ガザ危機から今日でちょうど1年…「イランなしのガザの和平は非現実的だ」といえるワケ
ガザ危機の1年間を振り返る
昨年10月7日のハマス勢力によるイスラエル領内のテロ事件から、1年がたった。日本ではイスラエルの軍事力に対する盲目的な信仰があり、一部にイスラエルが本気を出せばハマスは早期に消滅させられるのではないか、といったことを語る方もいらっしゃった。
言うまでもなく、それは全く間違いであった。
私は1年前、10・7攻撃の直後すぐ、数日のうちに急いで、「欧米諸国は罠にはまったか」、「ハマスの「イスラエル攻撃」で泥沼の構図に引きずりこまれた欧米諸国と「日本の取るべき立場」」 といった文章を書いた。欧米諸国の近視眼的なイスラエル支持表明が、不人気だったネタニヤフ首相に悪用され、泥沼の地獄図に引きずり込まれていくしかないものであることは明らかだったからだ。
「泥沼」の構図は、1年たって、さらにはっきりとしてきているのではないかと思う。終わりが見えないガザ危機に翻弄されているだけではない。
出口のないまま盲目的な暗殺・虐殺行動に駆られて軍事力を振り回すイスラエルは、レバノン、イエメン、シリア、そしてイランへと戦火を広げ続けている。行く先のあてもなく放浪する徘徊者のような状態だ。
内心ではイスラエルに手を焼いているアメリカも欧州諸国も、表立ってイスラエルを見限ることができず、どこまでも引きずられていくままである。その態度の異様さから、イスラエルのみならず欧米諸国は、国際世論の大勢から、ますます乖離していっている。
欧米諸国に追随する本能から、情緒的なイスラエル支持を表明した日本は、その後の1年間でゆっくりと人知れず火事場から逃げ出そうとしているかのように見える。国連総会における投票などでは、パレスチナ寄りの態度を見せることも珍しくなくなってきている。
しかし「泥沼」に陥っている欧米諸国を助けることはもちろん、見限ることもできず、存在感のない外交姿勢を続けている。果たして日本が、このような曖昧さの中で、国益を維持する立ち位置を見出していけるのかどうかは、未知数だと言わざるを得ない。