任天堂失敗列伝〜第二回〜「ポケモンスナップの巻」

 前回に続いて、まずは言い訳から入るけど、「ポケモンスナップ」はゲームとしては非常に面白いし、セールス的にも30万本弱というなかなかの好セールスを挙げたタイトルである。結果だけを見れば、好評価、好セールスに恵まれた成功プロジェクトとしか言いようがない。任天堂失敗列伝でこのタイトルをとりあげるのはおかしいと思う人もいるかもしれない。


 だが、実はこのソフトを制作したプロジェクトは前回のMOTHER3で触れた内容に通じる問題を孕んだプロジェクトだったのである。だからあえてこの失敗列伝で採りあげてみようと思うのだ。まずは、以下のインタビュー、及び座談会の記事を読んで頂きたい。リンク先はまたもほぼ日です。いやー、64、GC時代の任天堂を考える上で、ほぼ日って本当にネタの宝庫ですね。


 樹の上の秘密基地「ポケモンスナップ」の情報・産地直送!



 読んで頂けましたでしょうか?読むのがめんどいって人もまずは以下の見出しを見て欲しい。
「 リ ー ダ ー は、現 れ ず。」
「 写真を撮るだけでゲームになりますか?」
「 結果を出すことが大事だったんです。」

 なんていうか見出しだけで、負のグルーヴが漂ってくるのを感じ取れないだろうか?このプロジェクトは、相当に難航に難航を重ねた末に完成に到ったプロジェクトだったのである。


 実際、このタイトルが雑誌等で発表されたのは、発売する一年以上前で、そこから、かなり空白期間があった後の発売となったのを記憶している。実際の開発期間は3年半かかったそうである。つーか当時の64ってそんなソフトが大量にあってそのまんまお蔵入りになったソフトもかなり多いんだよね。前回に触れたMOTHER3とかもその一つで、それ以外にも幻のソフトが数多くある。だからむしろポケモンスナップが完成に到ったのは、当時の自分的には結構意外だった。

ゲーム開発の理想郷を作ろう

 「ポケモンスナップ」は元々ジャックと豆の木計画という、言うならば選りすぐりのゲーム開発者に、理想的な開発環境に余裕をもった開発期間を提供し、すばらしいソフトを作って頂こうという、ゲーム開発者にとっての理想を現実化しようという発案のもとに始まったプロジェクトだった。ジャックと豆の木計画を発案した際の宮本さんと岩田さんの発言を引用しよう。


宮本:
最初、この話の始まりというのは、いろんな
会社で働いているゲームクリエイターが、
決して物づくりに満足しているわけでは
ないよね、ということでしたね。
当時、スーパーファミコンのソフト作りを
進めていくなかで、開発してる当事者が
満足できていないクオリティでの商品を
無理やりに出させられたりしていて、
現場は辛いんだよ、という声があった。
任天堂はいいけれども、よそでソフトを
作ってるところはみんな辛いぞ、っていう
声を耳にしていたんです。
そういう人たちに対して、
何か任天堂がサポートできないか、という
ことが始まりでした。
たぶん、ぼくが糸井さんの事務所に行った
ときに岩田さんも一緒にいて、みんなで
雑談としてそういう話をしてたんじゃ
なかったっけ。



岩田: そうでした。
そのあと京都で、糸井さんと私が山内社長に
お目にかかっていた折に、わたしがその時
感じていたことを口にしたんです。
それは、今、ゲームを作っている多くの
ソフトハウスが、いかに悲惨な状況で
仕事をしていて、先の展望も難しくて、
開発者にとっては非常に辛い状況に
なっているか、という時代認識の話を
させていただいたうえでね、
「今、新しいものづくりへのチャレンジを
呼びかけてみるのはどうでしょうか?」と
提案したんです。
そしたら山内社長も、まさに膝を打って
「それはいい」とおっしゃってくださった。

 こうして、当時の任天堂の社長である山内氏の賛同を得、岩田さん、宮本さん、糸井さん、チュンソフト社長の中村光一氏という、非常に豪華なメンバーが審査員を努めるジャックと豆の木計画が始動する。


当時の雑誌などに掲載された広告

理想郷の現実

 かくして始動したジャックと豆の木計画は思ったようには進まない。既にゲーム業界などで仕事していた人を選抜する形でメンバーを集めたので、元の仕事の都合などから、一斉にメンバーが集うというわけにもいかず、メンバーが集る時期にズレが生じたこと、かってに現れるだろうと楽観していたリーダー的な存在がなかなか現れなかったこと、納期というものに対する意識のズレなどなど様々な問題が噴出することになる。


 しかし、この話だけ読んで、「そりゃそんな上手くいくわけねえだろ、んなプロジェクト」と思った人も結構いるんじゃないだろうか。「そんな野球でいったら巨人みたいなことやって常勝チームが作れれば苦労はないよ」と。実際その通りで、このプロジェクトの存在で、結果的には、岩田さんや宮本さんという人物がいかに開発現場において傑出した存在だったのかってことが改めて証明されてしまう形になったと自分は思う。

岩田: チームの中に、きわめて強力な個が
現れて、その人が「俺のやるとおりにやれば
出来るんだ」と、他のみんなを信じ込ませて
しまったら、集団合議で決める必要はないの
ですからね。
自覚はしていなかったのだけれども、
考えてみれば、きっと、昔の自分は
そうやってきたのだろうし、きっと昔の
宮本さんもそうされてきたでしょう。
いや、別にそれが、僕らは今のジャックの
彼らよりも優れているのだと言いたいのでは
なくてね、その人がその場に来たときに、
やるやり方が違った、ってことですよね。
無意識に、自分たちがやるようなやり方を
期待してしまっていたという間違いが
あったんです。

 岩田さんは自分達が優れているわけではないと断ってはいるが、やっぱり名プレーヤーが名監督になるわけではないっていう、野球でよく言われる言葉がそのまんま頭に浮かんでしまう。前回のMOTHER3の時にも触れた問題だが、この時期の岩田さんや宮本さんは現場のトップとして君臨しているだけではなく、広い意味でのプロデュースワークというか、現場から離れた位置での仕事を徐々に増やしている。つまり、この時期の彼らの発言は、キャリアアップし、現場から次第に距離を置きつつある元敏腕リーダーが、新しい仕事に戸惑い、失敗を経験しながら少しずつ磨かれていく、新米マネージャーの反省と成長の記録として読めるのである。


 しかし、改めてこの座談会読むと、こういう戸惑いを経験しながらも、安易に「最近の若い連中は〜」みたいな台詞を吐かずに誠実に問題点を解きほぐそうとする岩田さんの姿勢はすごいね。

時間をマネジメントすることの重要性

 そんなこんなで、MOTHER3やポケモンスナップなど、ゲーム制作チームを現場から離れた場所から管理することの難しさに直面した岩田さんに宮本さんなのだが、そんな中、彼らが最も気を配るようになったのは、時間の管理だと僕は考える。


 それは任天堂失敗列伝の後の回で触れる予定の「マリオサンシャイン」や「ゼルダの伝説風のタクト」にも繋がる姿勢だし、ニンテンドーDSのローンチタイトル、「大合奏バンドブラザーズ」チームの運営にも反映されている。


北村 ただ、岩田さんは開発を再開させる一方で、
厳しい条件を課されましたよね。
「ニンテンドーDSと同時発売できなければ
プロジェクトチームを解散します」って。


岩田 ゲームボーイカラーの時代から迷走を繰り返したソフトでしたので、
迷う暇がなくなるように、そういう指示を出したんです。
最初は、期間が区切られたことでみなさん心配そうでしたが、
合奏部分が動き始めてからは、チームの雰囲気がガラリと変わりました。
あのときは、時間さえあれば、みんなで合奏していたみたいですね。

http://touch-ds.jp/mfs/st91/interview.html

 同時発売できなければ発売中止!こんなこと普通の会社じゃありえない…。それなら、まず時間の管理に気を使うなんてこと自体が当たり前過ぎることなんだけれども、従来の任天堂のとにかく時間をかけてじっくり練りに練ってよい作品を作るという姿勢から考えると、一大転換を果たしたといっていいんじゃないかと思う。


 そして、明確なスケジュール管理をすることが、開発のフットワークが格段に軽くなることに繋がり、「東北大学未来科学技術共同開発センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング」、いわゆる「脳トレ」に端を発するDSヒット群の誕生へと結びつくわけである。ってか発売前はこの異常に長いタイトルが散々ネタにされてたことなんてもうすっかり忘れ去られてるよね。俺もさっき思い出した。



 んで、ちょっと話の方向が逸れるんだけれど、クオリティのためなら納期をガンガン延ばし、その分きっちり内容を作りこむことって、普通の人間にはかなり難易度の高いことなんじゃないだろうかと最近になって思うのだ。納期を延ばせば良い物が出来て当然ってのは嘘なんじゃないかっていう、特にいくらでも詰め込みが可能になってしまう昨今の大容量化したゲームならなおさらだと思うのだ。練りこみと詰め込みの混同というか。延期した分きっちり内容を磨いてしまう宮本茂の人間力って普通に考える以上にすごいんじゃないかってことなんだけど、この辺はまた別の機会に。

おわりに

 というわけで、紆余曲折を経てこの「ポケモンスナップ」というタイトルは世に放たれたわけだが、興味を持った方は今ならWiiのバーチャルコンソールでも出来るんで、是非一度プレイしてみて欲しい。


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VC ポケモンスナップ


 基本的なシステムは、いわゆるガンシューティングゲームに似ているんだけれど、そこにこのゲームの肝である、「写真を撮る」という要素が加わることで、インプットとアウトプットに時間差があることによって生じる、「フィルム写真時代の写真を撮る楽しさ」が味わえるゲームだ。デジカメは撮ってすぐ見れるから今となっては新鮮に感じられるかもしれない。



 それと、あまり触れませんでしたが、前回のMOTHER3座談会とは違い、今回のポケモンスナップ座談会は、同時に開発スタッフのコメントも大量に掲載しています。元々はポケモン以外のオリジナルキャラで進めていたはずが途中で変更になったことなど、結構生々しいことをバンバン言ってるのでそちらも非常に興味深いですよ。


 最後にまた昔の写真を振り返ってみましょう。

 
http://www.1101.com/nintendo/nin5/nin5-images/nin5-iwata3.jpg
↑岩田さん 若い!

http://www.1101.com/nintendo/nin5/nin5-images/5-6itoi.jpg
↑糸井さん 細い!

http://www.1101.com/nintendo/nin5/nin5-images/5-6miya.jpg
↑宮本さん 変わってNEEEEE!!!

第二回おしまい