濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

エスビー赤缶で昭和の黄色いカレーを作る。感動する。

以前、こんな記事を書いた。
mikoyann.hatenablog.com

本記事は読むが、以前の記事を読む気がないという方にざっくりと説明申し上げると、僕は「カレーをスパイスから作る男」である。
ゆえに、結婚できない。

そんな、「令和の絶対につきあってはいけない男3C」の一つたる「カレーをスパイスから作る男」の僕であっても、常日頃から玉ねぎ炒めてスパイスカレーを作るほどの有閑貴族なわけではない。
手軽に美味しいカレーを作れるのだから、市販の即席カレールーを使わないという手はない。中でも、ジャワカレーの爽やかな辛さが好きなのでよく使っている。
トマト缶を入れたり、やれチリパウダーだ、ガラムマサラだ、と追いスパイスをするせいで結果的に別物になりはするが、まあそれはそれ。

今回、ふと思い立って今までの自分が作らなかったカレーを、あえて作ってみた。

前日の夜から手羽元を仕込み、半日かけて玉ねぎを炒める手間を惜しまぬスパイスカレーでもない。
ハウスジャワカレーで簡単ながらも爽やかに辛い、夏野菜たっぷりのビーフカレーでもない。
3分間、じっと我慢の子であったボンカレーでもない。

炒めた小麦粉とエスビーの赤缶カレー粉で作ったルーに、玉ねぎと豚肉だけ。
そう、昭和の香りがムンムンする、懐かしの黄色いカレーである。

そしたらね、深くふかーく、感動しちゃったのよ。



発端はどうも、これだったらしい。
今思えば「町のお蕎麦屋さんに行きなさいよ」というだけの話なのだが、自分で作ってしまったのだから仕方ない。
こうやって何でも自分でやってしまって、手前味噌ながらそれなりに上手くいってしまうのが、僕を結婚から遠ざけているような気がしてならない。
やっぱり、あれか。なるか、クズに。

その後、たまたま冷蔵庫に宙ぶらりんな豚肉があるタイミングが発生し、玉ねぎ以外の野菜も無かったため、極めてストイックスタイルな昭和の黄色いカレーを作ることになったのである。
「懐かしの」とは言ったものの、思い返してみれば今回作るような黄色いカレーを食べた経験はほぼ無い。
平成生まれの僕にとって「実家のカレー」といえば当然のように市販の即席ルーが使われているし、町の蕎麦屋だとか学生食堂のカレーも、しっかり茶色くてコクのあるカレーだ。
ではなぜ、そんなカレーに馴染みがあるのかと考えてみれば……永倉万治だ。
彼のエッセイが僕は好きなのだが、思い起こせば「子供の頃に食べた黄色いカレーを再現する」、そんな一片が間違いなくあった。
「小麦粉をバターで粉ッ気がなくなるまで炒めたのがルゥなんだけどさ……」などと知り合いのシェフが語るのだ。そうだ思い出した。


ということで、作ってみる。
バターは別にいつだって冷蔵庫にあるが、サラダ油でいいだろう。その方がきっと安っぽい味になる。
油と同量のの小麦粉をフライパンに入れ、竹のヘラで混ぜながら炒める。見た目というか、感触というか、質感はほぼほぼ「糊」だ。
じっくり時間をかけて炒めればブラウンルーになるが、いい加減なところでエスビーのカレー粉を入れる。
これまたサラダ油で炒めておいた玉ねぎと豚コマに、できたルーと水を加え、コンソメのキューブも入れて煮る。つい癖でローリエを入れたくなるが、ここは思いとどまる。


こうして、ストイックスタイルな昭和の黄色いカレーが出来上がる。
さすがエスビー食品の赤缶カレー粉、香りはもう完全にカレーである。


食べてみる。すると、どうだ。
一匙食べた瞬間、とてつもない感動がやってくる。

なぜ、カレーに福神漬を添えるのか。
なぜ、カレーに醤油やウスターソースをかけたくなるのか。
なぜ、蕎麦屋のカレーはカツオ出汁を効かせるのか。

なぜ、これほどまでに、この国の人々がカレーライスを愛するようになったのか___

そういう、「カレーライスの答え」みたいなものが、バチバチバチーと音を立てて脳に降りてくる。
ああ、そうか。俺たちのカレーライスは、ここから来てここにたどり着くための旅路だったんだ……
エスビー赤缶よりい出て、エスビー赤缶に帰る。
そしてまた俺たちの旅は、ここからまた始まっていくんだ。
歩んで行くぜ。長く果てない、カレー道を……!



えー、何を言っているのか、わからないと思う。
正直に言えば、自分でもよくわからない。いや、本当にわからない。
感動したことは間違いないので、ぜひ作って味わってみてほしい。アナタが同じ体験をしたのなら、僕が正常であることの証明になる。

あえてこのカレーの味わいを言語化するならば、舌の上で小麦粉が「ネトッ」と突っ張り、どうしようもない油っ気を感じる。
ただし、使っている油の全てサラダ油なので、思ったよりはクドくない。食後の胃もたれ感みたいなものも、特に無かった。

びっくりしたのが、意外なくらいスパイスの風味と辛味があること。恐るべし、エスビー赤缶。いや正直、侮っていました。
昭和の30年代くらいまでの人間がこれを食べたら、そりゃあ間違いなく好きになる。一発で、脳みそをやられる。
内田百閒に、10銭で電車に乗るか「ライスカレー」を食べて歩くかを迷った挙げ句、カレーを食べる話があった。
Suicaで支払いをしてカレーを食べるたびに、僕はこの話を思い出す。あのカレーも、おそらくこんな味だったのだろう。

具が豚コマと玉ねぎだけなのも、特に不満はない。
添えた福神漬の甘味が加わることで、カレーのスパイス感がまた引き立つ。
福神漬が赤ければなお良かったと悔やまれるが、それは仕方ない。缶詰の、赤い福神漬をとんと見なくなりました。上野の酒悦に今度買いに行こうと思う。

ふと思い立って、ウスターソースを回しかけてみる。
あ、これ、化けますわ。
こら立派な洋食ですわ。阪神間モダニズム。阪急食堂、小林一三っちゅうわけですわ……

また何を言っているのかわからなくなってきたが、ともかくこの黄色いカレー、意外なほど美味い。
白い飯がモリモリ食えて、腹が一杯になる。日本の人々がカレーを愛する理由は、つまるところこれなのだ。

カレー丼にする


実のところ、サラダ油も小麦粉もいい加減な量を入れてルーにしたところ、とんでもない量のカレーになっている。
翌日、めんつゆと長ネギを入れて念願のカレー丼にしてみた。
あのね、合う。カレーと醤油。それにカツオ出汁。全てが奇跡の調和をするのだ。
いいな、カレー丼。上にグリンピースを散らしたくなる。しなかったけど……

ウインナーカレーにもなる


すげえ量になったので、小分けにして冷凍してある。
思い立ったとき、いつでも感動を味わえる。カレーひとつでここまで喜べるとは、我ながら幸せだと思う。
自衛隊のレーションでおなじみ、明治屋のウインナー缶詰を中のスープごとぶちこんでみる。
ボソッとした食感のウインナーソーセージが、妙にマッチする。
冷凍したことでスパイシーさが少し飛んだが、それはそれでホッとする味ではあった。
ウスターソースでスパイス感も復活。ウスターソースも、大概すごい調味料なのだ。


エスビー赤缶で作る昭和の黄色いカレーだが、本当に無限大の素地がある。
ここまで読んでいただいて、いまだに信じられないというのなら、ぜひとも作ってみてほしい。
時間は意外なくらいかからない。30分もあればできてしまう。
30分で、この感動だ。やってみて損はないですよ。