第10方面軍 (日本軍)
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第10方面軍 | |
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創設 | 1944年(昭和19年)9月22日 |
廃止 | 1945年(昭和20年) |
所属政体 | 大日本帝国 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 方面軍 |
所在地 | 台湾 |
通称号/略称 | 湾 |
最終上級単位 | 大本営 |
担当地域 | 台湾 |
最終位置 | 台湾 台北 |
戦歴 | 第二次世界大戦 |
第10方面軍(だいじゅうほうめんぐん)は、大日本帝国陸軍の方面軍の一つ。
沿革
[編集]第二次世界大戦末期絶対国防圏の要石とされたサイパン陥落後、台湾方面の戦力増強のため1944年(昭和19年)9月22日に新編され、連合国軍の台湾上陸に備え台北に在った。第10方面軍司令官は、台湾軍司令官(昭和20年2月1日から台湾軍管区司令官[1])が兼任した[2]。
連合軍の台湾上陸は無く交戦すること無しに終戦となったが、沖縄本島に在った隷下の第32軍部隊は全滅した。
基本情報
[編集]- 通称号:湾
- 編成時期:1944年(昭和19年)9月22日
- 最終位置:台北
- 最終上級部隊:大本営
第10方面軍の人事
[編集]司令官
[編集]参謀長
[編集]- 諌山春樹中将(陸士27期):1944年(昭和19年)9月22日 - 1945年(昭和20年)10月25日
参謀副長
[編集]- 北川潔水少将(陸士29期):1944年(昭和19年)9月22日 - 1945年(昭和20年)2月12日
- 宇垣松四郎少将(陸士31期):1945年(昭和20年)2月12日 - 1945年(昭和20年)10月25日
- 重永主計海軍少将:1945年4月10日[3] -
終戦時
[編集]- 司令官:安藤利吉大将
- 参謀長:諌山春樹中将
- 参謀副長:宇垣松四郎少将
- 高級参謀:村沢一雄大佐
- 高級参謀:塚本誠大佐
- 高級参謀:広瀬茂大佐
- 高級副官:宮田次男大佐
- 兵器部長:佐々木博少将
- 経理部長:岡本正義主計少将
- 軍医部長:西山啓吉軍医少将
- 獣医部長:鈴木清獣医大佐
- 法務部長:古川清一法務大佐
終戦時の隷下部隊
[編集]※独立混成第64旅団は第32軍司令部の壊滅後、奄美群島守備のまま第16方面軍へ転籍。
- 第9師団
- 第12師団
- 第50師団
- 第66師団
- 第71師団
- 第8飛行師団
- 独立混成第61旅団
- 独立混成第75旅団
- 独立混成第76旅団:小川泰三郎少将[4]
- 独立混成第100旅団:村田定雄少将[5]
- 独立混成第102旅団:小林忠雄少将[6]
- 独立混成第103旅団:田島正男少将[7]
- 独立混成第112旅団
脚注
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 秦郁彦 編著『日本陸海軍総合事典』(第2)東京大学出版会、2005年。
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。