「森イズム」を絶やすな
〈「大局的な構想力」「政策を実現する力」「組織の顔としての人格」等の能力(コンピテンシー)を明確化し、周知・公表する〉
〈「障害があっても乗り越え、必ず自分自身で実現するという思いを持って結果にコミットしているか。」、「庁内外の関係者からの信認、尊敬を得られているか。」といった内容を360度評価研修の評価項目に反映する〉
〈人事改革を定着・深化させるためのPDCAサイクルの構築〉
コンピテンシー、結果にコミット、PDCAサイクル――。これは外資系コンサルティング会社の資料でも、人事に関するビジネス書の一節でもない。7月17日に遠藤俊英新長官のもと、新体制で動き出した金融庁が、職員に向けて発布した「人事基本方針」の一節である。
中央省庁が、このような人事の方針や、職員の評価基準をまとめ、外部にも公開すること自体が異例だ。そのうえ、カタカナ語がふんだんにちりばめられているからか、それとも表現がどこか大げさだからか、読めば読むほど、なんとも言えない「力んでいる」感じが伝わってくるのは気のせいだろうか。
特に目を引く「金融庁職員のあり方」と題された1枚紙には、こんなキラキラした文言が並んでいる。
〈省益を追わず、国益を追う〉〈「虫の目」と「鳥の目」を持つ〉〈自己を省みて、日々、進化していく。改めるべき点は、改める〉〈他の世界と交わりながら自分を高め、プロフェッショナルとしての力量と誇りを持つ〉
そこに記されていること自体は、確かに新しい時代の金融庁に必要な考え方なのかもしれない。ただ、金融庁のカウンターパートである金融機関からは、全体的に冷ややかな視線が注がれているようだ。
この「人事基本方針」は、17日に金融庁を去った、森信親前長官の「最後の仕事」だった。
「金融庁では、17日に退任した森前長官のもとで、外部人材を積極的に登用し、官僚体質では処理できない仕事をこなす、『人物を見る官庁』を目指すようになっていました。実際に地銀から人材をヘッドハンティングしたり、森長官自ら、民間の人に会って金融庁に関する意見を聞いたりもしていた。
今回の方針は、そうした『森イズム』が長官退任によって立ち消えにならないよう、前長官の強い指示で『金融庁の総意』として発出された。
業界では『当たり前の話ばかりだし、自己啓発本の引き写しみたいだ』とか『取るに足らない内容』なんて酷評されていますが、一部には、『霞が関という巨大ピラミッドの中で、よくこんな官僚秩序を崩すような文書を打ち出せたものだ』と評価する向きもあるようです。財務省だったら、絶対できないことは確かですからね」(大手金融機関幹部)
異例の3年という長きにわたって君臨し、改革に辣腕をふるった森前長官。なぜ彼はこんな一風変わった置き土産を残していったのか。背景には、後継者をめぐる力学があったと話すのは、ある金融庁幹部職員だ。