中東発の反政府デモに、陰の理論的指導者ともいうべき人物がいた。現地の人々が勉強会まで開いて熱心に読む指導書をまとめたのは、生涯を非暴力革命の研究に捧げた老アメリカ人学者だった。
取材・文:松村保孝(ジャーナリスト)
101ページの脚本
エジプト・カイロの中心部に位置するタハリール広場で、民主化要求デモが繰り広げられた時のことだ。
デモの参加者の一人が、ドキュメンタリーフィルムの制作スタッフ、ロリー・アロー氏に対し、民主化運動を成功させるための198の方法が記載された文書のコピーを誇らしげに見せた。そして、ここエジプトではそのうちいくつ実行されたか、語った。
「それを作ったのは実はアメリカ人なんだよ」
アロー氏がそう教えると、この参加者は次のように反論したという。
「これはエジプト人の革命なんだ。アメリカ人に教えてもらおうとは思わない」
---BBCニュース中東(2月21日)が伝えた報道の一部である。
いま、アフリカや中東諸国のデモ現場で、民主化運動のノウハウが詰まった「指導書」ともいうべき小冊子が、急速に広まっている。
そのタイトルは『独裁制から民主制へ』。著者はマサチューセッツ大学名誉教授で、非暴力革命の手法を研究するNPO「アルバート・アインシュタイン研究所」を主宰するジーン・シャープ氏(83歳)である。
この指導書は「独裁制を直視する」「交渉の危険性」「権力の源泉」「独裁者の弱点」といったテーマごとに分類された全10章で構成され、表紙などを含めても全体でわずか101ページに過ぎない。
しかしながら、刊行以来、30を超える言語に翻訳され、各国語版のダウンロード総数は月平均4000に達し、その数は今年に入って爆発的に増えている。エジプトの現地活動家が民主化デモの方法を学んだ理論家としてシャープ氏の名前を挙げている、とニューヨークタイムズが報じた2月13日には、
「たった数時間で8000以上ものダウンロードがあった」(アルバート・アインシュタイン研究所常任理事のジャミラ・ラキブ氏)
という。