「湿原のアラブ人」

 ウィルフレッド・センジャー著。イギリスの冒険家。
 イラクのチグリス川、ユーフラテス川が合流するあたりの湿地帯に住んでいたアラブ人を、1951年から1958年の期間、暮らしを断続的に共にした英国人冒険家が描く。少しセンチメンタルで、文明を否定し土着の暮らしを礼賛する姿勢が気になるが、文句なしに貴重な記録。湿原地帯のアラブ人の暮らしだけでなく、考え方や気持までがわかる。イノシシ狩りをしたり(明確には書いていないが豚と違いイノシシは食べてもよいらしい)、瀝青(アスファルト)で防水した葦船や葦で作った家、事故や事件でよく傷つき死に争いも絶えない社会。どれもが興味深い。
 サダム・フセイン時代に湿地帯は乾燥化が進められ、今では多くの人がバグダットのサドルシティに住むらしいが、筆者の記述を見ると、筆者が書いているのと反対に、若者がバグダットに流出するのは仕方ないし、湿地帯の文化がそのまま残ることも不可能だったと感じる。
 それにしても筆者は、このような長期滞在の費用をどこから捻出し、どのように生計を立てていたのだろうか。英国の情報部が情報収集の一環として費用を出していたのではないかと勘ぐってしまった。