離婚した父が乗っていた車を譲ってもらった 〜幼少期の思い出と大好きなロードムービーたち

母が実家の車を廃車にしようとしていたので無理を言って貰ってきた。
その車は恐ろしく燃費が悪く、20年前の車なので重量税もバカにならず、さらにはハイオクℓ9kmで走るというとんでもない車なのだけど、離婚した父が幼少期に家族旅行やディズニーランドに連れていってくれた思い出深い車ということもあり、無理をしてでも手元に置くことにした。

 

とはいえ、思い出深いと言っても幼少期以降にこの車に乗った記憶はあまりなく、両親それぞれの単身赴任や僕が全寮制の中高に通い出してからは存在を気にすることもなかった。しかし、最近になって次節この車を思い出す機会が何度かあり、その結果として夢のマイカーを持つことにした。

 

はじめに車を欲しくなったのは、社会人1年目の時で映画『僕が6歳から大人になるまで』を見ては自分に重ねて勝手にショックを受けた。作中では、離婚した父が自身の車を息子に譲り渡すと幼少期に口約束をするのだが、久しぶりに再会すると口約束を覚えてないばかりか車を売り払っている始末。この映画を見てそういえば自分も父とそんな口約束をしたなと思い出しては人生そんなもんかと不安がったが、あいにく母親のほうに名義が移っていたことでことなきを得た。この映画を見てから離婚した父が乗っていた車をよく思い出すようになる。

 

余談だが、親が離婚したことは父の本棚に『月と六ペンス』が置いてあったことで謎の納得感があり、ビックリはしたものの、そこまでショックを受けなかった。作中人物と父とで強く符号する訳ではないが、フランスで働いていて、水彩画を描き、よく旅行に出かける父と重なる部分が多々あったので作中人物のように父が離婚しても不思議ではないという感触があった。だから、離婚すぐはそんなもんかと受け止めていたが、共同親権がしっかりした国の家族模様を描いたこの映画を見てから結構ショックを受けた。

 

次に車が欲しくなったのは、社会人2年目の時で新海誠の映画『すずめの戸締り』に登場する作中人物たちが実家の車と瓜二つの赤いオープンカーを運転していたとき。まさに父の車が二十数年前のベンツのカブリオレだったので、思わずその車で家族旅行に出かけた日々を思い出した。作中でも車がもたらす共同性によって擬似家族が作られていたので妙にシンクロしてしまい、あまり内容に集中できずにいた。この映画を見てから、自分にはレストアする技術もお金もないのに思い出深いこのカブリオレをずっと乗り続けたくなった。そして、冒頭で述べたように車をもらうに至る。

 

カブリオレを受け継いでからはじめにしたことは、実家の京都から一人暮らしをしている鎌倉まで持ち帰ること。ペーパードライバーでしかも初めての左ハンドルでよく無事故で帰って来れたと今でも思うが、途中休憩を挟みながら6時間くらいで帰路に着いた。その間、流石にまずいと思ってか助手席には母が座ってくれていた。

 

運転中は『バニシング・ポイント』や『デス・プルーフ』、『イージーライダー』とドライブっぽい映画の曲をかけながら、母と久しぶりに雑談。『テルマ&ルイーズ』が面白いよとか色々話した気がするが、初めての長距離運転 in 高速道路だったのであまり思い出せない。ただ、家で過ごすより母と仲良く話せていた気がする。僕はロードムービーが大好きで、運転席と助手席とで否応が無しに共同性を強いられるなかで親密性を獲得していくというロードムービーらしい筋書きが面白いのだけど、助手席に乗っていた母ともそんな感じになっていた気がする。

 

車を下宿先に持ち帰って終わりと思いきやまだまだ問題が多い。原因不明の不定期で起こる暗電流に悩まされたり、給油口のオートロックが解除されなかったり、オープンカーなのに油圧がおかしくて開閉すると布を破いちゃったりと問題が尽きない。このオンボロ車とどこまで一緒にいられるかの分からないが、もうちょっと燃費の悪く金もかかるこの車を楽しみたい。