[漫画] 「ONE PIECE」における海賊の定義について
今週の「ONE PIECE」のハンニャバルの口上が素晴らしく熱かった記念に。
「ONE PIECE」は海賊の主人公が世界中の様々な島を冒険し、その過程でライバルの海賊、世界政府、その島を脅かす悪など様々な敵と戦ってゆくという内容の漫画ですが、その割に、連載の初期からずっと読者が疑問に思っていることがあります。それは、ルフィって、ぜんぜん海賊じゃないだろう、ということです。海賊とは悪いことをする人間の集まりのはずなのに、ルフィは少年漫画の主人公らしく、自分勝手な犯罪行為に手を染めることはなく、それどころか弱きを助け強きを挫く、ヒーローのような活躍をしています。ならば海賊とは言えないんじゃないか? ただの冒険家と言う方が的確なんじゃないか? と思う人が多いのですね。今回は、そのあたりの齟齬と、それでもルフィが海賊と呼ばれる理由について、少し語ってみたいと思います。 まず結論から言ってしまうと、我々の現実世界における海賊の定義と、「ONE PIECE」における海賊の定義は違います。もちろん重なっている点は多いのですが、完全に一致しているわけではなく、ごく微妙な範囲においてズレが生じています。ルフィはそのズレの部分に身を置いているので、我々の定義からすると海賊から外れてしまうのです。 我々の現実世界における海賊の定義は、辞書によると以下のようになっています。 かいぞく 【海賊】 (1)船を操って海上に横行し、商船や沿岸集落を襲って略奪を働く盗賊。 (2)中世、瀬戸内・北九州に本拠をもち、武力を背景に海上活動を行なっていた地方豪族。村上氏・河野氏・小早川氏などが著名。水軍。 (goo辞書・http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/29998/m0u/%E6%B5%B7%E8%B3%8A/) かい‐ぞく【海賊】 1 海上を横行し、往来の船などを襲い、財貨を脅し取る盗賊。 2 中世、海上戦力にすぐれた武士とその集団。北九州・瀬戸内海に本拠をもつものが多かった。水軍。 3 法律用語。公海や公空を横行し、船や航空機を襲って暴行・略奪などする盗賊で、国際条約による取り締まりの対象とされるもの。 (Yahoo!辞書・http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%B5%B7%E8%B3%8A&stype=0&dtype=0) ネット辞書でざっと調べてみただけですが、大まかな内容は把握できます。地方豪族の部分を除けば、「海上で」「強盗等の犯罪行為を行う」集団、という悪者のイメージで一致しています。みなさんの「海賊」のイメージも、おおよそこの通りということで良いかと思います。なるほどこれなら確かに、略奪行為を行わない麦わらの一味は海賊の定義から外れてしまいます。 では、「ONE PIECE」における海賊とは一体何なのでしょうか。答えを言ってしまうと、それは「世界政府の取り決めたルールに従わない航海者」、という定義ではないかと思っています。そこに善悪の区別はありません。たとえ麦わらの一味のように何ら犯罪的行為を行わない集団であったとしても、海賊旗を掲げ、「俺はお前ら(世界政府)の決めたルールには従わない!」と宣言した時点で、海軍の取り締まる対象になるのです。 この図式が最もわかりやすい形で出たのが、少し前のエニエス・ロビー編です。あれは仲間を取り返したいだけの麦わらの一味と、司令官スパンダムの私利私欲に染まった命令に従うCP9の対決という構図でしたが、読者の視点から真相を見てみれば、明らかに麦わらの一味に正義があります。にもかかわらず、麦わらの一味はアウトローの海賊で、CP9は政府側のリーガルな組織であるという点に狂いはありません。全てを知る読者の視点から見たとしても、ルフィは確かに冒険家ではなく海賊と呼ぶに相応しい存在として見えるでしょう。そしてここで麦わらの一味を海賊たらしめているのは何かというと、「世界政府に従わない」、というただその一点に尽きます。何度も言いますが、彼らの行為が正義か悪かは関係ありません。権威に対して徹底的に反体制的な行動を取ること自体が「海賊」の証明なのです。 では、どうして「ONE PIECE」世界においては、世界政府に従わないと、それだけで海賊として悪者扱いされるのでしょうか。これには大まかに分けると二つの理由があります。 ひとつは、「ONE PIECE」世界の世界政府が、そのような高圧的な体制の組織である、という演出の一環になっているということです。オハラ滅亡の件やシャボンディ諸島の天竜人システムを見ればわかる通り、世界政府は必ずしも正義の理念に沿って行動しているわけではありません。彼らの興味は「現体制の維持」に強く向けられており、そのために不都合な事実は徹底的に隠蔽・排除しようとします。歴史の本文を解読したオハラを滅ぼしたのも、天竜人に手を上げた人間を最大戦力で抹殺しようとするのも、ひとえに今の体制を維持し、転覆の芽を叩き潰すために他なりません。自由な航海者を取り締まるのもこれと同じ理由で、自分達の支配下に降ろうとしない人間には「悪」のレッテルを貼り、合法的に排除することで反乱の危険を事前に回避しようとします。これが、作中において「世界政府に従わない=海賊」とされるひとつの理由です。 そしてもうひとつの理由は、それが誰の決めたものであれ、社会のルールに従わないこと在自体が悪であるということです。これは「ONE PIECE」の世界だけではなく、当然、我々の現実社会についても同じことが言えます(ただ「ONE PIECE」の世界政府は正義一辺倒の組織ではないのは先述の通りですので、その点については現実のルールと区別する必要があります)。では、何故ルールに従わないことがイコール悪という扱いになるのでしょうか。 人間の行動を律する規則には、大別すると外的規範と内的規範の二種類があります。外的規範とは、自身とは直接関係のない場所から発生するルールで、現実での法律や規則、慣習等が代表例です。対して内的規範とは、自身の心から発生するルールのことで、我々が良心や恥の概念、モラル、プライドと呼ぶものがそれに該当します。簡単に言うと、外的規範は主に行動を律し、内的規範は主に心を律します。人間はこのように心と行動を二重の規範で縛ることによって、社会生活を送っているのです。 そしてここで、「世界政府の決めたルール」は外的規範に該当します。従って、それを守らないということは、自らの内的規範のみに沿って行動する、ということになります。ここでもし、その人間の内的規範が立派に成熟しているのであれば、何の問題も起きません。社会のルールが存在しなかったとしても、内的規範がその欠落を補い、人間味の溢れた行動を取ることでしょう。現にルフィはその「外的規範の欠如を内的規範がカバーしている」好例であると言えます。だから彼は、たとえ世界政府のルールに従わなかったとしても、(倫理的な意味での)問題行動は起こさないのです。 しかし、現実にはそのようなヒロイズムに溢れた人間は稀で、多くの人々は、外的規範がなければ己の欲望のままに行動してしまいます。外から縛るルールがなければ、略奪や蹂躙、迫害等の非人道的行為が跋扈し、社会機能はあっという間に崩壊してしまうでしょう。誰もが聖人君子であるならともかく、そうでない人間が多数存在するのが人間社会ですから、外的規範を守らない人間が増えれば、このような状況を招くリスクを常に抱え込むことになります。つまり、ルールを守らないことが悪とされるのは、「悪いことをしたから」ではなく、「社会崩壊のリスクを抱えているから」です。事後処罰的な意味合いではなく、事前予防的な見地から悪と看做されているのです。 まして「ONE PIECE」世界は海が世界の空間の大部分を占めるため、外部からの目が届きにくく、「海の上では何をやってもバレやしない」、内的規範が非常に育ちにくい環境であると言えます(内的規範は外的規範の模倣として成長します。外的規範が存在しなければ、内的規範も成長しません)。このような世界で内的規範に過剰な期待を寄せることは妥当な統治手段とはなり得ません。その意味では、世界政府のしていることは決して間違いではないのです。今回のハンニャバルやスモーキー大佐、エニエス・ロビー編のTボーン大佐、そしてコビーら「正義の心を持った海軍」はまさにこの点に惹かれ、世界政府サイドに所属しているものと考えられます。 世界政府が歪んでいるのは、このような世界平和のために必要な外的規範と、自身の体制維持のための不当なルールを同時に制定し、それを混同している点です。もちろん体制が維持できなければ必要な外的規範も維持できませんから、ある程度は仕方のないところもあります。しかしオハラの皆殺し事件やシャボンディ諸島の天竜人システムを見るように、それが不当に行過ぎてしまっている点が多々見受けられ、それがために、ルフィら主人公サイドとの対立構造が生まれてしまっているのです。 以上が、「ONE PIECE」世界における海賊の定義と、ルフィが正義の行動を取っているにもかかわらず海賊として悪扱いされている理由についての、私の意見です。そういう意味において、ルフィは「みんな守っているルールを守らない」わけですから、確かに海賊として悪扱いされても仕方がないでしょう。無論、私利私欲のために外的規範を無視する一般的な悪の海賊と異なり、彼の場合は「誰にも邪魔されずに自由な冒険をするため」に外的規範を無視しているので、実際の行動という着地点もまた異なりますが、それでもルールを無視する危険な存在であることは変わりありません。内的規範は外的規範に比べて格段に変質しやすい特徴を備えているため、それのみに頼るのは非常に不安定なのです。 にもかかわらず、ルフィが少年漫画の主人公として支持を得ているのは、ひとえに信念(≒内的規範)が非常に高度に完成されていて、かつ頑健であることと、自由と同時に得たリスクについて深く承知していること、の二点によるものでしょう。そう簡単に信念を変えない人間だから、外的規範がなくても安心してヒーロー役を任せられる。そして、海軍に追われても文句ひとつ言わず、「何も悪いことはしていなくても犯罪者扱いされる」ことを容認することによって、自身の選んだ行動に責任を取っている。これらの特徴があるからこそ、海賊であるにもかかわらず、ルフィは気持ちの良いヒーローでいられるのではないかと想像します。 ……そして、それらの特徴をただの偶然で済ませず、ちゃんと理由付けとして「Dの一族」という概念を連載当初から予め用意している作者の尾田先生は、本当に空恐ろしい作家だなあ、と思わずにはいられません。本当に、どれだけ用意周到なんでしょうか、この人は。
by hpsuke
| 2009-05-30 12:31
| 漫画
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