女性向け同人センシティブ表現と注意書きのすゝめ

前書き

「表現の自由には責任が伴うということを自覚すべき」

 

先日こんなツイートがTLを踊っているのに出くわした。

一人ではなく何人もいたので、何が起きているのか反応している人に訊ねてみたところ、「とある同人作品で、非常にセンシティブな要素(現実に発生し死者も出ている事件)が話の核心に含まれていたのに、それを注意書きに明記していなかった」というものだった。

推測するに、おそらく本人に悪気はなく、単に何を注意書きすればいいのか分からなかったのだろう。何がセンシティブな表現に当たるのかは、プロの編集者や出版社ですらさじ加減を間違えることがあるので、素人が判断するのはなおさら難しい。

注意書き――より一般的な言葉でいえばレーティング――は、女性向け同人ジャンルでは、主にトラブル回避のために使われていると理解している。「隠れる」「ワンクッション置く」などといって、実質的にゾーニングに当たる配慮をする例もかなり一般的に見られる。
ここで要求される配慮は、商業の出版物や著作物に求められるものとはやや異なるが、大枠は共通している。

「よくある女性向け同人の注意書きは分かるけど、他にどんなことに気を付ければいいの?」という同好の士のために、センシティブ表現について整理してみたい。

以下は私の個人的な考えだ。センシティブな表現の具体例を挙げているので、事前にご了承いただきたい。また、決してそれらの行為を肯定するものではないことを明記しておく。

 

センシティブな表現の種類

一般的にセンシティブな取り扱いが必要とされる表現には、主に以下のようなものがある。

 

①性的な表現

②過激な表現

③政治・宗教等に関する表現

④現実の事件等に関する表現

 

①性的な表現

センシティブ表現の代表選手。要はエッチな表現のこと。扇情的表現とも言う。
同人創作、特に恋愛表現を含む二次創作の世界では非常にありふれているため、あまり顧みられることがないのだが、一般的にはセンシティブ表現のため公共の場に堂々と出すことは避けたほうがよい*1。

主にヌード表現、性行為とそれを強く想起させる表現(裸で抱き合ってベッドに寝ている等)がこれに当たる。肌の露出の多い衣服の描写や、胸部や股間など性的な部位を過度に強調した表現なども、扇情的と受け取られるリスクが高い。

時おり見かける誤解として、「BL(同性愛)だから駄目」というものがあるが、これは間違いだ。性的・扇情的な表現に配慮が必要なのであって、それが異性愛表現なのか同性愛表現なのかは関係がない。

直接的な性行為(アナルセックス、オーラルセックス等を含む)や性器、性器の結合表現などがある場合は、単にセンシティブだという次元を超えて、刑法175条にいう「わいせつな図画(絵・イラスト)」に当たるので、モザイク処理などの修正を入れる必要がある。小説作品の場合は「図画」ではないものの、性行為など人の性欲を興奮・刺激させる表現などが含まれる場合は、アダルト表現として年齢制限――具体的に言うとR-18表示やタグを付ける必要がある*2。

 

i. 性犯罪・性暴力表現

性的な表現の中でも、性犯罪・性暴力表現は特にセンシティブな表現として注意を要する。これらの描写が含まれる場合は、単に性的な表現があるというだけでなく「性犯罪表現等が含まれる」旨を明示した方が安全だと個人的には考える。

具体的には強姦、強制わいせつ、公然わいせつなど刑法上の性犯罪に当たる行為や、勝手に相手の身体に触る・嫌がる相手を性的にからかう(セクハラ行為)、勝手に性行為や裸の姿の写真やビデオを撮る(ハメ撮り行為)といった性暴力表現などが挙げられる。
なお性暴力は、単に「相手の明確な同意を得ずに性的な行為に及ぶ」ことを含む。夫婦や恋人同士であっても例外にはならない。

いわゆるアダルト漫画、アダルト小説には「強引な相手に押し切られてセックスしたのに感じてしまった」とか「口では嫌だと言っていたけど本心では強姦された方もセックスしたいと思っていた」などといった表現が頻出するが、基本的にこうした「被害者」側の心情はエクスキューズ(免罪符)にならないと考えた方がよい。

というのも、こうした表現は、性犯罪の被害を矮小化(大したことがないものと見なすこと)し、現実の被害者の方を傷つけたり、傷つけるような問題のある考え方を助長していると受け取られるリスクがあるからだ。
性犯罪の定義に当てはまる行為ははっきり性犯罪として扱い、きちんと注意書きをすることが望ましい。

 

ii. 小児性愛表現

子ども(未成年)の性的な表現も、非常にセンシティブな取り扱いが必要だ。
これは、性犯罪・性暴力の表現と同じく、未成年に対する性的加害・性的虐待が深刻な社会問題であり、実際に被害者も大勢いるからだ。

特に性交同意年齢*3に達していない子どもとの性行為(特に相手が成人の場合)は犯罪であり、性的虐待に当たるため、R-18表示をした上でそのような表現が含まれる旨も明示した方が安全だと個人的には考える。

14歳~17歳の未成年や、18歳の成人だがまだ高校生のキャラクターの性的な表現にも注意が必要だ。キャラクターが幼く見えれば見えるほど、性的な表現が過激であればあるほど、小児性愛表現と受け取られて問題視されるリスクが高まる。特に子どもに対する性犯罪に厳格な海外のファンが多い作品の二次創作・ファンアートなどは、より慎重に判断した方が無難だと思う。

決して現実のそうした行為を肯定しているわけではないことを示すためにも、センシティブな表現として注意書きしておき、同人に理解のない人も目にするような公共空間には出さないほうが安全だ。

 

②過激な表現

過激な表現はセンシティブな表現だ。というとトートロジーだが、実際にそうなのだ。

何が過激な表現に当たるのか、以下に具体例を挙げてみる。

 

i. 暴力・残虐表現

喧嘩などで人を殴る、蹴る、暴力的に相手を痛めつける・痛めつけられる、武器を使用して攻撃するといった表現は、暴力表現として一定の注意を要する。

特に怪我をしたり出血したりといった生々しい描写は、残虐と受け取られ見た人にショックを与える可能性があることから、なるべく注意書きをした方が安全だ*4。

特に問題視される可能性が高い表現としては、①大量に出血している表現、②肉体の一部が欠損したり内臓が露出したりするような表現、③抵抗できない相手に暴力を振るう表現(拷問表現)などがあるが、これに限らない。また、子ども(未成年)に対する暴力表現や、児童虐待に当たる表現(罵声を浴びせるなどの精神的暴力や、食事を与えない等のネグレクト表現を含む)は、虐待サバイバーの方などにショックを与える可能性もあるため、事前に明記しておいた方が安全だ。

小説よりも視覚的な絵として表現されるイラストや漫画の方がよりセンシティブな取り扱いが必要だが、小説だからといって無制限にどんな表現をしても問題がないわけではないため、残虐さの程度によって慎重に判断することが必要になる。

 

ii. 差別的表現

特定の人種、国籍、思想、性別、性的志向、その他身体の特徴などといった人の属性に基づく差別的表現は、基本的に許されない。

正確に言うと、そのような差別を「肯定」するような表現が許されないということだ。特に、特定の属性を持つ人を笑いものにするような表現や、そのようなキャラクターに自分の持つ属性を否定させるような表現(「どうせ自分は〇〇だから愛してもらえない」「〇〇である自分は生きていてはいけないんだ」等)は、リスクが高い。

また、差別の象徴として使用されているマークやシンボル*5をイラスト等に使用することは、描き手の意図にかかわらず激しい非難の対象となる可能性があるため、避けることが望ましい。

 

iii. 反社会的・反倫理的表現

犯罪を行う表現や、社会の一般的な倫理道徳に反する行為を肯定する表現にも、一定の注意が必要だ。
創作の世界でよく見られるものの、センシティブな取り扱いをすることが望ましい表現には、以下のようなものがあるが、これに限らない。

 

・殺人、強盗などの犯罪行為の表現

・未成年の飲酒・喫煙表現

・賭博・ギャンブルに関する表現

・麻薬・ドラッグに関する表現

 

特に小学生以下の幼い子どもが目にする可能性が高い作品(原作が子ども向け作品の二次創作など)や、登場人物の多くが未成年である作品で上記のような行為を肯定する(「カッコいいもの」として描くような場合を含む)場合は、注意書きをするなり年齢指定表示をするなりして、一定の配慮をする方が安全だと個人的には考える。

 

③政治・宗教等に関する表現

特定の政治思想や宗教を肯定または否定する考えを持つことは個人の自由なのだが、それを創作物として発表した場合、相応の責任を負う必要が生じる。「表現の自由」は「何を表現しても批判されない権利」ではないからだ。

このため、何か信念をもって特定の政治思想や宗教に関する自分の主張を描くことが目的でないなら、そのような表現は避けた方が安全だ。特に二次創作の場合は、他人の著作物を勝手に利用して特定の政治的主張をしているなどと受け取られかねず、悪質な場合は権利者(原作サイド)から抗議されるリスクも高まる。

同人でそこまでやろうとする人は少ないはずなので、より注意が必要なのは「そんなつもりはなかったのに、そう受け取れる表現になってしまうこと」の方だと思われる。具体的には、政治思想や宗教を象徴するマークやシンボル*6を特別すばらしいものとして描いたり、逆に貶めたり冒涜したりするような表現を避けるといいだろう。

 

④現実の事件等に関する表現

ようやく最初の話に戻るのだが、現実の事件を自分の創作に登場させたり、実際の出来事をほぼそのまま描写するような表現は、センシティブな表現として一定の配慮をする必要がある。

特にその出来事に関して大勢死者が出ており、ご遺族の方がご存命であるような場合*7は、最低限「〇〇事件に関する表現が含まれる」旨をあらかじめ明記した方が安全だと個人的には考える。注意書きさえしておけば、そういう表現に否定的な人や、その出来事を想起させる要素が苦手な人はその作品を「読まない」ことを選ぶ――正しくは「選ぶことができる」からだ。

具体的には、天災、戦争、テロリズム、暴動、放射能汚染事故、車や航空機等の死亡事故などといった、社会的な影響や注目度が高い出来事を取り上げる場合、何らかの配慮をしておくことが望ましい。

 

「ネタバレ」とのバランス

「何から何まで細かく注意書きしていたらきりがないし、全部ネタバレになってしまって面白くないのでは?」と思う人がいるかもしれない。その点は「問題となりうる要素のカテゴリーだけを明示し、詳細は書かない」という方法で解決できると思う。

たとえば映画やゲームの世界では、映画倫理機構(映倫)やCEROなどのレーティング機関があり、一定のガイドラインに従って作品を審査・適切なレーティングを付けるという仕組みが出来上がっている。特にCEROには「コンテンツディスクリプターアイコン」というものがあり、それぞれのゲームに「恋愛」「セクシャル」「麻薬等薬物」などのカテゴリーアイコンが付与され、どのような内容が含まれているか事前に知ることができるようになっている。

上記の「センシティブな表現の種類」の中で言えば、下記のような記載が考えられる。

 

・強姦の表現が含まれる→「性犯罪を想起させる表現があります」

・拷問される表現が含まれる→「一部に過激な暴力表現が含まれます」

・〇〇地震に関する表現が含まれる→「実際に起きた天災に関する表現があります」

 

実際、倫理的に問題がある表現だからというわけではないが、女性向け同人の世界ではこれに類することが既に行われている。

同人作品や二次創作を読む人で、いわゆるカップリング名や、アダルト作品であればそこで描かれている性行為の種類などが作品の注意書きやタグに書かれている例を見たことがない人はほぼいないだろう。やり方としてはこれと変わらない。

 

終わりに

以上、個人的見解ではあるが、センシティブ表現について整理してみた。

念のため付言しておくと、上記の要素が注意書きに明記されていなかったからといって、その書き手や作品が違法なことをしているだとか、マナーがなっていないだとか、そういうわけではないということはご留意いただきたい。

ただ、誰でも自分の作品を面白いもの、楽しくてすばらしいものとして読んでほしいと考えているはずだ。注意書き――レーティングとゾーニングは、その作品を読みたいと思ってくれる人、読んでも問題のない人に届けるために行う。そのためには、逆説的に、それを読みたくない人、その作品を受け入れることができない人に配慮することが必要になる、ということだと考えている。

誰かを傷つけたり、ショックを与えたりするために、あえて倫理に反する表現や問題のある表現をする人はほとんどいないはずだ。慎重になりすぎる必要はないが、読み手の気持ちを少し想像しながら作品を発表したい。

*1:イベント帰りにファミレスで同人誌を広げてはならない、というのはこのため。

*2:女性向け同人作品の場合は、直接的な性行為や性器の結合等の描写がない、ふわっとした抽象的な表現であっても、性行為が行われているシーンの描写がある場合はR-18マークを付けている人が多い印象。

*3:国によって異なる。日本の場合は13歳未満。

*4:単なる年齢指定表記ではなく、グロテスクな表現が含まれることを意味する「R-18G」表示が同人ジャンルでは一般的。

*5:代表的なものとしては、反ユダヤ主義の象徴として使用されるナチスの鉤十字などがある。

*6:共産主義の象徴である「鎌と槌」のシンボルや、イスラム教を意味する「三日月と星」のデザインなど。

*7:逆に、何百年も昔の出来事で、関係者が全員鬼籍に入っているような歴史的事件であれば、リスクは大きく下がる。