「スルガ銀-IBM裁判、日本IBMに74億円超の賠償命令」

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120329/388219/
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20110804/363621/
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120330/388310/
http://slashdot.jp/story/12/03/30/1830220/
http://togetter.com/li/280424
メモ
発言を見る限りは有りがちなデスマーチ.

勘定系システムの開発失敗を巡り、スルガ銀行が日本IBMに115億8000万円の支払いを求めた裁判で、東京地方裁判所は2012年3月29日、日本IBMに74億1366万6128円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 スルガ銀行は2000年代初頭に勘定系システムの刷新を計画し、海外製の勘定系パッケージ・ソフト「Corebank」を担いだ日本IBMの提案を採用した。ところが刷新プロジェクトは要件定義から難航。新システムを完成させることができなかった。

 結果的にスルガ銀行は日本IBMに新システムの開発中止を通知し、2008年3月に「日本IBMの債務不履行によりシステムの開発を中止せざるを得なくなった」として、日本IBMに損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提起していた。

結果はどうあれ,こういう判決が出た以上は,今後の契約書に特記事項が追加されるか,或いはリスク込みの価格設定にするかは避けられないと思われる.*1 *2 *3

暗黒のシステムインテグレーション―コンピュータ文化の夜明けのために―
暗黒のシステムインテグレーション2 <コンピュータ文化の夜明けのために>
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20100504/p1

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080425/300145/

ところが開発作業は要件定義から難航。要件定義を3度繰り返すことになった。稼働時期を遅らせることなどで巻き返しを図ったが、「日本IBMがシステム化の対象範囲の大幅な削減と、追加費用を要求してきた」(訴状より)。さらにスルガ銀にとって「到底受け入れられない」(同)変更提案が日本IBMからあった。

ここがもし本当ならば,明らかに異常な事態.

そしてもし,顧客側がスキルもあって,行動も伴っていれば,IBM側がどれだけ低スキルであろうと,自分達のビジネスについての要件定義はスルガ銀側だけで独立して実行し完了できるはずなんですよ.通常はスキルもやる気もないから分析も何もかも全部SI側におんぶに抱っこで進められてるだけで.

「3回やりなおした」のであれば,IBM側に非があろうとなかろうと,スルガ銀側にスキルや行動力がなかったことを強く示唆している.

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20100615/349225/

日本IBM側の弁護士から「なぜ言われるままに謝ったのか」「なぜ議事録などの変更要求に従ったのか」と問われると、「我々が頭を下げることでプロジェクトが前進するならいくらでも謝ろう、プロジェクトの成功のために我慢しよう、と考えていた」と述べ、「現場のメンバーにもそう伝えていた」と続けた。

その理由について、金田副会長は「何らかの問題が発生したとき、日本IBMがその解決策を提案すると、スルガ銀行に必ず怒られた。まずお詫びをしてからでないと話が進められなかったからだ」と説明した。

まあ,良くある話.

日本企業相手にSIビジネスやってたら,その部分の方がコアコンピタンス.*4

「スルガ銀行は日本IBMを常に業者として扱い、両社は主従関係にあった。システム開発プロジェクトを成功させるには、お客様とITベンダーが対等な関係を構築することが欠かせないし、そうした関係を目指したが、そうはなれなかった」。金田副会長は「たいへん申し訳ないが」と断った上で、「本当に特殊なお客様だと思った。その感想は最後まで変わらなかった」と述べた。

対等な関係が必用なのは常識.しかしそれを実現するのも難しい.

とはいえ「(完全な)主従関係」となるとこれもまた珍しい.

「スルガ銀行は『要件がどんなに膨らんでも支払い費用が増えることはない』『要件を膨らませるほど自社にとっては有利になる』と考えていたように思えた」。金田副会長はこうも証言した。「スルガ銀行は最終合意書に記した金額を既得権として考えているようだった」(金田副会長)。

こんな感じかな.
http://slashdot.jp/comments.pl?sid=365874&cid=1179347

もっとも、金田副会長は「プロジェクトの開始当初はうまく進んでいたように思えた」と振り返る。「スルガ銀行の経営トップは、過去の歴史や文化を変えてでも、新システムを導入する覚悟があった」(同)。

口先だけで「覚悟がある」というのは実に容易い.「明日から本気出す」というのと同じくらい簡単だ.

ところが、「現場は総論賛成、各論反対だった。現行機能を踏襲し、お客様に迷惑はかけられないという理由で、商品や帳票などの絞り込みを進めなかった」(同)。このため要件が膨らんで開発費が増加した。にもかかわらずスルガ銀行が追加費用の負担を受け入れなかったというのが日本IBMの主張である。

しかし覚悟と行動が伴ってない.有りがちだが,最悪の展開.

「お客様に迷惑はかけられない」というのは単なる口実で,本音は「変更するのが面倒」とか「物事の優先順位が付けられない」とか「自分が売ってる商品のことが分かってない」とか「責任を取るのが嫌」とか,大抵はそんなところだろう.

で,お約束のデスマーチ.IBMの主張は至極最も.


ただしIBMの主張を認めちゃうと,官公庁も困っちゃうんだよね.最近でも特許庁とかでニュースになってたけど,ああいう所も目くそ鼻くそだから.

だから官公庁の都合に配慮した結果,IBM側に泥をかぶせる判決を出たんじゃないかというのは誰しもが考える所.

スルガ銀行が提出していた証拠資料について、「事実と異なる」と真っ向から否定したことだ。「日本IBMは再三にわたって、要件定義における要件の絞り込みが不十分であるとスルガ銀行に伝えていた。このままでは大幅な予算超過を招くとの危惧を何度も報告していた」と証言するなど、対立姿勢を鮮明にしている。

もし要件が膨らんでいたならば,そんなのは見れば分かることだし,コストや開発期間に即跳ね返る部分なので,かなり早い段階から警告は発すると思う.*5 そして顧客によっては何度言っても無視されることも多いんだな,これが.

金田副会長に先立ち、午後1時20分から証人尋問に臨んだスルガ銀行の乾常勤監査役は、金田副会長とは全く反対の証言をしている。

 例えば、要件の絞り込みについては「日本IBMから要件をもっと絞り込んでくれと言われたことはなかった。協力を要請されれば応じた」(乾常勤監査役)とした。交渉の席での態度についても「提案の内容を見ずに拒否したり、大声を出したりといった事実はない」(同)と否定した。

なんで監査役がそんなことを証言できるんだ. *6 *7

監査役が全開発会議に参加していたとでも言うのか?もしそうならそれが既に異常事態だし,そんなことするくらいなら会議の全内容を録音/録画くらいしてるよね?*8 だったら証言ではなく証拠物件を提出すればいいんじゃないの?*9

本来証言できるはずのないことを証言してる時点で,怪しさ大爆発.


そもそも監査役なんて顧客企業に雇われてる身だもの.証人の資格があるとも思えん.

ただし、金田副会長が主張した、議事録や提出資料の改変については、「記憶にない」と述べた。

http://b.hatena.ne.jp/entry/itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120329/388219/

  • id:kumonopanya 要件定義が合意に達した後に契約を結ぶべきだったな。
  • id:yuki_neko_nyan これはむしろスルガ銀行が賠償するほどの問題だろ。これが通るようなら顧客の無法を許すようなものだ。これを契機に仕様に対する契約と金額の見積りという形にする、ざっくりをやめるようなビジネスにせねばなるまい

いずれもある意味で正論だが,それができれば苦労はない.日本のSIビジネスのブラックぶり嘗めんな.*10

  • id:awaranoname 詳細までは追ってないけど「共同で開発する」意識の欠落した発注者というのは悲しいかな珍しくない。
  • id:yogasa 顧客はリスク因子
  • id:lp008962 スルガ銀行「俺達がどういう業務をして何が必要か?しらねーよ、IBMさんアンタITのプロだろ?」という臭いがする・・・・
  • id:xlc パッケージを担いで型にはめようとしたが、要件定義が難航、破綻という典型的パターン。日本のIT業界は不幸だ。そろそろ値下げのチキンレースをやめた方がいい。
  • id:azumi_s また2次3次の影響のでかそうな判決が出たなぁ…。くわばらくわばら
  • id:bohemianway 流通している情報が真なら、契約が足引っ張りすぎに思う。今後のSIプロジェクトにおける契約形態や進行管理にあたえる影響は大きそう。
  • id:nbsn がんがんやりあって、はやいとこ最高裁判例つくってください。
  • id:shinokiwa 個人的にこれはスルガ銀を応援してたりする。SIerは出来もしないレベルの仕事受けすぎだと思うので、もうちょい自分の力量ちゃんと見切れるようになれという意味で。

だとすると,あなたの指摘は完全に的外れと思う.

出ている情報から判断する限り,できないレベルの仕事を受けたわけではないようだから.むしろモンスター顧客の横暴を許す限り,こういう問題は悪化の一途を辿る.一番のリスク要因は顧客自身だよ.

とても興味深い...のだが,仮にこれが本当だとしたら確かにリスク要因は増えるけど,要件定義を三回繰り返した原因ではないし直接の失敗原因とも思えない.パッケージが未完成であるためにトラブルとしたら,要件定義完了後,実装フェーズに入ってからの話だろう.話を聞く限りでは要件定義段階で失敗したはずなのだが...*11


ここからはあくまで一つの仮説というよりはむしろ想像だけど,たとえばの話,単独採算と予算の制限がかけられているにもかかわらず,スルガ銀側が今まで通りに,或いは今まで異常に要件を膨らませすぎたために要件定義フェーズだけで当初予算を食い尽くし,こういうことになったという可能性もあると思う.

経営トップはゼロベースで新規システムを開発すると言ってしまった.経営者のお墨付きをもらったスルガ銀担当者は今までと同じ感覚で,或いはそれ以上に要求をどんどん膨らませる.かかるコストもうなぎ登りで増えていくが,スルガ銀担当者は一向に気にしない.

困ったことにパッケージが完成してないのもあだとなった.完成していれば実現されている機能とされてない機能がハッキリと別れ,「この機能はパッケージでは実現できません.個別開発が必用なのでXX億円必用です」みたいな話になるのだけど,なまじ未完成であればどんな機能でも理論上は実現可能だ.顧客側の無謀な要求も「それは実現できません.それは仕様です」と断ることができなかった.

スルガ銀的には今まで通りに要求を膨らましているだけだけど,今までは巨額の赤字を垂れ流しても,それをIBMが引き受けていた.開発の赤字を運用でカバーするという奴だ.しかし今回は単独採算なのでかかったコストを個別に請求した.つまり出血大サービス価格から適正価格に改めた.

いままでの出血大サービスを当然のものと思っていたスルガ銀担当者は「適正価格」を突きつけられ「そんな馬鹿なはずはない.法外な金額だ〜」と騒ぎ立てる.なにしろこのまま開発失敗になればその責任を取るのは自分達だ.少なくとも昇進には大きく影響するだろう.経営者には「法外な請求金額です.こんなのは許されるはずがない」「全部IBMが悪いんです」と報告する.経営トップは改竄された議事録を確認して「IBM側の責任で〜」の文言が並んでいるために,それを鵜呑みにする.

そして全部IBM側の責任だと思った経営者は,勝利を確信して裁判に訴えた.

みたいな馬鹿な話もあるかもしれない.


もっと馬鹿な話の可能性もあるのか.

*1:たとえば銀行や官公庁相手の仕事の場合は,通常の1.5倍から3倍くらいの価格設定にするとか.デスマリスクや訴訟リスクを考慮すると,これでも適正価格と言えるだろう.

*2:「議事録は法廷での証拠物件としては用いない」と契約書に明記するとか,「議事録にはどちらの責任であるかについては記載せず,記載する場合は別途覚え書きを用意する」とか,「議事録に責任問題を明記する場合は,事前にCIOと法務部門の許可が必用」とか.

*3:或いは日本のSIビジネスから撤退とか.たぶん外資として一番賢いのはそれ.

*4:こういうのが銀行さんのいう「コミュニケーション能力」なんだからやってられんわな.

*5:まして3度も要件定義をやり直しているなら,どんなバカにだって分かる話.

*6:コメントで突っ込まれましたが,当時「専務取締役兼CFO」だったらしい.ただし肩書きが変わっても大枠においては変わらないので,このままにしておく.

*7:CIOならまだしも,監査役とかCFOが「〜大声を出したりと言った事実はない」と証言するのって,小学校の校長先生が「我が校ではいじめは一切ありません(キリッ)」と発言するのとどう違うのかと.虐めのような行動は担任の先生からも見えないところでこっそり行うものなのだから,担任でさえもあるかないかを知る術はない.開発会議においても同様.どんな問題担当者でも,お偉いさんが見てる前だけでは礼儀正しく振る舞うというのは考えられる.また仮にCIOでも全会議に出ていたとは考えにくいし,CFOが開発責任者も兼任していたりするとなおさら.

*8:削除は可能なのであまり意味はないけど,それでも継ぎ目が検出できる可能性はあるので,ないよりはマシ.

*9:「提案の内容を見ずに拒否したり、大声を出したりといった事実はない」ということは,まさかと思うけど「提案を見た後に拒否したり,大声を出したことならある」ってこと?

*10:こういうのを見ても,既視感を感じざるをえないのだよ. http://el.jibun.atmarkit.co.jp/pressenter/2012/02/6-efec.html http://el.jibun.atmarkit.co.jp/pressenter/2012/02/7-9fcb.html

*11:もちろんその辺りの証言が全部嘘/捏造というのなら話は変わるが,IBMが偽証罪の危険を冒してまで嘘をつく可能性は低いだろう.「3回やり直した」と言ったからには本当に3回やりなおしたのだと思う.他に黙っていることはあるかもしれないけど.