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脳が進化していくどのタイミングで神が現れたのか?──『神は、脳がつくった――200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源』

神は、脳がつくった 200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源

神は、脳がつくった 200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源

神は脳がつくったとはいうが、だいたいの感情や概念は脳が作っとるじゃろと思いながら読み始めたのだが、原題は『EVOLVING BRAINS, EMERGING GODS』。ようは「具体的に脳が進化していく過程でどの機能が追加された時に、神が出現したのか?」という、人間の認知能力の発展と脳の解剖学的機能のを追うサイエンスノンフィクションだった。神は主題ではあるが、取り扱われるのはそれだけではない。
認知能力が増大した5つの変化

本書では主に、認知能力が増大した5つの重要な段階を中心に取り上げていくことになるが、最初に語られるのはヒト属のホモ・ハビリスである。彼らは230万年前から140万年前まで存在していた最も初期のヒト属であり、脳の著しい増大化(ただし脳の容量は現生人類の半分ほど。それでもアウストラロピテクスの脳よりも3分の1大きかった)によって、知能全般の大幅な向上を得ている。特徴的なのは、彼らがその増大した知能を使って、道具を作り出していたことを示す痕跡が残っていることだ。

彼らはその時すでに神を持っていたのだろうか? といえば、脳の容量的な問題、また当時残っている痕跡からして神どころか我々のいうところのこころ、意識もなかっただろうと考えられている。また、なぜホモ・ハビリスで突然脳が巨大化して知能が増大したのか? については、まだ明確な答えはないが、『人類進化の謎を解き明かす』で語られている。ロビン・ダンバーの社会脳仮説などはなかなかおもしろい。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ホモ・エレクトス

続くのはホモ・エレクトス。180万年前に生まれ、30万年前まで生きていた、150万年もの間生きながらえたすごいやつだ。彼らの脳はホモ・ハビリスよりも60%ほど大きく、現生人類の最小級の脳とサイズが重なる。道具についてもホモ・ハビリスよりもさらに高度なものが作れるようになり、さらには火を使えたことから栄養面の状態が格段に向上・料理の持ちが良くなり行動範囲も広がったことがわかっている。

ホモ・エレクトスもまだ神を持っていなかったが、この時からすでに仲間とともに狩りをして、集団生活をしていたことがわかっている。集団生活のために重要なのが自分が存在している事がわかるという「自己認識」だ。たとえば鏡をみてそこにうつっているのが自分だと認識できるような能力のことで、相手とは別の「自分」がいるという認識があることで、協調行動がとりやすくなる。まあ、チンパンジーなんかも自己認識は持っているし、エレクトスの能力はそこまで高くなかったようだ。

ネアンデルタール人

次に大きな変化が訪れるのは、40万年前に出現し2万年前に絶滅したとみられるネアンデルタール人。彼らはなんと現生人類より脳の容量が大きい。道具はホモ・エレクトスよりもさらに高度なものになり、狩りもうまかったうえ、お互いの死体を埋葬するという習慣もあった。それは彼らが来世を信じていたからだとか、宗教的な意味合いがあったのではないかと推測することもできるが、洞窟で暮らす彼らが他の肉食動物の襲撃をかわすための実利的な意味しかなかったのではないか、など反論も多い。

ここで重要になってくるのは彼らは他者の心のなか、感情や内部で渦巻くロジックを推測できる「心の理論」を持っていたのか問題だ。この能力は人間相手ならわりと簡単なテストで示すことができる(サリーとアン課題などを参照)。心の理論を持っているか否かが重要なのは、他者が何を考えているのかを推察する能力は、誰か(神)を想定して、彼らの心情を想像し、現実の災厄などを「神々の怒り」で説明することができるようになるからだ。もっとも、心の理論だけで神が現れるわけではない。

ホモ・サピエンス

ネアンデルタール人とは別に、10万年前から初期のホモ・サピエンスがアフリカから世界中に散らばっていった。彼らが発展させた認知能力で特徴的だったのは体に装飾をしたり、貝殻の装身具をつけたりといった「他者の目線」を気にしていたことで、「内省的自己意識」と呼ばれる能力が発達したことが伺える。だが、彼らに神々がいたかどうかもまた疑わしい。宗教的シンボルや彫像などの人工遺物が見つかっていない他、彼らの脳には当時まだ過去や現在のことを関連付けて考える、神々を生み出すために重要な、時間を意識する能力が欠けていたとみられているからだ。

最後に大きな認知的変化が訪れたのが、4万年前のホモ・サピエンスだとみられている。彼らは創造・発明する能力が飛躍的に高まり、自己装飾も洗練され、副葬品を添えた埋葬も行われるようになった。著者がここで起こったと考えている大きな認知能力の変化は、過去と将来を合わせて考える、自伝的記憶の強化だ。過去に経験したことを将来に活かすように考え、過去から未来を推測する能力であり、この能力によって現代ホモ・サピエンスは「自分たちが死ぬ」という事実を直視することになり、次第に人間の体が死んだ後にも魂は生き続けるという考えがゆっくりと根付いていく。

1万2千年前から7千年前にかけて、狩猟採集から農耕への段階的な移行が行われたが、これは祖先崇拝に密接に関わっているという。定住すれば死者を近くに葬ることができる。死者が溜まっていき、思い返す回数も増え、祖先崇拝へと繋がり──ここにきて初めて、神が現れる。『生者と死者の関係における革命がもたらした結果の一つが、最初の神々の出現だったように思われる。(……)神々は八〇〇〇年前から七〇〇〇年前に現れた可能性があるが、もしかしたらもっと早く現れたかもしれない。』

おわりに

と、そんなかんじで神の出現を追っていくわけであるが、我々が認識しているところの神(ゼウスとか)が出現するに至る経緯の説明はもう少し先なのと、脳の解剖学的な説明、知見も多いので、買って確かめてもらいたいところである。いかにして祖先の霊魂からメソポタミアの神々が生まれるに至ったのかなど、エキサイティングだ。