井上正定
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 宝暦4年(1754年) |
死没 | 天明6年3月20日(1786年4月18日) |
改名 | 鉄之進(幼名)、正定 |
戒名 | 守義房日詠善隆院 |
官位 | 従五位下・河内守 |
幕府 | 江戸幕府奏者番、寺社奉行 |
主君 | 徳川家治 |
藩 | 遠江浜松藩主 |
氏族 | 井上氏 |
父母 | 父:井上正経、母:仙石政房の娘・町子 |
兄弟 | 正定、正方、正棠、暉姫ら |
妻 |
正室:松平乗佑の養女 継室:土岐定経の娘 継々室:松平正升の娘 側室:桜井氏 |
子 | 正甫 |
井上 正定(いのうえ まささだ)は、江戸時代中期の大名。遠江国浜松藩の第2代藩主。官位は従五位下・河内守。浜松藩井上家7代。
生涯
[編集]宝暦4年(1754年)、浜松藩初代藩主・井上正経の次男として誕生した。明和3年(1766年)、父の死去により家督を継ぐ。明和6年(1769年)12月18日、従五位下・河内守に叙位・任官する。
安永3年(1774年)12月22日に奏者番に任じられる。天明元年(1781年)閏5月11日に寺社奉行を兼任する。天明6年(1786年)3月20日に死去、享年33。跡を長男の正甫が継いだ。
系譜
[編集]父母
正室、継室
側室
- 桜井氏
子女
- 井上正甫(長男)生母は桜井氏(側室)