魔珂魔我ch.

オカルト・面白い科学や心理・小話・混沌の渦

天国再構築プロジェクト

天国といえば、白い雲の上に広がる平和な楽園、安らぎと幸福に満ちた場所。しかし、時代は変わった。天国にさえ、持続可能な開発目標の達成が課されていた。なぜなら、楽園の維持費が膨らみ続け、資源管理や新規入居者の審査が煩雑化していたからだ。


「天使長、これは深刻だぞ。」
会議室の中央で、神は分厚いレポートを持ち上げた。その声にはかすかに疲労が滲んでいる。
「善行の基準が時代と共に曖昧になりすぎた。結果、天国への入居者が増えすぎて、供給が追いつかない。」

天使長はうなずきながら言った。
「まさか人間たちがこんなにも楽観的な生き物だったとは……“善”の基準が自己申告ベースなために、善人は増加の一途です。」

「罪を忘れた現代人か。平和が続くのも困りものだ」
神は深いため息をついた。

その時、ドアが開き、一人の青年が入ってきた。髪をきちんと整え、スーツを着こなしたその姿には、人間界で成功を収めた経営者のような風格があった。
彼の名はマカエル。近代化コンサルタントとして天国に招かれた特例的な存在だった。

「皆さん、こんにちは。」マカエルはにやりと笑った。
「問題は理解しました。天国をSDGsなモデルに変える方法を提案させていただきましょう。」


マカエルの提案は大胆だった。まず、天国の入居基準をAIに任せることを提案した。過去の善行をデータベース化し、そのスコアに基づいて入居許可が下りるようになる。

「公平性を担保しつつ、感情的なバイアスを排除します。」マカエルは胸を張って説明した。「また、天国内のリソース分配もアルゴリズムで最適化します。」

さらに、天国での永続的な幸福の概念を再定義することも提案された。魂の空間とはいえ、空間というからには限界があるため、入居者の意識だけをクラウドにアップロードする「デジタルヘヴン」の構築が計画されたのだ。

「人間界ではメタバースが人気でしたよね?」マカエルは笑った。「これならコストを大幅に削減できます。」


数カ月後、天国はかつての静穏な楽園とは別物になっていた。白い雲の上には無数のサーバールームが立ち並び、天使たちはプログラマーやデータサイエンティストとして忙しなく働いている。

一方、入居者たちは「意識体」として「デジタルヘヴン」に接続され、カスタマイズされた幸福を体験していた。彼らは自身が仮想空間にいることに気づくことはない。なぜなら、アルゴリズムが彼らに最適な記憶と感情を生成し続けているからだ。


入居者の90%が雲の上のクラウドにアップロードされたころマカエルは神に進捗を報告していた。

「効率は飛躍的に向上しました。入居者の満足度も100%を維持しています。」

神は無表情で言った。
「だが、それは本当の満足と言えるのか?」

マカエルは鼻で笑った。
「満足は主観的なものでしょう。それをどう解釈するかは管理側の裁量です。重要なのは、誰も現状に疑問を持たないこと。」

神は答えなかった。

顔を曇らせる神とは対照的に、マカエルは満面の笑みを浮かべながら、次の計画のプレゼンを始める。

「さて、次は“生前の善行”スコアを売買可能にする市場を作りましょう!きっと地上では、金儲けのために善行を積み始めますよ!」
布教のコストも大幅削減できますね。とマカエルは満足そうに頷いた。
神は何も言えずに、頷く事しかできない。

天国の近代化は、終わりを知らなかった。