Black Life Non Sugar

またどこかで

モテるせいで鬱になった友人の話 モテることは本当に幸せなのか?

先に言っておくけれど友人からは許可貰ってあります。むしろ書いて欲しいと言われたので記事にします。

 

数か月前からある友人から頻繁に電話がかかってくるようになった。その内容は「そろそろモテるのが辛い」ということ。

多分この一文だけ見ると僕達非モテは「は? 何言ってるのこいつ」ってなると思う。でも何度か相談にのっている内にモテることがしんどいことだと理解できた。

 

友人はイケメンだ。性格もいい。優しいし明るそうに見える。仕事もしっかりしていて給料は悪くない。趣味もバンドとかバイクとか、女の子にモテそうなものばかり。ここまでモテ要素があれば女性から好意を向けられるのは当然だ。実際彼は多くの女の人にアプローチをかけられ、告白されている。

そんな彼に僕は「俺たちからしてみたらモテることは羨ましいよ」といったら、

「いや、違いますよ堀江さん。自分の好きでもない女の子にアピールされたり、告白されても気を使うだけだし、恋愛がらみのトラブルも多いんですよ」と返された。

 

僕達がモテている状態を想像すると、どうしてもアニメのハーレムを思い浮かべてしまう。かわいい子がたくさん周りにいて、その娘がみんな自分のことを好きという幸せな光景を連想してしまいがちだ。

でも実際はそうじゃない。自分に好意を向けてくれる女性の大半が恋愛の対象外であり、アプローチをかけられても対処に困る。告白なんてされたら傷つけないように断らないといけない。

さらに自分に好意を向けている人が複数いるから、女の子同士でギスギスし始めるし、その女の子のことが好きな別の男からは恨まれる。

それがモテるということなのだ。これが楽しめる男はそういない。いたとしてもホストとか詐欺師とかそういった部類の人間である。興味のない人間の相手をしないといけないのがモテる状態なのだ。

 

だから友人は極力女性を避けるようになった。それどころか女性嫌いになったように僕には見えた。女性に近づかなくなればこういったトラブルは起きなくなるだろうと彼は考えたのだ。しかし、現実はそう甘くない。女性を避けると高嶺の花になってしまう。そうなると女性はもっと彼のことを好きになり、アプローチをかけてくる。

結局彼は恋愛に関するトラブルを会社やプライベートで何回か起こし、それでも好意を抱いてくる女性があとを絶たないことに耐えきれなくなって鬱になってしまった。

多分、彼は優しすぎたのだと思う。酷い言い方だがもっと女性をぞんざいに扱えれば、彼の心の平穏は守られたであろう。

 

モテる=幸せというのは幻想に過ぎないのではないだろうか。

僕達非モテが持つ「モテたい」という願望は、好きな子だけに適度に好意を持ってほしい。というもので、現実のモテとは相違がある。

一番幸せなのは、一人でいいから将来を一緒に過ごせるような女性と恋をして、結婚するということなんだろう。その幸せを得るためには、自分を好きになってくれる女性が最低一人は必要だし、その一人が伴侶として相応しいということはまずないから、結局複数人の女性と相思相愛になる必要だ。

非モテは好意を持ってくれる女性の数が少なすぎて、モテる人は多すぎる。やっぱりなにごともほどほどが一番いいのだろう。

 

モテってこんなに大変だったのか!? (一迅社文庫)

 

ブコメならば、モテることは幸せそうに見えるのにね。

 

 

 

 

 

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