町山智浩 クリント・イーストウッド『陪審員2番』を語る

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町山智浩さんが2024年12月17日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でクリント・イーストウッド監督最新作『陪審員2番』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得て町山智浩さんの発言のみを書き起こし、記事化しております。

(町山智浩)今日は『陪審員2番』という映画を紹介します。これは僕が今年、2024年に見た映画の中ではベストを争うぐらいの映画で。これはね、クリント・イーストウッドという巨匠が監督したものなんですけども……94歳ですよ。1971年から映画を作り続けて、もう40本ぐらい撮ってるんですね。この50年間にね。もう、どんどんすごい作品を作って、自身の記録を更新していくというので、すごい監督なんですけど。

ところがこれ、日本では劇場公開がないんですよね。巨匠中の巨匠というか、今現在、世界の映画監督の中でもう最高の映画監督だと思います。生き残ってる人の中でね。ところが、その彼の最新作を劇場で公開しないという事態になりまして。それで今週の20日、金曜日から動画配信サービスのU-NEXTで配信されるんですね。で、そんな事態になっちゃったっていうことで……アメリカの方でも、ちゃんとした劇場公開じゃなかったんですよ。宣伝とか、一切なし。

日本で劇場公開なし。アメリカでも小規模公開となった作品

(町山智浩)で、30か40ぐらいのスクリーンで2週間だけちょろっとやって。もう見てる人がほとんどいないというね。ものすごいもったいないんですよ。じゃあ、出来が悪いのかな?って思うわけじゃないですか。ちゃんと公開しないんだから。そしたら、素晴らしい映画でした。で、サスペンスなんですけどね。裁判を巡る法廷サスペンス物ですね。

で、ストーリーをざっと言いますと、主人公はジャスティンという名前で、ニコラス・ホルトという若い俳優さん、30代の俳優さんなんですけども。彼は非常に真面目な青年で、奥さんと新婚で。それで奥さんは赤ちゃんを妊娠している。で、彼は一生懸命働いて真面目だから、陪審員の召喚というのが来るんです。で、それに応じるんですね。これね、うちにもよく来ます。ただ、僕はアメリカ国籍がないので陪審員になる資格はないんですよ。だから「国籍をまだ所有してないので、陪審員はできません」って書いて送り返すんですよ。

住んでれいば大抵、来ます。で、行くと会社はその間、休んでいても有給になります。で、陪審員はずっと「この裁判は有罪か、無罪か」っていうことで話し合いをするんですよね。12人が集まって。それをやってる間はね、家にも帰れない……帰れる場合もあるけど、でもホテルに閉じ込められる場合も多いんですよ。大きな事件だと、マスコミが報道してるんで。そのマスコミと接触すると困るからです。だから監禁されますね。そういう場合は。

で、互いに名前とか素性も陪審員同士では言わないようにしてるんですよ。それも、影響を与えちゃうから。なんていうか、たとえば「大学の先生が言ってる」ってなると、権威になるじゃないですか。だから、あんまりそういうことは言わない。だからこれ、『陪審員2番』っていうタイトルになってるのは、彼は名前じゃなくて「2番」と呼ばれるからです。

結構有名な人でも陪審員になったりするんですね。これは国民の義務なんで。で、この主人公のジャスティンくんが担当する裁判というのはですね、殺人事件なんですね。1年前にあったことで。30代の男性が殺人罪で、自分の恋人を殺したということで裁かれています。で、2人でバーをお酒を飲んでいて。2人で喧嘩した後、バラバラに帰ったんだけれども1人で帰ったその恋人の女性を橋から突き落として殺したらしいということで裁判にかけられるんですが……これね、映画が始まってすぐにね、この被告人は絶対に無罪だということがわかるんですよ。

なぜなら、その陪審員のジャスティンがやったからです。これ、映画の最初にすぐ真相がわかります。それはどういうことか?っていうと、1年前のその日はものすごい土砂降りだったんですよ。真っ暗で。で、ジャスティンはその橋の上を車で通りかかったんですね。で、なんか跳ねたらしいんですけど、周りを見ても真っ暗で見えなくて。「鹿がなんか、跳ねたのかな?」って……アメリカってしょっちゅうそういうことあるんですよ。うちの近所も鹿がいっぱいいるようなところなんで。それで、家に帰っちゃうんですよ。

でも、その1年後にこの陪審員で呼ばれた時に、わかるわけですよ。「うわー、あれをやったの、俺だ」って。これ、映画の頭でいきなりわかるんですよ。で、どうするか? まず彼は非常に心優しい、非常に良心的な青年なんで、無実の被告人がこれで有罪になるのは耐えられないわけですよ。絶対に彼のことを救いたいんですけれども……彼の無実を証明しようとすると、自分がやばいんですよ。でね、評決をするまでに何度も投票するんですね。この12人の陪審員で。そうすると、最初はもうほとんど有罪。ジャスティンくんともう1人が無罪みたいな。10対2になっちゃうんですよ。

それで「どうして無罪だと思う?」って聞かれて、彼はいろいろと説明をするわけですが……彼は真相を知ってるから、説明が非常に正確なんですよ(笑)。で、自分でもやばいと思いながら、ギリギリの線で被告人を弁護してくんですけど。そうするとやっぱり聞いてる人は「ああ、それはやっぱりおかしいね。彼、無罪じゃないかな?」っていうことで、投票が傾いていくわけですね。で、最初は10対2だったのが9対3とかになっていくわけですよ。そうなってくごとに、彼はもう本当に首が締まっていくような感じになっていくんですよ。

究極の板挟み状態

(町山智浩)これは究極の板挟みで。本当に見てるだけで胃がキリキリ痛む感じなんですよ。「うわーっ!」っていう感じで。それで彼は「もう自首しちゃおうか」っていう気持ちになりますよね。自分も過失で跳ねたんだから……っていうことで。ところが彼はね、実はその前に酔っ払い運転、酒酔い運転をして事故を起こしたことがあるんですよ。で、その事件も1年前のことだから、彼がその時に酒酔い運転をしてなかったってことを証明することはほとんど不可能ですよ。で、やっぱり一番問題なのは、跳ねたものが何だか分からなかったけれども、そのまま通報せずに家に帰っちゃったんですよ。だからひき逃げなんですね。

で、酒酔い運転の可能性があるひき逃げとなると、これは絶対に刑務所に何年か、行きますよ。でも彼ね、新婚で。奥さんが妊娠中なんですよ。これはもう、絶対に言えないですよ。というね、「どうするんだ、これ?」という映画がこの『陪審員2番』なんですけど。こんなにね、話を聞いただけでもうめちゃくちゃ……「えっ、それ、どうなるの?」っていう映画なのに、なんで劇場公開しないのか?っていうと、その前のクリント・イーストウッドの作品、前作が『クライ・マッチョ』という映画だったんですが、それが興行的に失敗してるんですね。

大赤字を出してるんで、この『陪審員2番』に関してもあんまり予算を……ワーナー・ブラザースっていう映画会社がずっとクリント・イーストウッドと契約してるんですが。その会社がお金をあんまり出したくなかったんですけれども。まあ予算をすごく絞ったんで「配信だったらいいや」ということでこの映画を配給することになったんですが。劇場公開すると、ものすごくお金がかかるんですよ。

まずね、宣伝をしなきゃならないんですよね。で、宣伝をしなきゃならないって、「宣伝しないで劇場に出しちゃえばいいじゃないか」と思うじゃないですか。それは、できないんです。これ、日本もそうなんですけども。劇場公開する際にはどのくらいの宣伝費をかけたという宣伝保証と言われてることをしないと、劇場が公開してくれないんです。

だからもう、公開するとなるとある程度の宣伝費を最初から出さなきゃならないんですよ。で、この映画ぐらいのいわゆる中規模作品と言われてるものは、どんなにヒットしても興行収入の限界が限られているんですね。そうすると、その宣伝費をある程度かけた場合に公開して最大でこのぐらい儲かったとしても、ほとんど儲からないじゃないかってなるんです。それこそ、仮に1億円儲かっても、大したことはないわけですよ。それだったら、最初からやらないという判断になってくるんですね。

中規模作品自体が作られなくなってきている

(町山智浩)それで今、アメリカ全体で中規模作品って、これは大抵の場合、見る人はほとんど大人で。若い観客や子供とかファミリー向けではない映画なんですね。成人の男女が見る映画で。これに関しては、興行におけるもう最大の興行収入の見通しが限られてるんで、もう最初から作らないっていう方向に流れています。でも、たしかに彼らの言うこともわかるんですよ。日本でも全く同じ状況なんですよ。やっぱりアニメとか、あとホラー映画ですね。アメリカの場合には。それらは製作費対しての収入が大きいんですよ。

で、日本だとアニメの場合には世界中で公開できるんで、もう最初から見込みが大きいんですね。日本国内でそれほど儲からなくても、全体的にすごく儲かるんで。だからもう本当に大人の映画というものは今、全世界的に作れないんですよ。これ、どうしてか?っていう採算のことを聞くと、「ああ、たしかにその通りだな」とは思うんですけど。でも、本当に寂しいことになってきてるという現状があるんですけどね。

アニメとかホラー映画って、ものすごいマニアの人たちがいるから、すごく確実なんですよ。安全牌なんで、みんなそっちに行っちゃうんですね。あとね、ハリウッドでは作りにくくなってるのは実写版の大規模映画も作りにくくなってきてます。全然当たってないんで。今までずっとドル箱だったマーベル物が全部、こけてるでしょう? で、DCは完全にこけていて。『インディ・ジョーンズ』とか『スター・ウォーズ』もこけてますから。で、トム・クルーズも『ミッション:インポッシブル』でこけていて。そうすると、もうどこもお金を出さないんですよ。

それでアニメとかだと、何回も見に行ったりとか。DVDとかも売れるしね。だから全世界的な現象として映画が非常に苦しくなってきてるんですけど。とうとうクリント・イーストウッドの映画まで劇場公開されないっていう事態か!っていうことで。僕はクリント・イーストウッドの映画で育ったので、非常にもう感慨深いというか、「うわっ、本当にハリウッドが一旦、終わろうとしてるんだな」っていう気持ちになっちゃうんですけど。

僕、イーストウッドにも何回か会ってるんですけど、本当に頑固親父でね。何度も怒鳴られましたけど(笑)。しょっちゅう怒られています。会うたびに「お前は……」ってね。インタビューに行った時、彼がまだ85、6だった頃なんですけど。彼、1人で車を運転してきたんですよ。それで「今、アメリカ高齢者の人が免許を返上することがすごく進んでいますけども、大丈夫なんですか?」みたいなことを言ったら「お前よ!」とかもう、めちゃくちゃ怒られたんですね。怖かったですよ(笑)。

で、まあ女好きでね、とんでもない、ろくでもない人ですけど(笑)。この人、まだ恋人とかいるんですよ? 94で。でもね、この映画を見たらまだ何作品も撮りそうなんですよ。ものすごいしっかりした演出力なんですよ。なんにも新しいこととかやってないし、チャラチャラしたこととかしてないんですけれども。やっぱり多くの映画監督は歳を取ると、はっきり言っちゃうと締まりがなくなってくるんですよ。演出とか編集にね。

マーティン・スコセッシですら、そうですよ。ダラダラしちゃうんですよ。それはね、おじいちゃんになると時間の感覚がね、若い人と違ってくるっていう問題もあるんですけど。あっという間に1日が過ぎちゃうんですよ、おじいちゃんって。時間の感覚が子供と違うんで。で、ゆるい感じになってくるんですけど、このクリント・イーストウッドの『陪審員2番』はもう全く引き締まった、ムダのない、2時間でピタッと収まるというですね、すごい映画ですね。

ムダがないクリント・イーストウッド監督

(町山智浩)この人、本当にムダのない監督で。たとえば撮影の時にテイクを2回、撮らないですね。ほとんど1で終わりですよ。クリント・イーストウッドの演出は「何もしない」が基本です。「じゃあ1回、やって」ってリハを1回やって。「はい、本番……はい、終わり」です。これ、俳優さんたちは一発勝負だから、ものすごく緊張するそうです。北野武監督の映画もそうなんですよ。ほとんどやり直しをしない。

で、それをイーストウッド本人に聞いたら「演技なんかしなくていいんだ」って言うんですよ。「自分もあんまりしてないから」って(笑)。「役柄の真理というものは押し付けるんじゃなくて、観客は考えるものなんだ。観客が自分で考えると、それは役柄を押し付けるよりも客に染み込むんだ」って言ってました。だからこれね、先週やった『型破りな教室』と同じなんですよ。教えないんですよ。だから、生徒は自分で考えなきゃなんないから、その方が身につくんですね。

だから「このシーンは彼はこう考えてるんだ」みたいなことはなるべく情報を与えないようにするという風に言ってましたね。もうこれはね、アカデミー賞ももしかしたら引っかからないかもしれないと思ってるんですよ。要するにワーナーがあんまり押してないから。ただ、ワーナーに今回、アカデミー賞として押し出す作品が他になさそうなので、これを彼らは候補作として出してくると思うんで。今のところ。そうしたら、アカデミー賞に食い込んでくるだろうなと思いますね。

そしたらたぶんね、これ検事役の人がね、トニ・コレットという女優さんでね。この人、『ヘレディタリー 継承』のお母さんをやっていた人ですね。今回の『陪審員2番』での検事役は素晴らしいです。ものすごい演技でした。本当に彼女がこの映画で素晴らしかったですね。ということで、ぜひご覧になっていただきたいのがこの『陪審員2番』です。

「アメリカ流れ者」『陪審員2番』

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