2023.12.06
# 本

【追悼2023】第1回大江健三郎賞作家・長嶋有さんが明かす「大江健三郎」さんから届いた直筆の「手紙」の中身

どうしてあの時、伝えられなかったのか。もっと聞いておくべきことがあったのに。そう悔やむことが、故人への最大の供養なのかもしれない。今年亡くなったあの人に、どんな言葉を伝えたいですか?今回は作家の長嶋有さんに、大江健三郎さんへの想いを語っていただきました。

ユーモラスで、一筋縄ではいかない人柄

大江さんとのご縁は、'07年に第一回大江健三郎賞を受賞したのが始まりです。恥ずかしながらその時点で大江さんの作品を読んだことがなく、受賞を知らせてくれた方に「僕、大江さんを一つも読んだことないけど、いいんですか?」と聞いたんです。その方によると大江さんは「断るようなら、自ら一升瓶もって説得にいく」とおっしゃっているらしい。ありがたく賞を頂戴しました。

印象に残ったのは、受賞にあたってお送りした手紙に大江さんからいただいた返事です。僕が送った書面に大江さんが直接手書きで書き込むかたちで、段落を囲んで「まったく同感です」と書かれていたり、異論が書かれていたり。相手の言葉を手触りも含めて引用し、損なわないようにする手つきに、言葉への独自の感覚を感じました。

photo by gettyimages
 

大江さんとの初対面は、大江賞の授賞式でした。600人の前で公開対談が行われたのですが、当然、会場はほとんど筋金入りの大江ファン。僕はアウェーのなかそれなりに緊張しつつ、でも楽しく話そうとしていました。そしたら大江さんがいきなり、「ある日見かけた英会話学校の看板に『マン・ツー・マンでセックスできる……』と書いてあってびっくりしたが、じつは『セックス』ではなく『リラックス』の読み間違いだった」というエピソードをかましてきた(笑)。ユーモラスで、そして当然ですが、一筋縄ではいかない人柄が垣間見えました。

そのおかげで僕も気軽に……というか軽薄に話すことができて、微妙にすれ違う会話に、会場からはお笑いライブのように何度も爆笑が起こった。新しい世代として大江さんとの世代ギャップや作家としての来歴、背景の違いを際立たせる役割を果たせたし、大江さんもそれを大きな度量で受け止めてくれました。

大江さんがこのときの対談の雰囲気を喜んでくれたんだと実感したのが、対談の回想を、'11年、『安全な妄想』という本に収めたときのこと。僕は〈二人のディスコミュニケーションの瞬間にこそ、あの対談の「面白さ」と「意義」が宿っている、ほとんどスパークしていると思った〉と書いた。

関連記事