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青柳守城

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青柳 守城(あおやぎ もりき、1934年12月15日- )は、日本の経営者住友金属鉱山社長を務めた。

来歴・人物

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愛知県出身[1]1958年早稲田大学第一政治経済学部政治学科を卒業し、同年に住友金属鉱山に入社[1]1988年に取締役に就任し、1991年6月に常務、1993年6月に専務を経て、1995年6月に社長に就任[1]2000年に茨城県東海村での臨界事故で、JCOの親会社としての責任を取る形で社長を引責辞任[2]

脚注

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  1. ^ a b c 興信データ株式會社 2003, あ59頁.
  2. ^ 1999年 2月16日 日本経済新聞 朝刊 p13

参考文献

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  • 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。 
先代
篠崎昭彦
住友金属鉱山社長
1995年 - 2000年
次代
福島孝一