クラウド・コンピューティング グーグル社長のエッセイ(全文試訳)

出典:英The Economist誌 The World in 2007 "Don’t bet against the internet"

これは、グーグルのEric Schmidt(エリック・シュミット)社長によるエッセイで、今から1年以上前のもの(2006年初)になるが、クラウド・コンピューティングがどのような技術の上に成立しているのか、その私たちユーザーの生活への影響がどうなるのか、またITサービス提供者のビジネスがどう変わるのか、について語られていて参考になった。

シュミット社長の言っていることを以下のように要約してみた。

インターネットがぼくらの生活を、創造活動やコミュニケーションの仕方などにおいて一変させつつある。インターネットを支える技術は、これまでの通信技術とは異なるシンプルなプロトコルやオープンスタンダードであり、これが、かつてのクライアントサーバーモデルからクラウド・コンピューティングモデルへの転換を促している。クラウド・コンピューティングの世界では、ユーザーがパワーを握り、ITサービス提供ビジネスは、ユーザーにとって使いやすいサービスを提供しなければ競争力を失う。こうしたインターネットを前提としたクラウドコンピューティング化がますます進んで行く。


ぼくが興味をもった箇所をいくつか引用する。


クラウド・コンピューティングの前提は、「規模の経済」と通信会社が握る通信網インフラではないか?

Driving this change is a profound technological shift in computer science. For the past 20 years a client-server computing architecture has dominated digital infrastructures. Expensive PCs ran complex software programs and relied primarily on proprietary protocols to connect to bigger―and even more expensive―mainframe servers. The data and the power lived in these computers and their operating systems.

(試訳)この変化を促しているのは、コンピュータサイエンスにおける大きな技術転換である。過去20年間、クライアントーサーバーアークテクチャがデジタルインフラストラクチャーを支配してきた。高価なPCが複雑なソフトウェアプログラムを動かし、主には製品固有のプロトコルに依存しつつ、より大型で、だからより高価なメインフレームサーバーに接続していた。データとパワーは、これらのコンピューターとそのオペレーティングシステムの中にあった。

(中略)

Today we live in the clouds. We’re moving into the era of “cloud” computing, with information and applications hosted in the diffuse atmosphere of cyberspace rather than on specific processors and silicon racks. The network will truly be the computer.

(試訳)今日私たちはクラウドのなかに住んでいる。私たちは、クラウド・コンピューティングの時代に移行しつつあり、情報とアプリケーションは特定のプロセッサーやシリコンラックの上ではなく、サイバースペースという拡散した大気のなかにある。ネットワークこそがコンピューターとなる。


この二つの箇所を読んで、疑問に思ったのは、なぜデータとパワーが分散されたコンピューターから、クラウド=ネットワーク上にあるコンピューターに移行したのか?ということだ。

素人なりに考えると、コンピューターの仕事は、データの保存とか処理などであって、その仕事には「規模の経済」が働くと言えそうで、この点が重要なのだろう。処理を分散するよりも集中する方が安上がり。しかし、集中処理するには通信インフラのコストがかかる。「規模の経済」が働くことによるベネフィットと「規模の経済」を働かせるための(通信)コストの比較の問題といえよう。この20年間、通信インフラは、かつては「ボトルネック」だったのが、「過剰」となったという変化があり、この豊富な通信容量がコンピューティングの集中化、つまりクラウドコンピューティングを可能にした要件だったと言えるのではないか?

そう考えてみると、今、グーグルやマイクロソフトやアマゾンなどがクラウドコンピューティング競争において覇権プレーヤーとして名前がでてきているのだけれども、豊富なネットワーク容量が確保できているという前提があると思う。この前提が崩れると、競争力の源泉が通信業者などに移ってしまう可能性はないか?こうした潜在的問題を想起させたのが、先日のグーグルによる海底ケーブルプロジェクトへの参加だった。


クラウド・コンピューティングはユーザーに多くの利便性をもたらすが、グーグルには情報流通を握るパワーをもたらすのではないか?

Cloud computing is hardly perfect: internet-based services aren’t always reliable and there is often no way to use them offline. But the direction is clear. Simplicity is triumphing over complexity. Accessibility is beating exclusivity. Power is increasingly in the hands of the user.

(試訳)クラウド・コンピューティングは完璧と言うにはほど遠い。インターネットベースサービスは常に信頼できるとは限らないし、オフラインでは使う方法があまりない。しかし、この方向性は明確だ。簡単であることは複雑であることに勝る。アクセスが可能であることは排他的であることに勝る。パワーはますますユーザーが掌握するところとなっている。

(中略)

The lesson is compelling: put simple, intuitive technology in the hands of users and they will create content and share it. The fastest-growing parts of the internet all involve direct human interaction.

(試訳)学ばなければいけない点は、ユーザーの手に簡単で理解しやすい技術を与えること、そうすればユーザーはコンテンツを作りシェアする、ということだ。


なるほど、ユーザーはネットワーク上で、さまざまなコンテンツを創造し、お互いにシェアする。ユーザーがあらゆる情報活動をネットワーク上で行うクラウド・コンピューティングの世界を前提に、グーグルは広告ビジネスを構築する。広告ビジネスで競争優位を確保するために、自らが膨大な情報流通のハブとなり、ユーザーの行動を分析して、広告ビジネスにとって価値のあるユーザーニーズに関する情報を蓄積するのだろう。その観点から、先日のクリーブランド病院との提携による個人の健康情報に関するプラットフォーム構築は、情報流通のハブとなる上でも最強のコンテンツを獲得できる可能性が高いだろう。グーグルオフィシャルブログで最近のエントリー"Why data matters"を読むと、グーグルにとって私たちユーザーの検索履歴データがいかに重要であるかがわかる。なぜなら、これを分析することで得られるデータベースが情報流通においてハブになり、広告ビジネスで優位に立つための肝だからだろう。

広告ビジネスのモデルとしては、価格決定力を自らが握り、コストをどうコントロールするかが重要だと思うが、グーグルの場合、ここらへんの中身はおおまかなところどういう構造になっているのだろうか、興味ある点だ。ここらへんもまたつらつらと考えてみたい。


英エコノミスト誌記事 試訳(かなりぎこちないところ多いですが、理解違いなどあれば、ぜひ教えてください。)

原文:http://www.economist.com/theWorldIn/business/displayStory.cfm?story_id=8133511&d=2007

Don’t bet against the internet
インターネットが負ける方に賭けるな!

From The World in 2007 print edition

It’s simply the best, argues Eric Schmidt, CEO of Google
単にインターネットが最高なのだ、とエリック・シュミット グーグル社長は主張する。



1990年代のインターネットバブルは投資家の愚行だったかもしれないが、新たな時代の到来を告げた。その新たな時代の衝撃について、私たちはようやく理解し始めている。90年代は生産や流通のあり方を書き換え、そして、創造したりコミュ二ケーションしたり、組織したり影響を与えたり、話したり聞いてもらったりするために、これまでに経験したことのない自由度を世界の何百万の人たちに与えた。

インターネットというのは、技術の話にとどまるものではない。私たちの生活を組み立てていく全く異なる方法なのだ。しかし、その成功は卓越した技術、つまり、シンプルさにおいて独創的なプロトコルやオープンスタンダードの上に成り立っている。何度もそれらは、企業にとって商売的には完璧であっても消費者の実用面においては意味がないような通信スタンダードを打ち負かしてきた。acronymsの競争において、IP(インターネットプロトコル)はATM、CATV/Co-axなどに勝ってきた。というのも、IPは常により多くの選択肢を意味するからである。

しかし、驚くことには、多くの会社がいまだにネットを信じていなくて、今日の問題を昨日のやり方で解決しようとしている。これまでの数年間で、私たちは消費者やコンテンツをコントロールするようなビジネスモデルはうまく行かないということを学んできた。ネットを信じないのは馬鹿げていて人間の創意工夫を信じないのと同じだ。

もちろん、この新しい技術は多くのエスタブリッシュされた企業にとっては深刻な試練をもたらしている。スカイプは、インターネット電話サービス(Voice over IP)だが、通信業界の経済性に対して混乱をもたらしており、その程度は、中国が世界の製造セクターに対して混乱を引き起こしているのと同じだ。しかし、この混乱は激しくなるばかりだ。

2007年私たちは、オープンインターネットスタンダードがますます支配的になるのを目の当たりにするだろう。携帯電話からのウェブアクセスが伸び、技術独占を狙った個別企業によって促進される固有のプロトコルは排除されるだろう。今日のデスクトップソフトウェアはインターネットベースのサービスによって取って代わられるだろう。そのインターネットサービスによってユーザーは書類のフォーマット、検索ツール、編集機能を自分のニーズに最も適したものを選ぶことができるようになる。

この変化を促しているのは、コンピュータサイエンスにおける大きな技術転換である。過去20年間、クライアントーサーバーアークテクチャがデジタルインフラストラクチャーを支配してきた。高価なPCが複雑なソフトウェアプログラムを動かし、主には製品固有のプロトコルに依存しつつ、より大型で、だからより高価なメインフレームサーバーに接続していた。データとパワーは、これらのコンピューターとそのオペレーティングシステムの中にあった。

今日私たちはクラウドのなかに住んでいる。私たちは、クラウド・コンピューティングの時代に移行しつつあり、情報とアプリケーションは特定のプロセッサーやシリコンラックの上ではなく、サイバースペースという拡散した大気のなかにある。ネットワークこそがコンピュータとなる。

洗練されたブラウザーやLAMPやAJAXのような技術は、ネオンライトでもギリシャ神話の英雄でもなく、人々がコンテンツを生み出し配信できるようにするための単なる構成要素にすぎないのだが、この新しい世界では重要なのだ。それらは、オーディオ、ビデオ、テキスト、デジタルデータを直観的で使いやすいサービスに変換するような技術である。その技術のおかげで、グーグル、マイスペース、Gmail、ヤフー、マイクロソフトライブのサービスが可能となるが、その技術レベルは青年期に達してすらいない。

クラウド・コンピューティングは完璧と言うにはほど遠い。インターネットベースサービスは常に信頼できるとは限らないし、オフラインでは使う方法があまりない。しかし、この方向性は明確だ。簡単であることは複雑であることに勝る。アクセスが可能であることは排他的であることに勝る。パワーはますますユーザーが掌握するところとなっている。


Just imagine

これらのトレンドは、三つの重要な結果をもたらす。ひとつ。多くの新しいアプリケーションは既存のソフトウェアとプロトコルを利用して創ることができる。作りかえることは発明することよりもさらにパワフルで広く浸透する。マッシュアップは、既存のオンラインコンテンツを使って全く新しいものを創るウェブサイトの作りかただが、当たり前のこととなりつつある。環境保護者のジェーン・グドールのブログをみてみよう。彼女はグーグルアースを活用して自然の特質に関する鋭い見方や洞察を提供している。

ふたつ。競争が増し、激しくなってきた。競争がイノベーションを刺激し、製品がより速く改善されたりより安くなったりることを確実にしたりする。そうでなければ、ユーザーは無料かより優れた製品バージョンを提供する新規参入者に向かうだろう。

三つ。コンテンツを創造し、消費し、コミュニケーションすることが急激に増大してきた。カリフォルニア大学バークレイ校の研究者の推定では、世界は2002年には5エクサバイとのデータを生み出した。これは1999年のアウトプットの倍である。これをもっとわかりやすく言い換えると、テレビから5エクサバイトのデータを吸収するとしたら、画面の前に40,700年座っていなければならない。

学ばなければいけない点は、ユーザーの手に簡単で理解しやすい技術を与えること、そうすればユーザーはコンテンツを作りシェアする、ということだ。インターネットで最も成長している分野は全て、人と人との直接的なインタラクションを含んでいる。ブログ現象やソーシャルネットワーキングサイトを考えてみてほしい。たとえば、アメリカのMySpace、英国のBebo、ブラジルのOrkut、韓国のCyWorld、日本のミクシなど。2007年にはアジアや学生の間ですごく広まっているバーチャルコミュニティーが主流になるだろう。政治評論家は社会が細分化されていくと主張するかもしれない。しかし、オンラインコミュニティーは繁栄し成長している。インターネットは我々の基本的な人間の欲求、つまり知識、コミュニケーション、帰属心に対する欲望を満たすことを助けている。

トレンドは運命ではもちろんない。しかし、ある現実的なスポーツライターがアメリカの大恐慌のどん底の時に書いた。「レースは常に速い者が勝つ訳ではなく、戦いは強い者が勝つ訳でもない。しかし、そう賭けるものだ。」と。ネットの想像力に対して強気相場があると信じているので、私たちはインターネットに賭けるのだ。