無料で使えて当たり前?--MLB大規模球場で提供されるWi-Fiサービスの裏側

渡邉利和

2024-09-05 07:00

 現在、外出先で無償Wi-Fiサービスに接続する体験は何ら特別なことではない。5Gや4G、Long Term Evolution(LTE)といった電話系の通信サービスは基本的に従量課金であり、現在一般的となっている定額制プランも大容量データのダウンロードなどを実行すると利用料金が高くなったり、あらかじめ設定した上限値を超えると帯域制限を受けたりするが、無償Wi-Fiは容量制限などもなく、どれだけ利用しても料金が発生しない。

 無償Wi-Fiについて、その仕組みや裏側を改めて気にすることはないかもしれないが、大勢の人が高密度で集合する競技場などにWi-Fi設備を敷設し、ユーザーが満足できる高品質なサービスを提供することは簡単ではない。高度な専門知識が要求されることもあり、対応できるベンダーも限定されている。施設内でWi-Fi環境を展開するExtreme Networksに、競技場などの大規模施設でのWi-Fi環境について聞いた。

大規模環境におけるWi-Fiの提供実績

 Wi-Fiサービスは現在広く普及しており、さまざまな場所で無償Wi-Fiサービスが提供されている。使いやすく便利なWi-Fiだが、電波を使ったワイヤレス接続であるため、大規模に展開すると電波干渉や混信などさまざまな問題が発生する(図1)。

図1:競技場のWi-Fiインフラが対応すべきさまざまなユースケース
図1:競技場のWi-Fiインフラが対応すべきさまざまなユースケース

 そのため、一般的なオフィスと多数の観客が狭いエリアに密集する競技場などの施設では、設置の困難さが全く異なる。Wi-Fiベンダーの中でも現在この分野に注力しており、豊富な実績を持つのがExtreme Networksだ。同社はもともと高速な有線LAN製品で知られていたが、2019年にクラウド管理型Wi-FiのベンダーだったAerohive Networksを買収し、Wi-Fi分野の取り組みを強化している。

 Extreme Networksのユーザーには、世界最大の証券取引所として知られるニューヨーク証券取引所(NYSE)、世界で最も高層のビルであるドバイのブルジュ・ハリファ、有名ホテルチェーン、空港や航空会社といった大規模な環境での採用実績が豊富であるほか、メジャーリーグベースボール(MLB)の野球場や世界最大規模のサーキットとも言われるデイトナ・インターナショナル・スピードウェイなどが公表されている。

 MLBでは公式Wi-Fiソリューションプロバイダーに選定されているほか、ナショナルフットボールリーグ(NFL)やナショナルホッケーリーグ(NHL)など、さまざまなスポーツが開催される競技場で同社の製品が導入・活用されている。現時点では、この分野でのトップベンダーといえる実績だ。

Extreme Networks Office of the CTO, Director of WirelessのDavid Coleman氏
Extreme Networks Office of the CTO, Director of WirelessのDavid Coleman氏

 同社のOffice of the CTO, Director of WirelessのDavid Coleman氏は「Venues are a microcosm(競技場は小宇宙だ)」と表現する。同社には“Director of Venues, Sports & Entertainment”という肩書きの専任担当者もおり、取り組みへの本気度がうかがえる。

 Coleman氏は大規模施設のWi-Fiインフラに求められる用途/機能として、「キャンパスネットワーク(5G&Wi-Fiコネクティビティー)」「コンタクトセンター」「フィールドサービス(IoTマネジメント)」「企業IT(アプリケーション管理)」「ホスピタリティー(ゲストアクセス)」「防火/警備(リスク管理)」「小売(入場料関連)」「ファイナンス(タッチレス決済など)」といった要件を挙げる。実例として本記事では、米カリフォルニア州サンフランシスコ市の「Oracle Park」における導入事例を取り上げる。

 Oracle Parkは、MLBの野球チーム「San Francisco Giants」の本拠地として使用されている野球場。オープン当初は「Pacific Bell Park」という名称だったが、2019年からOracleが命名権を取得し、Oracle Parkという名称になっている。日本の野球場でも同様だが、施設内では土産物や食品、飲料などを販売しており、最近はスマートフォンなどを使ったキャッシュレス決済が主流だ。

 同施設では、通路などの至る所に大型ディスプレーを設置しており、試合の映像や各種案内表示など、動画や静止画でさまざまな情報を発信している。固定的に利用するデバイスに関しては有線接続も行うが、設置場所の都合などで有線ケーブルを取り回すのが困難な場合はWi-Fiネットワークを活用する。

 Wi-Fiネットワークは、来場者向けにゲストアクセスを提供するだけでなく、施設全体のさまざまなサービスの基盤としても活用されている。このように、さまざまなアプリケーションや用途が混在している点も、一般的なオフィスの無線LANとしての利用法とは異なり、難しさの一因となっている。

 その上で、誰でもが真っ先に思い浮かべる課題が「つながらない」「遅い」という点だろう。Oracle Parkの場合、収容人数は約4万1000人とされており、幼い子供などスマートフォンを持っていない人を考慮しても、数万台のスマートフォンが持ち込まれ、接続されることになる。この規模のネットワークを安定的に運用し、高品質なユーザー体験(UX)を維持するには大変な苦労があると容易に想像できる。

 コストの問題も重要だ。同時接続数を増やすにはアクセスポイント(AP)の増設が有効だが、APの台数が増えればそれだけ設備投資がかさむ。しかも、こうした設備におけるWi-Fiサービスは無償提供されるのが一般的なので、許容できる投資額もおのずと限られてくる。企業は、ユーザーが求める快適性・機能性を現実的なコスト範囲内で実現しなければならない。加えて、こうした施設の数は一般のオフィスと比べると数が少ない上に、それぞれ建物としての設計が異なることを考えると、Wi-Fi環境の構築作業はほぼ毎回ゼロからのカスタム設計となりそうだ。

 同社のこの分野への取り組みは、2012年にNFLのフットボールチーム「New England Patriots」のスタジアムに導入したのが最初で、それから10年以上にわたって実績を積み重ねてきた。

 この分野の取り組みの難しさの一つとして、施設ごとに規模感が大きく異なることがある。例えば、マサチューセッツ州ウスターの野球場「Polar Park」では収容人数が9508人である一方、フロリダ州デイトナビーチのサーキットコース「Daytona International Speedway」では12万5000人収容できるそうだ。電波干渉の問題などもあり、単にAPの数を増せば拡張できるものではなく、特に大規模な環境では小規模な場合には想定もできない困難が出てくるだろう(図2)。

 Extreme Networksは、2021年にMLBとパートナーシップ契約を結んだことを発表している。主な内容としては、2025年までに16カ所の野球場にWi-Fi設備とWi-Fi分析ソリューションを導入するというもので、同社はMLBのオフィシャルWi-Fiソリューションプロバイダーとなっている。

図2:スポーツ施設の規模の違い
図2:スポーツ施設の規模の違い

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