ねじれ人生との折り合い

いわゆる自分の経歴については、このブログでも「パラダイス鎖国」の本でも、それ自体を目的としてはほとんど書いていない。本では、私が過去に観察してきた風景を書いているけれど、私自身のことは意識的に避けた。「そんなもん、読むほうもつまんないだろう」というのと、「自分をさらけ出すのがちょっと怖くて逃げていた」のと、両方の理由がある。

まーでも、日本では学年の区切りでもあり、新しく社会に出る方などもおられる中、少々の参考になるかもしれないので、自分の経歴やキャリアについていささか言い訳をしてみることにした。

八重洲ブックセンターでの対談の中で、「エンジニアになっておけばよかった」と言った件をまず、補足しておこう。対談の中では、「女でエンジニアというのはまずかろう」という思いがあって避けた、ということを話した。それで一橋大学に行ったのでは、結局思いっきり「まずい」のだけれど、まーなんか、自分の中ではそういう躊躇があって、中学・高校ぐらいから、意識的に避けた。手先のことは苦手だけど、数学や物理の理論的な話は必ずしも嫌いじゃなかったのに。当時は「自分は理数系は苦手」と思い込んでいたけれど、今から振り返ると、意識的に逃げていたと思う。

その後、この話にはもっと複雑なねじれが発生する。文系(非法律系)のキャリアで、最上位のカーストを占めるのは「金融」である。早い話、一番給料がよい。で、大学の同級生の男の子たちはこぞって銀行に就職したけれど、日本の銀行では女性はまず見込みがない。はしこい女友達は外資系の投資銀行に就職したけれど、鈍くさかった私は、そんなこと考えもしなかった。上記のように、実はなんとなく理系の素質があるせいか、モノを作る仕事に惹かれてメーカーに就職した。

しかし、メーカー(特に私の就職したホンダ)では文系は傍流だし、やっぱり給料が安いとか、いろいろ現実を目の当たりにし、「プラザ合意」のきっかけもあり、MBAをとることにした。MBAを出るとき、その頃日本は日の出の勢いで、投資銀行は日本人MBAを競争で採用していたし、そこで改めて給料最高峰の「金融」にチャレンジした。ところが、やっぱり軒並み不合格。東京に帰る気があればまだよかったのだが、ニューヨークで就職先を探したのも不利だった。それで、結局はまた、モノを作るわけじゃないけれど、やっぱり「現場」のあるNTTに就職した。

就職活動のとき、スタンフォードの周りでは、エンジニアならいくらでも就職口があったが、営業で日本人では、やはり仕事がなかった。紆余曲折を経て、NTTからベンチャー企業に移り、そこがつぶれて、またシリコンバレーに舞い戻ってきた。バブルの真っ最中で、「息さえしていれば仕事がある」とすら言われたのに、いくつか面接をしたけれど、やっぱりどこも不合格。金融の経験がなくてベンチャーキャピタルも無理だし、「国際系business development」にもかかわらず、子供がいるので出張も転勤もダメよ、などというのはそりゃーダメだろう。前の仕事では、そこそこレベルの給料をもらっていたので、それだけの給与レベルで、制約の多い勤務条件で、ぴったりの仕事なんぞない。

ここまで来ると、もはや「unemployable」(unemployed-失業、でなく、unemployable-雇用不能)。どこにもピッタリはまらない「規格外」になってしまったので、もう会社に就職するのはあきらめた。

結局、文系最高峰の金融にも縁がなく、シリコンバレー最高峰のエンジニアにもなれず、未だに谷間でもがいている。こんなねじれに最近自分で気がつき、エンジニアの若い日本人が、シリコンバレーのベンチャー企業で何の違和感もなく、生き生きと働いているのを見ると、まぶしい、羨ましい気持ちになる。

それでも、過去の決断の失敗を恨む気持ちはない。それなりに、面白いこともいっぱいできたし、こういう道を歩んできたおかげで、わかるようになったものもある。過去のねじれや決断の失敗も含めて、これが私なんだし、そういう私でなければできないこともある、という「折り合い」が、ようやく最近ついてきたように思う。

つまり・・・
1.「自分はこれが向いている」「自分はこれが好きだ」という指向性は、必ずしも「絶対の真実」でなく、単なる自分の思い込みということもある。若いころから、「自分で思っている指向性」が「真の指向性」とぴったり一致していれば幸福だけれど、そうでないことも、よくある話だと思う。
2.「女だから」という意識というのは、かなり厄介だ。私の場合、高校のときのねじれの根源は、自分ではこのことを全く意識してもいなかった。
3.しかし、こういった「ねじれ」や「無意識の煙幕」や、場合によってはタイミングや環境のせいで、不利な人生を送ってしまった、と失望する必要もない。自分は、自分以外のものになれない。そんな自分との折り合いをつけられるまでには、時間のかかる人もある。それでも、欠点や失敗もすべて含めて受け入れて、「自分を愛する」ことができるようになることは大切だ。失敗のない人間などいないのだから、それ以外に、前向きに生きる方法などない。

本の中で「レジュメを美しくする」という話を書いた。はるか遠くの青い鳥を求めるよりも、自分の中の在庫を点検して、使えるものは徹底的に使うほうがいいよ、ということなのだが、それはこういう私の失敗だらけの「人生観」から来ている。

ということで、若い方には、ぜひ私を反面教師として、こういうねじれがなるべく生じないよう、クリアな頭で自分の心の中の声を聞いて欲しいし、また例えねじれてしまっても、後悔するエネルギーを前向きに考えることに振り向けてほしいと思う。