勇気ある反論?

本ブログでは、以前から、教科書準拠テキストや赤本に関して、著作権者と出版社の間に生じている紛争を紹介してきたところであるが*1、「中学・高校入試問題集」の分野でも著作権紛争が勃発したことが数日前の新聞記事で報じられた。

「過去の中学、高校入試問題集に作品を無断使用されたとして、小説家のなだいなださんや妹尾河童さんら40人が14日、学習教材製作販売会社「声の教育社」(東京)に計約8500万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。」
(日本経済新聞2009年9月15日付朝刊・第42面)

記事によれば、今回提訴した40人以外に、「詩人の谷川俊太郎さんや脚本家の倉本聡さんら31人も今年1月、計約9700万円を求めて提訴」しているということで、合わせると原告計71人、請求額は1億8200万円という大型訴訟になる*2。


もっともこの記事が興味深いのは、これに続く被告(声の教育社)のコメントが比較的詳しく紹介されている点にある。


引用すると、

「著作権料は支払いたいと思っており、協会側の求めで膨大な著作権使用のリストを提出するなど誠実に対応してきたが、当初の話し合いと全く違う条件での支払いを求められた。提訴には非常に困惑している。」

というもの。


通常、訴訟提起を報じる記事に出てくる被告のコメントというのは、「訴状が届いていないので・・・」といった紋切り型のものにとどまることが多く、中身のあるコメント自体が珍しい。


しかも、ここまで踏み込んで反論の姿勢を示すとなると・・・


ということで注目して見ていたところ、声の教育社のサイトに平成21年9月18日付で「今回の著作権訴訟についての当社側の立場」という表題のコメントが掲載された(http://www.koenokyoikusha.co.jp/copyright-insist2.pdf)。


内容を見ると、いきなり書き出しから、

「9月12日の朝日新聞(朝刊)などの紙上に、日本ビジュアル著作権協会(以下日ビと略称します)の会員40人が、当社の発行する中学・高校の入試過去問題集によって著作権を侵害されたとして、約8000万円の損害賠償請求訴訟を提起したこと、今年の1月にも同様の提訴があり、請求額は約1億8000万円に達することなどが報道されました。これらの記事は、一方的に日ビ側の主張と提訴額をそのまま掲載したものであり、今迄の経緯、経過や当社側の主張などには全く触れておりません。当社には、まだ訴状も送達されておりませんが、ここに、今回の偏頗な記事によって、皆様方に多大のご心配をおかけしましたことをお詫び申し上げるとともに、当社の基本的な立場を説明させていただきます。」

と、本件提訴とそれに対する報道への憤りを前面に出した、挑戦的な文章になっている。


そして、これに続く経緯の説明では、「これまで平成14年から日ビに謝罪と許諾願を提出していたこと」「日ビの指示を受けて5年〜10年遡った使用リストを提出していたこと」「平成20年になって日ビが急に条件変更と使用料の大幅引き上げを提示してきたこと」等、日ビ側の“不当な”対応の模様が切々と綴られ、最後に、

「当社は、社会通念に照らし妥当と思われる範囲の著作権料を支払うために、前述のとおり、4年間、誠意をもって5年から10年に遡った資料を作成し日ビ側に提出してきました。これに対し、日ビ側は、足掛け4年を経過して、平成20年、平成21年に最初の印税方式から最低保障、同一性保持権、氏名表示権などの一方的な新条件を次々と考え出し、当社提出の著作権料リストを証拠に提訴し、一方的にマスコミにアピールしたのです。当社の対応がきわめて相当であり、日ビ側の威嚇的な高額請求がいかに不当であるかは、今後の裁判の進行の中で明らかになると思われます。」
「なお、本年版の当社中・高過去問題集からは、これ以上の紛争を避けるために、日ビ側ご関係著作物はすべて掲載を削除して発行しております。これによって大きなご迷惑を受験生、およびご指導と広報に当たられる学校関係者各位におかけしていることを大変申し訳なく存じておりますが、何とぞ当社の基本的な立場にご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。」
「この件につきまして、当社側、野田法律事務所の野田弁護士は「過去の判例に基づく著作権料基準からあまりにもかけ離れた、裁判では全く認められない法外な金額の要求である」と述べられております。」
(太字筆者)

と本件提訴を全面的に争うかのようなアピールで締められている。



正直、現行著作権法の下で、権利制限規定の直接適用を期待することができないこの種の教材作成業者が、「著作権侵害の成否」という争点で自己に有利な判断を求めるのは極めて困難というのが現状であり、争うとしても、損害額の算定に関する“局地的な反論”で一矢を報いるのがやっと、という状態になってしまうことが多い*3。


それに、被告自身、使用料は払うつもりでいた(そのうえで許諾を受けて利用が継続できるようにしたいと考えていた)ということなのだから、最終的に、和解手続において、支払う使用料の額や今後の利用条件等についてうまく折り合いが付けば、それで御の字であるに違いない。


にもかかわらず、被告が上記のようなアピールを行った背景に何があったのか?


長年コツコツを行ってきた交渉を壊された憤りを単純に噴出させただけなのか、それとも、「権利紛争」というよりは、対価の引き上げを意図した「利益紛争」の様相が強くなってしまっている近年の著作権侵害紛争の実情を世に知らしめ、無批判に権利者を擁護し利用者(権利侵害者)を貶める傾向にある世論に一石を投じようとしているのか。


本当のところはよく分からないが、大企業なら二の足を踏みがちな“中身のある反論”を試みた被告側の勇気には、一応称賛の意を表しておくことにしたい。


なお、一方当事者の主張だけを紹介するのはフェアではないので、念のため原告側の方も見ておくと、上記9月12日付リリースには、

「これまで声の教育社とは、過去の無断使用等の著作権侵害問題について、清算方法や、今後の利用条件等について、著作権者らの代理人弁護士と、声の教育社との間で、協議が行なわれてきました。しかし声の教育社側は過去の無断使用分の清算方法や今後の利用条件等について、一方的な主張を繰り返すのみで、長期間におよぶ交渉において、同社との間では解決に向けての前向きな協議を行なうことが出来ませんでした。また昨年、JVCAが調査を行なったところ、声の教育社が製作し、書店で販売されていた教材で、協議中にも関わらず作品の無断使用を続けていたことが明らかになりました。」
(太字筆者)

といった記述がある。


交渉の経緯がいかなるものであったか、という事実は、侵害成否や損害額算定の判断に直接効果を及ぼすものではないが*4、裁判の落とし所をどの辺にもってくるか、という裁判所の意識には少なからず影響を与えるはずで、そのあたりをどのように主張していくのか、が当事者代理人の腕の見せ所なのかもしれない。


いずれにしても、今後が注目される訴訟だと言えるだろう。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080525/1211759489、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060427/1146596857

*2:日本ビジュアル著作権協会(JVCA)の平成21年9月12日付プレスリリース(http://www.jvca.gr.jp/oshirase/090912pressrelease.pdf)には、より詳細な説明が記載されており、合わせて「教材出版社1社に対する著作権侵害訴訟としては、原告数、訴額とも過去最大規模のものになります」というコメントも付されている。

*3:著作者人格権侵害の成否については、法20条2項4号の「やむを得ない改変」該当性で争う余地がないとはいえないが、複製権・翻案権侵害について成否を争うのはまず無理だろう。

*4:最後の「無断使用」云々については、交渉中の著作物利用について原告がどのような態度を示していたかによって、多少結論が変わってくる可能性もあるかもしれないが。

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