本当は怖いHPC

HPC屋の外部記憶装置。メモ書き。ちゃんとしたものは別のところに書く予定です

なぜ、スパコンで1番でなければいけないのかに対するアメリカの答え

歴史的 「なぜ一番でなければいけないのか」 から、しばらく経って落ち着いてきた感じの今日この頃だけれども、下のような記事を見つけたので紹介。NCCS(National Center of Computational Science)のサイトからリンクされていた記事。

アメリカの答え:スパコン=イノベーションの道具

「Why the U.S. must lead in supercomputing(なぜアメリカはスーパーコンピューター業界をリードしなくてはならないのか)」

ここで述べられている内容は簡潔だ。

  • 速いスーパーコンピュータを持つことは、米国がグローバルな競争の中で経済的な優位性を確保するために必要である。
    • なぜなら、スパコンはシミュレーションを行なうための道具である。
    • そして、シミュレーションはより良く、素早い製品開発を可能にする。

最後の節は、そのまま日本の政府やお役人に聞かせてやりたいところ。

Loss of U.S. leadership in supercomputing and simulation would have staggering consequences. Without deliberate and sustained investment, supercomputers manufactured abroad with ever-improving technologies developed elsewhere would soon dominate. And the simulation techniques invented in the United States will become other nations' innovation advantages.


アメリカのスパコンにおけるリーダーシップが失われれば、それは驚くべき(痛恨の)結果をもたらすであろう。慎重かつ継続的な投資を怠れば、進化を続ける国外の技術を使って、他国で開発されたスパコンが、世界を支配するだろう。そして、アメリカ国内で開発されたシミュレーション技術が、他国のイノベーションを加速してしまうだろう。

つまり、「スパコン=イノベーションに必要な道具である」、ということだ。


なぜスパコンがイノベーションの道具なのか

理論で解析できない、例えば流体計算のような領域では、高速なコンピューターを使ってシミュレーションするしか研究の方法が無かった。これは、ある意味でスパコンが必須であることが自明だった。ナヴィエ=ストークス方程式の解析解は未だ見つかっていないし、近いうちに見つかる見込みもない。原理すらよくわかっていなかったりする医学の世界(特に遺伝子解析と医薬品開発)でも、スパコンは必須だ。日本はあまり医学的イノベーションに投資する必要性を感じていないのか、いまいち国内での地位は低いけれども。

さらに、衝突シミュレーションとか、化学反応シミュレーションとか、従来は実験が行なわれていた分野でも、シミュレーションで代替することも多くなってきた。将来的には、コンピューターのシミュレーションを繰り返して候補を絞り、有力な数個のターゲットについてだけ、満を持して実際に実験をする、ということが普通になる。特に、ますますスピードが要求される自動車等の工業製品は、この傾向がどんどん強くなるだろう。

Discussion: 僕の考え

冒頭で紹介した文章で注意して欲しいのは、「スパコンが売れてコンピューター企業が儲かるかどうか」という観点からの議論は一切ないということだ。日本国内の議論では、「国の予算でスパコンを作ったって、どこに売れるんだ?」みたいな議論をしている人がいるけれども、視野が狭い。単純にコンピューター会社が儲かるかどうかという話ではない。国として速いスパコンを持っているかどうかは、次世代の科学・工業の発展を左右する重要な要因だ。

一方、「アメリカから買えばいいじゃないか」という疑問に対する答えは、僕はまだ持ち合わせていない。というのは、まだ誰もトップクラスのスパコンをアメリカ企業から買うということをしていないからだ。トップクラスの20分の1とか100分の1くらいの、やっとTop500リストに載るかどうかの物なら、結構いろんなところが買っている。だけど、本当にトップクラスのスパコンを売ってもらえるのかどうかは、まだわからない。

さらに、忘れてはならないのは、アメリカ等の核保有国から見れば、スパコンは核兵器開発をはじめとする軍事用途にも欠かせない物になる(なっている)ということだ。

もしかしたら、アメリカは日本に、普通にスパコンを売ってくれるのかもしれない。けれども、それは国の将来を賭けるには楽観的すぎる予測だと思う。ほとんど戦略兵器と化したスパコンは、(暗号技術と同じように)何らかの輸出制限がかかるだろうと考えるのが妥当だし、国の将来を担う政策を決めるなら、安全側に倒して考えるべきだ。

「スパコン=技術開発力」、となる時代は10年〜20年後くらいに来ると思うけれど、その時に何が起こるかはよくわからない。しかし、ただ単に「買えばいい」では、少なくとも世界に冠たる技術立国の立場は確保できず、良くも悪くも普通のレベルの工業国に落ちることは確かじゃないかと思う。


最後に注釈しておくと、僕は、神戸のスパコンに全面賛成というわけではない。はっきり言って、スパコンの専門家の駆け出しの僕から見ても、神戸のスパコンはスジが悪い。だけど、あんなできの悪い時代劇みたいなショーで、スパコンというジャンル全体が否定されるわけにはいかないんだよなぁ。