「自殺の時代」は終わったのか
今から振り返ると、20世紀の終わりから21世紀初めにかけては「自殺の時代」としてあったことが分かる。
2万人台前半で長い間推移していた自殺者数が、1998年、突如として3万人を超える。以後、警察庁の統計では2003年に3万4427人と統計上最多を記録するなど、15年近く、自殺者数は高止まりを続けた。
そうした自殺はなぜ起こったのかを探っていくと、日本経済の闇と、それと強く結び付いた地方の闇がみえてくる。
たしかに2012年以降、3万人を割り込むなど、自殺問題は一定の落ち着きを取り戻している。しかしそれで全て解決されたわけではない。かつて自殺を増加させたこの社会の闇は、かたちを変えながら、より深く、私たちを取り囲んでいる可能性が高いのである。
増加の理由は経済的問題?
ではなぜ20世紀末以降、自殺は多発したのか。
その理由は様々に説明されているが、なお充分とはいえない。表面的には妥当な説もある一方で、なぜそうした状況が生まれたのかは、必ずしもあきらかにされていないからである。
たとえば経済的な不況が自殺を引き起こしたという指摘は、たしかに重要になる。98年頃から悪化したバブル崩壊の影響で、失業や倒産、非正規職員が増加し、それがストレスとなり、「うつ」につながることで、自殺が急増したとしたり顔でしばしば説明される。
警察の自殺の動機調査は、それを裏付ける。1997年から98年にかけて「経済・生活問題」で死んだ自殺者は、3556人から6058人へと、1.7倍に急増した。
この意味では、自殺の急増が経済的貧困によって引き起こされたとすることには説得力があるが、ただしそれで全てが解決されるわけではない。問題は、貧困がいつの時代にも、自殺に直結してきたわけではないことである。
たとえば長期的にみれば、貧困は自殺の主因だったわけではない。戦前では、経済的問題はむしろマイナーな自殺原因に留まり、また徐々に減少していた。
それが一転するのは、高度成長期以後のことである。この時期以降に、経済問題が自殺の原因として増加し始める(図1)。
豊かになりゆく社会のなかで、経済的問題はますます多くの自殺の原因になり、20世紀末に自殺は急増したのも、あくまでその延長線上でのことである。
だとすれば経済的困難が自殺を増加させるという状況そのものが、なぜ生まれたのかをもう一度検討する必要があるだろう。
自殺が多発した地方を読み解く
その際、注目されるのは、20世紀末の自殺の急増が、地方を中心としていたことである。
実際、自殺がもっとも増えた03年とその直前の97年を較べると、1.67倍の福井を筆頭に福島、三重、福島、長崎、石川、青森、熊本、香川、岩手、秋田が増加の激しかった10都道府県として続く(図2)。
東京都の1.31倍など、大都市でもそれなりの増加はみられた。だが1995年以降ワースト1位の座を19年維持した秋田を代表に、地理的に列島の周辺に位置するこれらの地域の多くでそもそも自殺率が高かったという意味で、20世紀末から21世紀初めにかけて地方における自殺率の悪化はしばしば記録的なものとなったのである。
ではこの地方における自殺率増加の原因を、厳しい自然環境や、伝統的な人間関係のせいにできるかといえば、それはむずかしい。
そもそも高度成長以前、自殺は都市部で目立ち、たとえば1965年の自殺率の上位10都道府県には、東京、大阪、京都、兵庫などの人口集積地が顔を出している。その意味で、地方で自殺が多いのは、昔からの風習や自然環境に基づいているという見方は妥当しない。
ではなぜ高度成長期以後、地方で自殺が目立ち始めたのかといえば、そのもっとも大きな理由は、高齢化である。高齢者の自殺率は相対的に高く、だからこそ高齢化の進む地方で自殺は多発した。
ただしそれだけでは20世紀末の自殺の急増は理解できない。その時期とくに目立ったのが、高齢者ではなく、中高年男性の自殺だったからである。1997年と2003年の自殺率を性別・年齢階層別に較べると、40~49歳の男性が1.68倍と最も増加し、50~59歳の男性が1.55倍でそれに次ぐ(『自殺対策白書』)。
それは地方においても同じである。たとえば自殺率も自殺増加率も高かった秋田県でも、1993~1997年から1998~2002年での自殺率の増加は、45~54歳と55~64歳男性でそれぞれ1.68倍、1.62倍と性別年齢階層のなかで1、2位を占めている(自殺予防総合対策センター「自殺対策のための自殺死亡の地域統計1983-2012」)。
この意味で20世紀末の自殺の急増を考えるためには、地方の中高年男性の動向に注目する必要がある。なぜ彼らがその時期、数多く自殺を選んでいくことになったのか。その謎を解くことが「自殺の時代」のあり方を理解するキーになるのである。