安倍晋三元首相が奈良市で街頭演説中に銃撃されて死亡した事件は、後方から距離を縮める山上徹也容疑者に誰も気付かない「10秒の死角」が命運を決めた。警察庁の検証報告書や目撃者のスマートフォンに残された映像などを基に当時の状況を再現する。
※このコンテンツはショッキングな内容が含まれます。7月8日午前11時28分、安倍氏は近鉄大和西大寺駅前の北口でマイクを握った。四方をガードレールに囲まれ、360度開けた交差点内のスペース。ガードレール内にはスーツ姿の警視庁SP(セキュリティーポリス)1人と奈良県警の警察官3人が配置されていた。安倍氏の前方を中心におよそ300人の聴衆が取り囲んだ。
山上容疑者は安倍氏から約15メートル離れた後方の歩道で周辺をうかがっていた。近くには現場指揮を担う県警本部の警備課長がいたが、注意は前方に向けられていた。
山上容疑者がゆっくりと移動を始める。バスロータリー脇の歩道を安倍氏から遠ざかる方向へ数メートル進んだところで立ち止まった。ツイッターに投稿された画像では、約20メートル離れた場所で腕組みをして安倍氏に視線を向ける姿が捉えられていた。演説場所と容疑者を隔てる県道は交通規制されていなかった。
午前11時30分56秒ごろ、山上容疑者が歩道の柵と柵のすき間からバスロータリーに進入した。だが、後方を警戒する警察官たちの視線は、ガードレールの真後ろを通り過ぎようとする自転車と台車を押す男性を追っていて、接近に気付かない。「死角」が生まれた。
演台の方へと進みながらショルダーバッグの中を見て右手を入れ、歩みを速める山上容疑者。ロータリーを越えて県道に出ると、バッグから右手で自作の銃を取り出した。安倍氏との距離は約9.3メートルにまで縮まっていた。
安倍氏に銃口を向けながら前進する山上容疑者。県道の真ん中を越えて約7メートルの距離から1発目を撃った。ロータリーへの進入からわずか10秒の出来事だった。
前方を警戒していた警察官はタイヤの破裂音などと勘違いしたという。だが後方を警戒していた1人の警察官が銃のようなものを構えてさらに歩み寄る山上容疑者の存在に気付き、ガードレールを乗り越えるために手をかけた。
1発目の銃弾は当たることなく、20メートル近く離れた場所に停車していた選挙カーの看板を貫通し、90メートル先の立体駐車場の壁で痕跡が見つかった。
山上容疑者は1発目を撃った後も歩みを止めず、再び両手で銃を構えて銃口を安倍氏に向けた。約2.7秒後、容疑者は約5.3メートルの距離から2発目の引き金を引いた。容疑者に気付いた警察官がガードレールを乗り越えた瞬間だった。
SPは左手に持った防弾用のかばんを掲げながら安倍元首相と容疑者の間に入ろうとしたが、間に合わなかった。演説を止めて振り向きざまに被弾した安倍氏は力をなくしたように演台を降り、その場に倒れ込んだ。
警察庁の検証報告書は、山上容疑者が歩道からバスロータリーに進入してまもなく対処していれば、遅くとも銃を取り出そうとした時点で危険を察知することができ、事件を「阻止することができた可能性が高かった」と分析。事件を防ぐことができなかった主因に「後方警戒の空白」を挙げた。
奈良県警の警護計画の作成過程では、後方を警戒する必要性は具体的に考慮されていなかった。報告書は、想定される危険の検討が不十分なまま、安易に前例を踏襲して不備のある警護計画を作成したと総括した。
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