国籍法改正について語るための基礎知識(1):違憲判決の図解

国籍法改正について反対意見が出ており、署名活動にまで発展している。

そもそも、国籍法の改正(立場によっては「改悪」)が急がれているのは、2008å¹´6月に最高裁が国籍法に違憲判決を出したことを受けてのものである(判決全文は最高裁の判例検索システムからGET)。

というわけで、改正の原因となった違憲判決について解説を加えたいと思う。なぜなら、各所で詳細な説明が出ているが、法学を齧っていないとちょっと読解が難しいのではないかと思ったからだ。なお、筆者である私自身は、後日改めて述べるかもしれないが、今のところ本件改正について判断を保留しているという弱腰な立場であることを予め表明しておこう。

そもそも国籍法って何?そんなに大切なの?

日本人の両親から生まれて日本で暮らし続けているとあまり意識しないかもしれないが、国籍法はとても重要な法律のひとつである。なぜなら「日本国民」になれるかどうかが、この法律によって規律されているからだ。
このことを、法律学らしく条文から見てみよう。憲法10条は

第十条
日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

としている。これを受けて作られた法律が国籍法である。国籍法1条は、その目的を明示しており、

第一条
日本国民たる要件は、この法律の定めるところによる。

としている。
日本国民になれるかなれないかは、基本的人権の保障を左右する根本的なファクターである。平たく言えば、選挙権がもらえるかどうかとか社会福祉をどれくらい受けれるかとか、そういう権利を国家に請求できるようになるか、などの点から見てとても重要な法律なのである。

重要なのはわかったけど、国籍法の何が問題なの?

そのような国籍法に違憲判決が下されたのはなぜで、どんなところが問題だったのだろうか。まずは、事件の概要に触れてみよう。

原告(訴えた側)は、結婚していないフィリピン国籍の母と日本国籍の父との間に出生した子供たちである。彼や彼女たちは、出生後に日本人の父親から認知を受けたことを理由に、法務大臣宛に国籍取得届を提出した。しかし、国籍法3条1項の条件を充たさないとして、国籍取得は認められなかった。そこで、国籍法3条1項は、憲法14条にいう「平等」に反するとして日本国籍を有することの確認を求める訴えを提起した。
一審の東京地裁は、国籍法3条1項の準正要件を定める部分のみを違憲とする判決を出し、国側が控訴。二審の東京高裁では、国籍取得の要件を定めるのは立法府の権限であるとした上で憲法判断には踏み込まず、原告敗訴。そして上告審たる最高裁は平成20年6月4日、原審である東京高裁の判断を破棄し、違憲判決を示した。

国籍法3条はなぜまずかったの?準正要件とかよくわかんないんだけど…

国籍法3条1項は、

第三条 (準正による国籍の取得)
父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

と規定しているが、ここが少しわかりにくいと思うので、国籍法の構造を分解して図示しながら解説をしてみよう。
日本の国籍法は血統主義を採用している*1。その原則が読み取れるのが国籍法2条1項および2項である。

第二条 (出生による国籍の取得)
子は、次の場合には、日本国民とする。
一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。
二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。
三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

だから、両親の国籍を類別して図解してみよう。

両親が日本国民である場合

まず、両親が日本国民である場合、子どもは日本国籍を取得できる。シンプルな帰結である。


母が日本国民で父が外国人である場合

また、母が日本国民で父が外国人である場合、婚姻関係にある夫婦の子(これを嫡出子という)であっても非嫡出子(民法772条1項による嫡出推定が及ばない子)であっても、日本国籍を取得できることになる。何故なら、「出生の時に…母が日本国民であるとき」は出生によって日本国民となれるからである。


父が日本国民で母が外国人である場合

複雑になるのは、父が日本国民で母が外国人のケースである。このとき、二人が結婚していて嫡出子であるならば、子は日本国籍が取得できる。婚姻関係にある男女から生まれた子は、(たとえ遺伝上の事実とは異なっていても)法律上の親子関係が推定されるから*2、「出生の時に父…が日本国民であるとき」という要件を充たすことができる。



非嫡出子である場合、子が胎児のうちに認知されたときもまた、日本国籍取得が可能である。なぜなら、胎児のうちに認知すれば、父と子の間に法律上の親子関係が発生して「出生の時に父…が日本国民であるとき」という要件を充たすようになるからである。



では、出生後に認知された場合はどうなるのだろうか。
生後認知され、さらに両親が婚姻すれば*3、これも子は日本国民として認められる。これが国籍法3条1項の「準正による国籍の取得」である。



しかし、生後認知されたのみでは日本国籍が取得できない。これが今回の問題である。



以上をひとつの図としてまとめると、以下のようになる。



そして、最高裁の多数意見は、出生した後に父から認知された子につき、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した子(準正子)のみ日本国籍を認めていることは、憲法14条1項に反するとして違憲判決を下し、「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得」せずとも国籍法3条1項が規律する他の要件を充たせば、日本国籍が取得できるとした。
上の図でいえば、生後認知された準正子(左から二番目の子)と生後認知のみされた非嫡出子(一番右の子)の間にある「区別」は不合理な差別だという判断を示したのである。


以上は、国籍法3条1項が違憲と判示されたことについての概説だったが、この最高裁の判決は多数意見のなかでも補足意見が多く述べられ、さらに少数意見と多数意見がお互いを批判し合う形になっていて、とても興味深い。法令違憲という重大な判断を示すにあたって、かなり喧々諤々の議論がなされたことが伺える。
面白いだけでなく、なぜ今回の国籍法改正に賛成なのか、あるいは反対なのかを述べるときにとても参考になると思うので、次回は各裁判官の意見をまとめていきたいと思う。




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【追記】
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*1:これに対して、生地主義を採用する国々も多くある。生地主義は「自国で生まれた子は自国民」という立場のことである。ただし、生地主義であっても無制限に国籍を与えるという国は少ない点に注意

*2:民法772条

*3:民法789条1項の婚姻準正