「受験まであと少しです。みんな最後の努力を惜しまないように」
と南たちは学校で喝を入れられました。
努力…………。
努力ね。
努力なのかな。
努力を惜しむって?。
南は不満そうに帰ってきました。
今頃になっても受験に向けて努力をしようとか、努力をしなきゃなんて考えている時点でおかしいと考えているようです。
それは南だけではなく、クラスの友だちも同様に思っているようです。
この時期にきたら
「やるべきことをやるだけ」じゃないかって。
「まあ、先生もそういう意味で言ったのではなく、気を緩めず頑張んなさいと言いたかったんじゃないの」
といっても受験でメンタルが敏感に研ぎ澄まされている彼らには届かないようです。
それもしょうがないかな。
ほんの少しでも間違えたら点を失う世界にいるのですから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
男女問わず複数の一流のスポーツ選手や芸能のかたたちの話を総合すると、
いちばん感心するのは、一様に努力をするしないの議論が問題にあがることはありません。
私の数人の一流のプロスポーツ選手と話を聞いたことがありますが、そもそもが
頑張る=努力なんて発想すらありません。
上手くなりたいのならば自然とカラダが動いて練習へ向かうのです。
どんなに疲れていようとも。
練習をしないとお稽古をつけないと不安で不安で、いてもたってもいられずにカラダが自然と動きます。
それを彼ら彼女らは努力とは呼びません。
結果を出さなければいけない世界において、訓練や勉強や練習を第三者に言われて顔をかしかめながら行ってもプラスにならないと言います。
才能のスタート位置がどこであれ向上心に飢えて練習なり勉強なりを頑張ることは、やらないとどういう結果が待っているかを十分わかっているからです。
想像力があるのです。
頑張ることが嫌いならば人に急かされて努力の世界をさまようことになります。
でも成果は出ません。
想像力に欠けているのです。
スポーツでも習い事でも仕事でも
常に不安を抱えている人のみが一流になります。
不安を払拭するためには変えるべき問題に向き合うしかありません。
チェ・ゲバラは常日ごろから戦闘中さえ本を手放さず、読書をすることで革命の不安と向き合っていました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そうです、今年は南には高校受験が控えています。
自分から夏休みの塾の特訓に行きたいと言い出し、お金を出してくださいとおとーさんに頭を下げました。
「行きたい高校を目指すためなに塾が必要なのであればのそれでいいけど、絶対に結果を出しなさい」とおとーさんから許可を得ました。
「結果を出すには全教科を一度によくしようと思わず、まずは1教科に自信をつけなさい。そうするとその自信がその他の教科を引っ張ることになるから」とアドバイスももらいました。
スポーツのときにしか目の色が変わらなかった南は、中体連を終えた夏休みから徐々に勉強モードに入っていきました。
塾には10時間~12時間滞在するために、お弁当をもって行きます。
私は、南が毎日おかーさんに「ありがとう。おいしかったよ」と笑顔でお弁当を返す姿を見るのが好きです。
南は自分が考える”いろんな意味で自由度の高い高校”に受かるために自分の現在地を見つめ直すと「これはヤバイ何かを変えなくては」と思ったと言います。
リスクを察し不安を感じているところに、部活をやっている頃とは別の意味で眼の色が変わり頑張っている友だちを見て、南の負けず嫌いに火がつきました。
がぜん成績は上がりだし、夏休み明けは希望高へトップクラスで合格できるレベルまでたどりつきました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「受験に向けて勉強しなさい」と家族の誰かがけしかけたわけではありません。
家族の声掛けは、
・たまには塾を休んでいいのよ。
・模擬テストでいい点数を取ったらすごいじゃん、頑張ってる成果だね。
・南が納得できない点数を取ってうなだれてきたら、わからない所がはっきりしたことで勉強する箇所がわかったからよかったよね。
・無理しないでたまには遊んだら。
・はやく寝たら。
程度です。
決してこちらからネジを巻くことはしません。
むしろ塾が嫌ならやめていいよといいます。
南は「友だちの親は点数が低いと怒るし、もっと勉強しろって言ってるよ」と我が家の対応を不思議がります。
「そういってあなたの成績が上がるのなら毎日うるさく言うけど、あなたそんなタイプじゃないでしょ。言ってモチベーションがあがるくらいなら、幼稚園のときから言われている部屋のかたづけや配布プリントをカバンの底に溜めていることなんか、一瞬でできるようになってないとおかしいでしょ」
おかーさんの言う通りです。
南は自分でやるぞと決めてスイッチが入らないと何もしません。
その代わりスイッチが入ると行動力と潜在してた実力を見せつけてくれます。
それは野球だろうが勉強だろうが同じことです。
南が自分からおかーさんにスマホを預けた時点で、おかーさんと私は「スイッチが入ったね」と笑い合いました。
私はスイッチが入った南を頼もしいなーと見ていますが
入っていないときの南も、あー抜いてるなーとわかりやすくかわいくて好きです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
学校が休みの日は12時間も塾で勉強していることをおかーさんから聞いたおばさんから「すごい努力をしているんだね」とホメられても
本人にはその感覚はないので首をかしげるばかりです。
「オレ怠けものだから、これまで努力はしたことありません。やらなきゃなんないことだけをやってるんです」と答えます。
「野球もなの?」
「野球はヘタでうまくなりたいと思うから練習をやるんです。少しでも野球がうまくなりたいんです」
「野球は上手いじゃない」
「いや、まだまだ全然です」
「どこを目指しているの」
「どこも目指しいません。もっともっとうまくなれると思っているだけです」
南のもっともっとという向上心と、自分のことがよくわかっている絶対評価がいい感じだと思って会話を聴いていました。
やる気が成長曲線の急カーブを描きます。
南は塾で長いこと勉強をする時間が増えたことで点数が伸びたのではありません。
「解けない問題があることに納得がいかない」
という強い負けん気と自主性が自分の成績を引っ張りあげました。
おかーさんが塾の面談で、南君は数千人いる塾生の中でがいちばん成績が伸びました。ご家庭でどういう風に指導されたのですかと訊ねられたそうです。
「なにもしていません。自主性に任せただけです」
と答えるおかーさん。
「なにかありませんか」
粘る先生。
「いえ、ほんとうに何もしていないのです」
原因追及をしたい先生は笑って首をひねっていたそうです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
数学の証明や空間図形の解き方を南に訊くと、理路整然と説明してくれるのですが
その説明の仕方がまあかっこいいこと。
メダカやトンボの取り方、ルアーの動かし方、変化球へのバットの出し方を説明してくれるときの逞しく頼もしい南と重なります。
空間図形なんて言葉がいちばん似合わなかった南が、こんな結果を出すことができるようになるなんてびっくりしています。
塾の先生同様、いまだに不思議です。
「コツは何?」って聞くと
○全問できるようにしようと思わない事。
○考えてもわからない問題は捨てるべき問題として思い切って捨てる。
○その代わりそのほかの問題は絶対に間違えない事。
○そして残った時間を捨てた問題に取り組むのではなくて見直しに使うんだよ。
と教えてくれました。
「捨てる!!」と割り切れる意識と同時にそれを実行できるようになった自信に驚きます。
それは難問以外の問題に対して実力がついてきたからだからこそなのだと思います。
いまや志望校は安全パイと言われている南なのですが、
「それでも、オレより頭いいヤツは捨てる問題がない。もっとパフォーマンスを上げないといけない」
あまりの快走に早めの仕上げを心配する家族をよそに、南は気を緩めることがありません。
前を追う気性の強さと集中力は野球で培われたのだろうと思います。
南は「解答の再現性を高めることは野球と同じだ」といい切ります。
塾に入りたての頃は苦手な個所をおとーさんとよく二人で解いていましたが、
11月ごろからはそれも自分で修正するようになり、問題の解き方のコツがわかってきたと話していました。
問題が解ける面白さを覚えたようです。
「二軍で打てたけど一軍で打てない理由がわかったって感じ」と南が野球に例えて胸を張ります。
言ってることはわかりますが、その内容がどういうことか私にはよくわかりません。
勉強の理解度が増すにつれ受験に対する気持ちも落ち着いてきて、難問に対して「なんでこんな問題を出すのかな」と少し荒れ気味だった南におだやかさが戻ってきました。
それでも家族は心配です。
心配はつきないものの口にだして、あーしろこーしろとはだれも言いません。
言ったところで彼には届かないのはわかっているし、これまで自分で結果を引っ張ってきましたから信用しています。
ただ、体調管理だけはみんなしてうるさく牽制しています。
初詣は人が多くて出かける習慣のないわが家ですが、
おかーさんが合格祈願のお守りを近くの神社からいただいてきてそっと南の机の上に置きました。
「晴れて合格して塾の先生から『ご家族はどのように導きましたか』と聞かれたら
『えーっと、お守りを買いました』と答えるつもりなので頑張ってね」
とお守りのお礼を言いに来た南におかーさんが声をかけていました。