『パピエ・マシン』でもパクス法(PACS)に言及していたデリダだが、『生きることを学ぶ、終に』では、同性婚/PACS に対してより踏み込んだ発言をしている。
私は今「政教分離」と言いました。ここでよろしければ長い括弧を開かせてください。問題にしたいのは学校におけるヴェールではなく、「婚姻」のヴェールです。
ノエル・マメール*1の時宜にかなった勇敢な率先行動(イニシアディブ)を、私はためらわずに私の署名によって支持しました。もっとも、同性愛者間の婚姻は、前世紀[十九世紀]にアメリカ人が市民的不服従の名のもとに創始したあの素晴らしい伝統の一例なのですが。
それは大文字の法への挑戦ではなく、法律的規定に対する、よりよい法──来るべき、あるいは憲法の精神ないし条文にすでに書き込まれている法──の名における不服従です。よろしいでしょうか、私が「署名した」のは、この現行の法律的コンテクストにおいてです。
私にはそれが──同性愛者の権利にとって──不正であり、その精神においても条文においても、偽善的で曖昧いに思われたからです。
私が立法者なら、世俗的な民法典から、「婚姻」という言葉と概念を、ただ単に消滅させることを提案するでしょう。
(中略)
「婚姻」という言葉と概念、この曖昧さや宗教的で聖化された偽善、世俗的な憲法=政体[constitution]にはいかなる場も持たないそれを廃止して、契約にもとづく「市民的結合」に変えるのです。それは<連帯の市民契約(パクス)>を全般化させ、改善し、洗練させたようなものであり、性も数も強制されないパートナー間の、柔軟で調整された結合です。
厳密な意味で「婚姻」──それに対する私の敬意は、とはいえ揺ぎないものですが──によって結ばれることを欲する人々については、その人々が選んだ宗教的権利の前でそういうことができるでしょう。同性愛者の婚姻を宗教的に受け入れている他の国々では、そもそもそのように行われています。
宗教的なものか世俗的なものか、どちらかの様式で結ばれる人々もあれば、両方の様式で結ばれる人々もあり、また他の人々は、世俗的な法でも宗教的な法でも結ばれなくてもよいというい具合になるのです。
デリダは2004年10月9日に亡くなっているから、2004年6月5日に執り行われたノエル・マメール市長によるフランス初の同性結婚とそれに伴う政府の対応について、マメール支持の「署名」をしたのは彼の死の数ヶ月前ということになる。
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