと気の毒だと思ってしまいました。
カナメストーンのお二人が2026年1月11日放送のTBSラジオ『川島明のねごと』に出演。山口さんが連発する独特のワード「ゴメンネ」「モチロン」「キビシイ」「キィヨォ」などについて川島さんと話していました。
(川島明)あと、やっぱり1個気になってるのが……。
(山口誠)ナニッ!
(川島明)いや、「何」じゃなくて……まあ、それももちろんですよ。
(天津飯大郎)いや、山口くんの「ナニッ!」はいいじゃないですか(笑)。「ナニッ!」って言うんですから。
(川島明)いいの? 俺、カウントしてたけど8回、言ってたよ。オープニングから。俺、無視したけど。
(零士)でもこの収録が始まる前に川島さんが「もちろん」って言ってくれてたんですよ。
(山口誠)タシカニ。
(零士)あれって山口が言ってるって知ってて言ってくれたんですか?
(山口誠)モチロン。
(川島明)いや、川北のやと思ってたから。
(零士)ああ、そうか、そうか!
(川島明)真空ジェシカ・川北から輸入した「もちろん」。
(零士)そうか! でもここなんですよ、輸入元が。
(川島明)元はここなんよな。山口を川北がだいぶリスペクトしていただいてたっていうのはあるけど。いや、そこに関してはあれですけど。「ナニッ!」「もちろん」とか。これはもうしょうがない。でも「ごめんね」を流行らそうとしてるのはそれ、無茶ですよ?
(山口誠)ゴメンネ!
(天津飯大郎)これ、ダメですか?(笑)。
(川島明)これまで謝罪ギャグっていっぱいあるの。「ごめんね、ごめんね」「あーい、とぅいまてーん」とか。「どうも、すみません」とか。シンプルな「ごめんね」ってちょっと、何の味もしないから。
(山口誠)ゴメンネ!
(天津飯大郎)この言い方でね(笑)。
(零士)そうですね、言い方1本ですね。これはダメですか?(笑)。
(川島明)いや、もうちょっと色をつけないと。せめて繰り返しとか、なかったかなっていうのはあるんですけど。
(零士)ああ、でも2回言っちゃうとさすがにU字工事さんの……。
(山口誠)ゴメンネ! ゴメンネ!
(川島明)まあ、たしかにな。でも文字に書いたら一緒なんですよ。
(山口誠)半角なんですよ。
(零士)半角カタカナなんで。
(川島明)ああ、そうか。だからインタビュー記事では半角に戻してからカタカナで「ゴメンネ」って。
(零士)全部半角なんですよ。
(川島明)じゃあ「ごめんね、ごめんねー!」とはレベルが違う?
(零士)このキレのいい感じというか。
(山口誠)「ゴメンネ! ゴメンネ!」でいいですかね?
(川島明)いやいやいやいや、「ちょっと半角なんですよ」って後から言われましても……。いつからやってんの? この「ごめんね」は。
(零士)これはでも本当、5、6年前とかから。
(川島明)漫才中に使ったの?
(零士)漫才中に山口がちょっと怖く見えるっていう。不気味でってなって。で、「怖いけど悪いことをしたらちゃんと謝れるやつなんだよ」っていうので「ゴメンネ」って言えるようにして。
(川島明)それ、全く同じことを春日がやってたよ? 「ごめんね」って。丸かぶりやもん。
(山口誠)でも「ゴメンネ!」ですから。
(川島明)半角かどうかは……(笑)。いや、じゃあ今、スマホに文字入力をしてくれよ。それで半角で出たら謝るよ。
(零士)見せながら言わないといけないですよね。今、あなたのスマホで。あ、スマホのケースも緑だ……。それで音声入力して、言って? ちょっと、行くよ?
(山口誠)「ゴメンネ!」。
(川島明)めちゃくちゃひらがなで「ごめんね」って出てるよ? いやいやいや……。
(山口誠)キビシイ!
(零士)いや、それは厳しいっすね(笑)。
(川島明)いや、それも流行らそうとしてるやん。意味のない……「厳しい」は流行る? 迷惑やねん。「今の気持ち、どうですか?」「厳しいですね。あ、これ『厳しい』って『嬉しい』のことです」って。何やねん、それ!
(天津飯大郎)先人は意味を持って言ってたけど。「きびしいーっ!」って。
(零士)そうですね。こっちは違うんです。半角カタカナで「キビシイ」って。
(川島明)いやいや、「厳しい」は半角じゃないでしょう?
(零士)いや、「キビシイ」って半角でしょう?
(山口誠)はい。
(川島明)いやいや、「厳しい」でしょう?
(山口誠)キビシイ。
(天津飯大郎)もうしゃべるLINEスタンプが目に浮かぶといいますか(笑)。
(川島明)小銭は入るけど。
(山口誠)小銭は、そうですね。いらないですね。でも、それは。
(川島明)そうですよね。流行語大賞を取りたいっていう。
(零士)そうですよね。で、川北がそれこそ「キビシイ」をちょっと進化させて「厳しさの中にある」っていうので流行語のノミネートまで行ってるんですよね。あいつ。
(川島明)ああ、それは山口の「厳しい」から頂いてるの?
(零士)そうなんです。だから惜しいとこまでは来てるんですよね。
(川島明)「中にある」シリーズの? じゃあ、考えようよ。ちょっと。
(山口誠)キィヨォもありますよ?
(天津飯大郎)これですよ。引き出すために……。
(零士)川島さん、ありがとうございます!
(川島明)いやいや、石をめくったら変な虫がいたっていう。見たことない足が多足の……(笑)。
(零士)頭がハサミになってるやつ(笑)。
(川島明)頭がハサミで。頭もおしりもハサミ(笑)。あれは贅沢すぎるよ。結果、ダサいんだから(笑)。結果、ダサいよな。「足も多くしてください」って(笑)。
(零士)カッコよくしようってやったのに結果、ダサくなって。
(川島明)絶滅危惧種。何ですか、今の?
(山口誠)キィヨォ!
(川島明)これは喜怒哀楽、どれ?
(零士)これはマジで全場面で使える言葉ですね。
(川島明)たとえばどういう?
(山口誠)感謝を伝える時とかも。
(零士)じゃあ川島さん、ラジオに呼んでくれたから。お礼を伝えないと。
(山口誠)伝えたいと思います。「キィヨォ!」。
(川島明)いやいや……俺が、常識人でよかったな? ほんまに。お前、アッコさんの前でやったら首、持ってかれるよ? アッコさんとか峰竜太さんの前で。首、持ってかれるよ。ソバットが入るよ、ソバット。GTOみたいに。反町ぐらいにソバットが入るよ?
(零士)内山田教頭だ(笑)。
(川島明)中尾彬さんの側頭部に。入るよ、そんなことやってたら?(笑)。


歴代の謝罪ギャグと比べて心もとないところを「半角カタカナ」一本槍で乗り切ろうとしているカナメストーン、面白いですねー(笑)。「それ、アッコさんの前でやったら首、持っていかれるよ」という川島さんのツッコミも最高です(笑)。
町山智浩さんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『グッドワン』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、今週16日金曜日から日本で公開される『グッドワン』という映画をご紹介します。これ、『グッドワン』っていうタイトルは「いい子ちゃん」っていう意味ですね。この主人公の17歳の女の子・サムちゃんが周りの大人たち、おっさんたちから「本当にいい子だね、いい子だね」と言われているんですが。これ、ポスターの図を見るとわかるんですが、その『グッドワン(いい子ちゃん)』って書いてあるところにグチャグチャグチャグチャと落書きがしてあるんですよ。
「いい子ちゃんなんかじゃないわ!」っていうことなんですよ。で、この映画ですね、その17歳の女の子がクリスというお父さんとその彼の幼なじみらしい、昔からの友達らしいマットおじさんと3人で……つまりおじさん2人と17歳の少女がニューヨークの近くにあるキャッツキルという非常に美しい山に2泊3日のキャンプに出かけるという話なんですよ。すげえ居心地の悪そうな映画でしょう?
めちゃくちゃ、シチュエーションを聞いただけで気まずくて死にそうになる映画なんですが。それだけの話なんですよ。で、キャンプに行くって言ったらなんか、ドラマチックなことが起こらないと映画にならないなと思うでしょう? たとえば殺人鬼が襲ってきたり。逆に素敵な男の子と会って恋に落ちたりとかね。でもそういうことはこの映画、一切なしです。本当に何も起こらない映画なんですけど。
これ、気まずいんですよ。めちゃくちゃ気まずいんです。でもね、すごくためになる映画で。僕みたいな人にとっては。特にこのおっさんであるだけで他人に対する理解度とか感情に対する敏感さが欠けるんですが。自分は個人的に一番、そういう感情的IQの低い人間なんで。それを教えてくれる映画として非常にためになるし。
逆にね、非常に繊細で自分のことよりも他の人たちの感情とか、他の人たちの人間関係とかが気になってしまって気を使う人っていうのもいるでしょう? 必要以上に。そういう人にとっても非常に共感を持てる映画になってるんですよ。うちのカミさんなんか、そっちのタイプなんですよ。気を使って気を使って生きてきた人なんで。これを見た時に「わかる!」って言ってましたね。
でね、どうしてこの3人で……おっさん2人と17歳の少女がキャンプに行くことになったかというと、本当はその相手のマットおじさんにも17歳ぐらいの男の子がいるんですよ。ディランくんっていう。その彼も一緒に行くはずだったんですよ。だから「わあ、楽しそう。一緒に行く」ってなって家に迎えに行ったら、そのディランくんが「俺、行かねえ! オヤジなんかと旅行には行かねえ。勝手に行ってこい!」ってキャンプに来ないんですよ。
それで彼女が仕方なく一緒に行く羽目になっちゃったんですけど。そこで彼女は「じゃあ、私も行かない」って言わない子なんですよ。彼女は『グッドワン』、いい子だから。それで行くじゃないですか。そうすると「なんでディランは来なかったの?」みたいな話になると、実はそのマットさんは離婚していて。で、離婚した原因はお父さんが悪いんだっていうことでディランくんは責めていて、だから一緒に行ってくれないんだということがわかってくるんですよ。
「それに比べてサムちゃんはいい子だね。お父さんについてきて」って言うんですけど、実はこのサムのお父さん、クリスももう随分前に離婚をしてるんですよ。で、20歳ぐらい年下の奥さんと再婚していて。で、すごくつらい環境にいるんですね。そのお父さんに引き取られた主人公の少女サムちゃんは。サムちゃんは引き取られて、そういう状況だから、もう物事を荒立てないでお父さんに従い続けてる子なんですよ。これはしんどいんですよ。でも、子供だからしょうがないですよね。
これは監督の実際にあったことをそのまま映画にしたそうです。この監督はインディア・ドナルドソンという人で現在、42歳なんですけども。結婚して子供ができたんで、自分がちゃんと親になるために自分の子供の頃にあったことを映画にしようと思ったそうです。で、この撮影の時には赤ちゃんがいたそうですけど。彼女、このインディア・ドナルドソン監督のお父さんは結構有名なハリウッドの映画監督なんですよ。ロジャー・ドナルドソンという人で90年代にかなり活躍した人です。
で、ケビン・コスナー主演のサスペンス映画『追いつめられて』とかですね、ピアース・ブロスナン主演の『ダンテズ・ピーク』とか、非常に男性的アクション映画を撮っていた人なんですよ。で、彼自身もスポーツマンでアウトドア好きだったんで、その娘を連れて山に行ってキャンプをしてたんですね。で、この監督インディアさんもだからアウトドアテクニックとかを全部、父親から教えられたそうです。
で、まあキャンプに行くわけですが、このマットさんという人は俳優なんですけど。元俳優で今、落ちぶれてなんかセールスマンをやってるっていう設定になってて。マットさんは全然、アウトドアができない人なんですよ。ダメで。いきなり寝袋を忘れてます。そういう人なんですが、このサムちゃんは全部アウトドアの細かいことを黙ってこなしていくんですよ。で、テントを立ててね、ご飯を作って。全部、やるんですね。あと水をくんだり。水をくむのもちゃんと濾過してくんでるんですけど。その間、このおじさんたち2人は何をしてるかっていうと、酒を飲んでるんですよ。
これはね、ちょっと怖いなと思って。たとえば後片付けとかも黙って彼女がやるんですよ。これ、日本でよくある風景だよね。お正月とか、親戚で集まるでしょう? そうすると、いつの間にか誰も命じてないのに女性たちだけは後片付けとか、そっちに回っちゃうのね。で、男たちだけが座敷にいて酒を飲み続けてるの。でも誰も「そうしろ」なんて言ってないのに、そうなるじゃないですか。
「あれ? アメリカでもこうなんだ」と思ってちょっとびっくりしたんですよ。アメリカでも家族同士で集まったりするとそうなりかねない時があるんだけど。男たちも結構、積極的にキッチンに行ったりとか、片付けをするようにするんですね。でも、このサムちゃんの父親との関係性はそうじゃないんですね。で、そこからちょっといろいろきつくなってくるんですよ。見てるうちに。たとえばサムちゃんは山歩きをしている最中に時々、「トイレに行くわ」って言ってその森の奥に歩いていくんですけど。タンポンを入れ替えてるんですよ。
彼女、「私、生理だから行かない」って言えばいいのに、それを言えないんですよ。これやっぱり父親がすごくお金持ちだったってこともあるみたいですね。それでそっちに引き取られて。で、お母さん逃げてっちゃったんで、そっちに行けなかった。するともう、その中で生き抜くため、サバイバルするためにね、そういったことに耐えているんだということがわかるんですよ。これはだから「いい子」とされる人がどれだけ苦しんでるのか?ってことを描いていくんですよね。
これね、僕も反省していてね。うちの娘も結構、何でも言い返す娘だったんですけど。それでもじゃあ、娘がいつ生理だったかってことはわかんないですよ。だからそういうところもあるし。あと、この父親がすごく何でもかんでも人に指示したり……まあ映画監督なんでね。指示する癖がついてるんですよ。で、そのマットっていう友達は元俳優なんで、もちろん指示しまくるんですよ。で、娘にも指示して。彼は指示することが仕事なんで、キャンプに行ってもずっと指示してるんですよ。
(町山智浩)あとはね、男同士の関係性っていうものの悪い癖があって。男同士の遊びって基本的にゲームじゃないですか。スポーツするでしょう? ギャンブルするでしょう? 勝ち負けがあるんですよ。ちょっとしたことで腕相撲したりとか。それが単に会話の中でもやっぱりそれが延長されていくんですよ。「俺の方が知ってる」「それは違う」っていう感じで全部がゲームっていうか、バトルになってるんですね。軽い。
で、相手にマウントを仕掛けるような形になっていく。それはなんかね、男の悪い癖なんだと思うんですよ。で、それが男同士のふざけなんだろうと思うんですけど。「お前はダメだ」みたいな。「だからお前、離婚されちゃうんだ」とか言ったりするんですけど。
これは男性同士のじゃれ合いなんだけど。ただ、それをずっとこのサムちゃんは背後で、背中で聞いてるんですよ。ところが、この映画はその背中で聞いてるサムちゃんの顔だけを映すんです。この映画は何でも分かりやすいように全てを整理して、わかりやすく出してくれる一般の娯楽映画とは違います。もう本当に日常の中を切り取って、それをサッとそのまま出してるんですよ。だからその日常の中に隠れてる意味を知るのは、観客の努力が要ります。だから娯楽小説と純文学の差はそこにあるんですよ。で、この映画は純文学側なんですね。
だからその男同士がくだらない……「俺、マラソンに出ようと思うんだ」「お前、マラソンなんかやったことねえくせによ」とかって言い合いしてるのを、2人の男じゃなくてそれを聞いてるサムちゃんの顔だけを見せるんです。で、「彼女が心の中で何を考えてるのかをみんな、考えてくださいね」っていう映画なんですよ。まあ、だいたいわかりますけど。「男ってなんでこんなところで競い合ってるのかしら?」ってことですよ。しょうもねえ。バカなんじゃねえか。近所の小学生とか何が変わるの? こいつら、何にも成長してねえなっていうことでしょうけど。
ただこれでね、また嫌なシーンがあって。別のキャンパーたちと一緒になって、キャンプファイアを囲むシーンがあるんですよ。そうすると、要するにお互いにそのアウトドアの経験自慢が始まっちゃうんですよ。これはね、もう正直言います。はい。僕は小学校、中学校とボーイスカウトで、高校は山岳部でした。
それってね、すごくよくないんですよ。こういう人たちが会うと、まず「ここ、いいよね」って言った後、「いや、何回目だよ」とか言う奴がいるんですよ。それで「あそこ、行った? あそこ、いいよ!」みたいな、行った自慢。そういうね、行った山自慢になっちゃうんですよ。この嫌な感じっていうのはすごく……これはやったことない人じゃないとわからんよっていうね。この監督さんの経験がね、よく出ていて。それをね、彼女は少女の時にずっとバカじゃねえのと思いながら黙って聞いてたんですよ。これ、何も考えないで見てると、このシーンが何を言おうとしてるかってのは全然わからないと思いますよ。
で、そういうことに気づけるのは、カメラワークです。そういうバカバカしい男のアウトドア自慢をしているのを彼らじゃなくて、それを聞いて複雑な表情をしてるサムちゃんの顔を見せるから。だから客観的になるわけですよ。でもね、なんていうかスポーツに限らず全部、そうなんですけど。男って基本的にオタクでしょう? 自慢。知識とか経験とか、ねえ。スポーツマンって一番、オタクと離れてるように思うじゃないですか。でもスポーツほどオタク的なものってこの世にないんで。
「あれは違う、あれはダメ。こっちのがいいよ。あれ、やったことある?」とか。もう男のオタク病を何とかしてくれっていう(笑)。まあ、それは女性にも、みんなあるんだけど。これがすごいのは言ってる人たちを見せないで、黙って聞いてる彼女を見せ続けるんですよ。そこがすごいんですけど。ただ、やっぱりどんどん蓄積されていきますよ。爆発に向かって。
で、3日目のキャンプファイアで決定的なことが起こります。そこから実は彼女は自分が生きるために必要だった大人の中で生きてくこと……つまり、おじさんの中で少女が生きてくってことですね。そこから脱出していくきっかけをつかむんですよ。これ、大人になっても女性たちはみんな、おじさんの中で生きていかなきゃなんないじゃないですか。この社会って。で、その中でおじさんたちに気に入られる……つまり『グッドワン』と言われるようにするじゃないですか。
それがいかにその人自身を縛っているか?っていうことですね。それこそ、政治家になって、総理大臣になるためにも、そうやって生きてきた人がいるわけだから。日本には。おじさんたちに『グッドワン』と言われながら生きてきた人が。でも、それでいいのか?ってことですよ。
それでこれ、おじさん同士がはっきり言ってセックスの話をし始めるんですよ。その時に「うまい対応をする」っていうことを自分で意識してやろうとするところがあるんですよ。その辺とか、見ていて怖いんですよ。ただ、これがちょっと他の状況と違うのはこれ、美しい自然の中なんですね。キャッツキル・マウンテンっていう本当にすごいところなんですよ。行ったことありますが。そういう自慢しちゃいけないですね。はい(笑)。
そのね、ものすごい美しい自然の中でそういうことが起こるんで、彼女はそこで自分を初めて解放することができるんですよ。で、監督はなぜそういう風にしたかというと、宮崎駿のトトロとか、そういった作品を参考にしたって言ってるんですよ。非常に孤独な子供たちにとって、自然っていうのは味方なんだ。そこで自由になれて、解放されるんだということを自分の子供に見せるビデオを見ながら学んだという風に言ってますね。
宮崎駿のアニメだと非常に孤独な状況とか危険な状況に置かれている少女たちにとって、常に自然が味方として機能してるんですよね。で、これは本当にそういう映画になっています。あとはまあ、言わないですが……まあ、おじさんたちはいろいろ反省した方がいいと思いますね。という映画がね、『グッドワン』でね。この『グッドワン』って言い方も良くなくてね、「グッドボーイ」とかね、「グッドガール」っていう言い方は犬に対して言う言い方なのでね。
こういう「いい子」っていう言い方自体が基本的にペットに対する言い方だから、言っちゃいけないんですよ。しかもこれ、マットおじさんはね、「いやー、君は本当にいい娘を持ったね」って言って。その子がいいことによって、そのお父さんを褒めるんですよ。それもおかしいだろうって、いろいろなことが描かれてるんですが表面上は何も起こってないように見える映画がこの『グッドワン』なんで。これはいろいろお勉強になりますので、ぜひご覧ください。
宇多丸さんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。
(宇多丸)ということで日比さん、今日もよろしくお願いします。
(日比麻音子)よろしくお願いします。
(宇多丸)今日はいろいろお知らせ事があるんですけど。このTBSアナウンサーとしても大先輩でいらっしゃる、そしてラジオパーソナリティー、様々な司会という意味でも私ごときが同じ線上にいるのはあれではございますが。1回だけね、ご一緒したこともございます。久米宏さんがね、お亡くなりになったというニュースが……元日にお亡くなりになったというのが報道されてましたけど。日比さんは直ではお会いしたことがないんですかね?
(日比麻音子)はい。お会いできなかったので、すごく寂しい気持ちです。
(宇多丸)もちろんね、大大大大大先輩というか。
(日比麻音子)あまりにも偉大な存在ですね。
(宇多丸)日本のアナウンサーとか報道番組のあり方とかを本当に根本から変えた……玉袋筋太郎さんと僕、東京MXで昔のテレビ欄を見ながらギャーギャーギャーギャーふざけるっていうコーナーがあって。そういうコーナーやっていて気づくんだけど民放には当時、報道番組なんてないんですよ。民放ってストレートニュース以外はほとんどニュースなんかやってなかったんです、昔は。やっぱりそれは『ニュースステーション』からなんですよ。本当に、これは。非常に大きなね、革命とも言っていいようなあれだったと思いますし。
もちろん『ザ・ベストテン』世代、『ぴったし カン・カン』世代、いろいろいると思いますけど。いろんな方からメールもいただいておりまして。ちょっと代表的なところをご紹介しますね。「今日、久米さんの訃報に接していてもたってもいられなくなり、メールしました。私がアトロクを聴くようになったのは宇多丸さんが久米さんの番組『久米宏 ラジオなんですけど』に出演されて(番組のコーナー本の)『低み』という本を紹介されていました」。なんていう本を紹介しているんだ(笑)。
「アトロクを教えてくれた恩人と言ってもいいかもしれません。あれ以降、アトロクも聴くようになりました」。ああ、そうなんですね。そういう流れで。「でも辛口で社会批評する世代の著名人がまた1人、人生を終えられたのは悲しい限りです。ご冥福をお祈りいたします」ということで。そうなんです。
(宇多丸)僕が1回だけお会いしたのはやっぱり『久米宏 ラジオなんですけど』に出させていただいて。そうでしたね。『低み』っていう番組の投稿コーナーの……よりによってなんでこの本の話なんだと思いながら。
(宇多丸)その時にすごい覚えているのは、もちろん久米さんも僕の存在はね、知っていていただいて。で、僕がいつも番組用でヘッドホンでしゃべってるじゃないですか。これ、やっぱり何て言うんですかね? 音楽やってる人には結構多いと思うんだけど。「出音で聴きたい」っていうか。外でみんなが聴いてる音のまんまで聴きたい。で、その音の全体のバランスの音量の中で自分の声がどう響いてるかによって調節したいっていう欲望があって。それでヘッドホンでやってるんですけども。
僕がヘッドフォンを所望してですね、こうやっていたら「ヘッドホンなんですね?」ってめちゃくちゃ驚かれていて。「ああ、そうですよね。ちょっと自分の世界に入っちゃって、すいません」なんつって(笑)。あと、これは本当にしょうもない番組との縁で言いますと皆さん、覚えてますかね? この『アフター6ジャンクション』が始まったばっかりの頃ですね、略称が決まんないっつって。まだアトロクなんていう名前が付く前ですよ。で、募集していろいろやってるような時に「それで番組の略称は?」って言ったその次の瞬間に『久米宏 ラジオなんですけど』の番宣が入って。「久米宏です」って入ってですね。
(日比麻音子)そうでした。それ、私の曜日でした(笑)。
(宇多丸)「略称は……久米宏です」ってなって。「これ、久米さん怒られるぞ!」って。これ、『ラジオなんですけど』とか出る前かな? だったんでね、そんな恐縮な……こんな悪ふざけエピソードを出してる場合じゃないんだけど。っていう中でですね、でももちろんその偉大な存在というのは僕がいちいち言うまでもなく。さっきの『ニュースステーション』のこともそうですけど。本当に、だから何て言うのかな? 今、たとえば世界ののことを伝える番組がやっているのは報道のなのか? ワイドショーか?って言うけども。そもそも、そんなことはやってなかったんだっていうこと自体は……だから、そういう意味では世の中進歩してるなって思ったりもします。
そして、それの大きな転換点はやっぱり『ニュースステーション』だったなと思うんです。で、その『ニュースステーション』のいろんなエピソードみたいなものをですね、『ザ・ベストテン』時代から久米さんの要するにアナウンサー人生というのを振り返られた『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』というご自身のご著書があって。僕、これをずいぶん後になってAmazon Audibleの『アトロク・ブック・クラブ』の中の宇多丸分室という……いつも、すいませんね。卑下して「13人しか聞いてない」とか言ってるけど。この回は13人以外、聞いてほしいかもしれない。第9回、結構最初の方でこの本を遅まきながら読んで。いただいてからちょっとずっと置いとくままになっちゃっていて。それを読んで「やっぱりすごいわ、久米さん!」って。久米さんの何がすごいか?っていうのを私なりにですね、いっぱい語っているというのもありましてですね。
だから、それがご本人のお耳に入ったなんて話もちょろっと聞いてたんですけど。なんかそこに関するね、「すいませんね」なんてこともちょっと1回ぐらいはご挨拶したかったですけど……というね。まあまあ、といっても私にとっても本当に、それこそ子供の時は『ザ・ベストテン』世代なんで。まあ、なんというか……たぶんこうやって語っていても、お会いしたこと自体がすごくね、ありがたいことだったというかね。いいタイミングをいただいたと思います。
とはいえ、もうちょっとお話を伺いたかった。結構周りにはね、スタッフで……それこそこの番組の立ち上げプロデューサーの橋Pとか結構、久米さんの番組にずっとついてて。「久米さんってこういう人なんですよ」みたいな。すごい、やっぱりとにかく気さくでっていうようなことをおっしゃっていて。ああ、そうだ。長谷川さんもそうなんだね。番組ディレクターの長谷川さんもずっとということなんで。ちょっとそういうスタッフからもいろいろまたお話を伺いつつ。お人柄を偲びつつ。そうですね。でもアナウンサーとしてね。
(日比麻音子)そうですね。DNAはしっかりと受け継いでいければなと。
(宇多丸)そのご本とか、ぜひ読んでいただきたい。日比さんにも。すごいですよ。面白い! とにかく、アナウンサーとしてできる領域みたいなものを本当に拡張していくプロセスみたいなのがものすごくて。だから、ぜひちょっとその本も読んでいただきたいなと思う次第です。すいません、ちょっと私ごときの。
(日比麻音子)勉強させていただきます。
(宇多丸)はい、本当にお疲れ様でございました。ありがとうございました。
(日比麻音子)ありがとうございました。
宇多丸さんと久米さんの絡み、もっといっぱいあったような気がしていましたが『低み』での1回だけだったんですね。なんだか意外な気もします。宇多丸さんが絶賛していた久米宏さんのご著書、まずはチェックしてみようと思いました!
荻上チキさんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『荻上チキ Session』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。
(片桐千晶)最新のニュースをお送りするDaily News Session。続いてはこちらのニュースです。久米宏さん死去。訃報です。元TBSアナウンサーの久米宏さんが今月1日、肺がんのため亡くなりました。81歳でした。所属事務所が明らかにしました。
久米宏さんは1967年に大学卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。『ぴったし カン・カン』や『ザ・ベストテン』をはじめ、テレビ朝日系列『ニュースステーション』などの番組で活躍。TBSラジオでは『久米宏の土曜ワイドラジオTOKYO』。そして『久米宏 ラジオなんですけど』など数多くの番組を担当してきました。
(荻上チキ)久米宏さんは『荻上チキSession-22』2017年12月13日の放送にゲストとしてご出演されています。その中で久米宏さんと1時間近く、じっくりとお話をするという機会がありました。番組冒頭に続いて、ここでもその音声を一部、聞いていただければと思います。
<音源スタート>
(久米宏)『ニュースステーション』をやっている時って、家へ帰ってね、「寝る」というよりも「お酒で気を失う」っていう方が正確でしたね。
(荻上チキ)おお、それは危ないですね。
(久米宏)危ないです。寝たんじゃなくて、気を失って。翌日、目が覚めて、ご飯食べて、仕事場に向かうっていう繰り返しでしたね。だから土日がちょっと調子が狂うっていう感じがありました。どうせだったら土日もやりたいっていう。正直言ってね、ずーっとやっちゃいたいとも思ってました。土日に体調がね、おかしくなるんですよ。仕事がないから。大変なのはわかってますよ。土日もやったら。でも、どうせだったらやっちゃいたいっていう風に思ってましたね。
(荻上チキ)たぶん土日の体の方が正直な声を上げてたんでしょうね。
(久米宏)そうだと思います。どうしていいか、わからない。やることはいっぱいあるんです。土曜も日曜も。資料を読まなきゃいけないし。だけど仕事場に行かないっていうんでね、リズムが狂うんですよね。自分の。で、かえって土日が眠れないとかね。翌日、仕事がないと思ったら眠れないとかね。変な感じでしたよね。
(荻上チキ)それはとてもよくわかりますね。土日のその使い方がすごく難しいので。僕は物書きですから、たとえばその日は原稿を書きにちょっと喫茶店に行ってみるとか。あるいは講演会とか、そうした類いのものは全部土日に入れるので。仕事があった方がそのままスッといくんですけども。でも仕事ばっかりやってると、倒れますね。体が、やっぱり限界になります。
(久米宏)僕、だって土曜日はね、『ニュースステーション』をやっている頃は出かけそうになりましたからね、夕方。
(荻上チキ)「行かなきゃ」と?(笑)。
(久米宏)「仕事場に行かなきゃ……ああ、土曜日だったんだ!」っていう。日曜もそうですよね。で、日曜はちょっと憂鬱なんですよね。明日からまた1週間、あるので。また5日、やらなきゃいけないっていうね。
(荻上チキ)サザエさん症候群が始まるわけですか。
(久米宏)5日って結構、長いんですよね。1日やってもまだ4日、残っていますから。結構5日、こなすのは長いです。
(荻上チキ)特に日数が「あれ? 今日、まだ水曜日なの?」みたいな。そうした風に思うようなぐらい月火のニュースが重い時とか。
(久米宏)水曜日って、真ん中ってつらいですね。結構。その前に2日、こなして。あと2日、残ってるっていうのはね。結構つらいですよね。まあ、『ニュースステーション』やって10年過ぎたぐらいから「いつまで続くんだ、この番組は?」っていう。なんて言うんですかね? 脱出口が見えないっていうのがちょっと不安ではありましたけどね。
(荻上チキ)一番最終回でもやっぱり「いつ終わるのかがわからないのが一番つらかった」ってお話されてましたよね。
(久米宏)そうなんです。いつ終わるのか、わかんない。来週もあって、来年もあって、再来年もあってって思うと、なんか無限地獄に落ちてるような感じがあってね。それがつらかったですね。
(荻上チキ)普通、他のテレビですと、たとえばドラマだとこれだけであるとか。あるいはこういった番組ですと、これぐらいとりあえず続いて。で、まあ契約を更新しましょうとか、いろんなやり方があると思うんですけど。たしかに報道はどうするのかっていうのはなかなか見えないですもんね。
(久米宏)特に僕は最初から2年契約だったんですよ。で、始めた時は全然ダメで「2年、もたない。たぶん1年で打ち切りかな?」と思ったら、18年半続いちゃったんですけど。結局……まあ10年を過ぎた頃から「やめる時は自分で決めるしかないな」と思いましたね。自分でやめるって決める以外、決める人はいないって思ったんですよ。周りを見回しても「やめよう」って言い出しそうな人、いないんですよね。どうも見当たらない。代理店も放送局も僕のマネジメントをやってる会社も。「やめよう」って言い出す人はどうも見当たらない。じゃあ、僕しか残ってないじゃないかって思いました。
(荻上チキ)ええ。
<音源おわり>
(荻上チキ)はい。2017年12月13日の放送にゲストとして出演していただいた久米宏さん。その話の一部を聞いていただきました。今、こうやって聞き返してもなんか無限にいつまでも聞いていられるような……。
(片桐千晶)いやー、本当に「久米さんの声だ」って思いながら聞いてました。
(荻上チキ)もう久米さんの声としか言いようがない、何でしょう? 独特の響きとかリズムというものが染み込んでますよね。
(片桐千晶)そうですね。温かみがあって、本当にスッと入ってくる素敵なお声だなと思いながら今、聞いてました。
(荻上チキ)やはり久米さんのお仕事をされていた時代というのはテレビとラジオの時代でもあって。マスメディアが政治をどう報道するのか? メディアが政治に対してどういう風に監視するのか? というのがとても問われたタイミングでもありましたよね。で、久米さんはもうキャスターとしてその役割というものを一身に担ってですね、いろんなゲストの方と向き合っていく。で、当時は筑紫哲也さんもそうでしたけれども。文化人などとコミュニケーションを取りつつも、政治家であるとか、それから事件などと向き合いながら今、社会で何が起こっているのかということを手探りで語り起こしていく。言葉にしていく。その様というものがリアルタイムで放送されることによって、多くの人たちは今、何が起こっているのかということをゆっくりゆっくり探っていくということを行っていたわけですね。
時代は変わり、社会の語り方も当然変わりましたけれども。久米さんはテレビから離れた後もラジオでゆっくりと語りかけていらっしゃって。そこでもたくさんの方とお話をされて。私もお邪魔したり、来ていただいたりしながらオリンピックのこととか、それから広告産業のこととか、いろんなことをお話したりしながら、まあ忌憚なき言葉で愚痴をこぼしつつ、今のメディアはどうなのか? その役割を果たすとは何なのか?っていうことを問いかけ続けてましたよね。
(荻上チキ)その問いかけというものはたぶんこれからも残っていくでしょうし、そこで投げかけられた問いというものを背負っていろんなキャスターやパーソナリティーというものがニュースと向き合っていくことが必要なんだなと、まあニュース畑の人間としてはそういう風に感じましたね。
(片桐千晶)ニュースであってもバラエティであっても面白く、そしてわかりやすく伝えるっていうことをとても大事にされてましたよね。
(荻上チキ)「受け手っていうものに何を伝えるのか?」ということを懸命に考えるということが重要なんだという風に思いました。以上、Daily News Sessionでした。

久米宏さんが荻上チキさんの番組に出演された回は今でもよく覚えています。お二人で真剣に「報道をすること」について話されていましたね。今回の放送でその一部がまた聞けてうれしく思いました。
小島慶子さんが2026年1月13日放送の文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。
(砂山圭大郎)さあ、小島メモのお時間です。小島慶子さんがこんなものを見た、聞いた、食べた、あの場所に行ってみた、こんなことがあったんだけど、どう思う? など日々の中で感じたことをお話しするコーナーです。
(小島慶子)はい。さっきね、速報で久米宏さんの訃報が伝えられました。なのでそのお話を急遽、しようかなと思いますけれども。久米さんはですね、私はお仕事で3年間、ご一緒したことがありまして。あれは2006年から2009年までだったかな? 番組をご一緒しまして。
で、まあ、久米宏さんはね、もうリスナーの方はよくご存じだと思いますけど。もともとTBSのアナウンサーをされていて。その後ね、もう時代を代表するニュースキャスターになられて。で、またそのニュース番組が終わってから、TBSラジオに戻ってらしてね、ご自身の番組を久々に持ちますっていう時に冒頭、最初の3年間だけでしたけどね、ご一緒する機会に恵まれました。
(大竹まこと)はいはい。
(小島慶子)で、もう私はね、テレビで見ていた人ですしね。私も当時、TBSの当時アナウンサーでしたけれども。当然ながら会社でご一緒した経験はないわけですよね。で、TBSの人たちから伝え聞く久米さんはこんな人だったよっていうことしか知らなかったので。初めてお目にかかった時にね、「わあ、本物だ!」とか思いましてね。で、まあいろんな番組の合間にもね、久米さんのお話を聞く機会があったんですね。で、まずは本当に久米さん、ありがとうございました。たくさんいろんなことを教えていただいて。番組をご一緒した中で、放送を出しながら学ぶことができたのはとても光栄なことでしたし、楽しかったなと思い出しますね。
で、どういうことを教えてくださったかっていうと、もうね、これからいろんな方が……私よりもはるかに久米さんのことをお詳しくて、長くお仕事されてた方が皆さんね、語られると思いますので。私は本当に一部分の久米さんのことしか知らないですけど。でも、すごく学びが深かったのはとにかく久米さんは予定調和ということを非常に嫌ったんですね。
「ラジオで生放送をしてるっていうことは今、この会話の中で何が生まれるかわからないってことを僕は大事にしたいから。だからもう全部決まったようなことを節をつけたような、お決まりのしゃべり方でしゃべるようなスタイルは僕のスタイルじゃないんだ」っていうことだとか。あとは「僕と一緒に話す人たちっていうのは別に僕のアシスタントとかは思ってないので。一緒に番組を、しかもその予定調和でなく、その場で生まれる会話の中で作っていくのが面白いんだよ」ってことをおっしゃってたんですね。
で、久米さんって意地悪なんですよ(笑)。なんか番組の中で私と会話していると、平気でなんかちょっとカチンとすることとか、言うんですよ。それで「あっ! ちょっと感じが悪かったな」と思って私はそこからムッとするわけですね。で、2人でムッとしたまま生放送とかもよくあって。でもね、それができたんですよ。だから。
(小島慶子)で、そういうのはたとえば「なんだ、アシスタントの女のくせに、生意気な!」とかね、「もっとサービスしろ!」とかっていうような、そういうことはもちろんおっしゃらず。番組中になんとなく2人でなんかお互いにムッとしたら「おお、じゃあいいじゃないか。ムッとしたまま生放送、やろうや」みたいな感じで。別にそれを言葉にせずともね。まあ、それって最高の信頼関係ですから。一緒に生放送する相手に対して、そういう信頼を置いてお話になる、勇気のある方だったと思います。
で、私のようなですね、大変な若造……28歳ぐらい年の差がある親子のようなね、若造に対して。しかも初めてコンビを組んだ若造に対してもですね、そういう信頼を置いて一緒に生放送で、何が起きるかわからない生放送を、そこにあるがままの人間関係を大らかに出しながら。喧嘩したり、一緒に笑ったり、一緒に考えたりしながらやっていこうよって思ってくださったのは、本当にありがたいことでしたし。それぐらい、放送っていうものを大事にしてる方だったんだなと思いますね。
それは私はまあこういうね、放送に携わる仕事をしている上で本当に言葉ではもう言い尽くせない、多くの学びを与えていただきました。で、その「放送に携わる人は誠実であれ」ってね、言いますよね。で、もちろん久米さんだって、どんな人だって放送に携わる人はみんな、完璧ではないので。で、好き嫌いもありますから。全員に「完璧」って言われる人はいないんですけれども。
でも、やっぱりみんなそれぞれに公の器である放送に携わるのであれば、何か自分が世の中の役に立ちたいとか、誠実でありたいという気持ちを持ってる人がマイクの前に立つべきであるというお考えを久米さんなりにお持ちだったんじゃないかなと思いますし。それを放送に向き合う中でね、教えていただけたことに感謝してます。
ですから私はね、それをどれぐらい実現できるかわからないけれど。いつも、やっぱり放送に携ってる限りはそのことは忘れないでいようと思っていますので。今ね、久米さん、どちらにいらっしゃるかわかんないですけど。私もまた、引き続き頑張りますというね、ご挨拶をしたかったです。

『久米宏 ラジオなんですけど』の番組開始から3年、パートナーを務めていた小島慶子さんの言葉、とても素敵でした
ジェーン・スーさんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。
(ジェーン・スー)先ほどニュース速報でTBSラジオをお聴きの皆さんにとってはもう、親っていうのも変だし。でも親戚のすごく頼りになるおじさんって感じかな?
(山内あゆ)私たちTBSアナウンサーにとっては大先輩の久米宏さんが1月1日、肺がんのため亡くなったということがわかりました。81歳でした。簡単にプロフィールを振り返りましょうか。久米宏さんは埼玉県出身。1967年に早稲田大学を卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。『ぴったし カン・カン』や『ザ・ベストテン』といったバラエティ番組に出演し、その軽快な司会進行がお茶の間の人気を集めました。1979年に退社後、フリーアナウンサーに。そして1985年からはテレビ朝日の『ニュースステーション』のキャスターとなり、フランクでわかりやすい語り口が多くの視聴者の支持を得て、番組は18年余り続きました。
そしてその後、TBSラジオに戻ってきてくれたというのが、私たちにとってもとても嬉しいことでしたよね。TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』は2020年まで放送され、ギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を受賞しています。この番組では堀井美香さんがもう抜群のパートナーとして頭角を現したと言っていいのでしょうか?(笑)。
(ジェーン・スー)ねえ。山内さんも思い出はいろいろありますか?
(山内あゆ)でも私は本当にもう、『ニュースステーション』に行ってしまって。TBSラジオに戻ってきた時に何回か、お仕事をさせていただいたというくらいなんですけど。まあ、かっこいい方でしたよね。
(ジェーン・スー)『生活は踊る』の前の『相談は踊る』の時にね、来てくださったことがあって。なんか私のことを気にかけてくださっていたんですよね、あと、東京の昭和のあの時代を生きてきた人の特有って言うんですかね? うちの父が87ですけど。それと似ているところがあって。背格好とかもそうなんですけど、どっちかっていうとまあ教養とかね、思慮深さっていうのは久米さんの方が5億倍ぐらいありますけど。何でしょうね? 照れ隠しでちょっとこう、いけずなこと、乱暴なことを言ったりとかですね。まあ本当のことを言いながらこう、自分の感情の波みたいなものは隠して。ちょっとこう、かわいらしいところがまあ、傍から見てると少しずつ漏れてはいるんですけど。本人としてはそれはあんまり悟られたくないような照れ隠しの強いところとか、そうですね。うん、うちの父とすごい似ているなっていうところもあったりして。私は勝手に親近感を持ってたんですけど。何かと気にかけてくださって。この番組が始まってからも2018年の長峰さん。
(山内あゆ)はい。長峰由紀アナウンサー。
(ジェーン・スー)が、代打を終えられる時に釧路ひめ(くしろひめ)っていう謎の料理研究家を架空に、アナグラムで作り出してですね。久米宏をいじってね。で、それを長峰さんに隠してたんですよ。で、「ゲストは釧路ひめさんです」って言って久米さんが鍋を持って入ってきたのかな? 長峰さんも久米さんが大好きだから。今、だからちょっと長峰さんのことを考えたり、堀井さんのことを考えると胸が痛くなるんですけど。
言葉を選ばず言えば、みんなに慕われていたけれど、誰にも懐かない人だったので。私が傍から見てる限りは。誰かを従えることもなければ、「久米軍団」みたいなのを作ることもなければ、イエスマンで周りで固めるようなこともおそらくなかったでしょうし。で、自分がもう表に出るタイミングじゃないなと思って、悟ってからは本当に出なくなって。たぶん、それはご本人の自由意思で、固い意志だったと思うので。そこはもう尊重というか。だからあんまり湿っぽくなりたくないこともあって。「ああ、そうですか。お疲れ様でした」っていうぐらいの感じで送り出せるといいなと私も思ってるんですよね。たぶんご本人がそういうジメジメしたものを気にいらないタイプの人だったと思うから。
そう。本当に気にかけてくださってたんだなっていうのを行動で示してくださる方で。2020年かな? 6月。伊集院さんの後に番組に来てくださって、ちょっとオープニングに出てくださったりとか。あとは堀井さんの『生活は踊る』の金曜日が2020年の9月に終わってるんですよ。で、そこから『OVER THE SUN』につながるわけですけど。で、その時もコメントくださったりとか。あと向こうの番組にも呼んでいただいて。あと番組の終わりに何か、私が甘いものとかいろいろ持って行ったことがあって。その時になんか、なんでか私も覚えてないんですけど。和菓子と一緒におこわか何かを持ってたんですよ。
で、和菓子屋さんっておこわとかお赤飯とか、売ってるじゃないですか。私、何を思ったのかおこわも持っていったら「君ね、僕はおこわが一番好きなんだよ! おこわ、美味しいよね!」っておこわを持って帰ってくださって。
(ジェーン・スー)1回だけ、ご飯を食べに行ったんだよな。堀井さんも一緒に。で、まあ憎まれ口を聞きながら、いろいろアドバイスを頂いたりして。まあ、なかなか守れてませんけど。「エンディングだけはちゃんとやりなさい」っていうのはおっしゃってましたね。「そこさえきれいにきちんと終われば聴いてる人の耳心地がいいから。バタバタバタッと終わんないで、エンディングだけはちゃんと終わりなさい」みたいなことはおっしゃっていて。それだけかな? その放送のアドバイスみたいなので私が……たぶん、他にもいろいろ言ってくださったと思うんですけど。記憶に残ったのは。
まあ、でも本当に権威みたいなものを根っから嫌ってらっしゃる方で。そこが私は本当に尊敬に値するというか。まあ人間、歳を重ねていったら軍団を作りたくなりますし。肯定されたくなりますし。一家言、何かを残したくなりますし。そうなってくると思うんですけど。そういうところに対して一切、欲を出さない美学というか。
(山内あゆ)そういうものを長峰由紀さんがすごく受け継いでるなって今、すごく感じました。
(ジェーン・スー)そうですよね。長峰さんの辞め方、完全にそうでしたもんね。「おーい! おーい、もうちょっと話、聞いてくれー!」って。でも長峰さんも全くそこは同じで。行動で愛情を示してくださる方なんで。そこはやっぱり久米さんの美学なんでしょうね。
(山内あゆ)うんうん。
(ジェーン・スー)まあ、でもたぶんここにいる……帰ってきてくれると思うんだけどね。このスタジオに。
(山内あゆ)1月1日に亡くなっていたということで。今日、発表になりましたから。
(ジェーン・スー)あとさ、すごいどうでもいい話、していい?
(山内あゆ)どうぞ。
(ジェーン・スー)ちょっと前……何年か前なんですけど。なんか……皆さん、これからは面白話として聞いてくださいね。本当の話じゃなくて、面白話として聴いてほしいんですけど。何年か前にすごい霊感が強い友達がいて。めちゃめちゃ霊感が強い友達に私が「こういうスタジオでやってるんだよ」って言ったら「このめちゃくちゃ背がでかいおじいちゃん、誰?」って言われて(笑)。
(山内あゆ)ええっ? ここで?(笑)。
(ジェーン・スー)「それ、完全に永(六輔)さんじゃねえか!」っていう話になって(笑)。ここの前のスタジオ。だから向こうのスタジオの時。「このすごい背のでかい、頭の白いおじいちゃん、誰?」って言われてゲラゲラ笑っていたんですけど。来ますよ、次も。今度はこっちに(笑)。
(山内あゆ)来ますね(笑)。
(ジェーン・スー)こっちに来てくれるはず。住んでくれるはず。久米さんもね。まあ、ご本人の意思を尊重した形で。いろいろ思い残すところとかもあったと思うんですけど。ご本人の意思を尊重した形でTBSからは、うん。自分で場所を作らないで。最後はたぶん……ラジオ、聴いていてくれていたと思うんだけどね。何年か前だけど最後、ちょっとコミュニケーションを取った時には「聴いている」って言っていたから。
(山内あゆ)ああ、そうですか。
(ジェーン・スー)そう。ありがとうございました。本当に。いろいろと私たちに教えてくださって。姿でね。姿で教えてくださって。でも、いろいろ聞きたかったけどね。今の日本とか、海外、世界情勢とかについての久米さんの意見はすごい聞きたかったけど。でも、それは言わないでおく。そこは、何て言うの? うーん……意地汚いことはしたくないのよ。久米さんに対して。わかる? なんとなく。だから、ありがとうございました!
「久米さんにいろいろ聞きたかったけど、それは言わないでおく。久米さんに対して意地汚いことはしたくない」という最後のスーさんのコメントにグッと来ました。スーさんと久米さんの楽しそうな交流、ラジオで聴いていてとても楽しかったのを思い出しました。久米さんの御冥福をお祈りいたします。
空気階段の鈴木もぐらさんが2026年1月12日放送のTBSラジオ『空気階段の踊り場』の中で2026年元旦にパチンコに行き、大負けしていた状態から大爆発してしまったため、GLAY・TAKUROさんの家の新年会に遅刻してしまった件について話していました。
(鈴木もぐら)いいじゃないですか。みんなで(『芸能人格付けチェック』を見て)汁を出してね。私は実際にパチンコで汁を出そうと思いまして。一応元旦、予定が夜の7時ぐらいにあったんだけど、それまでは何もないから。だったらちょっと、昼間からパチンコに行こうと。新年一発目だし。それで、行ったんですよ。っていうのも初詣とか、家族で行って。それでみんな、その日に帰っちゃったから。
(水川かたまり)ああ、東京に来ていてね。
(鈴木もぐら)そう。それで行ったんですけど。そしたらもううんともすんとも言わず。どんどんどんどん、諭吉も渋沢も吸い込まれまして。気づいた時にはもう5時過ぎぐらいの時点で、8万負け。
(水川かたまり)バカみたいだよ。本当にバカみたいだよな、お前って。
(鈴木もぐら)2026年。
(水川かたまり)2026年もさ、本当にバカみてえだよな、お前(笑)。
(鈴木もぐら)1月1日から8万負け。パチンコに行って。「何だ、こりゃ?」って。
(水川かたまり)俺もちょっとだけ行ったの。
(鈴木もぐら)ああ、行ったの?
(水川かたまり)そう。昨日まで3日間、茨城に泊まりで。本当にちょっとだけ時間があって。本当にすごい、何も周りにいないところで。でもホテルの目の前がパチンコ屋さんだったから。本当にやることもないし。初めてぐらいかも。自分で「ちょっとやってみようかな」みたいなので。でも、本当にもう一瞬。
(鈴木もぐら)いくら?
(水川かたまり)ええと、5000円ぐらい。
(鈴木もぐら)ダサッ!(笑)。5000しか使ってねえのかよ、こいつ? 当たるわけねえじゃん(笑)。捨ててるようなもんだよ、お前。5000円を。バカじゃねえの?(笑)。
(水川かたまり)「バカじゃないの」ってお前、8万使ってるんだろ?(笑)。
(鈴木もぐら)いやいや、8万ぐらい使わないと。5000円使うやつには言われたくないよ。俺、5000円でやめる人間には。そんなもん、もう金を捨ててるようなもんだから。そんなの。
(水川かたまり)全然楽しくないわ。
(鈴木もぐら)それで5時半ぐらいにようやく当たったの。で、「まあまあ、半分でもいいから取り返してくれたらいいわ」って。しかも今のパチンコってね、当たりだしたら性能がすごいから、めちゃくちゃ早いし。出玉もめちゃくちゃ出るから。だから「なんとか4万、返してくんねえかな?」ぐらいの感じで打ってたんですよ。そしたら、もう4万返してくるどころか、当たりが止まんなくて。「これはやばい! 全部、8万も取り返すぐらいの出方をしてるぞ。やべえやべえ!」ってなって。で、8万も取り返したけれども、まだまだ止まんないのよ。プラスの域に入っても。
うわっ、昼間からずっと、元旦から8万突っ込んで最悪の気分になっていたところから当たって、それでまくってるから気分はもう最高ですよ。最高潮。「よっしゃ!」っつってもうイケイケなんだけど……ただ、予定の時間が迫ってるわけ。で、その予定っていうのがGLAYのTAKUROさんの新年会だったんですよ。
(水川かたまり)ああ、言ってましたね(笑)。
(鈴木もぐら)だから「これはやばいぞ」ってなって。
(水川かたまり)パチでTAKUROさんの新年会に遅れるわけにはいかないよ?(笑)。
(鈴木もぐら)ただワンチャン、「行く時間を言ってなかったらまだあるな」と思って。「何時までに行く」とか。それで(オズワルド)畠中が一緒に行く予定だったから。一応当日、畠中と嶋佐さんがと俺が芸人で行くことになっていて。嶋佐さんは普通に別で行っていて。で、畠中に「俺が行く時間ってTAKUROさんにまだ言ってないよね?」って言ったら畠中が「いや、もう伝えてるよ」「ああ、そう?」ってなって。それでもう、一応取り返してはいるし。取り返してさらにもうプラス1万、2万ぐらいのところまで行ったんですよ。だからもう、俺はその時点で勝ってるわけよ。で、そこでやめれば間に合うのよ。TAKUROさんの新年会にも間に合うんだけど……でも、いろいろ考えた時に「いや、俺、18からパチンコをやってきて」って。
(水川かたまり)いろいろ考えるなよ?(笑)。
(鈴木もぐら)「それで1月1日にパチンコに来て、8万も負けてたところからこうやって出さしてくれて。これはもうパチンコの神様が俺にくれたプレゼントじゃないか? ここで俺はハンドルを離してTAKUROさん家に行くような、そんな人生を歩んでない!」って。
(水川かたまり)TAKUROさん家に行けよ!(笑)。
(鈴木もぐら)やっぱパチンコとの方が俺、付き合いが長いから(笑)。
(水川かたまり)TAKUROさんよりも?(笑)。
(鈴木もぐら)それはTAKUROさんの方はね、知ってる時間は長いよ? 俺、小2ぐらいから知ってるから。もう。一方的にね。ただ、双方向でお知り合いというか、お付き合いをさせていただくようになったのはこの2年とか3年とか、そのぐらいじゃないですか。で、パチンコの場合は……。
(水川かたまり)18から双方知り合い。
(鈴木もぐら)双方知り合い。存在は4歳から親父にね、打たされていたからそのぐらいから知ってますけど。だから「ここはもう、俺は離せない! もう全力全開で行く!」ということで……もう結局、5万発出たのよ。やっぱりパチンコってさ、なんて言うの? 「5万発」っていうのは本当に夢の数字。サッカーで言ったらハットトリックみたいな数字なんだけど。お前、今全然驚かなかったけどさ、(作家の)永井さんが今、すごい驚いてたの。のけぞっていたんだよ。気づいた? 永井さんが今、無音で「はっ、はっ!」みたいになっていたの。
(水川かたまり)「5万発」っていう数字に?
(鈴木もぐら)まあ、それは永井さんは5000円でイモ引くような人間じゃないから。ちゃんとパチンコをしているからね。お前、何もピンと来なかっただろう? でも本当にね、そのワールドカップでハットトリックぐらいの数字なんですよ。5万発、出て。やっぱりパチンコって本当に不思議で。用事があったりとか、時間がない時に限って出るのよ。でもそれはそうとはいえ、出てもまあ1万発とか、2万発とかなんだけど。やっぱり相手がTAKUROさんをお待たせしてるとなると、もう桁が違うわけ。もう5万発なんですよ!
(水川かたまり)台も引き止めようとしてくるんだ。「もうTAKUROのところ、行くなよ!」って(笑)。
(鈴木もぐら)そうそう。普通はワールドカップ出場ぐらいなんですよ。誰かを待たせてたりとかすると。それがもう、TAKUROさんぐらいのお方を待たせるとなると、ワールドカップでハットトリックぐらいのレベルまで出ちゃうわけ。これはでも、出たは出たけどどうしよう?ってなって。でも、お待たせしてしているし、これは絶対に行くじゃん? 行くけど、どうTAKUROさんに言おうかってタクシーの中とかでも迷っていて。で、畠中はなんとなく「仕事で遅れている」みたいな感じでたぶん言ってるのよ。それで「すいません! 仕事で遅れました!」って言えば、まあ丸く収まる。でもなんか、それをやっちゃうと俺、まずパチンコにも悪いというか。5万発も出してもらってるのに。付き合い長いしさ。「お前、さっきの俺の5万発、何だったんだよ?」って思われそうだし。
しかも元旦にTAKUROさん家に招いてもらって。それでTAKUROさんに1月1日から嘘をつくのか?っていうことも考えたら「そんなのはやっぱりダメだ。やっぱりパチンコにもTAKUROさんにも俺は誠実に生きなきゃダメだ」と思って。正直にTAKUROさんに「すいません、パチンコを打って遅れました」って言おう。その時点で1時間ぐらい遅れてました。それで……。
(水川かたまり)生意気すぎるって、お前(笑)。生意気すぎるよ、本当に。何をやってんだよ?(笑)。
(鈴木もぐら)「ダメだ。本当にダメだ」と思いながらよ、でも「パチンコ、ありがとう」という気持ちもあり。「申し訳ない」という気持ちも抱えながら。
(水川かたまり)きっとすごい、錚々たる面々がいらっしゃるでしょう?
(鈴木もぐら)そうですよ。いろんな方。とんでもない裏方の人とかもいるからね。要は、もうフィクサーみたいな人もいたりするし。表の人だけじゃなくてね。その人のご家族とかもいっぱいいて。そこで「◯時から」ってなっていて。で、僕と畠中は「◯時に行きます」という風になっていて。その中で私は一番ザコです。ペーペー。「汚物は消毒だぁー!」のやつですよ。北斗で言ったら。あいつがサウザーの前に1時間、遅れて来るわけですよ。その状態なわけですよ。
(水川かたまり)即殺じゃない?
(鈴木もぐら)即殺です、もう。即殺状態で。ただ、私は即殺されても謝ろうと思って。で、TAKUROさん家に行って。そしたらもう、ご家族が出迎えてくれて。「こちらです」って行ったら、もう本当にTAKUROさん家ってすごいのよ。それこそ本当にさ、サウザーがあの子供たちに飯を食わせなくて。自分でだけが食ってるめっちゃ長いテーブルがあるんだけど。それがまず1個、バーン!ってあって。それの横にバカ殿の広間みたいなのがついていて(笑)。もう、とんでもないのよ! 長に長をくっつけて、みたいな。
(水川かたまり)あれってフジテレビにしかないじゃないの?
(鈴木もぐら)フジテレビとTAKUROさん家にあるんだって。それぐらいで、そのバカ殿の長いその座敷の方にTAKUROさんがいらっしゃって。そこにバーッて10人ぐらいいたかな? いろんな方がいて。裏方の方もいて。それでそこに畠中と畠中と嶋佐さんもいたの。それで「すいません。TAKUROさん、今日はちょっと遅れてしまって申し訳ないです」「あれ? 仕事じゃないの?」みたいな。やっぱり畠中は「仕事だ」って言ってくれていて。「仕事だったら全然、いいじゃない。1月1日から忙しくて」って。
で、俺はそこで絶対に言うんだと思って。「いや、TAKUROさん、すいません。仕事じゃないんです。嘘です。嘘をつきました」って言ったら、その瞬間にピーン!って空気がめっちゃ張り詰めて。
(水川かたまり)やべえ、即殺だ……。
(鈴木もぐら)「うわっ、これは……」って。だから俺もちょっと甘えていた部分があるんだよ。TAKUROさん、すごく優しいじゃん? でも、やっぱりいろんな人いるし。芸人だけじゃないし。いろんな業界の人もいるし。で、俺が「すいません、嘘です」って言った時にピーン!ってさ、とんでもない空気になったわけ。別に畠中とか嶋佐もなんか言ってくれるわけじゃないし。でも「言おう」と決心して。「すいません。あれは嘘で。僕、パチンコを打ってました。すいません!」って言ったら、シーン……って。「やばい。これ、マジでやべえ!」と思って。畠中さんとかも全然、笑ってないの。あの畠中がさ、苦笑いしてる時、あるじゃん? 泣きそうな……「泣くのかな?」みたいな。
(水川かたまり)あるある(笑)。なんか泣きそうな時、あるよね。いたたまれない時の畠中の。
(鈴木もぐら)「うわっ、やばっ! あの顔で俺を見てるじゃん。これは……」って。で、嶋佐さんとか「おい!」とかもなくて。本当に空気がやばかったから。それで、もしかしたら人それぞれにいろいろ地雷とかあるし。「俺、踏んじゃいけないものを踏んじゃったのかな?」と思って。そしたらTAKUROさんが「パチンコを打ってた? で、結果はどうだったの?」「あの……5万発、出まして。すごい、20万ぐらい勝ちました」って言ったらその瞬間、TAKUROさんが「よくやったっ! めでたいっ! 明けまして、おめでとうーっ! よくやったーっ!(拍手)」ってなって(笑)。
(水川かたまり)フハハハハハハハハッ!
(鈴木もぐら)「あぶねえ!」ってなって(笑)。で、TAKUROさんが「よくやった!」って言ったらみんなで「おい、何やってんだ、お前! おいっ! もう正月から……まあ、でもしょうがねえか。パチンコ、いつもやってるんだもんな!」って。やっぱりさ、本当にあの人、優しい人で。だから本当に正直に言ったことによって……それはまあ、結局はTAKUROさんが優しかったから全部、丸く収めてもらっただけなんだけど。ただ本当にね、その空気がピーン!って張り詰めた時。本当にその時はもうまるでね、もう千のナイフに胸を刺されたような感覚でした。
(水川かたまり)フハハハハハハハハッ!
(鈴木もぐら)というわけで、2026年1曲目はもうこの曲しかないでしょう。GLAYで『千ノナイフガ胸ヲ刺ス』。
(水川かたまり)反省しろよ……。
(鈴木もぐら)反省してまーす(笑)。
「TAKUROさんにもパチンコにも誠実に生きたい」という思いでバカ正直に「パチンコを打っていて遅刻した」と告白したもぐらさん。そしてそれを受け止めて「よくやった!」と言ってくれたTAKUROさんの器の大きさ。どちらも素晴らしすぎるエピソードでした!
オードリー若林さんが2026年1月10日放送のTBSラジオ『オードリーのオールナイトニッポン』の中で両国国技館で行われたスターダム大会でプロレス再デビューを果たしたフワちゃんの試合を見に行った話を紹介。隣で見ていたFUJIWARA・藤本さんのうるささについて話していました。
(若林正恭)そういえばフワちゃんのさ、プロレス。あれも年末だったじゃない? スターダム。あれ、行ったの?
(春日俊彰)あれ、見に行った。行ったよ。
(若林正恭)お前、いるんだろうなと思ったんだけどさ。結構、そのフワちゃんの友達席みたいなところにさ、いなかったよね?
(春日俊彰)いない、いない、いない。
(若林正恭)前の方で見てたの?
(春日俊彰)一番後ろの方。
(若林正恭)えっ、そうなの?
(春日俊彰)そうそうそう、そうよ。
(若林正恭)そうなんだ。家族だから?
(春日俊彰)いやいや、別に。普通にチケットを取って一番後ろの席……あれは3階か。すっごい迷ったな。
(若林正恭)そういうことなんだ。1人で?
(春日俊彰)いやいや、クミさんとね、子も見たいっていうので。
(若林正恭)3階席、国技館だったじゃない? じゃあ上の方だ、結構。
(春日俊彰)だいぶ上の方。もう本当、3階席の壁のちょっと前ぐらいのところで。
(若林正恭)ああ、そうなんだ。いやいや、俺はもうずっと楽しみにしていて。まずもってそのフワちゃんのデビュー戦も楽しみだし。で、フワちゃんの仲のいい人たちがいてさ。で、受付でさ、フワちゃんがあれ、やってくれたんだと思うけどさ。Tシャツ、プレゼントしてもらって。フワちゃんのTシャツ。
(春日俊彰)へー。いいな!
(若林正恭)俺、ほら、プロレスを結構見に行くじゃん? で、テンションが上がっちゃって。トイレでフワちゃんのTシャツにすぐ着替えて。
(春日俊彰)ああ、いいよ。そういうもんよ。
(若林正恭)で、そんなにフワちゃんの友達たちが一列にいるとは思ってなかったから。俺、行ったら渡辺直美ちゃんも吉村もタイムマシーン3号の山本さんもみんな、Tシャツを着てなくて。「やべえ」と思って。
(春日俊彰)みんなももらってるはずなのにね。
(若林正恭)でも座ってからフジモンさんが真横で。で、(お見送り芸人)しんいちとあとぱーてぃーちゃんの信子がいて。その3人とも、Tシャツを着てたから「ああ、よかった」と思って(笑)。
(春日俊彰)ああ、いいね!
(若林正恭)で、吉村と直美ちゃんと山本くんはなんかしっかり見てるって感じなんだけど。フジモンさんと信子としんいちがうるさいのよ。
(春日俊彰)うるさい? 応援してるんじゃなくて? 「行け!」とか「頑張れ!」とか「立て!」とかじゃなくて?
(若林正恭)いや、それはいいじゃん。そうなんだけど。フワちゃんの試合だったらいいんだけどもう全然、 第1試合ぐらいからフジモンさんがなんか「上げろー!」とか「飛べー!」とか。会場で一番ぐらい声出してるのよ。で、「楽しんでんな!」と思って。それ、フワちゃんの全然前の試合よ。ずっと。それから「しんいち、あの今、すごい技を決めた選手、なんていう選手?」って聞いて。で、しんいちがたぶんスマホで調べて。それで「ボジラっていう選手です」って言ったら、それを聞いて「ボジラー!」って言って(笑)。
(春日俊彰)早いね。入荷してから出荷が早い。
(若林正恭)「ゆずポーン!」とか。ずっと言ってんのよ。それでフワちゃんの試合、すごかったじゃん? それでフワちゃんに挨拶、行った?
(春日俊彰)行ってない、行ってない。
(若林正恭)じゃあ普通にスターダムのファンとして試合を見て?
(春日俊彰)でもヅカ(作家・飯塚)とかに会ったわ。
(若林正恭)ああ、ヅカも来てたの?
(春日俊彰)国技館で席を探していたのよ。で、なんかぐるぐる回ってたの。「どこなんだ?」って。3階席ってわかってないから。「ないな、この番号?」って。で、なんか地図みたいなの、あるじゃない? で、いろいろぐるぐる回ってたらさ、ヅカがなんかさ、ベンチに座ってさ。パソコンかなんか、いじってたのかな? 「なんだ、これ? スカしてんじゃないか? ハスッてるんじゃないか?」と思って。「何やってんの?」って言ったら「あっ、ああっ!」なんつって。なんか誰か……あれは舟崎くんを待ってたんだっけ? 「待ち合わせで……」なんて。
(若林正恭)舟崎と?
(春日俊彰)そうそう。2人で行っているなんていうので。会ってさ。で、席を聞いてもわかんないしさ。ヅカに聞いてもちろんわかんないしさ。ずーっと私、ぐるぐる回ってね。上の方の席で。おじさんばっかりだったわ、なんか。そこの前をこうやって通ってさ。小さい子なんていなかったけどね。その後ろでずっと見て。最後ぐらいまでずーっと見て。普通にプロレスを全部、見て帰るみたいな。そんな感じ。
(若林正恭)ああ、そうなんだ。それでなんか挨拶に行けてさ。フワちゃんのところに。で、すごかったじゃん。すさまじい試合だったじゃん? もう、だってトップロープから場外に飛んでたもんね。ドームの時も飛んでたけどね。
(春日俊彰)飛んでたけど。それよりもさらに高かったんじゃない?
(若林正恭)で、首とかも青アザだらけで。
(春日俊彰)まあエルボーを食らってるからね。
(若林正恭)もう首のところがめっちゃ青くなっていて。体じゅう、もう傷だらけで。赤くなっていて。で、みんなでその席の人たちと待ってたのよ。そしたらフジモンさん、フワちゃんが来る前に……「フジモンさん、楽しむのはもちろん一番、いいことだと思うんですけど。あんなに知り合い席で声、出さないですよ。普通?」「なんやねん!」「いやいや、しんいちから選手の名前を聞いて、すぐに言ってたじゃないですか?」「なんやねん! 何が悪いねん?」みたいになって。「いやいや、だって会場で一番、声出してませんでした?」「ええやないか! お前もどうかと思うで? 横でジトッとした目で……なんや、お前? あの見方?」「じゃあ、間がいいですね。俺とフジモンさんの」みたいな話になって。
(春日俊彰)まあま、たしかにね。
(若林正恭)で、その後にまた帰ってきて……だから休憩があったじゃない? その間に挨拶、行ったのかな? で、席に帰ってきた後の試合もずっと……フワちゃんの試合が終わってもずっと選手の名前を叫んでいて。で、なんかたぶん仕事なんだろうね。だから先に出なきゃいけないみたいな。ずっと俺は知り合いじゃない感じの雰囲気は出してたんだけど。で、フジモンさんが帰る時、俺の目の前に来て「お前、あかんで! 声出さな。今、出してみ?」って言われて。「いやいや、やんないですよ。そんなこと」って。で、隣の山本くんに「若林が声出すか、ちゃんと見といてや?」とか言って(笑)。で、最後のメインの試合、あまりにも興奮してちょっと声、出してたけどね俺(笑)。「返せー!」とかは言っちゃったけどね、あまりにも。
(春日俊彰)思わず言うみたいな。
(若林正恭)思わず言うならいいよね? うん。でも楽しんでた。「こういう人が一番楽しんでるんだろうな」みたいな。めっちゃファンになって帰っていたわ。
(春日俊彰)プロレスもね、楽しかったんだろうけど。あとフジモンさん、暗いやつが嫌いだからね。「なんやねん、お前!」って(笑)。
(若林正恭)言われた。「ジトッとした目で見て」って。
(春日俊彰)そう。他の芸人もいる中でやっぱり若林さんがロックオンされたっていうのは暗いから。こんなに盛り上がっている派手な、すごい激しい試合なのになんでお前、暗いんだよ?っていうところで目つけられたんだよ。たぶんね(笑)。
(若林正恭)だから「静と動」という意味だけど。「お前、静やな。お前。お前、静すぎんねん」って言われたよ(笑)。
(春日俊彰)そうだね。プロレスを見ているのにしては静かすぎるっていう(笑)。
(若林正恭)で、初めてだったのスターダムの女子プロレスを見るのが。ずーっと見に行きたかったんだけど、なかなか……ずっと調べたりしてたんだけど。ようやく行けて。だから「ああ、こういう感じなんだ」って思うのがあったけど。あんなに声は出せない。タイプ的に。
(春日俊彰)まあね。しかも知り合い席だったらね。普通の席だったらまだ……だから周りも、私の近くとかでも声、出してるもんね。
(若林正恭)ああ、そうだよね。プロレスだからね。
(春日俊彰)だからそういうの、あるじゃん? 野球でもそうじゃない? 声を出して応援したい人はスタンド席。静かに見たい人は外野指定席とか、あるじゃん? だからその声出し席の声の出し方してる人なんだよ。フジモンさんは(笑)。
(若林正恭)それで声も通るじゃん? もう全員にバレてたと思うよ、たぶん? まあ、いいんだろうけど。その楽しむ方で。でも楽しそうだったよ。信子としんいちとフジモンさんの3人は。「プロレスを観るってこうだよな」って思ったっていうか。
(春日俊彰)まあ、そうだね。入り込んだ方がね、それは楽しいし。なんでも。
(若林正恭)ファンになって帰っていくっていうのはあったけどね。すごい試合だったな。本当にすごい試合だったな。もともと運動神経がいいからね。あの人、フワちゃんは。あと筋肉がさ、リングに立ってる姿を見たらすごくなかった? 足とか。ねえ。筋肉の筋がこうバーッて入ってるっていうかさ。
(春日俊彰)体つきも厚くなってましたね。
(若林正恭)めっちゃトレーニングしてるんだよ。そりゃ。
(春日俊彰)しているんじゃない? 毎日ね。それはもう激しいトレーニングを。
(若林正恭)やっぱり性格的に向いてるのかな? プロレス。厳しいだろうけど。
(春日俊彰)まあ、向いてるのもあるだろうし。好きというかね。そこじゃないですか。本当に。
(若林正恭)たしかにそうだわ。
(春日俊彰)武藤さんじゃないけど、そのプロレスLOVEですよ。それがないとね、毎日激しい……。
(若林正恭)声出したの、お前? あかんで、声出さないと。何やねん、お前! 静やな、お前! フワちゃんと写真を撮る時、「静、お前、俺の横、来い! 動と静でバランスを取らなあかんわ!」って言ってたよ。フジモンさん(笑)。
(春日俊彰)なるほど。どっちかだけじゃないってのはわかってるんだね。フジモンさんもね(笑)。両極端っていうのはわかってるんだな(笑)。

ずっとうるさいのはちょっと厳しいかもですけど、フジモンさんなりにスターダムのプロレスを楽しまれたみたいでよかったですね! 何事も盛り上がったもん勝ちなところはあるので素晴らしいと思います(笑)。
安住紳一郎さんが2026年1月11日放送のTBSラジオ『日曜天国』の中で2026年お正月の生放送中に第一子が誕生したことを報告した話をしていました。
(中澤有美子)あとはホイアンという古い港町。日本人もはい。1600年代には1000人は住んでいたというところ。世界遺産なんですけれど。そこに行って、水面に映るランタンを眺める年越しをするという。
(安住紳一郎)ベトナムで年越し?
(中澤有美子)はい。
(安住紳一郎)新しい人生のステージですね。
(中澤有美子)フフフ(笑)。安住さんの日の出に伴うお子様出産のお知らせを後で拝見して。大変めでたく思いました。おめでとうございます。
(安住紳一郎)そうですか。ありがとうございます。それ、なにかディレクターに「言え」とかって言われたんですか?
(中澤有美子)いいえ、何も(笑)。
(安住紳一郎)そうですか(笑)。
(中澤有美子)何も何も、本当におめでとうございます。
(安住紳一郎)ありがとうございます。年末に私も家族が1人、増えまして。女の子が生まれました。父親になったということで新年、また新たな気持ちで迎えることになりました。こんなね、人生になるって予定してなかったんで、自分でもびっくりしたんですけれども。また、いろいろな新しい発見などもあり。
(中澤有美子)そうですね。
(安住紳一郎)また、自分自身が嫌になることも多々あり。
(中澤有美子)ええっ!?(笑)。ああ、そうですか?
(安住紳一郎)いろいろな、皆さんからアドバイスをいただいたりして過ごしていますけれども。私自身ね、ちょっとなかなか性格的に変わったところがあるので。あんまり家族に迷惑かけたくないなという気持ちがして。第一声は「ごめんなさい」っていうことをね、言っておきましたね。すみません。いろんなことがあると思うんです。また今年1年もどうぞよろしくお願いいたします。
(中澤有美子)どうぞよろしくお願いいたします。
お正月のヘリコプター中継の中でいきなり飛び出した安住さんの第一子誕生報告、びっくりしましたね! 家族のことを思うあまり、第一声で「ごめんなさい」と言ってしまったというのも安住さんらしくて最高です(笑)。
ナイツ塙さんが2026年1月10日放送のTBSラジオ『ナイツのちゃきちゃき大放送』の中でちゃんみなについてトーク。練馬・光が丘のよさこい祭でちゃんみなさんのライブの前説をやりかけていた話をしていました。
(塙宣之)HANAがすごいですよ、人気が。
(土屋伸之)HANA。紅白にも出てましたけど。
(塙宣之)なんかね、去年のHANAの売上が26億円だって言ってたね。CDとか、そういうのだけで。テレビでやっていた。
(出水麻衣)すごいですね!
(塙宣之)ちゃんみながね、練馬なんですよね。光が丘なんですよ、あの人。ちゃんみなって。それで何年か前にね、練馬の光が丘でね、よさこい祭りっていうのをやってるんですよ。1回、コロナかなんかでなくなって、また復活したのかわかんないんだけど。それに「出てくれ」って言われて。ちょっと練馬の友人がその主催者をやっていて。で、よくわかんないんだよ。「よさこいの司会をやってもらえないか?」って言われて。「ちょっとそれは……俺、よさこいってあんまり知らないけど?」「じゃあ、ちゃんみなの前説をやってくれ」って言われたの。で、ちゃんみなって今はすごい有名なんだけど。俺、当時は知らなくて。
俺、なんかみりちゃむとかゆうちゃみとか、練馬発祥のギャルだと思っていたの。それで「俺、なんで地元のギャルの前説をやんなきゃいけないんだ?」と思って。それで「なんだよ、そのギャルみたいなの? おかしいだろう。だったらそのよさこいのやつ、ちゃんとやりますよ」とかって言ってやったんだけど。今、思えばあのちゃんみなだったんだ!って。
(土屋伸之)そうだね。名前で一瞬ね、ちょっとなめがちだよね。申し訳ないけど(笑)。「ちゃんみな」って言われると……(笑)。
(塙宣之)まあ、みりちゃむとかゆうちゃみとかをなめている感じになるけども。ゆきぽよとかもなめちゃっていた俺もよくないんだけども。
(土屋伸之)でも、その並びになっているって思っちゃう。ちゃんみなだと。
(塙宣之)だって45ぐらいの時にさ、そんな16ぐらいの……「なんで俺、練馬のギャルの前説やるの? おかしいでしょう?」ってなって。「ああ、たしかにそうですね」とかなって。今、思えばちゃんみなだって……。
(土屋伸之)もう、でもその頃からすごい人気だったってことだよね?
(塙宣之)いや、もうすごかったらしいよ。俺があんまり知らなかったんだけど。だから、すごかったらしい。そのステージも。
(土屋伸之)アーティストとして。
(塙宣之)そうなんですよ。ちゃんみな産駒に入っとけばよかったな……。
(出水麻衣)「産駒」(笑)。
(塙宣之)傘下だ(笑)。ちゃんみな傘下に入っとけばよかったな。
(土屋伸之)「産駒」って、馬?(笑)。サンデーサイレンスみたいなことだな(笑)。
(塙宣之)今、思えば。
(出水麻衣)ねえ。ちゃんみなさんにちょっと1回、叱ってもらったりとかしたいですよね。やっぱりなんかこう、熱い言葉で励ましてくれるから。
(土屋伸之)なんかああいうかっこいい系のね。やっぱり、女子にね。
(塙宣之)でも今、思えば俺、1回会ったことがあるんですよ。ちゃんみなに。
(土屋伸之)ああ、そのよさこいの前に?
(塙宣之)前に。俺もね、忘れていたんですけど。TBSの深夜番組で『オー!!マイ神様!!』っていう、爆笑の田中さんとカズレーザーとちゃんみなが3人で司会をやる番組があって。自分の神様をそこでプレゼンするっていうので。で、僕は細野晴臣さんのことをその番組で「好きなんです」ってプレゼンしたの。だからそのおかげで細野さんに出囃子を作ってもらったことがあったんですよ。それ番組がたぶん2018、9年ぐらいだったのよ。
(土屋伸之)ああ、その時にいたんだ?
(塙宣之)で、俺はそれを前、なにかで調べたらそこでちゃんみながたぶん天才高校生みたいな感じでMCをやってたんだよ。その時からもう、すごかったんだよ。あの人。
(土屋伸之)ああ、そう?
(塙宣之)まだあんな、今よりはちょっと少しまだ格好もね、奇抜ではなかったと思いますけどね。だからあの人、すごいんだね、昔から。
(出水麻衣)若い時から。カリスマなんだ。
(塙宣之)カリスマなんです、実は。それに抜擢してたんだもん。だってその『オー!!マイ神様!!』は。
(土屋伸之)その頃からもうアーティストとしてカリスマ高校生?
(塙宣之)だったと思いますよ。たぶん、ラップとかそういうので。じゃないとだってね、選ばれないもんね。
(出水麻衣)世界観の作り方が上手だなというか。まあ「上手」といいますか……見てると引き込まれますもんね。
(塙宣之)だから、そのHANAで思い出した。今、思えば。
光が丘のよさこい祭でライブをするちゃんみなさん、すげえ! 塙さんも司会で出てくるし、光が丘のよさこい祭、豪華すぎですね(笑)。
野田クリスタルさんが2026年1月8日放送のニッポン放送『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』の中で半導体不足による任天堂の株価下落についてトーク。今後、半導体不足によって価格が高騰することを見越してパソコンやiPhoneなどを全て買い替えたと話していました。
(村上)単純にでももう『マリオカート』とかもすごいじゃない? グラフィック的なやつとか。
(野田クリスタル)ああ、『マリオカート ワールド』ね。
(村上)やった? フリーラン。あれ、すごいな!
(野田クリスタル)やった、やった。景色を見ながら走るのね。オープンワールドで。
(村上)オープンワールドでレースせずに好きに走っていい。それって何がおもろいの?って思ってたけど、なんかやっちゃうんだよね。きれいすぎて。
(野田クリスタル)今、そのマリオもそうだし。あとドンキーコングもそうで。
(村上)えっ、どこにでも行けるの?
(野田クリスタル)どこにでもっていうか、全部が壊せるじゃんみたいな。
(村上)いや、すごくない?
(野田クリスタル)ドンキーコング、全部が……なんか壁がないっていうか。
(村上)グラセフより? グラセフより壊せんの?(笑)。
(野田クリスタル)「グラセフより壊せる」と言っていい。
(村上)じゃあ、もうすごいよ! 旧グラセフに比べたらね。いや、だから面白いなと思って。ゲーム、久しぶりにちゃんとグッとやってみて。だから僕もさ、あなたのゲームのさ、「こんなに作るの、ムズいんだ」っていう話とかよく聞いてるから思っちゃうわけよ。波があるじゃない? 海があるじゃない? 『マリオカート』に。海の波でさ、上手いことボタンを押したらバーンって速く行けるみたいな。「この判定とか、どうなってるんだろう?」とか考えちゃう。「なにをどう判定して、ここで波があることになってるんだろう?」とか、思っちゃうんですよ。すごい。面白い。
(野田クリスタル)まあ、本当に今は製作費の高騰で……今だからこの値段でやれているっていう。今、一番やっておいた方がいい時期かもしれないね。ゲーム。
(村上)ああ、そういうことね。もっと、どんどん上がってくってこと?
(野田クリスタル)上げざるを得ない。まあ、もう知ってるかもしれないけど。今、ちょうどね、任天堂の株価がグンと下がってますけど。まあ本当に半導体不足で……。
(村上)とんでもなく不足してるみたいで。それが株ともやっぱりつながってくるんですね。
(野田クリスタル)そうですね。本当に大変ですよ。
(村上)だから、値段は上がるんですね?
(野田クリスタル)俺は正直言うと「上がる」と思ったからiPhoneとかを全部……パソコンもiPhoneも全部、買ったのは「今後、どうせ上がっていくから今が一番買い時だ」と思って。
(村上)もうでもさ、だって何千円とかでしょう? 『マリオカート』のソフトとか。いやもう安いよ! あのクオリティを考えたら。野田ゲーっていくらよ?
(野田クリスタル)野田ゲー、1000円……(笑)。
(村上)高いよ! 8分の1なわけないじゃないですか。8000円だとして(笑)。ごめんなさい。そのね、開発に関わってる方がいると思うんですけど。あれが1000円だったらもう……『マリオカート』が10000円弱ぐらいだったらもう、めちゃくちゃ安いよ。
(野田クリスタル)まあ製作費の割合だけで言ったらはるかに向こうのが行っているからね。
(村上)そうだよね。いや、すごい面白いんですね。Nintendo Switch 2、素晴らしかったです。

半導体不足によってあちこちに影響が出ており、Nintendo Switch 2用の製造コストも上がる懸念から任天堂株が売られているんですよね。Switch 2の価格も近いうちに上がりそうだと言われているので、ほしい人は早めに購入した方がいいと思いました!
野田クリスタルさんが2026年1月8日放送のニッポン放送『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』の中でNintendo Switch 2ソフト『カービィのエアライダー』についてトーク。「レースゲーム史上、一番盛り上がる構造にしている」と話していました。
(村上)で、山口から帰る時にちょうど近くで地震が起きちゃって。新幹線が止まったんですよ。数時間。
(野田クリスタル)超便利じゃん!
(村上)Nintendo Switch 2! すごい! 初めて、僕は外でやったんです。Nintendo Switch 2を。すごい……もう、テレビじゃん? テレビを持っていってる状態じゃん。僕らのファミコンでいうところの。
(野田クリスタル)画面もでかくてさ。で、ねえ。ちゃんと立てることもできて。
(村上)桃鉄と。もう最高! 最高(笑)。「桃鉄ではもう何回も東京に着いてるんだけどね」みたいな冗談も言いながら。
(野田クリスタル)しかも細かい駅もね。
(村上)そうそう。見れてね。だからNintendo Switch 2は本当に素晴らしいですね。よかったです。買って。
(野田クリスタル)あれをやってほしいですね。『カービィのエアライダー』。
(村上)それ、すげえ言われる! みんなに。「Switch 2、買った」っつったら「あれ、やってないの? カービィのやつ」とかって。何がすごいの? そんなに面白いの? 大爆笑? 大爆笑できるなら、即やるよ?
(野田クリスタル)いや、でも……レースゲーム史上、一番盛り上がる構造にしてる気がする。
(村上)何? 『マリオカート』的な? 『マリオカート』の空バージョン?
(野田クリスタル)で、『マリオカート』なんだけども操作がまず、めっちゃ楽なんだけども。オートで走るし。基本的には。でもなんか、めっちゃ順位が変動するのよ。
(村上)アイテムで?
(野田クリスタル)アイテムやら、コースの構造で。だからもう、大逆転しまくるんだよ。それがマジで超盛り上がる!
(村上)ああ、なるほどね。初心者でも勝てたりするっていうことね?
(野田クリスタル)なんかとにかく盛り上がるようにできてるんだよ。どういう仕組みで……今後、たぶんテレビであれ、めっちゃやるんじゃないかなと思った。
(村上)ああ、企画で? ええっ!
(野田クリスタル)俺、その匂いを今回、すごい感じた。
(村上)あなた、やってんの?
(野田クリスタル)やってる。
(村上)面白いの?
(野田クリスタル)面白い!
(村上)やるか……えっ、『F-ZERO』より面白いの?
(野田クリスタル)『F-ZERO』(笑)。
(村上)あ、ちょっと質問、変えるわ。『F-ZERO』より速いの? 『F-ZERO』よりは速くないでしょう?(笑)。
(野田クリスタル)とにかく、『F-ZERO』よりは見やすい(笑)。遥かに見やすい!
(村上)『F-ZERO』より機体、かっこいいの? カブトガニみたいなやつとか、いるの?(笑)。
(野田クリスタル)お前、今『F-ZERO』やってみ? 本当に目が終わるかと思った!
(村上)チカチカしてんの? あのコースの縁取り(笑)。
(野田クリスタル)俺、目が終わるかと思ったよ。久しぶりに……あの時はやっぱり目が鍛えられていたんだよ。当時。『F-ZERO』によって。
(村上)今のレースゲームは優しくてしょうがないよ。
(野田クリスタル)これが何かが全部、今はわかる! どんなに速くても。
(村上)何かはわかるだろう? 「なんか電気が走ってんだろうな」ってわかるだろう。あれだって。
(野田クリスタル)ニュアンスでね(笑)。
(村上)ええと、『カービィのエアライダー』ね。それはもう、やってみようかな。単純にでももう『マリオカート』とかもすごいじゃない? グラフィック的なやつとか。
星野源さんも「最高!」とべた褒めだった『カービィのエアライダー』、今後テレビなどの企画でもたくさん使われる定番ゲームになりそうですね。家族や友達で一緒にやって盛り上がれるのは素晴らしいと思います!

ナイツのお二人と清水ミチコさんが2026年1月8日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中でお正月のネタ番組で披露した漫才でミスを連発した爆笑問題・太田さんがTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』で90分に渡って反省トークをしていた件について話していました。
(清水ミチコ)なんか褒め合うようで気持ち悪いけど、ナイツさんの漫才もすごい褒められてたね。「他と違う」って。だから他の人はみんな、自分の中の美味しいネタをやってたけど。なんか実験的なことをしたとか……。
(塙宣之)もう早く……やっぱり時事ネタがいいかなと思って。お正月。なんか、ないんですよね。ちょうどいいネタが。
(清水ミチコ)まあ、そりゃそうだよね。
(塙宣之)そういう漫才がないから結局、作るしかなくて。爆笑問題さんとか僕らは。結局なんか、他のコンビは別に漫才コントみたいなネタ、あるじゃないですか。「◯◯をやりたい」とか。
(清水ミチコ)そうそうそうそうそう。鉄板っていうか。
(塙宣之)そもそも、そういうのがないし。あったとしても1月1日にいきなり「コンビニの店員がやりたい」とか言ってもおかしいから。だからやっぱり時事ネタの方がいいのかなと思ってやってただけなんですけど。
(清水ミチコ)紅白を振り返るみたいなことやってたから。
(土屋伸之)元旦のヒットパレードは紅白で。
(清水ミチコ)でもすごい勇気いるよね、それって。
(土屋伸之)まあ見てない人もいるから。
(塙宣之)見てない人もいるんですけど、でもまあいいやと思って。
(清水ミチコ)「まあいいや」って、よくその境地になれるね? 私、「まあいいや」っていう人が一番強いと思っていて。(ガッポリ建設)小堀さんじゃないけど 。
(塙宣之)「滑ってもいいや」と思って受けた我々と「受けた方がいい」と思って滑った爆笑問題の違いです。
(土屋伸之)やめろよ(笑)。やめろ、太田さん、また気にするから!(笑)。
(清水ミチコ)深夜放送で気にするから(笑)。
(土屋伸之)すごい落ちこんでいたんだから(笑)。
(清水ミチコ)あんな放送、ある? 自分の反省をとうとうと聞かせて(笑)。
(塙宣之)90分(笑)。
(土屋伸之)全然メールを読まない(笑)。コーナーに行かないでずっと漫才の反省(笑)。
(清水ミチコ)あれ、もっと炎上した方がいいよね?(笑)。失敗は誰でもあるから全然怒らないけどさ。誰も。その反省をクドクドとやるっていう方で炎上してほしい(笑)。
(土屋伸之)すごいですけどね(笑)。
(塙宣之)すごいですけどね。全部、新ネタでしたからね。爆笑問題さんも。
(清水ミチコ)あの世代でやってるのって、爆笑だけだよね?
(塙宣之)まあ、だから清水さんもそうですし。やっぱりすごいですよ。我々、その近くにいるから「やっぱりやろう!」みたいなところもありますよ。それは。
(清水ミチコ)そうかそうか。
『爆笑問題カーボーイ』の太田さんの反省トーク、面白かったですねー。そこにさらに新しい燃料を投下しようとするナイツ&清水ミチコさん。今年も爆笑問題とのバチバチなやり取りが繰り広げられそうで楽しみです!(笑)。
真空ジェシカ・ガクさんが2026年1月7日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で相方・川北さんが連発する爆笑問題・田中さんのあだ名に由来する発言「ウーチャカ」について話していました。
(春風亭昇太)真空ジェシカさん・ガクさん。最近、川北さんに言いたいこと、第2位は?
(ガク)「まーごめ」みたいに「ウーチャカ」を使うのはやめてほしい。
(川北)なるほど。
(ガク)こういう言葉……「まーごめ」とか「厳しい」とか、いろんな言葉を使って。全ての言葉の代替として使ってたりするんですけど。最近、そこに「ウーチャカ」という言葉がランクインして。
(川北)ウーチャカですよね。たしかに。
(ガク)「ウーチャカですよね」じゃないんだよ。なんにも。
(春風亭昇太)「ウーチャカ」というのは爆笑問題の?
(ガク)爆笑問題・田中さんのニックネームですね。
(川北)愛称ですね。
(ガク)ウーチャカを気に入っていて。でもなんにもウーチャカではないから。田中さんを呼ぶ時にしか使わないから。基本、ウーチャカは。
(川北)ウーチャカもだから、使えますよね。
(ガク)使えないから。
(春風亭昇太)ウーチャカはどういう時に使えるんですか?
(川北)いや、今日、どら焼きをいただきまして。あの、すごいウーチャカでした。
(ガク)ウーチャカじゃないだろ?(笑)。
(川北)ちょっと最初、ねえ。袋が開かなくて「ウーチャカかな?」と思ったんですけど。ちゃんと開いたし。で、食べたらやはり口の中でウーチャカが広がっていく感じがして。
(ガク)「美味しさ」ね?
(川北)とてもウーチャカだったので。まあ結果、厳しかったです。
(ガク)「美味しかったので嬉しかった」ね?
(川北)基本的にはね、厳しさの中にありましたけども。
(ガク)「嬉しい気持ちでした」ね?
(春風亭昇太)これ、周囲の人たちは戸惑ったりしないんですか?
(ガク)まあ、でも最初はたぶん皆さん、先輩とかも「なんだよ、まーごめって?」とか「何を言ってるんだ?」とか言ってるんですけど。言っても川北はなにも変わらないんで。もう皆さん、受け入れてますね。
(春風亭昇太)ああ、あえて意味を問うこともなく?
(ガク)はい。付き合ってくれてますね。「ああ、まーごめだね」とか。でも、なんとなくでわかってなくても先輩が優しさで「ああ、まーごめだね」とか返してくれるんですけど。そういうなんとなくでまーごめを使ってる人に対して川北は突然「えっ、そのまーごめはどういう意味ですか?」って聞いて来たりして。
(川北)「本当ですか?」って。なんか適当に合わされてるなっていうの、俺もバカじゃないんでわかるんですよ。
(ガク)お前のために寄り添ってくれて……。
(川北)「いやー、ウーチャカですね」「本当、ウーチャカだね」って言われて。「あれ? 本当ですか? 適当に合わせてないですか? 本当にウーチャカだと思ってますか?」とはちょっと思いますね。バカじゃないんで。「なめやがって」とかはなりますね。
(ガク)やめてほしいよ。ビクッとしてるから。先輩も。
(川北)ちゃんと気持ちを入れて「ウーチャカ」とか言ってほしい。
(ガク)気持ちとか、ないんだよ。
(川北)もちろん!
たしかに最近、川北さんが連発するようになった「ウーチャカ」。非常に汎用性が高くて非常にウーチャカですね。いつ、抜き打ちチェックが入ってもいいように気持ちを入れて使っていきたいと思います!
真空ジェシカ・ガクさんが2026年1月7日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で相方・川北さんが連発するカナメストーン山口さん由来の発言「厳しい」について話していました。
(春風亭昇太)さあさあ、恒例の……。
(川北)なにっ!?
(春風亭昇太)ゲストが選ぶベスト3。真空ジェシカのガクさんにですね、最近の活動で相方の川北さんに言いたいことベスト3を選んでいただきました。
(川北)最近の活動。
(春風亭昇太)では、行ってみましょう。真空ジェシカ・ガクさん。最近川北さんに言いたいこと、第3位は?
(ガク)「厳しい」は厳しい時だけに言ってほしい。
(川北)なるほど。
(ガク)今日も結構、出てたと思いますけども。
(川北)厳しいですね。
(ガク)「厳しい」という言葉をよく使うんですけど。
(川北)もちろん!
(ガク)これ、嬉しい時も楽しい時も「厳しい」って言うんですよ。
(春風亭昇太)じゃあ心が動いたらもう「厳しい」なんだ?
(川北)ああ、そうです。
(春風亭昇太)「じぇじぇじぇ」みたいなもの?
(ガク)そうですね。
(川北)ああ、厳しいですね。
(ガク)「ヤバい」とか。それに近いです。
(川北)「まーごめ」とかもそうですね。
(ガク)「まーごめ」もそうなんですけど。まあ、そもそもこの「厳しい」とか。あと「もちろん」とか、さっきからよく言ってるんですけど。これはカナメストーンさんというね、去年のM-1でも敗者復活から決勝に上がった……。
(川北)もちろん。
(ガク)カナメストーンさんの山口さんという方の口癖をそのまま使ってるんですよ。
(川北)はい。ビビりますよ? 会ったら。
(春風亭昇太)アハハハハハハハハッ!
(ガク)これ、よく言われるんですよ。川北とよくしゃべっていて、カナメストーンと接してきてない人がカナメストーンさんと初めてしゃべると「全く同じじゃないか!」って(笑)。
(春風亭昇太)それはなんか、目的はあるわけ?
(川北)いや、そうですね。やっぱり、いいものはパクっていこうっていう……。
(ガク)よくないよ!
(川北)だからもう、みんなもやりゃいいのにっていう。
(春風亭昇太)「やりゃいいのに」って(笑)。
(ガク)真似すればいいのに。
(川北)もちろん。
(ガク)それもね(笑)。
(川北)みんなで共有していって。
厳しくなくてもとにかく「厳しい」を連発する川北さん、かなり厳しさの中にありますね。でも気に入った言葉は広めたい、みんなに使ってほしいという気持ちはよくわかるので、僕もできるだけ積極的に使っていきたいと思います。キビシイッ!
真空ジェシカ川北さんが2026年1月7日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中でX(旧Twitter)に課金をしてドンココの広告を出した話をしていました。
(乾貴美子)ああ、なるほど……そっち(子供の頃の大鶴肥満Tシャツ)を売りたいっていうことなんですね?
(川北)そうですね。ドンココ……ドンココとか、ご存知ですか?
(ガク)わかります?
(春風亭昇太)知らないです。
(川北)ああ、わからないですか?
(春風亭昇太)見ればわかると思うけど。
(川北)ああっ! くそっ、今、ドンココがいないからな……。
(ガク)当たり前だ! ドンココ、呼ばれてないんだから(笑)。
(川北)いれば早かったんですけど。ナイジェリア人と日本人のハーフの兄弟コンビなんですよ。もう見た目は明らかに外国人なんですけど。そのドンココを僕はちょっと次、推していこうということで。自分を売ってる場合じゃない場合んですよ。
(ガク)場合だろ? まず自分を売る場合だ!
(乾貴美子)だってX、旧Twitterでドンココのためになんかお金を払って広告を出しているとかって……?
(川北)そうなんです。お金を払ってそのドンココの広告を打ってるんですよ。
(乾貴美子)川北さんの自腹でやってるんですか?(笑)。
(ガク)Xってお金を払って「このポストをたくさん広めてくれ」っていうので広告できるんですけど。川北はドンココを広めるためにお金をめっちゃ使っていて。
(乾貴美子)おかしいでしょう?(笑)。
(川北)だから本当にショックでした。昇太さんが「ドンココ?」ってなっていて。
(ガク)ああ、まだ届いてないから。PRをしているのに。
(春風亭昇太)フハハハハハハハハッ!
(川北)やっぱり普通の芸人を知ってる・知らないとはちょっと違うので。広告活動をしてるから。
(乾貴美子)ああ、そうか。お金まで払って。
(川北)やっぱりもっと外の貸し看板とかにやらなきゃダメですね。
(乾貴美子)アハハハハハハハハッ!
(ガク)ドンココが頑張ってるから、それはいいんだよ! ドンココ自身がやってるから。
(川北)そうか、ダメだな。ネットだけじゃ……。
(ガク)ドンココが売れるのを待ってくれ!
(乾貴美子)ネット上だけじゃダメ?(笑)。
(川北)ネットだけは弱いですよね?
(ガク)いや、ドンココの頑張り次第だから!
(川北)東京ドームとかでもやらないと。後ろのところとかに。ドンココとかって。
(ガク)いや、やらないで?(笑)。あそこにドンココが出てくるのはおかしいから!
(川北)サッカーとかでも、ありますよね。看板に見える立体的な芝に書かれてるやつ。
(ガク)まずドンココが力をつけてから!
(川北)厳しい……力、ついてるんですけどね。まあ運もありますから。この世界。
川北のドンココ広告になってるwww pic.twitter.com/C0e5DNMN9L
— hrk (@hrk17949247) January 31, 2025
かなりのお金をXに課金してドンココの広報活動を行ったのにまだ春風亭昇太さんには届いてなかったという厳しい現実に直面した川北さん。今後はドームやサッカースタジアムにドンココ看板が出るかもしれないので期待して待ちたいですね!
