まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

『涼宮ハルヒの直観』感想

涼宮ハルヒの直観 (角川スニーカー文庫)

ストーリー
初詣で市内の寺と神社を全制覇するだとか、ありもしない北高の七不思議だとか、涼宮ハルヒの突然の思いつきは2年に進級しても健在だが、日々麻の苗木を飛び越える忍者の如き成長を見せる俺がただ振り回されるばかりだと思うなよ。だがそんな俺の小手先なぞまるでお構い無しに、鶴屋さんから突如謎のメールが送られてきた。ハイソな世界の旅の思い出話から、俺たちは一体何を読み解けばいいんだ? 天下無双の大人気シリーズ第12巻!

Welcome back.
涼宮ハルヒが帰ってきた。
新作とはいえ短編集なんだよなとか、3本中の2本は既に発表されているものを掲載しただけなので本当の意味での新作は1本だけとか、読む前に感じていたそんな細々としたあれこれなんて読んだ今となっては何も関係ない。ただ込み上げる歓喜の内に「おかえり」とそう呟くだけである。
9年ぶりにハルヒの新刊が出ると聞いて最初に思ったのは「『驚愕』から9年ってこと自体がまず驚愕」だった。『分裂』から『驚愕』までは4年だったので、せいぜいその程度しか空いてなかった気がしていた。『驚愕』発売日の0時に行われた特別深夜販売の列に並んで、ファミレスで夜を明かして読みふけったことを昨日のように思い出す。もちろん続きが出ることをずっと待っていたけれど、『驚愕』の時点で待つのに慣れすぎていて、もう出ないかもしれないなんて欠片も思わなかったし、そうこうしているうちに9年も経っていたなんて全く気づかなかった。それだけ涼宮ハルヒは僕の中で鮮烈に存在し続けた。
そして今。その新刊を読んだ。僕がこのシリーズの熱狂的な信者で9年ぶりに出た新刊をド深夜に読み終えたばかりの興奮状態でありしたがって全く冷静な精神状態にはなく頭がオーバーヒート気味であるということを差し引いた上で以下の感想を読んでほしいと思うのだけれど、もう超絶的に面白かったです。


「あてずっぽナンバーズ」はSOS団のメンバーで初詣に行くお話。一番短いお話であり、初詣でワイワイやりながら古泉からのちょっとしたクイズにキョンが挑戦するというだけの短編なのですが、早速今巻におけるナンバーワンのニヤニヤポイントが用意されており久しぶりに摂取するには少々過剰栄養気味なくらいでした。12冊めにもなってこの程度のイベントでニヤニヤできるのがむしろ凄いというか、キョンとハルヒの奥手さを逆説的に表しているなあと思うのですが、とにかくごちそうさまでした。なおナンバーズはそれっぽい数字を電卓にぶっこんだら簡単に解けました。何とは言わないが理想的すぎるな、この男。


「七不思議オーバータイム」はハルヒを除くメンバーで学校の七不思議をでっちあげるお話。ページ数的には中編。キョンと古泉が百人一首に興じ、朝比奈さんがたどたどしく読み上げ、長門がその読み違いを訂正する、そんなほのぼのとした部室の場面に突如現れる謎めいた新キャラクター(もっとも今作においてキャラクターが謎めいていなかったことなど未だかつてないのだけれど)、ハルヒが現実改変をしないように先回りしてそれっぽい七不思議を作り始める団員たち。学校の七不思議あるあるをネタにして対ハルヒ用のユーモアを盛り込んでいく会話劇はそれだけでも楽しくて、完全に文芸部室の中で完結するストーリーはただのなんでもない日常の1ページのようにも見えるのだけれど、かと思えば遅れてやってきた我らが団長の思いもよらぬ発言にさすがと唸らされたり、古泉の鋭いツッコミと思わせぶりにめくられた百人一首からキョンの心情を考えさせられたりと、なかなか考察の捗りそうな一編にもなっておりました。


「鶴屋さんの挑戦」は今回唯一の書き下ろしであり、ページ数的にも長編と読んで差し支えないボリューミーなお話。「七不思議オーバータイム」で登場した新キャラ・Tをゲストに迎え、鶴屋さんが旅行先から送ってくるメールの謎を紐解いていくミステリー仕立ての一編です。序盤、古泉と長門とTによるミステリー談義は作者のミステリーオタクっぷりを如実に示す内容で、わかるようなわからんような、やっぱりよくわからんというのが正直なところ。詳しい方の解説待ち。この作品、やたら後期クイーン問題(よくわからん)が好きだよなあ。
鶴屋さんから送られた3本のメールに隠されたトリック。それぞれ僕でも気づけるような違和感もあれば、ハルヒや古泉による解答編で初めて気づかされるものもあり、まあ大半が後者なのですが、ともあれひとまずの納得が得られたところに来て、さらに二重三重のトリックを明らかにしていく。ここにきてようやく僕は思い出しました、ああ、そういえば、ハルヒってミステリーだったよなあと。もちろんSFであり、学園青春モノであり、もしかしたら恋愛小説でもあるかもしれないけれど、シリーズに通底する要素としては、やっぱりミステリーだよなあと。今回はそのミステリーの部分を全面に押し出してきていて、純粋にただただ楽しかったです。もっとも読者への挑戦状には敗れましたが(僕もどちらかというとアイズリーディングオンリーを好む側なので、正確に言えば挑戦すらしませんでしたが)。
しかしてミステリーをただトリックとその解決だけに留めておかないのが、また今作の傑作たる所以であり。長門の珍しいふるまいや朝比奈さんの愛らしい言動が解決の糸口になったり、鶴屋さんの底知れなさが改めて明らかになっていったり、信頼できない語り手たるキョンの信頼できなさがまたしても浮き彫りになったり、ハルヒの現実改変能力が作中のみならず我々読者にも影響を及ぼしてしまっているのかもと思わされたり。時に魅力的なキャラクター小説として、時にメタフィクション小説として、色んな顔で圧倒的な面白いを突きつけてくれる今作は、やっぱり格別の味わいを誇る物語だと感じました。


ああ、面白かった。ワクワクした。ニヤニヤした。ゾクゾクした。楽しかった。次もきっとあるよね。何年でも待ってやる。でもできれば早めがいいです(小声)。