位相空間の次元論

 多様体はアプリオリに次元が与えられる事が多いが,実はその次元は位相空間としての情報から復元できる.つまり,次元を指定せずにn次元多様体が与えられたとき,その多様体が「n次元」である事を位相的な性質から知ることが出来るのである.こういった位相的性質から次元概念を考える分野が次元論だ.
 
 次元論はもう古い数学である.実は和書にも森田紀一先生の「次元論」という教科書があるが,なんと1950年の本だ.もう骨董品といっても差し支えないだろう.恐らく分野としての全盛は20世紀初頭だろう.どうやら,当時は19世紀末の集合論の発展に伴い様々な「直観に反する」例が構成されたことにより,数学の基礎を見直す活動が盛んだったようだ.そのため,今までは「当然の事」と思っていた「\displaystyle \mathbb{R}^nはn次元」という直観を「定式化」しようという流れがあったようだ.しかし,その後登場したより多くの情報を引き出せるホモロジー論に完全に押しやられ,寂れてしまったようだ.当時はコホモロジー次元などの概念は当然なかったので,その後しばらくして位相次元とコホモロジー次元の関係などが調べられたりもしたようだが,もう殆ど分野としては収束してしまったといえるだろう.この辺りの詳しい話については,こちらのBlogにて手に入るPDFにとても詳しく書かれている.
 
 位相次元の定義には複数のものがあるが,それらはある程度良い空間(可分距離空間)ならすべて一致する.(上記PDFを参照されたい.)今回はその一つである,小さな帰納的次元(small inductive dimension)について紹介したい.これは,Urysohnによって1922年に定義されたため,Urysohn次元と呼ばれる事もある.

●Urysohn次元
 Urysohn次元のアイデアは極めてシンプルで,「空間の次元がn次元とは,その空間の境界がn-1次元であることをいう.」というものと言える.これを数学的に定式化すると次のようになる.

 Definition.(Urysohn Dimension)
 \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nを次のように帰納的に定義する.
 (1) \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq -1とは,\displaystyle Xが空集合であることをいう.
 (2) \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nとは,任意の\displaystyle x\in X\displaystyle xの任意の開近傍\displaystyle Uに対して,\displaystyle xの開近傍\displaystyle Vが存在して\displaystyle V\subset Uかつ\displaystyle  \mathsf{ind}(\partial V)\leq n-1が成立することをいう.\displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nであるような整数の最小値を\displaystyle \mathsf{ind}(X)と定義し,位相空間\displaystyle XのUrysohn次元と呼ぶ.

 
 ここで,(2)の条件において良い\displaystyle Vを取り直せるように,位相空間の条件として正則性を要求するのが一般的である.この定義から分かるように,Urysohn次元は定義は出来てもそれを実際に計算することは非常に難しい.例えば,\displaystyle \mathsf{ind}(\mathbb{R}^n)=nを示すのも大仕事だ.
 
 ところで,先述のPDFでも予告されているように(現在地点では完成していないが…)実はある程度標準的な条件の下で,Urysohn次元とコホモロジー次元は一致する.つまり,「n次元」の空間はn+1次元以上のコホモロジーを持たないことが示される.Urysohnの定義はCW複体などの良い空間でない限り上手く機能しないが,これに似た現象自体はスキームのような弱い位相を持つ空間でも成立する.
 
●Krull次元
 スキームなどに対しては,通常次の次元の定義が用いられる.

 Definition.(Krull Dimension)
 位相空間\displaystyle XのKrull次元を\displaystyle Xの既約閉部分集合の列の長さのsupとして定義する.

 
 この定義は\displaystyle XがNoether空間,つまり閉集合に対してdecending chain conditionを満たすときに上手く機能する.例えば,次の重要な定理が成立する.

 Theorem.(Grothendieck’s vanishing theorem)
 Krull次元\displaystyle nのNoether空間\displaystyle Xにおいて,任意のアーベル群の層\displaystyle \mathfrak{F}に対して,\displaystyle H^i(X,\mathfrak{F})=0 (i>n)が成立する.

 
 これは,空間の「次元」とコホモロジーの関係を述べるうえでは,上述の位相次元とコホモロジー次元の関係の類似とも見る事が出来る.しかし,詳細は述べなかったが,ここで次元を定義するのに用いられている考えはUrysohnのものとは大きく異なる.どちらかというと,これは環論的な考察から与えられたものだと考えるのが自然だろう.

●Heyting次元
 ところで,Higher Topos TheoryにおいてLurieが興味深い次元の定義を導入している.これはHeyting空間というクラスの空間に対して定義される.これは実はKrull次元の一般化となっている.というのも次が成立するからだ.

 Theorem.(HTT, Remark7.2.4.2)
 Noether空間はHeyting空間である.

 

 Theorem.(HTT, Proposition7.2.4.7)
 Noether空間のKrull次元はHeyting次元と一致する.

 
 そのHeyting次元の定義が興味深い.

 Definition.(Heyting Dimension)
 \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nを次のように帰納的に定義する.
 (1) \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq -1とは,\displaystyle Xが空集合であることをいう.
 (2) \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nとは,任意のコンパクト開部分集合\displaystyle U\subset Xに対し\displaystyle  \mathsf{Hey}(\partial U)\leq n-1が成立することをいう.\displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nであるような整数の最小値を\displaystyle \mathsf{Hey}(X)と定義し,位相空間\displaystyle XのHeyting次元と呼ぶ.

 
 読者のみなさんもお気づきのように,この定義は明らかにUrysohn次元を意識したものとなっている.この定義はどうやらLurieが独自に与えたもののようで,一世紀ほど前の遠く忘れ去られた数学のアイデアが最先端の数学に現れているというのはとても不思議な感覚がする.この手法によって,古典的なGrothendieckの消滅定理の一般化にあたる命題なども,全く異なる形で与えられている.
 
 アナロジー的な定義を与える事のメリットは,過去の理論のアイデアを持ち込めるかもしれないという所にある.つまり,Urysohnらの次元論で扱われていた素朴なアイデアのアナロジーが,Heyting空間でも成立するかもしれないという期待がある.

 Heyting空間の次元論はHigher Topos Theoryで定義されている以外まだまだ全く研究されている形跡もないが,もしかしたら,一世紀前の忘れ去られた数学の中に隠れたアイデアが,Noether空間で越えられなかった壁を突破させてくれる日が来るかもしれない.

にほんブログ村 科学ブログ 数学へ
にほんブログ村

Stoneの定理

 Stoneの定理という定理がある.今回さしているのは有名なStone-Weierstrassの定理ではなく,位相空間論からの次の定理である.

 Theorem.(Stone’s Theorem)
 距離空間はパラコンパクトである.

 
 非常に基礎的な定理だが,証明は少々難しい事で知られる.が,1969年にMary Rudinによって,これを非常に短く証明する論文が提出された.

 方針は極めてシンプルで,与えられた被覆に対して具体的な局所有限被覆を構成してしまうというものである.非常に短いが,添え字集合に整列順序を入れ複雑な構成をするので,証明をフォローしたところで狐に包まれたような気持ちになってしまうだろう.
 
 ところで,Rudinという名前を聞くと”Real and Complex Analysis”などで知られる解析学のWalter Rudinを想像する方も多いだろう.実は,Mary RudinはWalter Rudinの奥さんである.(おかげさまで”Stone’s theorem Rudin”などで検索してもWalter Rudinの教科書のStone-Weierstrassの定理ばかり引っかかる…)
 
 夫とは異なり,Mary Rudinは位相空間論で名の知れた数学者であった.例えば,正規空間は\displaystyle [0,1]との直積空間が正規でないときDowker空間というが,Dowkerによる次の予想があった.

 Conjecture.(Dowker1951)
 Dowker空間は存在しない.

 
 これは,正規空間は直積に対して閉じない(例えばソルゲンフライ直線)事が知られているが,\displaystyle [0,1]のような普通の空間との直積ならば,正規性は保たれるだろうという考えによる予想だ.その予想に反して,Mary Rudinは次を示した.

 Theorem.(M.E. Rudin, 1971)
 Dowker空間は存在する.
  • M.E. Rudin, ”A normal space X for which X × I is not normal”, Fundam. Math. 73 (1971) 179-186

 これは興味深い定理だろう.もちろんXがCW複体などの良い空間の時はこのような事態は起きないため,一般の位相空間を扱う難しさを示した例と言える.夫婦で数学者という事自体レアだが,どちらも異なる分野で目立った結果を残した例は他にないのではないだろうか.2013年3月,Mary Rudinは亡くなった.
 
 ところで,「Stoneの定理」を示したStoneは

  • Stone-Weierstrassの定理
  • Stoneの双対定理
  • Stone-Cechコンパクト化

などなど多くの業績で知られるMarshall Harvey Stone (1903-1989)ではない.これを示したのはArthur Harold Stone (1916-2000)である.大数学者と名前が被ってしまうと,困ったものである.調べた限り恐らく,この二人に特にこれといった関係はない….

にほんブログ村 科学ブログ 数学へ
にほんブログ村