ロシア内務省
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ロシア連邦内務省 Министерство внутренних дел Российской Федерации Ministry of Internal Affairs of the Russian Federation | |
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ロシア内務省紋章(上)ロシア内務省旗(下) | |
役職 | |
内務大臣 | ウラジーミル・コロコリツェフ |
概要 | |
所在地 |
モスクワ ジトナヤ通り 16 北緯55度43分51秒 東経37度36分50秒 / 北緯55.73083度 東経37.61389度座標: 北緯55度43分51秒 東経37度36分50秒 / 北緯55.73083度 東経37.61389度 |
設置 | 1991年 |
前身 | ソビエト連邦内務省 |
ウェブサイト | |
http://www.mvd.ru/ |
ロシア内務省(ロシアないむしょう、ロシア語: Министерство внутренних дел、略称:МВД、ラテン文字での略称はMVD、英語: Ministry of Internal Affairs of the Russian Federation )は、ロシアの内政を管掌しロシアの警察機関を持つ。2016年以前は、分離独立運動対策のための軍事組織ロシア国内軍を有していたが、現在はロシア国家親衛隊として独立している。
歴史
[編集]独立国家共同体(CIS)成立に先立ち、1991年12月19日、ボリス・エリツィンは、内務機関と国家保安機関を統合するロシア・ソビエト連邦社会主義共和国保安・内務省(ロシア語: Министерство безопасности и внутренних дел РСФСР)の設立を命令した。12月25日、独立国家共同体(CIS)が正式に成立し、ソ連内務省の機能・機関が正式に移管されたが、1992年1月、最高裁判所の決定により保安・内務省は廃止され、内務省と保安省に分離された。
1992年2月、組織犯罪総局及び経済犯罪総局を設置。3月、捜査活動法が採択され、ロシアの捜査活動は内務省の内規ではなく、法律により初めて規制されることとなった。
2016年4月、国内軍をはじめとした武装組織が独立し、国家親衛隊とされた。これにより内務省は純粋な警察組織とされた[1]。同時に移民庁と麻薬流通監督庁は内務省の一部とされ[2]、それぞれ移民総局と麻薬統制総局となった。
機構
[編集]- 取調委員会
- 移民総局
- 麻薬統制総局(旧、ロシア連邦麻薬流通監督庁)
- 行政部
- 国有財産保護部
- 人事保障部
- 道路交通安全部
- 閉鎖領域・体制施設法秩序保障部
- 輸送機関法秩序保障部
- 公共秩序警備部
- 組織犯罪・テロ対策部
- 内査部
- 後方部
- 刑事捜索部
- 経済保安部
- 組織監察部
- 法務部
- 財政・経済部
- 情報分析総合センター
- 刑事鑑識センター
- 国家施設「ロシアMVD全ロシア科学研究所」
国家親衛隊に移された機構
[編集]国内軍系
[編集]公共秩序警備部系
[編集]- 特別任務機動隊(ロシア版SWAT) - отряд мобильный особого назначения : ОМОН
組織犯罪・テロ対策部系
[編集]- 緊急対応特殊課(組織犯罪対策) - специальный отдел быстрого реагирования : СОБР
歴代内務大臣
[編集]代数 | 任期 | 大臣 | 備考 |
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1 | 1992年 - 1995年 | ヴィクトル・エリン | 上級大将、内務省出身 |
2 | 1995年 - 1998年 | アナトリー・クリコフ | 上級大将、軍出身。副首相、ロシア連邦議会下院国家会議議員(安全保障委員会所属) |
3 | 1999年 | セルゲイ・ステパーシン | ロシア連邦保安庁長官、法務大臣、首相、内務省出身 |
4 | 1999年 - 2001年 | ウラジーミル・ルシャイロ | ロシア安全保障会議書記、CIS執行書記、内務省出身 |
5 | 2001年 - 2003年 | ボリス・グルイズロフ | ロシア連邦議会下院国家会議議長、統一ロシア党首 |
6 | 2004年 - 2012年 | ラシド・ヌルガリエフ | 上級大将。KGB出身 |
7 | 2012年 - | ウラジーミル・コロコリツェフ | 上級大将。内務省出身 |
出典
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ロシア連邦内務省公式サイト(ロシア語)