東海道新幹線放火事件、プロのテロリストはこう動く。セキュリティ強化ための今後ポイントとは
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」 文化放送「くにまるジャパン」発言録より伊藤: 東海道新幹線の放火事件で、警察は今日(※7月3日)、当時の詳しい状況を調べるため、火事があった新幹線の車両の現場検証を行います。
この事件は、神奈川県小田原市を走っていた東海道新幹線の車内で東京都杉並区の林崎春生(はやしざき・はるお)容疑者(71歳)がガソリンをかぶって自ら火をつけて死亡したほか、52歳の女性が巻き添えで死亡し、26人がケガをしたものです。警察は林崎容疑者について、殺人と現住建造物放火の疑いで調べています。
消防によりますと、新幹線の車両の1号車は前方の天井パネルが数メートルにわたってはがれ落ち、周囲が真っ黒になるなど激しく焼けていました。一方、警察によりますと、林崎容疑者が事件前日の先月29日、自宅近くのセルフ式のガソリンスタンドでガソリンおよそ7リットルを購入していたということです。
邦丸: 佐藤さんがこの一報を聞いたとき、まず、今後考えなければいけないセキュリティの問題は、何のためのセキュリティかということに思いを寄せたと思うんですが。
佐藤: そのとおりです。それと同時に、今回はプロのテロリストによる仕業ではないということです。プロの自爆テロリストだったら何を考えるか。同じ道具でも被害を飛躍的に拡大させることが可能なんです。
プロのテロリストが仮に7リットルのガソリンを持っていたとすると、それを車両のなかに撒いて少し時間を置くんです。完全に気化させるのを待つ。それと同時に長距離トンネルに入るところを狙う。しかも、時刻表を調べて対向の新幹線が来るタイミングで火をつける。そうすると車両は爆発して脱輪する可能性がある。反対側の線路にかかることになれば、対向車両と正面衝突することになって、しかもトンネル内火災ですから消防車が入れない。窒息者が出てきます。こういうことがテロリストには可能なんです。
そうなると深刻です。特に伊勢志摩サミット、東京のオリンピック・パラリンピックを控えたところで、これはすごく深刻な問題なんです。
新幹線の利便性とのバランスのなかでしか対策はとれないんですね。要するに、五十何年に1回の事件ですから。確率的に0.00000何%ぐらいの話ですよね。そこのところに航空機並みの検査を新幹線に導入するといっても、あまり費用対効果で意味がない。それどころか、新幹線で検査が厳しくなったら、テロリストは在来線でテロをやることを考える。そこも警備するとなると、これは非現実的になってしまいます。
そうすると何が重要かというと、二つ重要なことがあって、ひとつはテロの場合は政治目的がありますから政府の広報や教育がすごく重要になるんだけれど、テロリストがどんな要求をしてもそれに応じないこと。たとえば、中東において日本は完全に手を引けとか、人道支援をやめろとかいう要求を掲げてテロをやると思いますが、それに応じてしまうと、また次のテロを誘発します。
二番目は、職人芸の世界の話になりますが、「巡回」です。JR東海では、私の推定ですが、今は何でもコンピュータで管理されているにもかかわらず乗客全員の検札をしているというのは、検札することによって荷物や挙動不審者をチェックしているのだと思うんです。挙動不審者だと思った際の初動対応が非常に重要になってくる。
新幹線は車両ごとに消火器が備えられていますよね。今回、運転士がケガをしながらも消火をしました。これは日常的にかなり訓練をしていないと、動転して対応できないですよね。かつて韓国で大きな地下鉄放火事件がありましたが、明らかにその教訓を踏まえて、JRは訓練をしていますね。それが被害を防いでいるという側面が大きいということも今回の事件で感じました。
邦丸: 確かに、民間の警備員が巡回しているというのを新幹線でも在来線でも見ますけれど、これから警備の目というものも現実的には重要になってくる。
佐藤: 重要だと思います。ここで考えなければならないのは、非現実的な警備案を出してもそれは長期間維持できないということです。ですから、現実的な方法を考えることですね。
国際的な協力も得るべきです。たとえば、フランスは英仏地下トンネルの問題があるから、その辺りの警備の実績があります。あれはベルギーからスタートしているので、ベルギーもそうとうテロに対するノウハウを持っているわけです。スペインではかつてテロによる列車事故があったし、イスラエルは常にテロの脅威にさらされている。こういった国の専門家から、どういう警備をしているかということをきちんと聞いて、テロがないと同時に利便性を担保するという連立方程式を解くことを考えてほしいと思います。
邦丸: クールにドライに現実的にやったほうがいいですね。
佐藤: 専門家に任せるべきです。われら一般の人の感情からすると、このひとつの事件にものすごく大きなプリズムが当たりますから、検査を徹底して、全部の在来線でやってくれと言いかねませんが、それでは駅が機能しなくなります。そういうことは非現実的なんです。非現実的なことは、仮に導入したとしても長続きしない。そうすると、逆にその隙を衝かれて、大きなテロが起きる。
邦丸: そうですね。
佐藤: テロ対策の問題と今回の事件は直接は関係ないんです。だけど、今回の事件はテロリストに対して、こういうような脆弱性があるんだということを可視化させてしまった。そこにいちばんの問題があると思います。その前提のもとにどういう対処をするかということは、やはり専門家の本当に重要な仕事になってきます。・・・(以下略)
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.064(2015年7月8日配信)より