平成最後の日に地下アイドルから卒業します

 2019年4月30日、初めて舞台に立った日からちょうど10年となるこの日に、姫乃たまは地下アイドルの看板を下ろすことにしました。卒業です。奇しくも平成最後の日であり、地下アイドル最後の日になる当日は、渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて、ワンマンライブを開催します。735席という業界的には取るに足らない、しかし私にとっては過去最大規模の公演です。

 昨夜そのことを、私の活動拠点であるRRRにて、一番にファンの人たちに伝えました。この日記(※この文章はnoteから転載したものです)も最初から、最後の日に向けて急激に変わりゆくであろう私の日々を残すために書き始めたものです。改めて、地下アイドルを辞める理由と、これからについて、話をさせてください。

 

 最大の理由は、私自身がこれまで自分で定義してきた地下アイドルに当てはまらなくなってしまったことです。地下アイドルの世界は、自分が何者なのか、何ができるのかまだわからない女の子たちが、可能性を探る間の居場所として機能しています。私自身も16歳からこの世界に身を置いて、自分がどういう人間なのか、地下アイドルとはどういう場所なのかを考え、ライブ活動や文章を通じて発信し続けてきました。

 しかし地下アイドルとは本来、マスメディアよりもファンの人が目の前にいるライブハウスやイベントスペースで活動する人を指します。いつしかテレビや雑誌で地下アイドルについて語る地下アイドルになった私は、すでにその枠から逸した矛盾のある存在でした。地下アイドルの面白さを伝えたい。でも地下アイドルとして正統な存在ではないのに、時としてマスメディアで地下アイドル代表のように扱われるのが、地下アイドルの女の子たちや彼女たちを支えている人たちに対して申し訳なく、また私自身も肩身の狭い思いをしていました。

 地下アイドルはまだまだ可能性のある世界です。私が地下アイドルとして、従来の地下アイドルの定義とは異なる活動をすることを、「地下アイドルの新しい姿だ」と言い張ることは可能です。しかし私には、地下アイドルの肩書きを背負ったままこの先に進んで行く理由が思いつきませんでした。

 もちろん、私は私を育ててくれた地下アイドルの世界を愛しています。10年間、病める時もずっとずっと絶えず愛していたわけではないけれど、いまならはっきりと愛情が実感できます。これからも文章を書くことや、直接お話に耳を傾けることで、微力ながら地下アイドル業界の支えになれることがあるのなら、やっていきたいと思っています。

 

 実は今年の4月30日に活動9周年を迎えた時点で、私は一度ひっそり地下アイドルの看板を下ろしていました。

 ここ最近の活動一覧(http://himenotama.com/live.html)をざっと見てもわかるように、もうあまりアイドル関連のイベントには出演する機会がないのです。肩書きに対して活動の実態が伴っていないので、そろそろ名乗るのを辞めたほうがいいと思っていました。以前は、地下アイドルっていつ卒業したらいいんだろう……と悩むこともありましたが、辞めようと思えるタイミングはこうして自然とやって来たのです。

 しかし、いくつかの要因から、これははっきりと宣言して辞める必要があると思い、数ヶ月前に再び地下アイドルを自称するようになりました。きちんと地下アイドル最後の日に向けて、ファンの人たちと駆け抜けられるようにです。

 

 そう考えるきっかけは(お願いだからショックを受けないできちんと最後まで読んで欲しいんだけど)、ファンの人たちと接することに違和感を覚え始めたせいです。誤解しないでほしいのは、具体的に誰と話している時に違和感を覚えているわけではないことで、ただ全体のムードとしてそういう感覚があって、何が原因なのかは自分でもよくわかっていませんでした。

 私とファンのコミュニティは(自分で言うのもあれですが)、ちょっと類を見ないくらい平和で、ファンの人たち同士も、私とファンの人もすごく仲が良いです。友人みたいな、親戚みたいな。私は心からファンの人たちが大切で、また大切にされていて、理解し合ってきました。だから、この違和感は私にとっても衝撃的で、悲しいことでした。

 

 実際の現場の雰囲気はというと、昨年2月に開催した渋谷WWWでのワンマンライブが成功してから、盛り上がるばかりです。開催に向けて全員で協力し合ったことや、公演が成功したことによる高揚感によって、ファンの人同士も、ファンの人たちと私も、どんどん仲が良くなっていきました。それにもかかわらず、私の中に違和感は芽生えたのです。

 地下アイドルを名乗らなくなった4月の時点では、「いまの私たちの居場所をこのまま守るために頑張っていきましょう」と舞台からファンの人たちに話していました。しかしそれが、それから僅か数ヶ月の間に、違和感が急速に膨れ上がっていって、もう現状維持をしようとする気持ちだけではどうにもならないところまで差し掛かってしまったのです。これからもこの居場所を守るためには、いまのコミュニティを一度破壊して再生する必要があると思いました。折れた骨が新しくくっついて太くなるみたいに、です(左手首の骨、だいぶ太くなりました)。

 そのために私は地下アイドルを辞める宣言をして現状を破壊し、ここからは4月30日の公演とその先に向けて再生していくのです。現状維持なんて甘い考えでは、いつかこのコミュニティが破綻するのは目に見えていました。

 

 しかし、そこまで私を駆り立てる違和感の原因がどこにあるのか、昨夜発表している間もよくわかっていませんでした。いつもならファンの人の前に立つと、わからなかったことがわかるようになって言葉が出てくるのに、昨日はいつまで経っても言葉が出てこなくて、断片的な理由を喋りながら、自分でも驚くことに泣きだしてしまいました。

 10年続けてきた地下アイドルを辞めるということが、単純に悲しかったのもあります(お別れに弱いのです)。でも涙はもっと複雑で、しかし複雑であることしかわからないのでした。しかしその後、ファンの人たちからいろいろと反応をもらってわかったことがあります。

 

 まず、地下アイドルを辞めることについては賛否両論で、肩書きが変わるくらいでは何も変わらないという人も、寂しくて耐えられないという人もいました。でもここには一定の傾向があって、たまにイベントに顔を出すファンの人のほうが私の事情を深く理解していて、反対によくイベントに通っている距離の近いファンのほうが混乱して事態が飲み込めていなかったことです。

 これは一見、姫乃たまに対する入れ込み方の差が原因だと思われるかもしれません(実際にその理由もあると思う)が、それだけじゃありません。私とファンの人は嬉しいことも楽しいことも、時に大変なことも共に経験してきて、

仲良く、距離が近くなればなるほど、互いに相手が見えなくなっていたのです。私の違和感の原因は、まさしくそこにありました。

 ここからは感覚的な話が多くなるので難しくなりますが、私のファンの人たちなら、きっとついて来られると思っています。そう願います。

 

 この話の前提には、人と人は距離が近づいて相手を想うほどに、油断すると相手の正体が掴めなくなって、相手を見ていたはずがいつしか自分と向き合っている状態になってしまう、ということがあります。

 たとえば幸せにしたいと思えるような好きな人ができて、相手がどうしたら幸せになるのか探りながら付き合っていたはずが、距離が近くなっても完璧に相手を理解できない不安から、いつしかわざとほかの異性と仲良くして相手の気を惹こうとしていた。みたいなことが現実には起こるわけで、うーん、これはちょっと例えとして極端だし安易過ぎるのでかなり正確ではないんだけど、とにかく人との向き合い方を間違えると、そういう類のことは起こります。

 

 思えば、私とファンの人たちのコミュニティにそのような違和感が生じたのは当然のことです。

 

 私は特にここ一年ほど、「癒しを与える」ことをかなり意識して活動してきました。公言してもいました。これには理由があって、昨年末くらいにファンの人が立て続けにガチ恋(応援の気持ちと恋愛感情が混合して収拾がつかなくなってしまうファン)になってしまって、地下アイドルを辞めなければならないと思うほど、身の危険を感じていた時期があります。

 私は小金井市で発生した事件以降、地下アイドルの世界が間違った悪印象のままメディアで取り上げられていることに抵抗して、地下アイドルの世界は危なくないと繰り返し発言してきました。同時に、必死になるあまりゼロではない危険性に目をつぶっていたことも事実です(それを少しでも話すとゼロではないことだけが、業界の全てみたいに報道されるので恐れていました)。

 事件のことでメディアに露出するのは、事件に触発された人物に狙われるのではないかと怖かったし、実際にガチ恋ファンに触れてからは、自分がいかに怖い仕事をしてきたのか身を以て知りました。自分のやって来た活動が(これは改めて書くのも嫌だけど)、間違っていたんだと思いました。ファンも幸せにはなれなかったし、私も怖い思いをしたのです。

 でも今更、怖いとは言えませんでした。私が怖いと言ったら、「ほらやっぱりアイドルオタクは犯罪者予備軍だ」ということになりかねないからです。それに恐怖が限界に達していて、怖いと口にしたら何もできなくなってしまいそうでした。私は何もできなくならないうちに、新しい仕事は全て断って、すでに入っている仕事は警備のスタッフをお願いして、RRRでの月例会も畳もうと調整していました。

 でも自分で予想していた以上に、他人のせいで地下アイドルを辞めなければならないことが、私にはすごく悔しかったのです。地下アイドルを辞める時は、自分の意思の元で辞めたいと、初めて思いました。

 その状況から再び活動を再開して維持していくには、癒しを与えることを止めてファンと距離を取るだけでは弱かったのです。それに、それでは地下アイドルとしての魅力も半減してしまいます。むしろ癒しを押し付けていくくらいの勢いと強さが必要だったのです。アイドルはわざわざ口に出して言わなくても、癒しを与える仕事です。しかしそういう経緯から私は「癒しを与える」と公言するようになりました。

 これは一時的には効果があったけれど(おかげで今日も大きな問題がなく活動できています)、長い目で見たら間違いでもありました。

 

 癒しを与えると言ってその通りに与え、そしてそれを享受するのは、癒しの中でも即物的でかなり程度が低いものです。そのせいで私は、私自身とファンの視野をかなり狭めてしまいました。

 私はひとりひとりに全力で握手をします。握手が好きだし、その人の気持ちが少しでも軽くなったり元気になったりするように願いながら手を握ります。私は本気でそう願っているので、それなりに効果もあるのだけど(多分)、握手をしている時の人間の視野は狭いものです。そこにはお互いしか存在していません。いままではそれ以上に素晴らしいことはないと思っていたけれど、私たちが生きている世界は握手の外にこそ大きく広がっていて、手を離している時もお互いが安心していられなければ、長い人生を生きていくのが少しずつ困難になってしまいます。私がそのことに気づいていなかったせいで、お互いが見えなくなってしまうくらい、私自身とファンの視野を狭めてしまいました。

 

 私は自分が地下アイドルとしてできる癒しの与え方に限界を感じたのです。それが地下アイドルを辞めると宣言して、ファンの人たちに悲しい思いをさせてまで、この先へ向かおうとする理由です。

 アイドル的な疑似恋愛による活力や、握手での治癒には限界があります(本物のアイドルなら可能性は限りないはずだけど、少なくとも正統なアイドルでない私には)。それにこの手の癒しには副作用も伴います。もちろんこの方法が、ぴったり求める癒しの形に当てはまっている人も存在するはずで、それは最高なので最高としか言いようがないのですが、私の場合はこのやり方だけでこの先もずっと生きていかれるとは思えませんでした。もちろんそのまま姫乃たまとファンのコミュニティを維持し続ける自信もありません。

 この先も長い人生をみんなで生きていくためには、まず私が地下アイドルという看板を下ろして、ひとりの人間として成長する必要があったのです。

 

 昨夜、ファンの人の言葉が大きなヒントになったので、ふたつだけ具体的にどう声をかけてもらったのか書きます。どちらも、たまに顔を出してくれるファンの人でした。

 あるお姉さんは、「私は勝手にたまちゃんに癒されているし、それは肩書きが変わってもきっと変わらないことなので、その世界に連れて行ってください」ということを。そしてお兄さんは、「4月30日はほかの誰のためでもなく、姫乃さん自身のためにライブをしてください。それが見たいし、僕の喜びです」と話してくれました。

 どちらもすごく水準の高い話で、すっかり驚いてしまいました。私がファンの人たちと向かいたいのは、つまりこの境地なのです。

 寂しい、悲しい、どうしたらいいのかわからない、ということじゃなくて、人は人のことを完璧にわかることができないからこそ、相手に自分を委ねたり、相手の喜びを自分の中に映して昇華したりするほうがよいのだと思います。お姉さんの言った「連れて行ってください」という言葉には、相手の在り方に固執せず自分の気持ちを委ねる、高度な人との関わり方を教わりました。

 この高次元な場所へ行くためには、少なくない苦労が伴うはずです。でもそこへ行けば私たちは、手を離していても、いま握手している時と同じくらいの充足感が得られると予感しています。そしてそこでする握手は、もっともっと素晴らしいはずです。

 私が人として成長すれば、きっと姫乃たまとファンの人たちのコミュニティもひとつうえの次元に上がるでしょう。というより、ファンの人たちのほうが年齢的にも経験値的にも私よりずっと大人で、先のお兄さんやお姉さんのように、すでに高い次元で待ってくれている人たちもいるので、安心してそこへ向かえます。そしてそれに耐えられるファンの人たちだと信じているし、信じていなかったら私はこのままにこにこお茶を濁して地下アイドルで居続けたでしょう。

 

 いまのままではどうしたらいいかわからない私と、みんなの気持ちを同じ方向に向けるために、2019年4月30日の公演はあります。地下アイドル最後の日は、最大限に最高の夜にしたいです。タイトルは「パノラマ街道まっしぐら」。みんなが同じ方向に走っていけば、必ず視界が開けると信じています。

 

 4月30日以降、地下アイドルじゃなくなっても、活動自体は何も変わりません。9周年の時に肩書きを下ろしたのと同じことで、基本は活動の実態が肩書きに伴っていないから辞めるという単純なことです。歌を辞めるわけでも、舞台に立たなくなるわけでもありません。図々しいけどチェキも続けようと思っています……。文章はもっと書きます。ただし、やっていることは同じでも、世界の空気はがらりと変わるはずです。ものすごい映画を観た後に、映画館の外が来た時とは全く違って見えるように。

 地下アイドルの次に待っている世界は、とても開けた場所だと予感しています。そこへ一緒に行きましょう。

 

2019年4月30日

姫乃たま活動10周年記念公演「パノラマ街道まっしぐら」

渋谷区文化総合センター大和田さくらホール

 

 公演内容は追って発表していきます。これまで応援してくださった方も、これからお目にかかる方も、どうぞお出かけください。きっと居心地がいいはずです。