病院で内科医として勤務する医師にとって、心のどこかに多少なりとも引っかかりを持つことに「Do not (Attempt) Resuscitation」、すなわち「もしも入院患者が重症になって心臓や呼吸が止まったときに、心肺蘇生術を試みないよう、事前の指示を出しておく」というものがあります(DNRともDNARともノーコードとも呼ばれる)。今回は、この「病院におけるDNR指示」について、日ごろモヤモヤしていることを整理したいと思います。
医師、患者ともに気が重い「ダメなとき」の対応協議
病棟では、常に患者さんの容態が急変する可能性があります。そして、患者さんの容態が急に悪くなった場合では、患者さん本人やご家族からインフォ-ムド・コンセントを得た上での医療行為をする時間的、精神的余裕がなかなかありません。そのため、我々病棟で勤務している医師は、もし患者さんの状態が急変したときにどんな医療を行うかについて、事前に患者さんやご家族の方と相談し、ある程度の診療方針を立てるのが常です。
そして、こういった事前相談は概して「気が重い」行為です。「気が重い」のは、おそらく医療者側、患者側どちらもでしょう。医療者側としては、急変時対応について相談している時点では、患者さんの命を救いたいと考え、救命を主な目的に診療行為を行っています。その中で「救命を目的とした医療行為を行わないこと」に関する相談をするのは、気が乗らないものです。一方、患者さんやご家族側としても、容態が回復することをみんなで祈りながら、必死に頑張っているときに、「もしもダメな時の対応」を相談するのは縁起でもない話です。
でもこの相談は、少なくとも医療者側の論理では大変重要なことで、もち掛けざるを得ません。特に85歳を過ぎた高齢者が急性疾患で緊急入院するような場合、呼吸状態や血圧が急激に悪化することは珍しくありません。この時、倫理的なジレンマも含め、一番悩ましい判断なのは、「気管挿管し、人工呼吸器を装着するか否かの判断」です。救急診療に携わる多くの医師は、比較的早い段階で急変時の人工呼吸器装着に関する事前相談を患者側のキーパーソンにもち掛けますし、私もそうしています。
もう一つ、相談しておかなければならないのが、「もし患者の心臓が急に止まりそうになったり、呼吸が止まりそうになったりした場合、心肺蘇生術(CPR)を行うかどうか」の判断です。そして、この相談の結果、「心肺蘇生術(CPR)を行わない」となった際に、医師から医療指示として出されるものがDNR指示です。
「DNR指示あり=治療行為を行わない」ではない
このDNR指示に関して、私はなんだか居心地の悪い感覚を覚えます。一つは、「なるべく早期にCPR/DNRの事前判断をしなければならない空気感」とでも言いますでしょうか。これはひょっとしたら急性期病院に特有かもしれませんが、それに関する違和感です。
例えば、肺炎で救急外来を通じて緊急入院した患者さん(92歳)の入院時診療方針について、看護師と情報共有する際に「この患者さん、DNRですか?」と問われることがあるのですが、私は「うぐぐ、まだそこまで話せてないんだけど…」としばしば戸惑ってしまいます。たしかに、急性疾患で入院した患者さんは状態が不安定で、入院早期であればあるほど急変の危険性は高いと言えます。ですから、急変時の対応に関する事前判断についても、入院直後にひとまず決定しておくことが望ましいのです。
私は、慢性的に呼吸状態が不安定な患者さんにおける、人工呼吸器を使うかどうかの事前判断は、関係者で相談の上、可能な限り入院当日に暫定決定をするようにしています。一方で、急に具合が悪くなって入院したばかりの患者さんやご家族に対して、CPR/DNRの事前判断を語ることは、「だいぶ気が重い」行為です。正直、もう少し患者さんの死が現実的に避けられない状況になってから話をもちかけたいのです。ただ、病棟の管理上は、入院後迅速に急変時対応に関する指示をする必要があるので、その時点での暫定指示は「心肺停止時CPRあり」となるのですが、「えー、この人にCPRするんですか? かわいそう」とか看護師に言われたりして…。(いや、その通りなんだけどね、今はね…)みたいなモヤモヤ感が出てくるのです。
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著者プロフィール
尾藤誠司氏(東京医療センター臨床研修科医長)●びとうせいじ氏。1990年岐阜大卒。国立長崎中央病院、UCLAなどを経て、2008年より現職。「もはやヒポクラテスではいられない 21世紀 新医師宣言プロジェクト」の中心メンバー。
連載の紹介
尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。
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