Mathpedia2ヵ月目の家計簿

最近少し報告が出来ていなかったので、Mathpedia運営1ヵ月の続きの報告をしようと思う。結論からいえば、結構事務手続きで色々と面倒ごとが続いて大変だった。

●源泉徴収・消費税

まず、実は先月の会計報告は間違っていた。というのも、源泉徴収や消費税という概念が登場していなかったからだ。この辺は事務局長が税務署への問い合わせをしながら判明して、既に対応済みだ。若干詳しく説明すれば、この事業は「数学市民化プロジェクト」から各執筆者(個人・個人事業主)に対する「業務委託」となり、その対価には源泉徴収や消費税(これは執筆者側が個人事業として納税義務が存在)が発生するのだ。源泉徴収に関しては、手取りが2万円になるように額面を22,046円に修正し、差額を既に納税している。また消費税についても、執筆者に2年前の課税収入が1000万円を超えている方はいないため、これは消費税の納税義務は発生せず、こちらも問題ない。

これらの修正の結果、8月の損益はマイナス20万5,772円となった。

●契約書

その際の税務署からの指摘事項として、やはり契約書などは一応一式そろえておいたほうがいいのではないかという話になった。こちらは詳細などについて公開するつもりはないが、事務局長に文面などを考えて貰い、各執筆者の方々と正式に契約を結ばせていただいた。なんだかんだ、こういった作業を行うだけでそれなりに時間を食われてしまったのが実態だ。

●9月の損益

そして本題の9月の損益であるが、まずこちらには新たな収益源が発生した。それはGoogle Adsenseだ。ずっと申請を出していたのだがようやく許可が下り、9月14日あたりから広告運用を開始している。最初は広告をフルモードで運用したのだが、結構スマホで見ると見づらい部分もあり、色々と調整を重ねた結果、ある程度現在の状態に落ち着いている。おそらく、PV数×10~15%程度というのが広告収益の相場になってくるのではないだろうか。9月の収益は6,357円だった。

一方で、Amazonに関しても堅調で、9月のAmazonからの収益は12,379円だった。

費用面に関しては、実は執筆者が1人増えた。なので、執筆料は(2万円+源泉徴収2,046円)×10=22万460円となった。その他にも会計ソフトのfreeeなどを使い始めたが、まだ無料期間中なのでとりあえずその費用は計上されていない。あと凄く下らないミスなのだが、事務局長がクレジットカードの銀行口座の設定を間違えて、262円振込手数料がかかった。この件については、事務関係をワンオペで事務局長氏に任せているので、少々のミスは仕方ないだろう。ジュースを2本飲んだと思う事にした。

結果、9月の損益はマイナス20万1,986円となった。人員を強化しているにも関わらず、MoMで収支は改善したということだ。もう勝利しか見えない。

なお、広告収益もAmazonの収益も今のところまだ銀行口座には振り込まれていない。というのも、これらは前者は一定金額を超える必要があるし、後者も振込まで2か月程度のリードタイムがあるからだ。なので、今後報告の際に収益認識を振り込まれた時点にするかは検討中である。

流れ変わったな

ところで、実は最近流れが変わるような出来事があった。というのも、解答略氏にMathpediaを紹介していただいたツイートがバズって、Impressなどのネットメディアにも取り上げられたのだ。おかげさまで凄いアクセス数がここ3日ほど続いた。

赤裸々な話をすれば、10月6日の広告収益は12,738円だった。これはつまり、この日のアクセス数が1ヵ月続けば理論上は黒字化が可能であるということである。これを「黒字化にはこの日レベルのアクセスが毎日必要なのか…」と取るか「この日レベルのアクセスで黒字化できるのか!」と取るかは人それぞれだろう。ただ、私は後者と取りたい。なぜならば、アクセスされているページを見てみると、ほとんどが「線形代数学」などの初学者向けコンテンツであった。

この辺の記事はまだまだ充実しているとは言えないが、語るべきことは多くある。きちんとしたクオリティの記事を書いて、検索順位でも上位にランクインするようになれば、かなり多くの人がアクセスするポテンシャルがある事が示されたものだと理解している。やはり、数学のポテンシャルというものはまだまだこんなものではないのだなと実感しているところだ。

その他、色々と仕込み中のネタもあるのだが、今日のところはこの辺で。もしかしたら、YouTubeのチャンネル登録をしてもらえばそのうち何かが出てくるかもしれない。これからも末永く見守っていただけると幸いである。

ポスト学振の採用情報

話によれば、先日学振の発表が終わったようだ。採用される人もいれば、そうでない人もいる。制度自体の賛否等も非常に多いものではあるが、採用されなかった方々にとっては今はその賛否の議論より、とにかく何か次の手を打ちたいという状況だろう。微力ではあるが、そういった方々のために情報をまとめてみることにした。もしここに書いていない研究ポストで今からでも応募可能なものがあれば、もしくはもし企業の経営者で(学振の採用の有無にかかわらず)研究者をパートタイム等で採用することを考えている方がいれば、とりあえず求人情報はシェアさせてもらうので、こちらのコメント欄かTwitter (@infinity_topoi)などにご連絡いただければ幸いである。

◆研究所のリサーチフェロー・助成金

応募条件などはそれぞれ異なるが、比較的広い分野から応募できるようだ。ただし、指導教員との調整が必要な項目も多いため、早めに相談しておくべきかもしれない。

◆天文分野専攻/原子力分野向け

分野はある程度限られてしまうが、対象の方々に届けば幸いだ。

◆一般企業

個人的には、最後の例に挙げた一般企業(特にベンチャー企業)は一番面白い所だと思っている。正直言ってこういった案件が玉石混合であるのは間違いないのだが、筆者にも大学生活で苦労した友人で、比較的フレキシブルな就業が可能なベンチャー企業で働きながら学術面にも配慮したサポート(論文発行前は集中して休暇など)を受けながら卒業したケースを知っている。

問題はどうしてもこういった案件は個別性が高く、見つけにくいという事だ。自分もTwitterを色々検索してみたが、たまたま流れてきた上の1件以外に見つけることはできなかった。学振に落ちて意気消沈している人がそれを探し続けるのは容易ではないだろう。もしこれを見ている人の中にこういった案件を知っている&自分の会社で募集している、という例があったら(明らかに何か悪質な求人の転載などでない限り)シェアするので、Twitterの@infinity_topoiまでメッセージを送ってほしい。

◆その他:相転移P氏とのやりとり

個人レベル・教員間でのやり取りも一定存在するようだ。やはり食い扶持というのは死活問題であるので、出来れば教員の皆様もこういった「人材募集情報」を広く拡散してもらえると有難い。

個人的には研究者の待遇改善は大きな課題だと考えており、将来的にMathpediaが学振以上の待遇で誰か専属研究員を雇えるくらいに成長出来たらいいなという思いはあるのだが、現状はまだまだ遠い未来だ。とりあえず、微力ではあるが情報収集&拡散によって協力することとしたい。

それぞれの方向性

Mathpediaが順調に始動しはじめた。分野によってばらつきがあるが、位相空間論数理論理学の進捗が著しい。まだまだ模索段階であるが、初等的な集合論可換環論の基礎のページも進み始めている。私の中ではかなり良い進捗と手ごたえを感じていて、一旦は一安心との感触だが、一方で読者の皆様からすると記事によって若干方向性が違い、少しまだ最終的な形がつかめていないかもしれない。そこで、我々が目指すところと現在の立ち位置についてここに整理したい。

●最終的には「森の中の山道」を目指す

我々が目指すところは最終的には次のツイートの通りだ。

現代の数学は言うなれば、雑木林と言えるかもしれない。一つ一つの木や枝にそれぞれの味わいはあるものの、道が整理されているとはなかなか言い難く、森としての全体像もつかみにくい。これをそれぞれの木々もちゃんとフォローしながら、道を整理していくのが我々の目的だ。

幸いにして、Wikiというスタイルは「木」を記述するのにはちょうどいい。例えば、空間の具体例としてn次元球面や反例として名高いSorgenfrey直線長い直線ハワイの耳飾りなどが挙げられ始めている。個々の概念は、教科書で急に具体例や反例として挙げられ「これなんだっけ?」と数十ページ前を戻ったりした経験も多々あるだろう。そこで、Wikiスタイルを使用してその概念の基本性質がコンパクトにまとまったものを作り上げておくのが目的である(いわば、ポケモン図鑑である)。

また「森」の概観を記述するにも同様である。現時点で上手く出来上がっているページは少ないが、例えば可換環論のページはそういったことにチャレンジしている。可換環を調べる手法には環の内部構造であるイデアルに注目する方法と外部構造である加群(とホモロジー代数)に注目する方法があり、Serreによる正則局所環のホモロジー論的特徴づけはエポックメイキングな出来事であった・・・と、こういったことを頭に入れておくだけでも少々抽象的で無味乾燥に見える教科書にも味わいが出てくるかもしれない。読んでいるだけでわくわくすることが出来る内容を目指したい。

その中間点にあたるのが「道」のページで、例えばネットによる位相空間論では関数解析で有用な位相空間のネットによる記述を、序文に少々の概要を書くが基本的には数学書スタイルで淡々と進めている。この道をどの程度装飾するか(「道」のページにもモチベーションなどを多く書くか、それとも「森」の記事に任せてしまうか)といったところは今後も議論の余地はあるが、大枠としての方向性はこの3通りのページスタイルで進んでいくという事になるだろう。

工事の順番は分野によってそれぞれ

目指す方向性はこのように「森」「道」「木」を完成させていくものだと決まっているが、今のところ各分野ともに「どこから作っていくか」ということは明確ではない。というのも「森」をまとめる作業というのはなかなか幅広い知識が必要であり、そもそも容易ではない。今はまずはコンテンツを作ることが大事だ。場合によってはまずは「道」や「木」を作っていって、そのうえである程度の方向性がまとまったら「森」を書いてみるという形式を取ってもいいだろう。

そのため、例えば数理論理学なんかはなかなかまとめるのが大変なので、まずは自分たちのオリジナルの教科書(=道)を書いてもらうくらいのつもりでやってもらっている。ご覧になって貰ってもわかる通り、数理論理学の概観というよりは、この記事はもう教科書の1節と言えるものになっている。逆に位相空間は「木」から始めるスタイルをとっている。位相空間論は「こまごまとした定義の違い」が正確な議論を進めるうえで結構重要で、大変だ。例えばレトラクトの定義一つにしても部分空間を固定するものと固定しないもの(ここでは強変位レトラクトと呼んだ)があり、代数的トポロジーの定番の教科書であるHatcherではDeformation retractで後者の流儀が採用されている。これらの違いで、可縮空間の定義すら異なってくる。だが、考えている空間が絶対近傍レトラクトとその閉集合などの良いクラスであれば、どちらの定義を採用しても同値であることが知られている。

やはり、分野ごとに「まず作るべき場所」も「作りやすい場所」も異なってくるものだ。上に述べた通り、様々な流儀が存在する位相空間論などは各項目で個別の位相的性質の一定の事実関係の整備を進めたほうが、テキストとして記述する上でもやりやすいだろう。だが、流儀や理論としての方向性にある程度コンセンサスが取れている場合は、まずは概観から始めるほうがやりやすいかもしれない。その辺は全体としての方向性をコントロールしながら臨機応変に進めていきたい。

引き続き、我々の活動を応援いただける方々にはこちらこちらなどの参考書のページからAmazonを経由して、何か物品を購入していただければ幸いである。

Mathpedia運営1ヵ月

8月14日にこの記事Mathpediaのドメインを取得して以降、早いものでもう1か月程度が経過した。その間に様々な協力者が集まり、続々と記事のコンテンツも追加されてきている。ここで、現状認識と今後の方向性の整理もかねて1か月の活動を総括してみたい。

●Mathpediaの運営体制

まず、プロジェクトの中核メンバーは数学市民(@infinity_topoi)と事務局長(@MathPJT_ADM)の二人である。この二人は別人なのだが、事務局長は裏方に徹しているためあまり認知されていないようだ。共に若かりし頃に若干数学に関わったことがあり、数学を理解したいという憧れもある人間だ。そして幸いなことに現在はあまり生活に困っていない事もあり、このプロジェクトを立ち上げた。

現在の運営体制としては事務局長に「数学市民化プロジェクト」という名前の個人事業を立ち上げて貰い、銀行口座等も設立した。というのも、以下に述べる通りこの事業は執筆謝礼等で少なくはない額の金額を動かすため、事業の資金フローを明確にするために事業口座等を作ったほうが良いとの判断からだ。また、事業での収益獲得も目指しているため、サラリーマンである数学市民が「副業」にならないように口座を分ける意図もある。この事業で得られた収益はすべて事務局長の個人事業に属し、数学市民は報酬も受け取っていない(ただし、この手法では市民からプロジェクトへの資金援助が税務上の「贈与」にあたり、課税対象となるのは誤算であった)。一定の収益化に目処が立てば、将来的には「公益性」を明記した一般社団法人のような形で法人化する事も検討している。

●Mathpediaの目指す世界

我々が目指しているものは大きく「数学の情報の整理」「数学による収益獲得」の二つだ。

数学の情報の整理の必要性については、多くの人は現代数学を学ぶ上で感じている問題意識だろう。残念ながら現代数学はお世辞にも見通しが良いとは言えず、非常に多くの複雑な概念が整理されないまま散らばっている事も多い。また、初心者の誤解を誘導する記法や議論だったり、現代的にはより優れた手法が開発されているにも関わらず、あまり知られていない事柄なども多い。結果、大学などの特定の数学コミュニティに属しているかによって、数学へのアクセス可能性に大きく差が生まれてしまっているのが現状だろう。その意味で、我々の活動は「周りに大学もない、地方に住む1人の市民にも、現代数学にアクセスできる道筋を作る」という事が目標だと思ってもらえればよい。

一方で数学による収益獲得は、こういった数学的コンテンツを作成していただける方々に、お金が行き届く流れを作るという事が目的である。上に述べた情報のオープン化だけが目的であれば、Wikipediaやnlabといった既存の数学データベースは存在する。しかしながら、これらは不特定多数による無償活動であることから、記事によってのクオリティのばらつきも多く、間違いなどがあっても放置されているのが現状だ。我々はこれを有償で依頼することによって、記事のクオリティを担保しながら「数学を整理することで報酬が貰える仕組みを作る」ということが第2の目標である。

現時点で、我々の活動には9人の執筆者が集まっており、それぞれ月額2万円ずつの執筆謝礼を支払っている。また、数学のオープン化を目標としているため全ての記事は無料で公開しており、今後も有料化などは一切検討していない。では収益獲得はどのように行うかというと、現時点ではAmazonアソシエイトを活用しており、今後はGoogle Adsenseなどの広告を貼ることも検討している。

●Mathpediaの収益モデル

ここで重要な点であるため、収益構造については詳しく説明しておきたい。

現在の収益源はAmazonアソシエイトというプログラムである。これはこちらこちらの記事に貼ってある教科書(例えばHigher Topos Theory)へのリンクから、Amazonのページに飛び、そこから購入した金額の一部が収益となる。ここで重要なのは、リンクした商品以外を購入しても(セッションが途切れなければ)収益になるという点だ。なので、その本を買う必要性は必ずしも存在しない。(ただし、リンクを経由してから商品をカートに入れる必要はある点は注意)。

実際のところ、現時点でリンクから直接購入された書籍は「層とホモロジー代数」と「圏論の基礎」のみだ。それ以外はメモ帳だったり、ティッシュペーパーだったり、お茶トマトケチャップなど日常雑貨ばかりだ。つまりMathpediaを見て「便利だな、もっとコンテンツが増えてほしいな」と思った方々が、Amazonで買い物をする際に一度経由していただけるだけで、無理のない形で我々の活動への寄付になるのである。無論、ついうっかり高価な数学書を買っていただいても何の問題もないのだが、我々は出来る限りユーザーの負担がない形でこの事業を行っていきたいと考えている

そのため、今後はGoogle Adsense等の広告掲載等を行う事はあっても、寄付の要請や有料コンテンツの配信は行わない方針だ。これは事業経営の観点では非常に厳しい条件設定ではあるが、仮に上手くいけば数学のみならず、学術界に新たな可能性を感じさせる試みであると考えている

●Mathpediaの経営成績

結論から述べれば、8月の経営成績は極めて力強い手ごたえを感じるものであった。

収入:Amazonアソシエイト 5,830円

支出:執筆謝礼2万円 × 9人, 協力謝礼5,000円 × 2人(執筆以外でお手伝い頂いた方々)=19万円

収支:マイナス18万4,170円(市民と事務局長で負担)

Amazon

これだけ見れば大赤字に見えるかもしれないが、この程度の持ち出しはそもそも想定済みだ。何の問題もない。むしろ、開始1か月で5000円もの金額を稼ぎ出せた事に驚きを禁じ得ない。

我々の最大の強みは「そもそも利益を【稼ぐ】つもりはあまりない」ところにあると考えている。幸いなことに市民にも事務局長にも経済的な余裕はあるので、毎月10万円程度の支出は社会貢献だと思ってやっている。少しでも収益が入って、持ち出しを多少賄ってくれればそれでよし、程度だ。

現時点では絵空事だが、この事業が安定して収益を創出するようになれば、更なる数学への再投資を続々と進めていきたい。具体的には、更なる記事執筆者の募集や、執筆謝礼の引き上げ、またより数学に適したユーザーインターフェースにするため、Webサイト自体へも投資していきたい。

●今後の課題

無論、課題もいくつか浮かび上がっている。例えば、一人で急速に立ち上げたためPukiwikiをベースに使用したが、どうしても見た目が安っぽい上に数学のDBを作る上で色々と不便な点が既に生じてしまっているのも現実だ。この辺は、読み手を意識したサイトを作るうえでケチってはいけない所でもあると認識しており、初期段階である今の時点で今後大きくテコ入れする予定である。

また「毎月ずっと執筆するつもりはないが、緩く協力したい」くらいの立ち位置の方々の協力を得ることも今後の課題であろう。改めて痛感するところであるが、数学的内容を記述するにあたって「一定の統一的な方向性を形成する」ことは非常に難しい。現在は約10人の方々に協力していただいているが、その中でも群の定義をどうするかだけでも大きな議論になる。無論協力者が多いのに越したことはないのだが、上手く方向性がまとまらないと議論が発散しがちなのも事実だ。この辺は、明確なMathpediaの記事コンセプトが確立するまでは、当面現在のメンバーでの模索が続くだろう。

何はともあれ、急速な立ち上げの中で第一歩がいい形で踏み出せたことには手ごたえを感じている。昨日も数理論理学の記事が反響を呼ぶなど、少しずつ市民からの認知が高まってきたのを感じる。今後もこういった形で定期的にMathpediaの進捗をたびたび報告していきたい。

数学科の就職事情への追記

昨日の記事は多くの方に反応頂いた。その中で、いくつか補足すべき点を以下に述べる。

●他の方々の体験談

Twitter上でのやりとりで他の方々の就活体験記やそういうテーマのプレゼン等が見つかったため、以下にまとめたい。就活の実態というのは十人十色で、よく就活サイトに書いてあるモデルケースのように進む人のほうが稀だろう。こういった「体験談」が更に上がってくることを期待したい。

「数学徒はどこへ行くのか」

「数学科の学部卒でITエンジニアになった事例」

「関西すうがく徒のための就活まとめ」

●思っていた程アクチュアリーは不利ではないらしい

アクチュアリーの採用については、どうやら思っていた以上に数学科は有利なようだ。

この辺は、やはり恐れずに自信をもって進むというのが大事なのだろう。どうしても就活の現場では、就活慣れしていない数学科生からすると「色々な情報を仕入れ、万全の対策をもって堂々と入ってきた」ように見える文系の学生の意気揚々とした姿に億劫になってしまいがいなのだ。なんなら、「経済学部ですが大丈夫ですか?」と質問しているその姿すら自信にあふれているように思ってしまう。その辺は、説明会レベルでは「やる気があれば大丈夫ですよ」みたいな無難なことしか言わないが、どうやら実際の選考では数理的素養への要求はそれなりに厳しいのが実態のようだ。

●大学のサポートも存在する。まずは確認してみよう

数学科の就職へのサポートも、過去は本当に全然なかったという話をよく聞くのだが、今に関していうと(大学にもよるが)ちゃんとやることはやっているところも多い。それは自分が周囲を観測した肌感覚レベルでも感じるところだ。ただし、学生側の認知は別の話だ。

この辺は、どうせ大学なんて助けてくれないよ・・・という偏見を持たず、やれることはやってみるという意識が大事だろう。そういえば、以前Twitter上で自分の希望の条件を書いて、就職活動をしていた人たちがいたのを覚えている(いわゆる意識高い系のものではなく、非常にさっぱりとした形式だ)。現在は企業側も人手不足で採用コストが跳ね上がり、いわゆる普通の「ESを書いて、説明会を開いて、面接して」という形以外の採用をしている会社なんていくらでもある。

上の「数学科の学部卒でITエンジニアになった事例」の記事でも

さて、大学にあった第二新卒の求人票に応募する前に僕はある人に相談をした。相談したところ、そこであるベンチャー企業の当時の役員とつなげてもらい、そこで契約社員として働くことになった。

うん、出来すぎているだろう? でもこれが事実なんだな。

という節があったが、自分の周囲を確認するだけでもこういったケースは両手で足りないほど見ている。それは個々人が特別な強いコネを持っているからとかではなく、本当にたまたまTwitter上くらいの繋がりの人に軽く話してみたら仕事を紹介してもらえた、という例がほとんどだ。

結論としては、やはり「数学科では食っていけない」と言われた時代は終わったのだろう。就職の景気要因というのはどうしてもこれからもコントロール出来ない所ではあるが、構造的には日本は人手不足であり、若い人には有利な時代であるのは間違いない。改めて、これから数学の道を志す学生には、周囲の雑音に負けることなく、全力で数学に打ち込んでもらいたい。

数学科の就職事情

先日、Twitterにこのようなツイートをしたところ、想像以上の反響があった。

自分は高校時代から数学が好きだったが、両親や親戚から「数学科は潰しが効かないからやめてほしい」と当時から言われていた。結果的に数学科に進学する事となったが、それは大学入試の結果、理学部に進学することになったからであり、あまり歓迎はされなかった。このように、数学科に進学することで両親の反対を受けるようなケースを経験した人は少なくないのではないだろうか。

その後、自分は数学科を卒業し、一般就職をすることになった。現在も一般企業で働いているが、自分が採用を行う側になって見えてくる世界も広がってきた。おそらく、この記事を読んでいる人の中にも「研究者としてやっていけるか自信はないけど、大学で数学を学びたい。でも、本当に進学しても大丈夫なのだろうか?」と迷っている中高生もいるのではないか。そこで、可能な限り「客観的視点」に立ちながら、過度に楽観も悲観もせず、数学科の就職事情への私見を述べてみたいと思う。

●そもそも就職はマクロ要因が大きい

まずいきなりだが、どうしようもない結論を述べてしまうと「就活なんて8割マクロ要因」ということを念頭に入れる必要はあるだろう。これは別に「数学科」に限ったものでもないが、世の中に転がっている様々な人々の「就活体験記」は正直言ってその辺の視点がまるでないものも多い。それもそのはずで、どうしても学生時代は大学入試などの「その人の個別の能力(=ミクロ要因)」で突破できる成功体験が多く、十分な能力があれば何でも切り開けるかのような万能感を抱く人も少なくない。だが、実際に採用を行う側の視点を持ってみると、想像以上にそこは「選考される個人の能力云々」よりも「そもそもの採用枠の存在」のほうが重要だと感じるところが大きい。どんなに優秀な人でも、景気が悪くて枠がなければ採用されない。景気の波には抗えないのである。

何故このようなことを最初に釘をさすかというと、就活したときの社会情勢によって見えてくる世界が全く違ってくるからだ。例えば、求人数の需給を現す標準的指標である「有効求人倍率」を見てみよう。この指標は90年代以降20年間にわたりずっと1を割っており、つまりその期間は求人数よりも求職者数のほうが多かった。当時はまだ数学が実用的、との考えも浸透していなかっただろう。そのような情勢の中での数学科の一般就職が苦労に尽きないものであったことは想像に難くない。自分の両親が「数学科はやめてほしい」といったのも、このような経験から来ているのであろう。

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一方で、グラフを見れば明らかなようにアベノミクス以降の求人需給は大きく好転している。筆者が就職活動を行ったのはそれ時期にあたるが、当時は完全に売り手市場であり、正直言って「自分が気負っていた程就職は大変ではなかった」というのが実態だ。同時期に就職活動をした数学科生も「あれ?就職無理学部とかいってたけど、そんなことないじゃん?」と思った人も多いのではないだろうか。ただし、念押しするが勘違いしてはいけないのは就職における最大の変数は景気だ。昨今のコロナ禍で求人倍率は低下しており、今後の情勢次第では再び苦しい時代が訪れる可能性もある。好景気時に就職した先輩のアドバイスも「7掛け」くらいで聞くのが妥当なところかもしれない。

●その上で、数学科であることが就職にネガティブな例は少ない

このように散々念押ししたうえで「数学科の就職」について話せば、現代においては「数学科であることが就職にネガティブに働くことは殆どない」と思われる。大抵の仕事では、特に可もなく不可もなくであり、「へぇ頭いいんだ、私は算数からダメで」みたいな感じでなんか知らないけど頭いい人みたいに扱ってくれてラッキー、という印象だ。一方で、数理的な能力が求められる仕事(例えば、金融・ITなど)では逆に重宝されることが多い。学生の身からすれば、そこで言っている数学(金融工学や計算機科学)は自分たちがやっていた抽象数学とは全く違うのだが・・・という思いもあるだろうが、その辺は採用においてもあまり気にされないことが多い。やはり「大学の抽象数学を学ぶ能力がある」ということを何よりの能力の証と評価する企業も増えてきているのだと感じる。

●「頭脳労働」においては結果的に有利かもしれない

また、数学とは全く関係のない類の仕事においても、数学的思考でこき使った頭脳は優位に働くことが多いのではないかと考える。例えば、自分は仕事柄とんでもなく長い契約書などを読んだりすることもあるが、これらは法律の知識は全くなくても根気強く調べながら読めば解読可能だ。ここで意外に感じるのは、「地道に根気強く読む」ということが出来ない人が一般的には多いという事だ。

それもそのはずである。世の中に転がる「10分でわかる〇〇学」のような本を開けば、ペラペラで内容がないと感じたことはあるだろう。それに比べて数学書の1行の行間をしっかりと埋める事の大変さと言ったら、たまったもんじゃない。やはり、そこを濃厚な密度でトレーニングしてきた差というのは未知の分野でも学習速度や理解力に驚くほど明快に出てくるのだ。そして、その差は一朝一夕には埋められるものではない。そのため、全く違う分野であっても、しっかりとした分析が求められるような「頭脳労働」業務においては、数学で培った経験は活きるのではないかと考える。

●ただし、「数学を使う」ことを条件に入れると枠は少ない

ただ一方で仕事において「数学を使う」ことを条件に入れてしまうと、それなりに門戸が狭くなってしまう点には注意しておきたい。例えば、金融機関の一般的な本社部門の採用は(会社にもよるが)50人程度の枠があるが、クオンツという仕事に限れば1枠か2枠あればいいほう、というのが現実である。チームも小規模で毎年何人採用しようということもなく、「欠員が出たら補充しよう」くらいの印象だ。アクチュアリーなどはもう少し間口が広いと聞いたことがあるが、一方でアクチュアリー試験に合格する必要もある。また、そういった枠は「就活ガチ勢」ともいえる経済学部の金融工学専攻の人々などとも競合する事になるのが苦しい所だ。正直言って、彼らは就活の攻略情報を知り尽くしており、なかなか裸一貫の数学科生が太刀打ちできる相手ではないのも事実だ。

また、IT業界になるとエンジニアなどは理系の人も多く、文系就活ガチ勢との競合という点では有利かもしれない。しかし、そこで「数理的センス」が活きることがあっても「数学の知識」が活きることはあまりないのではないかと思う。(批判をしているわけではなくて)IoTとか、ビッグデータとか言われている業界も中身を空けてみればとんでもないゴリ押しの力技で何とかしている、というのもよくある話である。「どうしても数学に関わりたい!」と強い拘りを持っていると、なかなか実際の仕事で「おもてたんとちがーう!!」ってなってしまう可能性は否めないだろう。

●数学を活かすというよりは脳みそを活かすと考えるほうが気楽

なので、実際に就職活動を行う際には(手持ちの内定などの数にもよるが)「数学に関わる仕事ができたらいいな~。ま、別にそうじゃなくてもいいけど」くらいのマインドセットで臨むほうが気楽であると思われる。そして、就活の面接でもあまり数学への拘りや未練は出さないほうが得策だと考える。なぜなら、その言葉は採用する側からすれば「この人は(枠の少ない)数学を使う部署以外に配置したらすぐやめてしまうのではないか」という心配を誘うからだ。大企業の人事異動などは面接官の裁量の及ばない所である事は往々にしてある。そこは運命のサイコロを振られる結果になるのだが、サイコロを振られるのが嫌でスタートラインにも立てなかったら元も子もない。

実際のところ、就職して配属が希望通りにいかないケースなんて山ほどある。それは、あなたに限った話ではない。それで本当に嫌なのだったら、転職すればいい。今は転職にもオープンな時代なので、それ自体は大した問題ではない。ただ、間違いなく言えるのは「百聞は一見に如かず」ということだ。自分の同期でも、就職活動時は「●●部に行けないと辞める」などと色々と注文をつけていたわりに、いざ入ってみたら全然関係のない部署で楽しくやっている奴もいる。そもそも仕事内容がどんなもので、それに自分が合っているかというのは、本当にやってみないと分からないのだ。学生の段階の限られた情報で、自分の進路を狭めるのは得策ではないだろう。

●結論:まあ、いいんじゃないか?

以上、個人の力でどうしようも出来ないマクロ要因などかなりシビアな事も書きつつ、出来る限り客観的に私見を述べたつもりだ。残念ながら、自分自身に経験がないので教員などを目指す道については全く述べられなかったし、研究活動と就活が両立できるかという事についても答えられていない。その辺は、より説得力のある経験者による解説が今後出てくるのを期待したい。

人は自分の経験した事でしかなかなか物を判断することができない。もしもあなたのご両親が「数学科はやめてほしい」とあなたを止めるのであれば、それは30年前の数学科の姿を思い浮かべているのであろう。ただ、現在の姿はそれとは異なる。社会は「数理的センスのある人材」を求めているし、そもそも日本は構造的に人手不足だ。「数学をやることが就活に有利になる」とまでは言えないが、少なくとも、大学で数学に全力投球したところでどうってことはないだろう。それぞれが研究者を目指す・目指さないにかかわらず、各人が悔いのない数学ライフを送れることを切に祈る。

現代数学が難しいnつの理由

世の中には「大学での数学は哲学になる」という言説がある。この言説自体には多くの立場の人々から様々な賛否の意見があるだろうが、とにかく「大学で学ぶ数学は難しい」という事実は誰しもの共通認識であるように思われる。では、何故現代数学は難しいのか?その答えは必ずしも単一の理由ではないだろう。そして、その中のいくつかは現代のテクノロジーや一部の啓蒙家による新たな活動を活用すれば、乗り越えることができるものも多いと考える。以下に私見をまとめてみたい。

●その1:まず、そもそも数学の厳密さは難しい

第一の理由として、数学の厳密さが挙げられるだろう。数学は、証明に至るまでの道に一つでも間違いがあれば全てが無となる学問である。世の中にここまで取り扱いに神経を使う仕事はなかなかないだろう。一般的な「頭脳労働」と呼ばれる仕事においては、「Done is better then perfect」という言葉があるようにやはり基本はスピードが大事であり、100%の完璧である必要はないし、完璧などそもそも存在しない。理論のようなものでも「アイデアを大体理解していればOK」というものが多い(無論、それはどちらの優劣の問題ではないのだが)。そのため、数学の一歩でもミスをすれば即死という異質性は他分野(情報や物理であっても)の方々の参入を決定的に困難にしていると思われる。そして、多くの場合において応用をメインにする方々にとって、その厳密性はtoo muchなのである。ここにユーザーのニーズと大きなギャップが生じてしまっている。

●その2:高校数学とはスタイルが大きく異なる

また、高校数学とのスタイルの大きな相違も大きいだろう。算数から中学数学、中学数学から高校数学へといずれの段階にも多少のギャップは存在するが、高校数学と大学数学のその差はとても大きいと考える。高校数学までは「まず最初に少々理論を聞き、その後とにかく多くの計算をして問題を解いていく」という形の演習形式の勉強法が極めて有効的だ。若干暴論ではあるが、細かい言葉の定義などは若干曖昧であってもあまり問題ない。しかしながら、大学の数学はとにかくその点が細かい。まずは大学1年生の微積分でε-δ論法を習い、今まで曖昧にしてきた「収束するとはどういうことなのか」という事を明確にするところからスタートする。高校数学と同様の感覚でそれに望むと「いかにも当たり前っぽいことを長々と堅苦しく書くことを求められ、面白くない」と感じ、投げ出してしまう人も少なくないのではないだろうか。これらの抽象化の背景には数学の基礎付けに苦労した歴史的背景など語るべきものも多いのだが、それらが授業で説明されることも少ない。そういったコミュニケーション不足が「大学に入ったら数学が訳分からなくなった」といった印象を多くの人に与え、「大学で数学は哲学になる」などと例えられる言説の根幹になっているのではないかと考える。

●その3:実はSelf-Containedな教科書は少ない

一方で、そういった抽象数学の手法に慣れ親しむことに成功した方々でもいつでも即死することができるのが数学の魅力(魔力?)である。例えば、手元にあるミルナーの名著「特性類講義」を開いてみよう。平和に最初の3章を読み進んだ読者は第4章で突如として特異コホモロジー理論を仮定される。とはいえ、付録Aに解説が書いてあるのでめげずに進めば、この証明は[Eilenberg-Steenrod][Spanier]に書いてあるなどと再び遥か彼方に飛ばされる。どこの誰がこんな古書を持っているのだろうか。このように1歩進んでは1歩戻り、文字通り一進一退の攻防をした方々も少なくないはずである。最近でこそ現代的な目線で整理され、一定のSelf-containedさを意識した教科書も増えてきたようだ。例えば、層のコホモロジーについては以前はIversenが定番だったが、最近出た志保先生の本が非常に丁寧であるとの評判を伺う。しかし、やはり「可換環論はAtiyah-MacDonald」「代数幾何はHartshorne」などと古典的名著の存在感は強く、なかなか教科書の世代交代は進まず、古典はなかなか読みづらいものが多いのも実態である(特段前述した2冊を否定するわけではないが、間違いなくbest practiceかといわれると疑問である)。勿論、こうやってあっちに飛ばされ、こっちに飛ばされ、行間を埋め、という作業を繰り返して人は数学を身に着けるというのも一理ある。しかし、現代的視点の分かりやすい教科書の少なさは、人々の新規参入を困難にしている点に異論はないだろう。

●その4:勉強することが膨大な一方で全体の見通しが悪い

このように、いつの間にやら1冊の本を読むつもりが膨大な量の周辺文献をあさることになる数学を学ぶことは、土砂崩れなどで大きく道が崩れた山を登ることに似ているかもしれない。しかし、山登りとの明確な違いは山では「ここの道が崩れているので登らないように」などの「道しるべ」を先人が立てていってくれるが、数学ではそういったものがほとんど存在しない。それもそのはずである。数学は日々成長しているが、書物に書かれた内容は変化しないからだ。その結果、毎年新たな志を持った人々が数学にチャレンジしては、1合目に潜む土砂崩れに巻き込まれて去っていく。うっかりBourbakiの森に入って、そのまま明後日の方向に連れていかれた人はどれだけいただろうかと思う。

そして、これが我々がMathpediaプロジェクトを推進するモチベーションの一つでもある。Wikiを用いて日々アップデートできる形式をとりながら、出来る限り「数学に対する見晴らしを良くする」ことを意識した形で記事を作成し、数学の森で迷子になる人を一人でも少なくしたいと考えている。数学の森は日々大きくなっており、新たにこの山に登る人たちにとっては難易度は日に日に増している。私は本来はこうやって「数学を整備する」仕事がもっと学術界で評価されるべきではないかと思っているが、そうはいっても現状ないものはないので、個人の活動としてやっていくつもりだ。

●その5:大学コミュニティと外部の間の情報格差が大きい

このような「道しるべ」の少なさの帰結は、結局のところ「現代数学を議論できる人たち」のコミュニティに属しているかどうかで、決定的な情報格差が生まれてしまっている。こういった情報格差はビジネスをやる上では非常に重要だ。その参入障壁を活かして、自社の商品の優位性を確保し、高い利益率を享受できる期間を少しでも長くする、というのは当たり前だ。しかし、数学のような学問でこういった秘密主義を採用するのはいかがなものかと思う。酷いケースでは、一部の数学者は出版されていない「関係者とのクローズドな議論」を論文の出典にするような例もある。

いうならば、IT産業のように情報のオープン化が全く進んでいないのである。それぞれのグループがそれぞれの独自規格のメインフレームコンピューターを作り、おそらく互換性はあるのだろうが、情報が閉じていることもあり結局よく分からない状態になっている。例えるならばそんなところだ。面白い事にこれと似たようなことを「数学の基礎をめぐる論争」の中でMacLaneが何十年も前に既に指摘している。ただ、これは逆にいえばインターネット時代におけるアップサイドともいえるだろう。今後それぞれの学派の「独自規格」の間の関係性などがオープンな場で整理されることで、分野間の行き来がより便利になり、数学の更なる発展に繋がればよいと考えている。

●その6:現代数学を学ぶことがなかなか仕事にならない

そして少し毛色の変わった話になるが、経済的な側面も重要だろう。前述の通り、現状は数学を学ぶ上でいろいろと高価な数学書を買ったり(よほどの天才でない限り)大学のコミュニティに属していることが重要になっており、結果的に参考書にも大学の学費もそれなりにお金がかかる。一方で、数学でお金を稼ぐには今のところほとんどが「大学の研究者」となっており、中高の数学教師になるといった例を除けば「大学数学を用いる在野の仕事」がほとんど存在しない。一般人とプロの間の中間点にあたる仕事が乏しいのである。これでは学問の裾野が広がらないだろう。

その一方で、個人的な肌感覚としては「別に最先端の数学じゃなくてもいいから、現代数学の入り口に連れて行ってほしい」という一般人のニーズはそれなりに多いようにも感じる。例えば、私の会社の同僚でも「文系で数学全然分からないけど、面白いからヨビノリみてる」などと、聞いてもないのになぜか私に報告してくる人は何人かいる。「数学教室 和」のような塾が出てきたのもそういったニーズはやはりあるということなのだろう。この記事にもまとめたが、数学系Youtuberもそれなりの登録者数がある。こうやって世の中の数学需要を盛り上げて、今後現代数学を学ぶ人々への「セーフティネット」ともなる仕事を拡充していくことは、在野の人間にもできる数学への貢献だと思う。

●これらをどうやって乗り越えるか

このように数学の難しさを列挙してみたが、意外にも各方面においてその「突破口」は徐々に見えつつある。SNSの普及で「数学コミュニティ」のオープン化は急速に進んだ。数学系Youtuberの普及により大学数学の初歩の「高校数学とのギャップ」も丁寧な動画解説を見れば解消されてきているのではないだろうか。昔私がクローズドに行った圏論祭のノートもalg-d.comに整備してまとめられ、今では早くからKan拡張を使いこなす学生も少なくないようだ。「数学の道しるべ」に関しては若干まだ限られているようには感じるが、それは今後Mathpediaなどで我々が拡充していきたい。

何はともあれ、それでも現代数学はそれでもとてつもなく難しい。それに果敢に挑み、開拓し続ける人々には尊敬の念を禁じ得ない。数学に挑む人々が、数学の本質的な難しさとのみ戦い、それ以外の些細な事柄によって躓かされることがなくなる。それがMacLaneが上著で論じた「21世紀の数学のあるべき姿」なのではないだろうか。そのような時代が来ることを、私は切に願っている。

数学系YouTuberを救いたい

多くの反響をいただいた昨日の記事に引き続き、数学系YouTuberを再び紹介したい。また、このような貴重なコンテンツを作っていただける方々に対する支援についても考えていきたい。昨日紹介した方々はリアルの人間が登場するなり話しているものが多かったが、今回はVtuberやゆっくりなどを用いて数学コンテンツを作成している方々が中心となる。

●ロダン – バーチャル数学徒

チャンネルURL https://www.youtube.com/channel/UCzdR-dZtWT2_6N6p9sJh3yw

Vtuberとして女性キャラの姿で現代数学のトピックを解説しているチャンネル。声は普通に男性なので一瞬ギャップにびっくりするかもしれない。現時点でコンテンツは必ずしも多くないが「あの100年予想が解決するかも!?」のタイトルのシリーズでは未解決問題についての解説を続けている。スライド形式となっておりわかりやすいので、話の流れをざっと理解するのに向いていると思われる。

●曲直瀬おめが。

チャンネルURL https://www.youtube.com/channel/UCFY0EBEEKkXltp11gMfst0A

かなり幾何学がメインになったチャンネル。多様体論の解説などを念頭に置いているものであると思われる。動画は1時間の授業のような形式となっており、定義を考える気持ちなども説明されており極めて丁寧な内容である。幾何学を専攻する学生は一度見ていただきたい内容。

●Alcia Solid Project

チャンネルURL https://www.youtube.com/channel/UC2lJYodMaAfFeFQrGUwhlaQ

フォロワーから教えていただいたかなり大手のVtuber。基本的には応用数学よりのようだが、IUT理論の解説などもやっていたりとコンテンツ自体は幅広。他分野の方で苦手意識があるが数学をどうしても使う必要があるという人にはとっておきのチャンネルだと思われる。

●gest N

チャンネルURL https://www.youtube.com/channel/UCvZSwTzNkSZQvUX9Ktpar7g

ゆっくりを用いて現代数学を開設するチャンネル。分野の方向性としては一見数論方面にもみえるが、Stone双対性なども取り扱っており興味深い。ゆっくりのコント風に説明が進んでいくのでとてもコミカルで分かりやすい。数学科の学生でなくても興味を持てる内容だろう。

●240が教える数学

チャンネルURL https://www.youtube.com/channel/UCJb1bywggU5Vlbb4R5zPZrw

こちらはVtuberではないが昨日ご紹介いただいたチャンネル。イプシロンデルタなど数学科としてはかなり基本的な内容が現在の中心だが、かなり説明は丁寧。数学科に入ったが、最初の方で躓いている人にとっては助かる内容だと思われる。今後のコンテンツ拡充に期待。

●相転移P

チャンネルURL https://www.youtube.com/c/4429sekine/

数学系というよりは物理系で、ゆっくりでもなければVTuberでもないが、皆さんご存知の相転移P氏のチャンネルである。そういえば紹介していなかったので、改めて宣伝したい。

●数学系YouTuberに貢献するには

さて、昨日から紹介してきたYoutubeだが、実はこれらを収益化する事は容易ではない。私も自分のチャンネルを開設しはじめて知ったが、実はYoutubeはそもそも「チャンネル登録数1000人、公開動画の過去1年の総再生時間4000時間」を突破しないと収益化プログラムの条件も満たさないのである。ここで、昨日から挙げたYoutuberのチャンネル登録数を列挙したい。

Masaki Koga 4.02万人 / AIcia Solid Project 1.17万人 / 龍孫江の数学日誌 in Youtube 2000人 / 数学ボーイZ / SUGAKU BOY Z 1170人 / 梅崎直也 1060人 / ゆる圏 YouTube 794人 / 曲直瀬おめが。 748人 / 相転移P 361人 /ロダン – バーチャル数学徒 289人 /gest N 82人 /240が教える数学 54人 / 底辺数学徒の備忘録 32人

ランキングのようになってしまったが、そのような意図はない。KogaさんとAlcia Solid Projectが圧倒的であるが、高校数学や応用数学で充実したコンテンツを有しておりその影響が大きいとみられる。一方で、純粋数学をコンテンツのメインに据えるとなるとどうしても視聴者層の対象が狭く、収益化最低ラインである1000人にも到達していないのが実態である。

我々のような一般市民が簡単に出来る貢献としては、まずこれらのコンテンツ提供者のチャンネルに登録し、動画を再生することが挙げられるだろう。少なくとも(各人が収益化を目的にしているかは定かではないが)収益化ボーダーの1000人を突破できるように市民の方々の協力を仰ぎたいところである。是非とも、このページをご一読いただいた数学ファンの皆様には、上記の数学系Youtuberのチャンネル登録による支援をお願いいただきたい。なお、相変わらずコンテンツは1件の猫動画しかないが、我々のチャンネルにも気が向けば登録いただけると幸いである。

◎追記:こちらに一覧をまとめました。

 

 

数学系YouTubeコンテンツ

最近数学系の動画コンテンツについて調べてみたところ、意外にも既に多くのYouTuberが存在するということが判明した。我々もYouTubeのチャンネルは作ったところで、今後足りないジャンルのコンテンツは強化していきたいと考えているが、既に教育的な活動をなさっている方々のコンテンツを有効活用するのは先決だろう。全部調べきれたわけではないが、ここではシェアもかねて紹介したい。

●龍孫江の数学日誌 in YouTube

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCO34XpHxdG8P2n5aTPXSaZQ

まずは、私が久々に数学を見るきっかけになった龍孫江さんのチャンネルである。主に群・環・体といった代数学について丁寧な解説がされており、「数学用語くらいはわかるが、実際の数学の証明や計算に慣れていない」人を対象にした内容だと思われる。一つ一つの動画は10~30分程度でそれぞれ丁寧な解説なので、独学で数学を学ぶ人にはお勧めしたいコンテンツ。

●Masaki Koga [数学解説]

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCOjBG3Bu6sDxfGi15SMNF1Q

こちらは登録者数は4万人と既にかなりの視聴者を集めているチャンネル。高校数学の解説や現代数学のイントロダクション的な内容が多く、教員をされているということで話のテンポもききやすく、より初学者にフレンドリーな内容になっていると思われる。ジャンルの広い同様の教育系YouTubeにヨビノリがあるが、これの数学に特化したもののような位置づけだろうか。

●数学ボーイZ / SUGAKU BOY Z

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCw4bRUt733vSqIEJ1n8FcFg

こちらもフォロワーの方に紹介を頂いたなかなか面白いチャンネル。内容としては代数中心だが幅広く、少し応用的なレベルまで触れられている。少し若者っぽいネタを交えてYouTuberとしてのコンテンツ性も加味されている。個人的には、こういうポップな感じで数学を勉強するという事は自分が目指しているところでもあることから、非常に今後の活躍に期待したいチャンネルである。

●ゆる圏 YouTube

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCyhP4s6961ebUp-jPv4yDwg/

「ベーシック圏論」を丁寧に解説していくYouTube。元々はオフラインの企画だったようだが、コロナの影響でオンライン化されたもののようだ。こちらの講義を行っている松森さんは筆者は直接の面識はないが社会人のための数学塾のような活動をされていた方だと承知している。解説は極めて丁寧なので、数学が専攻でない方でも前から動画を見ていけばフォローできると思われる。

●梅崎直也

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCtP2OI-4D_AHehTHSILwiSA/

極めて高度な内容から極めて基本的な内容まで幅広に解説されているチャンネル。おそらくだが、実況動画のような形で配信されているとみられる。内容はいたって真面目で正統派なので、実際にノートを開きながら手を動かし、じっくり勉強するのに向いたコンテンツだろう。

●底辺数学徒の備忘録

チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCbYHmAIp04jX4ThPXCDkThQ

Twitterのフォロワー関係で見つけたチャンネル。チャンネルとしてはまだまだ新しいものだが、実際の院試問題などを地道に解いていく内容となっている。意外にこういった内容は一般には「基礎的」とされつつも、実際には様々なテクニックもあり、具体的な計算が見れるのは非常にありがたいのではないだろうか。今後の更なる院試系コンテンツの拡充に期待したい。

Mathpedia上にも今後数学系YouTuberの紹介ページは作る予定である。まだまだ調べきれていないので、ほかにもこういった数学系のYouTuberチャンネルがあるなどの情報は、こちらのコメント欄やTwitterなどに寄せていただけると幸いである。

数学辞典Mathpedia

善は急げということなので、ご要望の多かったWebベースの数学辞典の土台となるWikiを作成した。観察眼の鋭い方は昨日時点で右上にリンクが表示されているのにお気づきだったかもしれない。

◆Mathpedia (仮称) http://mathematicspedia.com/

当初はmathpedia.comのドメインを取ろうとしたが、どうやら取得されていたようだ。mathpedia.infoやmathpedia.bizなら取得可能であるとされたが、少しそれはイケていないなと思い、ちょっと長いがmathematicspedia.comとした。むしろ、このような優良ドメインが未だに放置されていたのが不思議なくらいである。なお、見ての通り中身はまだWikiのみでもぬけの殻である。

これでブログ、Twitter、YouTube、Wikiと1セットのメディアを揃える事が出来た。次はコンテンツの充実が必要だが、まずはWikiを拡充させることに注力したい。とはいえ、これがなかなか骨が折れる作業だろう。市民として一般企業で働く自分がなかなか平日に注力できる事でもないので、何とかお仲間を見つけたいところである。なので、この場を持ってご協力いただける方を募集したい

◆募集要項

  • 条件:数学概念の解説が出来る程度の素養があること
  • 職務内容:Wikiの数学コンテンツの拡充。当面は基礎的内容(線形代数、集合、位相、群・環・体、解析学、圏論)などに注力。編集にあたっては、Slackグループ等を作って議論をしながら適宜修正していく形式を想定している。
  • 報酬:相場が分からないので、1分野(定義は難しいが)の解説に参加するにあたり大学の一般的なTA程度の金額(周辺ヒアリングによると1コマ1~2万/月、もし異なればご報告を)を想定。ただし、あくまでページ数ノルマ等は設けず、働き方に応じてフレキシブルに対応。

つくづく思うのだが、数学的労働に対して適正な対価を設定するのは本当に難しい。一般的なコンテンツでは「ページ数単価」や「文字数単価」というノルマが設定されることが多いが、中身重視の数学においてそのKPIに意味はない。実際のところ、上のように明記しているのは「協力してくれればその分対価をお支払いするよ」と明記したいだけであって、特に条件について真面目に考えたわけでもない。流石にお金を貰っておきながらその後連絡がつかない、とかは困るというだけである。

興味のある方はTwitterの@Infinity_topoiかメールアドレス[email protected]までご連絡を頂きたい。なんとなく、大学院院生やPDなどの方がTAバイトを一つやるくらいの気持ちで応募していただけるのを想定している。無論、それ以外の方のご連絡もお待ちしております。(なお、こちらのMathpediaの設定等には@t_udaさんに相応のサポートを頂きました。深く御礼申し上げます。)