人権や平等といったリベラルが重視する価値の「虚妄」を、「科学的エビデンス」の名の下に暴く(と称する)知的ネットワークが、欧米社会に勃興した。彼らはどんな出自を持ち、何を主張しているのか。
ネットカルチャーに詳しく、このほど『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』を上梓した文筆家の木澤佐登志氏による、最前線からの報告をお届けする。
ネットに遍在する「ダーク」な言論人たち
「ダーク」な思想が欧米を席巻しつつある。「右」でも「左」でもない、「ダーク」な思想の台頭。このことは、現在の欧米社会にとって何を意味しているのだろうか。
インテレクチュアル・ダークウェブ(Intellectual Dark Web:以下I.D.Wと表記)なる知的ネットワークが存在している。インターネット上で「アンチ・リベラル」な主張を展開する(元)学者や言論人のネットワークのことだ。
ダークウェブというと、通常と異なる手段によってしかアクセスできないインターネット上における特定の領域を想起される読者が多いことと思う。だが、I.D.Wは誰もが簡単にアクセスできる領域に遍在している。
ポッドキャスト、ユーチューブ、ツイッターなどを通して、I.W.Dと呼ばれる人々は私たちに「不都合な現実」――リベラルな人々の主張を掘り崩すと彼らが主張する「科学的」現実――を突きつけてくる。SNS 上などでその存在感は日に日に増しており、後述の通りニューヨークタイムズが論説記事で取り上げるほどである。
「ポリコレ」への強烈な嫌悪感
I.D.Wは明確な定義も外縁も存在しない曖昧なネットワークだ。とはいえ、彼らには一定の共通項もある。一つ目は、様々な理由から自身がメインストリームのメディアやアカデミズムから排除されているという認識を持っていること。二つ目は、科学的エビデンスの重視。
これら二つの共通項は密接に絡み合っている。彼らはこう主張する。科学的エビデンスに基づく「不都合な現実」を提示したり啓蒙したりすることは、現代のポリティカル・コレクトネスに支配されたリベラル社会では不可能になっている。それでもあえてそうしたことを行おうとする者(つまり自分たち)は、不可避的にメインストリームから外れた場所で活動せざるをえないのだ、と。
I.D.Wの唱える「不都合な現実」、それはたとえば、ジェンダーや人種の根底にある生物学的あるいは遺伝学的差異である。
彼らによれば、科学データに基づいてジェンダーや人種の差異について論じることは、現在の主流アカデミズムでは半ばタブーになっている。それというのも、1960年代以降のアカデミズムにおいては、それらの差異は社会的に構築されたものであるとするドグマ(教義)が強くあるからだという。
そこにおいては、社会制度や家父長制度、文化ジェンダー規範、あるいは差別などといった、ジェンダーや人種の差異を人為的に作り出してきたとされる社会的因子にフォーカスが当てられる。こうした社会構築主義は、主に左派陣営のアイデンティティ・ポリティクスやポストモダン理論を通して盛んに喧伝されてきた。
だが、I.D.Wはこうした考え方を退ける。ジェンダーや人種の間に横たわる乗り越えがたい生物学的差異は厳然と存在しており、それは諸々の科学的/統計学的エビデンスによっても証明されている。それなのに、お行儀の良いリベラル左派たちは、その「現実」を見ようとしない。「不都合な現実」から目をそらし、あまつさえそうした「現実」を提示しようとする科学者や知識人の「言論の自由」まで抑圧しようとするのだ、云々。
I.D.Wの主張を大雑把にまとめれば大体以上のようになるだろう。