錬金術師の隠れ家

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2024年の読書(評論)ベスト7

今年はたくさん読書したのでそれをノートにまとめてみた。読んだなかでは以下がよかった。読んだ順に記載する。

なんというか、ライブのセトリみたいなチョイスになった。パレスチナがあんなことになっているので、ポストコロニアリズム理論の古典である『オリエンタリズム』を読もうと思い立ったのだが、読後もサイードに影響を与えた著作やサイードの別の著作、また『オリエンタリズム』の問題関心を引き継いだ著作を読むようになった次第である。この中で2024年発売の著作は『バトラー入門』と『東大ファッション論集中講義』である。
『オリエンタリズム』は大学の頃に読んでおけばよかったと後悔している。方法論がもろにフーコーの学問知を権力の源泉とする権力論の発想に由来しているからだ。特にフランス国内の知識人層に書物を通じて共有されたオリエントに対する知見が偏見を産み、異国に対する現実的な理解を生み出さなかったことを指摘するのがかなりラディカルである。余談だが、パク・チャヌク監督の映画『お嬢さん』には、書物を通じた権力の行使、ならびにエロティシズムの共有が表現されており、日帝植民地下の韓国の話ということもあり『オリエンタリズム』の問題系から鑑賞することができる。

 

 


『黒い皮膚・白い仮面』はテレビ番組「100分de名著」でも取り上げられた著作で、白人社会における黒人アイデンティティの問題ないし必要性を論じたものである。当事者性をあえて色濃く残したような主観的な文体が、かえって問題を強く印象付けてくる。「科学的客観性は私に禁じられたものであった。というのも、疎外された者、神経症患者は私の兄弟であり、姉妹であり、父であったからだ。」

 

 


『バトラー入門』は文体がやけに軽くて脱線が多いのが、難解である『ジェンダー・トラブル』の敷居を大きく下げるのに一役買っているように思う。バトラーを哲学者ではなくエスター・ニュートンなどのフェミニストや運動家の系譜に位置づけているのも、バトラーを分かりやすくするだけでなく運動家としての忘れられがちな側面を掘り起こすようで好感が持てる。インターセクショナリティの概念の重要性が大きく取り上げられるのもあり、ジェンダーやセクシュアリティの観点からポストコロニアリズムにアクセスすることが可能である。『黒い皮膚・白い仮面』では黒人女性や黒人男性の受難が分析されるのに、そのなかではセクシュアル・マイノリティの視点が欠けていたので、そこを補う可能性を与えてくれるともいえる。

 


『社会学的想像力』のミルズはサイードが『知識人とは何か』で高く評価した社会学者である。ミルズは社会学の価値論的な側面を重視する。社会学がどの社会にも適用できる一般理論としてのグランドセオリー(パーソンズの社会システム論が念頭に置かれている)や観察された事象をすべて数値に還元する抽象化された経験主義(ラザースフェルトの計量社会学、ならびにその門下生)を、社会に対する具体的な問題関心から目をそらすものと批判する。個人が直面する私的問題(problem)が、構造を有した社会全体の問題(issue)と結びつくのではないかと想像する「社会学的想像力」が本書の主題であるが、かような想像力をもって研究者が社会に対し問題関心をもつこと、それがサイードにも引き継がれたエートスである。嬉しいことに付録に研究実践の方法論が掲載されている。クーン以前の著作ということもあり、論理実証主義に代表される科学哲学への批判にも1章を割いて論じられることも興味深い。

 

『異邦の香り』はサイードが小説家ジェラール・ド・ネルヴァルの紀行文『東方紀行』を批判せずむしろ評価していたのはなぜか、という問題関心から書かれたものである。異国での女性との出会いを求めて彷徨うもうまくいかず、一方でオリエントの人々や風俗を偏見なく眺め、むしろイベントに参加したりする旅人の境界なき有り様が紀行文に描かれていることを指摘している。

 


『東大ファッション論集中講義』は、そもそもなぜ今あるようなファッションが出来上がったのか、という問題意識に貫かれている。ファッション系の著作というとだいたいがファッションデザイナーが中心に記述されているらしいのだが、本書は最初「ファッション」の概念そのものの考察から始まり、ついで和服と洋服の裁断法の違いが続き、デザイナーの記述は後半になってようやく出てくるという異色の構成になっている。このためブランドに興味関心がなくても、ものづくりや概念分析、あるいは鷲田清一由来のファッションの哲学といった関心領域から本書を読むことが可能である。デザイナーに関しても、トップデザイナーが服飾一般や美術史に及ぼした影響というのを知ることができ、とりわけシャネルについては1章を割いて論じられることになる。ただポストコロニアリズムな側面は今回挙げた著作の中だと薄いように思う。

 

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