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役に立たないとは言うものの、これほど役に立つ本はない──『ハウ・トゥー:バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』

ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学

ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学

この『ハウ・トゥー』は、「太陽の光が突然消えたら、地球はどうなる?」「アメリカを完全な廃墟にするには何発の核ミサイルを打ち込む必要がある?」「野球のボールを光速で投げたら?」など、日常生活では絶対に起こり得ない状況にたいする質問に、物理学的にどのような解がありえるのかを真面目に考察しイラスト・漫画に仕立て上げた『ホワット・イフ?』の著者ランドール・マンローの最新作である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
電子レンジや宇宙ステーション、カメラなどの身近なものから遠いものまで、この世に存在する構築物がどのような仕組みで成り立っているのかを詳細なイラストと文章で図解した『ホワット・イズ・ディス?』など、元NASAのロボット技術者(今はフルタイムのインターネット漫画家&作家)で、確かな見識に裏打ちされたランドール・マンローの科学ノンフィクション・漫画は、世界と文明の成り立ちを笑いながら学べる絶好の入門書なのだが、この『ハウ・トゥー』もその流れに連なる一冊だ。
ものすごく高くジャンプするには

こちらも『ホワット・イフ?』のように、質問への解答を提示する形で進行していくが、この二冊を比較した時に、『ハウ・トゥー』の質問はとてもシンプルだ。

たとえば、この本の最初の章で問われているのは「ものすごく高くジャンプするには」で、「そんなの、ただがんばって飛べばええやないか」としか言いようがない単純な質問だ。それを反映して、最初に普通に飛ぶケースを想定し、次に棒高跳びのケースを想定するが、そこでは単純な物理を使って、短距離走のチャンピオンが10秒で100メートル走る時に、棒高跳びで達し得る最高の高さを試算している。
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棒高跳びの選手はジャンプする前に助走していて、彼らの重心は中心によっているから、その分の高さがこの5.10mに加えられ、結果はだいたい6.08mほど。現在の世界記録は高さ6.16メートルだから、かなりの近似値が得られている。……と、このあたりまではかなり真っ当な『ハウ・トゥー』といえるが、次第にここから解答の方向性がおかしくなってくる。たとえば、人間が棒の力を使って飛ぶにはこれくらいが限界だろうが、ではもっと高く飛ぶには? 『ただ、いい場所を見つけて、そこから体を放りだせばいいのだ』といって、空気力学を利用する方向性を模索しはじめる。

何かを上へ押し上げるには、終端速度よりも速い風が必要だ。終端速度とは、物体が待機中を落下する際に通り過ぎる空気の抗力と重力による下向きの加速が釣り合って到達する最高速度のことで、人間だと大体時速約200km。飛行機のような形状をもったスーツを着込めば終端速度はだいぶ稼げるので、風が山を超えて流れているような特殊な条件が満たされる場所で飛べば、他のどんな固定翼飛行機よりも高い高度まで上昇できる可能性がある──と数字をあげながら発想を転がしていくのである。

家に電気を調達するには(火星で)

個人的に好きだったのは「家に電気を調達するには(火星で)」の章。火星で電気を生み出すのは難しい。まず、風力は空気がうすすぎる。太陽光は、太陽がより遠くにあるからなかなか難しい。化石燃料もない。地質学的活動があまりないから、地質も難しい。川がないから水力もノー。原子力は材料を持ち込まねばならない。

と、高難易度ミッションなのだが──、『火星にはひとつ、なんとも風変わりな、潜在的電力源が存在する。ただしそれを得るには、火星の衛星をひとつ破壊する覚悟がなければならない。』といって、火星の衛星フォボスからエネルギーを奪う手段について考察を続けていくことになる。たとえば、フォボスに5820kmのテザー(丈夫なケーブル)をつける。火星の大気は薄く高速で移動でき、テザーの端はマッハ2.3の速度で風が通り過ぎるから、1平方mあたり約150kwのエネルギーを持っていると推測できる。そこに直径20mのタービンを持ってくれば、50mwのエネルギー(町全体の電力をまかなうのに十分な量)をまかなうことができるはずだ。

そうやってエネルギーを使い続ければ(使い続けなくてもそうなるが)フォボスは火星へと落ちてくるが、それが火星の大気まで落ちてくることで得られる総エネルギーも仮値で算出していて、「ある程度の物理法則を知っており、発想しさえすればなんでも計算できるんだなあ」と物理学と数学へのありがたみが湧いてくる。

ランドール・マンローはインターネット漫画家だから、全ページにわたって状況を説明するイラスト・漫画が付されていて、それがまたコミカルでおもしろい。数式が苦手なんだけど……という人もいるだろうが、パラパラと(漫画のように)めくっているだけでも楽しめる本である。

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ドローンを落とすには(スポーツ用品を使って)の章で用いられているイラスト。ランドール・マンロー『ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』より。

おわりに

本書で想定されている状況の多くは現実にありえないもので、「まったくもって役に立たない」。が、ここで行われている発想の広げ方、またそこからどのようにしてさらに細部に至るまで考察を深めていけば良いのかという「科学的な思考の展開の仕方」に関しては学ぶところが多く、実際に役に立つのは(個別具体的な事例に対するよりも)こうした、より抽象化され、応用範囲の広いハウ・トゥーなのではないか。

そして、科学に興味を持ち、その流れでこの世界に興味を持ってもらうために、ランドール・マンローの本ほど優れたものはない。子供から大人まで、幅広い年代が楽しめる一冊だ。