あえてJASRACを擁護してみる

はてブで注目されていた上記の記事にブクマで以下のコメントを書いたところ、id:jaguarsanさんから次のIDコールを貰いました。

代替案のない批判はクレームと同じ。Appleは音楽の違法流通を訴えるのではなく新しいダウンロードシステムを提供することで既存システムを置き換えようとしている。JASRACに変わるシステムはあるのかな。

はてなブックマーク - hidematuのブックマーク / 2009年11月16日

この場合は利用者なんだからクレームで何も問題ない。むしろJASRACは今まで規制に守られてきたわけで、公正取引委員会に指摘を受けている以上 代案を出すのは自身であるべきといえる

はてなブックマーク - jaguarsanのブックマーク / 2009年11月16日

ネットでは悪の象徴のように扱われることの多いJASRAC。文句を言ったり批判するのは簡単ですが、今回は別の視点で考えてみたいと思います。

JASRACは法律に則って運営されている

まず日本は法治国家です。JASRACも法に従い法の下で業務を行っています。法に則るとは次のようなことです。冒頭の記事では分配方法について問題指摘がありますが、JASRACは法に従い分配方法を文化庁に届け出ていると考えられます。以下は「著作権等管理事業法」からの引用です。

第11条 著作権等管理事業者は、次に掲げる事項を記載した管理委託契約約款を定め、あらかじめ、文化庁長官に届け出なければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
一 管理委託契約の種別(第2条第1項第2号の委任契約であるときは、取次ぎ又は代理の別を含む。)
二 契約期間
三 収受した著作物等の使用料の分配の方法
四 著作権等管理事業者の報酬
五 その他文部科学省令で定める事項

http://deneb.nime.ac.jp/cgi-bin/lawview.cgi?n=J

また、この分配方法は一般にも公開されています(公開することが法律で決まっています)。

このページの「(2)著作物使用料分配規程 [PDF:149KB]」でダウンロードできます。そこには各コンテンツ種別毎にこまかく分配の時期や計算方法が書かれているのですが、各章の最後には必ず次のようなほぼ同じ様な文言が書かれています。

著作物の使用状況等から、前○項により難い場合は、その使用状況等を参酌し、 理事会の承認を得て、別に分配計算方法を定めることができる。

これが法に従うということです。「悪法も法なり」とはよく言ったものです。その実態がどうであれ、JASRACは法に従い業務を行っていると明言することは可能です。


私たちはレストランなり食堂で料理を食べれば、おいしかろうと不味かろうと店が定めた料金を支払います。不味いからと言って料金を支払わなければ、食い逃げ、つまり犯罪になります。飲食店等で他人の楽曲をBGMとして使えば著作権者に著作権料を払わなければなりませんし、JASRACが委託を受けていればJASRACが代行して代金を徴収する義務がJASRACにあります。また、もしJASRACがいなければ、飲食店で流される楽曲の著作権料を誰が徴集してくれるでしょうか。


JASRACの声

今回の記事の発端となったファンキー末吉さんのブログには、記事には書かれていないJASRAC担当者とのやりとりがたくさん書かれています。それらを引用しながら、JASRACの中の人のコメントと対比させてみようと思います。

まず、ファンキー末吉さんのコメント。

まずもらう側、先方の言い分は・・・
「著作権料の分配は包括契約とかいうものがなされており、
ワシら著作権者はそれをサンプリングの統計により支払うことに同意している」
らしい。

同意したか?・・・

この辺は法律の分野になるので素人がプロ相手に論争しても話にならない。

JASRACとの戦い ファンキー末吉BLOG ~ファンキー末吉とその仲間たちのひとりごと~

ファンキー末吉さんはJASRACに楽曲を依託しているそうなので、契約書に署名しているはずです。このコメントを読む限り契約書に書かれている文言を読まずにサインしているように見えます。こういうのは法律の素人うんぬんは関係ないと思います。

「ファンキーさんのお考えは立川支部、代々木上原本部から全て伺っています。
今回は何とか納得して頂けるように説明に参りました」

見ればふたりとも非常に人がよさそうな人である。
人間を見かけで判断するのはよくないかも知れないが、
やっぱ「顔」は大事である。
ケンカをするつもりだったので会話を録音しようと思っていたが気をそがれてしまった・・・。
(中略)
基本的には前回電話で話した内容と同じである。
ただ、こうして人のよさそうなオッサンたちに誠心誠意語られると、
何やらワシがゴネていい人達に迷惑をかけてるような気になる。

JASRACとの戦い ファンキー末吉BLOG ~ファンキー末吉とその仲間たちのひとりごと~

JASRACの人はDQNでも893な人でもありません。採用基準を見ると4年生大学または大学院卒業者を採用しているそうなので、どちらかと言えば普通の人が多いのではないでしょうか。新卒採用者向けのサイトにスタッフによる会社紹介の記事が掲載されており、そこからいくつか引用してみます。
以下は入社8年目の柴田さんのコメント。

これからJASRACに入社する人に対して望むことは、「コミュニケーション能力を大事にしてほしい」ということです。僕たちの仕事は、音楽の利用者・権利者はもちろん、一緒に働く仲間、契約スタッフなど多くの方々と直接対話する必要が多くあります。人と話すことが柱となる仕事ですから、心をこめて丁寧に接することが重要となってきます。

http://www.jasrac.or.jp/recruit/voice/staff_shibata.html

次は入社10年目の佐桑さんのコメント。

例えば、製品を作るメーカーの良し悪しは製品の性能で見極めることができますが、著作権という目に見えないものを扱っている私たちJASRACは、何をもって見極められるのか・・・それは、組織としての「信頼性」です。許諾・徴収・分配の仕組み、権利者や作品のデータの正確さ、権利者や利用者の方々への対応、あらゆる側面から「信頼できる組織かどうか」が判断されるのです。そして、それらすべては JASRACで働く職員一人ひとりが作っているものであって、私たちの姿勢次第で決まってしまうといっても過言ではありません。

http://www.jasrac.or.jp/recruit/voice/staff_sakuwa.html

JASRACで働くにはコミュニケーション能力が重要なようです。今回のファンキー末吉さんのブログを読んでもそれがよく伝わってきます。



他の社員の方の説明も読んでみましたが、海外の組織とのやり取りも活発なようです。

国際部の業務は、外国団体との書簡のやりとり、著作権団体の国際組織(CISAC、BIEM)への参加(通訳含む)、外国の方からの問い合せや来会時の対応など、多岐に渡っています。特に外国からの問い合わせは、メールを入れると年間で約5,000件もあって、さまざまな部署と連携して対応することも多くあります。分配に関する国際会議があれば分配の担当者と一緒に参加しますし、外国の方が来会すれば広報的な役割も果たします。このように、外国の著作権団体や外国の方々とJASRACの各部署との橋渡しになっているという点において国際部はある意味「国際総務課」といえるのではないかと思います。

http://www.jasrac.or.jp/recruit/voice/staff_shimizu.html

そして、不満が多いにも関わらず多く人や組織がJASRACを利用している実態があります。たぶん、便利なんでしょう。便利だからJASRACを利用しながら、一方で正確な分配ができていないと不満を言う。
以下は分配課で働いている入社13年目の伊藤さんのコメントです。

現在は分配課という部署で働いています。分配課の仕事は、作詞家・作曲家などの権利者に使用料をきちんと分配するための使用料の「出口」となる部署です。具体的には、分配に関するデータ入力等の事務作業・新たな分配方法の策定業務・権利者からの問合わせへの対応を担務しています。
分配方法の策定は、利用者の皆様からいただいた使用料を権利者に分配する仕組み作りです。入社して分配課に配属されるまで、使用料をお支払い頂く方々に直に接する支部にいた私にとっては「お支払いいただいた使用料が正確に分配されること」こそが、当たり前ですが何よりも大切なことと実感しています。
ですが、目の前には様々な課題が山積で、日々さまざまな方法での分配計算をシミュレーションしたり、よりよい分配方法のヒントを求めて情報収集に努めています。

先輩の声 伊藤 敬|新卒採用2020|一般社団法人日本音楽著作権協会 JASRAC

この説明を鵜呑みにするのはどうかと思いますが、JASRACは、楽曲の著作権を依託され著作権料の徴収を業務としているので、日本中の各種様々な店舗で流される依託楽曲から著作権料を徴収しなくてはなりません。しかし厳密にはそれは不可能なことです。著作権料を徴集することの矛盾と限界がそこにはあります。


解決策は見つからず???

最善ではないかも知れませんが、一つ、解決策を思いつきました。それは、みんなでJASRACへの依託をやめることです。どんなに音楽を放送しようとJASRAC依託曲でなければ料金を徴集されることはないでしょう。まあ、JASRACとしては困るんでしょうけど。でも、この場合も結局は店舗で流される楽曲の著作権料を徴集することはできませんので、解決策とはなり得ませんね。


さらにJASRACを擁護してみる(2009/11/17追記)

ブログのアクセス数が伸びていたのでてっきりJASRAC批判が殺到したか思って一瞬、冷や汗をかいたのですが、はてブのコメントは冷静というか肯定的なものが多く意外でした。てっきり「JASRACの回し者」くらいのコメントは覚悟していたのですが。
はてブのコメントで鋭い突っ込みがあったので、それに答えてみたいと思います。

ほぼすべての店から徴収はしてるのに分配用のリストは抜き出しって点は擁護可能? 徴収ついでにリストも出させろよって批判をどうやって免れるかじゃないの?

はてなブックマーク - KoshianXのブックマーク / 2009年11月17日

分配用のリスト(楽曲リスト)についてのやり取りは、元のブログでは次のように書かれています。

「だから楽曲リストを提出してもらうようにお願いしてるんです。
でもそれが全ての店が提出してもらうのも現実的には難しいですよね」

「提出させろ!!それがお前らの仕事だろ!!」

つまりこういう論法である。
包括契約とやらがあるので、
特定のモニター店でサンプリングした統計で分配することにJASRACとしては法律的な落ち度はない。
それで過去にあまりにもクレームが続出したので、
新しいシステムで楽曲リストを提出してもらうようお願いした。
しかしそれを徹底させるつもりもない。

どだい何万軒あるライブハウス、何十万軒あるJazz喫茶、
そして何百万軒ある音楽を流す飲食店全ての著作権料を
たった200のモニター店のデータで分配するのは無理なのである。

JASRACとの戦い ファンキー末吉BLOG ~ファンキー末吉とその仲間たちのひとりごと~

上記の説明によると、より多くの楽曲リストを各店舗から集めることで包括契約によるサンプリングの精度を高め、より実態に近い分配を行えるとJASRACは言っています。ただ、ファンキー末吉さんとしてはすべての店舗から楽曲リストを提出させるべきだと考えているのに、JASRACに楽曲リストの提出を徹底させる様子がまったく見えないので文句を言っています。
私には、ファンキー末吉さんとJASRACのそれぞれが、半分ずつ正しい様に見えます。ファンキー末吉さんの言う通りJASRACは楽曲リストの提出を徹底させるべきでしょう。でも、JASRACの言う「だから楽曲リストを提出してもらうようにお願いしてるんです。でもそれが全ての店が提出してもらうのも現実的には難しいですよね」を全否定はできないと思います。JASRACが著作権料を徴集している店舗でファンキー末吉さんのように適正な配分にこだわる店舗はかなり少ない気がします。そして、その「適正な配分」のために楽曲リストを作って提出してくれる店舗はさらに少ないのではないでしょうか。だからこそ、JASRACは楽曲リストの提出についてもっと積極的になるべきなのでしょう。
過去、JASRACの包括契約はモニター店のサンプリングがすべてでした。しかしクレームによって「楽曲リスト」を反映させる仕組みが作られて分配精度を上げることができたと考えられます。今回のファンキー末吉さんの件で、より制度や仕組みが改善されて、楽曲リスト提出の徹底やより分配精度を上げることにつながる可能性もあると思います。こう書くとJASRACは信用できないと言う人もいると思いますが、JASRACは制度や仕組みの改善に努めている別の例もあります。

文化庁が運営している「著作権なるほど質問箱」には次のQ&Aがあります。

Q:
あるミュージシャンと契約してコンサートを開催するのですが、演奏曲は全て当該ミュージシャンのオリジナル楽曲を使います。著作権の問題はないと思うのですがどうですか。

A:
一般的に言いますと、アマチュアの場合は問題ありませんが、プロの場合は著作権の管理事業者(ほとんどの場合(社)日本音楽著作権協会)からの許諾と使用料の支払いが必要と考えられます。
 アマチュアの場合は、著作権を自己管理している場合がほとんどでしょうから、本人の了解があれば著作権の問題は生じません。しかし、プロの場合は、著作権を直接又は音楽出版社を通じて著作権の管理事業者に委託していることが多く、特に日本音楽著作権協会の場合は、権利の管理は信託の方法によるため、ミュージシャンは著作者ではあるが、著作権者ではないことになり、自分の曲にもかかわらず、許諾を得なければ演奏できないことになっています。したがって、プロのミュージシャンの世界では、コンサートでオリジナル曲しか演奏しないとしても、主催者は同協会と契約し使用料を支払うのが通常です。

http://bushclover.code.u-air.ac.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000277

日本音楽著作権協会とはJASRACのことです。
以前にこの話を聞いた時は、まったくこの説明に納得できませんでした。自分の著作物を演奏するのにも使用料を払わなければならないというのは、どうにもおかしな話です。
今回のエントリを書く際にJASRACのサイトを見ていく中で上記と同じ内容のFAQがあり、何気なく内容を見てみたところ予想外のことが書いてありました。

Q2-2.
自分が主催するコンサートで自分の作品を演奏するときも、JASRACへ使用料を支払うのですか?


A2-2.
新しい信託契約約款では、作詞者、作曲者など著作者の方が、作品を世に広める目的で自分の作品を利用するときには、ご質問のコンサートのケースに限らず、「自己使用を認める場合の運用基準」を満たし、所定の手続きを経た場合は、JASRACへの許諾手続きと使用料のお支払いは不要になりました。
自己使用の適用をご要望の場合は、所定用紙を担当部(支部)にご提出ください。

Q&A(会員・信託者の方からよくある質問):会員・信託者の方へ JASRAC

事前の手続きは必要ですが、自分の作品を利用する場合は使用料の支払いは不要になったそうです。意外だったのは、JASRACが自らの収入が減ることにつながる規約の改定を行ったことでした。つまり、収入の減少よりも、正しい著作権料の徴収を優先させているように見えます。

店舗で流されている楽曲について、100%完璧に著作権料を徴収し正確に著作者に分配することは不可能です。でも、だからこそ、そこで諦めるのではなく、より正確な徴集と分配を目指して努力していく必要があるのだと思います。


以上、自分としてはうまくまとめることができました。予想外に長文になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。