日清食品創業者の安藤百福(1910-2007)と、その妻・仁子をモデルにしたNHK連続テレビ小説「まんぷく」が好調だ。視聴率は放送開始1ヶ月以上を経ても、20%超をキープする。インスタントラーメンという国民食への視聴者の関心の高さを感じさせるが、物語には、一切触れられていないことがある。
それは安藤百福が台湾出身者であるという来歴である。なぜ台湾というルーツが消されたのか。安藤とはいかなる人物だったのか。『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』著者の野嶋剛氏が台湾の故郷への現地取材を行うと意外な事実が次々と明らかになった。
国籍と即席麺
放送が始まったのが今年10月。私もほとんど欠かさず見ており、戦前戦後の厳しい社会環境でたくましく支え合う2人の夫婦愛に時には心を揺さぶられ、時にはハラハラしながら引き込まれている。現在までの視聴率もなかなか好調なようである。
このドラマでは、安藤は日本人として描かれている。しかし、実際のところ、安藤は台湾人の両親のもとに生まれ、台湾で教育を受け、台湾でビジネスをスタートさせ、成人してから日本に拠点を移している。日本国籍を正式に取得したのも、即席麺ビジネスが軌道に乗った後だった。
事実関係からいえば、安藤は、台湾出身の華僑(または華人)である。ところが、その台湾要素がドラマからは綺麗さっぱり抜け落ちているのだ。
筆者は、台湾出身者の日本での活躍を描いたノンフィクション『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)を今年6月に刊行し、その中で、安藤についても一定のページを割いて取り上げている。そのこともあって、「まんぷく」で安藤の台湾ルーツが触れられていないことには、いささか違和感を感じないではいられなかった。
曖昧にするしかなかった理由
安藤のバックグラウンドについて、10月に放送された「まんぷく」第8回のなかで、安藤役の主人公の萬平(長谷川博己)が、妻の仁子役である福子(安藤サクラ)に語りかけるシーンがある。このドラマではしばしばラーメンを食べるシーンがでてくるが、2人の初デートでもラーメンを食べながら、萬平は自分の過去をこう語った。
「父親はものごころつく前に、母親はそのすぐ後に亡くなりました。ぼくは兄弟がいなかったから、一人で親戚の家を転々としたんです。ぼくは自分が迷惑をかけるのが嫌だったから18歳で働き始めたんです。修理屋でね。そのうちカメラでも時計でも大概のものは直せるようになって、25歳で大阪に来ました」(福子の相槌などは省略)
ここに台湾はなく、萬平は台湾人ではなく、日本人として描かれていくことが決定した瞬間であった。安藤が早くに両親を亡くし、若くして働き始め、大阪に来て仕事をするようになったのは事実だ。
しかし、萬平が日本のどこで育ったのか、両親や祖父はどこにいたのか、ということは触れられていない。フィクションとはいえ、史実に近づけながら描く宿命のなかで、萬平のルーツについては曖昧にするしかなかったのだろうと私は推察した。
一方、それゆえに不自然さも否めない箇所もあった。結婚式を挙げた2人が近親者と一緒に記念写真をとる場面があった。並んだのは、萬平以外はほとんどが福子の親族や関係者たちで、萬平の家族や親族は一人もいなかったようだった。ここでは萬平の過去はほとんど消えているように見える。
では、なぜ萬平は台湾人ではなく、日本人でなければならないのか。それを考えるため、私は、安藤の出身地である台湾中部の嘉義へ行くことにした。台湾新幹線で台北から一時間半。嘉義は台湾の米どころであり、日本人観光客にも人気のある阿里山があるところだ。