これは「知財戦略」の問題なのか?

毎週毎週、いじりやすい(笑)美味しいネタを提供してくれることが多い日経新聞の「法務」面。
年が変わり今年はどうなるか、と思っていたら、やはり年明け早々飛ばしてくれている。

第1弾の企画は、「知財戦略」というテーマで、東大特任研究員の小川紘一氏や某メーカーの知財法務本部長、そして知財分野で名高い弁護士、と、立場の異なる関係者がインタビュー形式でそれぞれの「知財戦略」を語る、新年にふさわしい壮大な特集であり、着想自体は悪くない*1。

だが、問題は、そこで語られている(記者が語らせている)中身である。

小川特任研究員は、「多数の特許を国内外で取得する」という、日本の電機メーカーの伝統的特許戦略を「新興国の手法」と断じ、この戦略では「そこそこの製品を圧倒的に安いコストで造る」サムスンが有利だ、ということを指摘した上で、それと対比する形で、アップルの『オープン&クローズ』戦略を賞賛している。

この特集自体に付されたタイトルが「アップルとサムスンに学べ」なので、このインタビューは、まさに本企画のメインコンテンツだと言えるだろう。

知財バブルが始まった頃に、“特許の出願数を増やせ”と連呼し、出願数の多い会社を誉めそやしていたメディアやコンサルは、やがて保有特許数と会社の業績に有意な関連性がない、という事実を自覚し*2、今や手のひらを返したように“数よりも戦略”と唱え始めている。

そういう意味で、上記コメントは、まさに“時流に乗ったもの”といえ、(事例のタイムリーさもあって)説明としても極めて分かりやすいものである。

そして、自分も、「とりあえず出しとけ」的な、“戦略なき知財部門の暴走”は、結果的に特許庁と出願代理人を肥ゆらせるだけで、会社にとって何らメリットはないと思っているから、「権利を取得するのであれば、ちゃんと考えてやろうね」というトーンの記事が前面に出ること自体は悪くない、と思っている。

だが・・・


自分は、今、知財業界を騒がせている「サムスン」と「アップル」という2つの会社を語るにあたり、“勝利の秘訣”や“青息吐息の日本メーカーとの違い”を「知財戦略」というフレーズで説明するのは、ちょっとピントがずれているように思えてならない。

サムスンにしても、アップルにしても、世界で一歩先を行けている最大の理由は、消費者のニーズを見事に捉えて魅力ある商品をタイムリーに市場に送り出した、ということにある。

それに加えて、サムスンの場合は大胆な投資戦略や営業力、アップルの場合は、長年愛され続けたブランド力、といった要素が、“一歩”の差を大きな差へと広げ、さらに、いずれの会社も、市場シェアの大きさに乗じた調達戦略によって、より大きな幅で利益を生み出せるサイクルを作ったことで、市場での差をさらに広げていった・・・大方そんなところだろう。

こと「知財」だけに目を向ければ、小川氏も認めているように、日本のメーカーとサムスンとで、その“戦略”には大差ないし、かといって、日本のメーカーが一朝一夕に「アップル」的な(というか、ジョブス的な)斬新さを手に入れられるとも思えない。

だとすれば、上記二社を取り上げて「学べ」と言われても、何を学べばよいのか・・・というのが、心ある日本メーカーの人々の率直な思いではなかろうか*3。

むしろ、この2社を例として挙げるのであれば、

「的確な投資、的確な技術戦略、的確な販売戦略がないところに『知財戦略』なし」
「小手先だけの『知財戦略』だの『知財経営』だのを唱えたところで、無駄無駄無駄ァ・・・」

といった、長年知財にかかわってきた人であれば死ぬほど思い知らされているであろう、“骨太な結論”が語られるべきではなかったか、と思うところである。


ちなみに、この特集に掲載されている他のインタビュー記事、と言えば、「何となく机上で夢語る」雰囲気の某社知財法務本部長のコメントと、

「日本でも(韓国企業のように)経営幹部が訴訟を指揮すべきだ」
「日本企業は知財訴訟に対応できる人材の層が韓国に比べて薄い。韓国では米国留学経験のある社内弁護士が数百人いる会社もある。日本の法曹人口は増えており、見習うべきだ」

といったような、いろいろと物議を醸しそうな発言を連発している弁護士のコメントだけで*4、これらをフォローすべき記者の“まとめ”も、それに輪をかけるように明後日の方に飛んで行ってしまっているから、特集記事を全体としてみると、かなり“イタイ”ことになっている。

企業人の世界における「日経新聞」の存在の大きさを考えると、正直頭が痛いところであるが、少しでも知財の世界に足を突っ込んでいる者としては、会社幹部の「もっと知財を!」の声に浮かれるのではなく、むしろ「その前にやるべきことが・・・」と諌めることができるくらいの矜持(&説明能力)を持ち続けていたい、と思う次第である。

*1:日本経済新聞2013年1月7日付け朝刊・第15面。

*2:知財の何たるかをきちんと認識していた心ある関係者は、当時から皆冷ややかな目で見ていたのであるが、業界のパイを増やしたい産官学のシュプレヒコールに流されて、“屍特許”を積み重ねてしまった会社も数知れず・・・。

*3:批判されている「数重視の戦略」にしても、知財サイドの“戦略”でどうにかできるものではなく、現在の日本メーカーの商品開発力やブランド力に自ずから限界があるために、タマにするだけの特許の「数」を押さえてクロスライセンスで何とかしのぐ、ということしかできないのが実態ではないかと思われる。

*4:そもそも自分は、知財の分野で「訴訟」にもつれ込むこと自体がある種の異常事態だと思っているし(相手がトロールなら仕方ない面もあるが、それでも回避する方法はある)、ましてや、体制を構築してそこに注力する・・・などというのは、会社の在り方としては決して賢い戦略ではないと考えている。知財部長や法務部長が訴訟のお守りをしているくらいが、温度感としてはちょうど良いのではないだろうか。派手に同業者と訴訟合戦を繰り広げた会社が、数年後どうなったか、ということは、これまでの歴史の中で十分に証明し尽くされているし・・・。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html