TOEIC受験と豚骨ラーメン、飛鳥時代以来の古刹。和泉市の旅

先日、TOEICの試験で大阪府は和泉市に参りまして。

そのついでに、観光もしようと思ったのですね。

お昼頃、泉北高速鉄道の和泉中央駅に到着しました。

ここから、試験会場の桃山学院大学方面を目指します。

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大学界隈は住宅地であります。

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かつては繊維産業が盛んな土地柄でしたが、今は輸入物の製品に押され、稼働中の工場は少ないようです。

かつての名残りは少ないですが、繊維産業の担い手だった企業の美術品コレクションを集めた「久保惣記念美術館」が住宅街の近隣にあるのですよ。

剣豪、宮本武蔵(みやもとむさし)直筆の鵙(もず)の絵画を所蔵していることで著名です。

和泉市久保惣記念美術館

今回は寄りませんがね。

お昼時に現地に着いたので、まずは昼食を済ませようと思います。

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今日もラーメン。

来ました。

九州ラーメンむがく庵。

桃山学院大学のすぐ手前にあるお店です。

TOEIC等の資格試験受験で当地に来る際には私、よくここでご飯を食べるのですよ。

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土日も、お昼11時半から開店です。

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カウンター席に着き、注文して5分余りで出てきました。

待たずに済んで、有難いですね。

とんこつラーメン650円、サイドメニューの「まんきち」がラーメンとのセット価格で280円です。

まんきち単品で注文すると380円になります。

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もやしとネギたっぷり、白ゴマも入った豚骨スープの九州系ラーメンです。

大きくて柔らかいチャーシューも絶品。

特に強い香りもなく、大阪人にも食べやすい味ですね。

歯ごたえのしっかりした麺も美味しいです。

私の好きな一杯です。

テーブル備え付けの紅ショウガをひとつまみ乗せて、いただきましょう。

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まんきちの方は、ごはんの上にほぐしたチャーシューをまぶしてマヨネーズをかけ、キムチと厚焼き玉子とネギを乗せた一品です。

軽くかき混ぜて食べるとより美味しい。

全体的に穏やかな味で、ラーメンとよく合います。

TOEIC試験を前にして、束の間ですが、幸せなごはん時間を過ごしました。

腹が減っては…なんとやら。

語学試験も、戦ですとも。

 

さて、食後に至近の大学構内に入り、TOEIC受験を済ませてきました。

今この記事を書いている段階でまだ試験結果は出ていませんが、おそらく前回よりもスコアは上がっていると思います。

というのも、リスニングがなんとなく楽に感じられたんですよね。

高得点が取れたらいいなあ、などと思いながら試験会場を出て参りました。

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わざわざ来て試験だけ受けて帰るのも物足りないので、観光していきますよ。

大学から住宅地を抜けて南に行くと、松尾寺というお寺があるそうなんです。

この機会にお参りしようと思ったんですね。

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住宅地を造成途中の場所に、ススキが群生していますね。

和泉市のこの界隈、広範囲に宅地化されている一帯ですが、元来は山深いところだったのだと思います。

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ところが住宅地を抜けた先で、道が封鎖されてしまいました。

持参した地図によれば、この先すぐのところに目的地の松尾寺があるはずなのですが…。

仕方ないので、迂回して進みます。

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迂回してきて、封鎖されていた場所を下から見上げています。

トンネルの上だったんですね。

どうも封鎖されていた先の土地には、開発中の私有地がある模様。

このままトンネルをくぐって、松尾寺方面に参ります。

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なんだかトンネルの中を通る車道、えらい渋滞してるな~と眺めながら歩いてたんですね。

そこで思い出しました。

この先すぐの場所に、近年「ららぽーと和泉」と「コストコ」という大型商業施設がそれぞれオープンしたわけなんですよ。

混雑するわけです。

松尾寺って、それらのお店の近くにあったんですね。

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松尾寺へ行く途中の道すがら。

人で混雑する大型商業施設の至近に、のどかな風景が広がっていました。

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ところで、先ほど封鎖されていた道の先を見上げています。

何やら上には、公園のような場所が見えているのです…。

しかし今いるところからも、その場所への入口が封鎖されていたのですね。

建設中の公園…にしては、余りに封鎖箇所が広すぎるような。

これは、あまり深入りしない方がいい件なのでしょうか…。

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ともあれ、松尾寺界隈にたどり着きました。

桃山学院大学付近からそこそこ歩きましたので、感動もひとしおです。

和泉中央駅から大学を抜けて松尾寺まで来る路線バスもあるのですが、少し時間が遅くて、最終の便が終わってしまっていたのですね。

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修験道の創始者、役小角(えんのおづぬ)によって飛鳥時代に開かれたと伝わる古刹であります。

とても歴史があるんですね。

飛鳥時代には今のように宅地化はされていませんから山の中で、修験者が修行を積むにはいい環境だったのかもですね。

現在は、天台宗のお寺になっています。

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付近も雰囲気があって、いい感じ。

お参りしましょう。

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山の上にお寺があるんですね。

石段を登って参ります。

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石段の途中、こんな場所がありました。

案内板いわく、首堂(こうべどう)ですと…。

平安時代、現在の兵庫県神戸市須磨区で勃発した源平一の谷の合戦。

その戦で戦死した将兵の首を、源義経(みなもとのよしつね)が松尾寺に送り、それらの首を供養、埋葬した場所なんだそうです。

戦死者の首は須磨から三艘の船に分けて乗せられ、一艘は当寺、一艘は堺の寺、もう一艘は四天王寺にそれぞれ送られたのだそうです。

案内板には戦死者と書かれていましたが、おそらくは義経軍が挙げた平家の武士たちの首級…ということなんでしょうね。

おそらくこれからお参りする松尾寺、源義経と縁があったのでしょう。

私も首堂に手を合わせておきました。

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立派な山門が見えてきましたよ。

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大阪府の指定有形文化財になっている、金堂です。

当寺は安土桃山時代に織田信長の軍勢から焼き討ちを受けたそうなんですね。

それが後の慶長年間に、豊臣秀頼の手によって再興されたとか。

金堂始め境内の建物は、江戸時代の再建だそうです。

織田信長の焼き討ちと言えば比叡山の件が有名ですが、それ以外でも畿内の寺社勢力を攻めて、焼き討ちも行っているんですね。

信長の抵抗勢力への容赦の無さと共に、各地方の寺社の独立した立場を示す逸話でもあるな、と思います。

金堂へのお参りを済ませて、山を降りました。

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界隈の風景。

眺めながら、まったり気分になれました。

近所にららぽーと、コストコがあって大勢の人でにぎわっているだなんて、想像し難いですね。

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畑の傍に、梅の花も咲いています。

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松尾寺バス停の傍らに、樹齢約700年と伝わる樟の姿がありました。

この場所に700年…。

と言うことは、織田信長による松尾寺への侵攻の際にはもう、ここに立っていたのですね。

言葉を聞くことこそかないませんものの、歴史の生き証人という呼称がふさわしい存在だと思います。

樟の姿に畏敬の念を抱きながら、バスも来ないので遠い最寄り駅まで歩いて帰りました。

和泉市の旅でした。

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