アメリカのカジノの代名詞であるラスベガスの2022年の売上は約1兆3千億円、ネバダ州全体で2兆2千億円ほど。それに対して全米のインディアン・カジノの同年の売上は何と6兆2千億。あのラスベガスのほぼ5倍の規模を誇る。自然や伝統を重んじるネイティブ・アメリカンというステレオタイプとカジノ産業は相入れないため、違和感を覚える人はいるかもしれないが、インディアン・カジノは過去30年間成長し続けてきた。
本日紹介する『インディアンとカジノ』はインディアン・カジノという視点から、アメリカの建国と開拓の歴史、州政府と連邦政府の関係、民主主義と資本主義の覇権国家としてのアメリカの良心と矛盾を、立体的に浮き上がらせてくれる良書だ。今年は大統領選挙もあり、アメリカについての本をかなり読んだが、間違いなくベスト3に入る面白さであった。
インディアンカジノとは何か:その自治と経済
インディアン・カジノとは「保留地には州の税制や法制度の適用が制限される」という経済活動上のメリットを最大限に生かし、個々のインディアン部族が保留地で独占的に展開する保留地ビジネスの一つである。
『インディアンとカジノ』
保留地の最大の特徴は州の税制や法制度の適用が限られているという点だ。アメリカは合衆国という名前だけあり、州の権限が非常に強く、州独自の法が非常に多い。州を跨いで引っ越せば、運転免許は取り直さないといけないし、場合によっては学校の学年だって変わることもある。そんなアメリカで州内にありながら、州の法制度が及ばないというのは非常に特徴的だ。
アメリカ国内では、このインディアン・カジノの拡大に、「資本主義にどっぷり使って伝統的な生活を捨てた先住民」、「自治権をたやすい金儲けの手段として乱用している」という批判は耐えない。が、そういった批判をする人の大半は、ネイティブ・アメリカンの歴史に対して無知であるし、「インディアンゲーミング規制法」によって、カジノの収益は部族の政府運営、福祉、文化的伝統の保全という限られた用途にのみ利用されつつ、一部の収益が州政府に収められているなどのことを知らないのだろう。
インディアン・カジノは、過去100年以上定まらない政策によって、ネイティブ・アメリカンに貧困をもたらし続けた歴史に終止符を打つ、苦心の上の政策なのだ。
アメリカ国土と保留地の真実
インディアン・カジノを理解するためには、ネイティブ・アメリカン保留地について理解をしなければならない。ネイティブ・アメリカン保留地は、アメリカが開拓期に国土を拡大するために各部族と条約を締結して定められた自治区である。元々、ネイティブ・アメリカンが住んでいいた地域に、「このエリアは部族の自治も認めるし、福祉などをアメリカ政府として提供するので、他の土地についてはアメリカ政府が頂きますよ」という契約を締結し、アメリカは国土を拡大していった。
即ち、現在のアメリカの国土、並びに国の形は、ネイティブ・アメリカンに保留地における自治を認めることで成り立っている。その過程で多くの暴力や強制移住が伴ったことは事実であり、その時々の「アメリカの良心」に左右をされた契約関係であるが、その縛りは今でも有効である。
もし、それを解消したいと思えば、アメリカ国土を返還した上で、その土地からアメリカ人が出て行かなければならず、これは現実的とは言えない。勿論、武力制圧で解決という手も取りうるが、条約の強制的な武力による破棄ということで、その強硬さはロシアによるウクライナ侵攻の比ではない。それに等しいことを歴史的にしてきたのは事実だが、現在においてはこちらも現実的ではないだろう。
数字でみるインディアン・カジノの成功と課題
『ネイティブ・アメリカンへのインディアン・カジノの収入並びに健康への効果』という研究では、カジノを運営する部族について、下記の経済的効果がでているという調査結果が示されている。
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部族員1人あたりの平均収入が約20~25%増加(収益の直接分配や教育・住居補助プログラムが拡充)
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部族員の雇用率が12%向上(カジノ施設、レストラン、ホテルへの就業)
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部族員の貧困率が14%減少(特に低所得世帯の改善が顕著)
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健康保険への補助、医療アクセスの改善を通して、死亡率が平均2%低下
連邦政府によって様々な施策が過去にうたれてきたが、これ程までの改善効果がでた施策は「インディアン・ゲーミング規制法」だけだろう。ある時は同化政策をとり、またある時は連邦政府による福祉政策の充実化をはかり、そして時の政権の意向によって福祉政策がカットされ、様々な憂き目にあってきたネイティブ・アメリカン。民主主義的なアプローチより、資本主義による解決が実現されたというのは、アメリカ的でありながらも、民主主義の脆さも示しており興味深い。
インディアン・カジノに見るアメリカの形
私が現在住むカリフォルニア州は連邦政府から認定されたネイティブ・アメリカンの部族が110存在し、そのうち87の部族がカジノを運営している。これは共に全米で最も多い数だ。
インディアン・カジノは部族の経済的自立を実現するだけでなく、周辺地域の発展にも寄与している。
その反面、周辺地域の治安や犯罪率の悪化が懸念されるだけでなく、近隣での渋滞の発生などの社会問題を引き起こしている。
「アメリカの良心」を実現する他の対案がない以上、個々に発生する問題に個別の解決策を知恵を出して見つけていくしかないのが現状だ。
せっかく、インディアン・カジノの集積地に住んでいるので、今度実際にカジノリゾートに宿泊し、アメリカの光とも影ともなっている、アメリカとネイティブ・アメリカンが紡ぎ出した解決策をこの目で見てみたい。