石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』

Wi-Fi 7機器は技適マークがあっても安心できない? 現在の日本国内で使う際の注意点

Wi-Fi 7機器は技適マークがあっても安心できない?

Wi-Fi 7の行く手を阻む問題たち

 無線LANの新規格であるWi-Fi 7ことIEEE 802.11beについて、僚誌「Internet Watch」に、先日このような記事が掲載された。

 Wi-Fi 7は通信の高速化や安定化など、ゲーマーにとっても非常にメリットの多い規格なのだが、日本国内での利用は非常に難しい状況が続いている。筆者も製品が登場し始めた昨年から、いつ導入すべきか、レビューなどに使うテスト環境をどう用意すべきかと悩み続けているのだが、未だにクリーンな問題解決策が見当たらずに足踏み状態が続いている。

 いったい何が厄介なのか、ゲーマーでありジャーナリストである筆者の目線で見ていきたい。端的に言えば、法律的問題と技術的問題の複合的な問題である。

技適番号があるのに技適が取れていない問題

 Wi-Fi 7で最も厄介な問題は、技適だ。技適とは、電波法令で定められている技術基準に適合している無線機であることを証明するもので、対応機器には技適マークが技適番号とともに書かれている。Wi-Fi機器の場合、機器に印刷やシールで書かれたもののほか、PCやスマートフォン等ではソフトウェアに記載され、画面上で確認できるものもある。

 技適について簡単に言えば、技適マークが付いていない機器は、日本国内で電波を発してはいけない。筆者は以前、米国でワイヤレスマウスを購入したことがあり、そのまま何気なく国内でも使用していたが、ある時「それ、技適マークついてますか?」と聞かれてハッとなったことがある(このマウスとレシーバーには技適マークが記載されていた)。

 Wi-Fi機器に関しても同様で、国内で使用できるWi-Fi機器には、技適マークが入っている。読者の皆様も、自宅で使用しているWi-FiルーターやノートPCを確認していただければ、どこかに技適マークが入っているはずだ。

 技適マークが入っているなら、安心して国内で利用できる……というのは過去の話。Wi-Fi 7では、この理解でいると完全に間違える。Wi-Fi 7という規格と、6GHz帯の電波帯の利用により、技適が極めて難解な状況になっている。

 例えば、Intel製のWi-Fi 7モジュール「BE200D2W」について、技適番号を探してみよう。総務省の電波利用ホームページから、型番で検索できる。

 すると65件の情報が見つかる。「BE200D2W」という型番の製品だけで65件である。内容を見ていくと、2.4GHz帯、5GHz帯、6GHz帯のそれぞれで、どのくらいの幅をどのくらいの出力で使用するか、というのが個別に書かれている。しかも同じWi-Fiモジュールで、異なる日付で何度も認証をしている。

「BE200D2W」という型番の製品だけで65件の情報が見つかる

 ここでポイントになるのが、技適番号は「003-230204」と「003-240053」の2種類しかない点だ。このうち番号が後発になる「003-240053」の方では、最新の令和6年6月25日の情報として、「D1D,G1D 6.105GHz,6.265GHz 0.000195W/MHz」という表記がある。これは320MHz幅での通信が可能なことを示している。そう読み取るのも難解なのだが。

「003-240053」の情報には、320MHz幅での通信に関する記述がある

 しかし「003-230204」の方には、この記載がなく、160MHz幅までの通信しか許可されない。つまり「BE200D2W」という同じWi-Fiモジュールを使ったPCでも、技適番号が「003-240053」であれば320MHz幅での通信が許されるが、「003-230204」であれば160MHz幅までしか許されない。

「003-230204」の情報を見ると、320MHz幅での通信に関する記述がない

 先のInternet Watchの記事では、まさにここを見落としていて、技適番号が「003-230204」だったにも関わらず、320MHz幅での通信を行ってしまった……というのが問題になったわけだ。

 見落としたと言ったが、わざわざ技適番号を検索して、自分のPCが320MHz幅で通信できる機器かどうかを確認する人など、まずいない。PCは自動でアップデートされるし、320MHz幅で接続できるようになっていたら、「アップデートで対応したんだな、よかったよかった」と思うのが普通だ。

 強いて言えば、アップデートで320MHz幅の通信を可能にしてしまったメーカー側の責任もある。とはいえWindowsのアップデートはマイクロソフトが行うわけで、メーカーによるPCのアップデートも重なれば、何をきっかけにして320MHz幅で通信が可能になったかを調べるのも難しい。

 ちなみにIntel製のWi-Fi 7対応モジュールは、いくつかの製品がある。もしこれから購入したいPCがあったら、搭載されているWi-Fiモジュールの型番を把握して、対応する技適番号を調べて、多数ある情報の中から6GHz帯の320MHz幅で通信可能なものかを確認して、実機の技適番号と照合する……こんな手順を経ないと安心して使えない、というのは悪い冗談であって欲しい。

6GHz帯利用で国内外の仕様が違う問題

 Wi-Fi 7の高速化の要と言うべき320MHz幅での通信は、6GHz帯の使用を前提としている。この6GHz帯もまた曲者で、一連の問題の大きな原因になっている。

 6GHz帯の利用が始まったのは、1つ前の規格であるWi-Fi 6Eから。Wi-Fi 6までは2.4GHz帯と5GHz帯の2つを利用してきたが、Wi-Fi 6Eからは新たに6GHz帯が利用できるようになった。

 Wi-Fi 6Eで6GHz帯を利用するにあたり、日本国内では6GHz帯のWi-Fiでの利用が2022年9月2日に解禁された。逆に言うと、それまでは日本国内では6GHz帯のWi-Fiでの利用は許されていなかった。Wi-Fi 6Eが普及する間もなくWi-Fi 7の話題がやってきたのは、このタイミングの影響もある。

 その6GHz帯だが、日本と海外では条件が異なる。これについては総務省の資料があるので、詳しく知りたい方は合わせて目を通していただきたい。それなりに専門的な内容なので、無理に読む必要はない。

 6GHz帯と言うと、世界的には5,925~7,125MHzの1,200MHz幅を指す。そのうち日本でWi-Fiに使っていいのは、5,925~6,425MHzの500MHz幅に限定されている。この使用範囲は各国で異なっており、米国や韓国では1,200MHz幅をフルに使用できる。欧州では日本と同様の500MHz幅だ(というか日本が欧州にならった形)。

総務省の資料より、6GHz帯の電波使用状況に関する情報。既にいろいろな目的で使用されており、上手く併用できる方法が探られている

 電波はさまざまな機器で使用されており、同じ電波帯で使用すると、別の用途で使われていた電波に悪影響を及ぼす可能性がある。最も身近な例としては、2.4GHz帯の無線LANが、同じく2.4GHz帯の電波を用いる電子レンジを使用することで通信不能に陥る。

 既に利用されている電波が、Wi-Fiの影響で不調に陥っては困る。また各国で電波の利用状況は異なる。そのため、たとえ海外で使用されているとしても、日本でも利用できるとは限らないのである。

 日本国内では、6,425~7,125MHzの割り当てはまだ検討中とされている。もし日本でも6,425~7,125MHzが使用できるようになった場合、ハードウェア的に対応できるWi-Fi 7モジュールは市場に出回っているものの、6,425~7,125MHzでの使用に関する技適を取得したWi-Fiモジュールでなければ使用不可となり、再び(三度か四度か、もうわからない)目を皿にして技適番号を見るということになるかもしれない。

 法律上、また電波の公正な利用上やむを得ないことと理解はしつつも、もう勘弁してくれという愚痴は出てしまう。これは未来の問題なのでいったん忘れていい。しかし別の問題は既にある。

 より注意が必要なのは、日本国内に6,425~7,125MHzの電波を使用できるWi-Fi機器が入ってくることだ。例えば米国のノートPCやWi-Fiルーターを購入して日本に持ち込めば、6GHz帯をフルに使用できるノートPCが手元に来ることになる。しかし日本国内では6,425~7,125MHzの使用は認められない。OSが自動でリージョンを判断して適切に設定変更してくれるような仕組みがあればいいが、そこまで親切ではないだろう。

 この場合、日本では使用できない電波帯が使用できてしまうという技術的な問題と、日本の技適を取得した機器であるかどうかという法律的な問題が二重にかかってくる。インターネットの利用が大前提になっている現代のPC環境では、国外のPCを国内で気軽に使用することもできない。

少ない対応製品と、既存製品のアップデート対応の不透明感

 そういった事情が絡み合ったせいか、Wi-Fi 7に対応したPCは製品の数が少ない。

 ワールドワイドにPCを販売するメーカーの製品情報を見ると、Wi-Fi 7に対応するWi-Fiモジュールを搭載しているにも関わらず、「日本国内ではWi-Fi 6まで」といった文言が書かれていることが多い。ハードウェアが対応しているなら、いずれはアップデートしてWi-Fi 7に対応してくれるだろう、と考えるのが普通だと思うが、そう簡単にはいかないことは、ここまでお読みいただいた方なら理解していただけると思う。

 販売済みのノートPCがWi-Fi 7に対応するには、技適情報の更新が必要になる可能性があるが、技適番号がハードウェアに掲示されている場合、メーカーへの返送対応が必要になる。一部のメーカーがWi-Fiルーターでこの対応を取った事例があるが、全ユーザーにそれを依頼するのはかなりイレギュラーで、全てのメーカーと製品に同じ対応を期待するのは明らかに無理がある。

 そうかと思えば、先のInternet Watchの記事のように、Wi-Fi 7で320MHz幅の通信が可能になったにも関わらず、実は許可されていなかったということもあり得る。技術的にはOKでも法律的(技適)には問題があった場合、気づくことはほぼ不可能で、知らないうちに電波法違反になるわけだ。

 これが一般の方であれば「知りませんでした、ごめんなさい」で済むかもしれないが、筆者のようなIT系メディアで執筆するジャーナリストは法律的にも社会的にも許されない。しかし問題が極めて複雑でわかりづらく、「Wi-Fi 7に触ったら何か法律違反になるのでは」と及び腰になってしまう。新機能が多いだけに、まだ気づかぬ制度の落とし穴があるかもしれない。

 筆者も本稿を書くにあたり、さらに調査を進めている状態で、問題の全容を把握できてはいないと思っている。それでも理解している範囲で、なるべく誤解のないように、できるだけわかりやすくと考えながら本稿を執筆している。調べれば調べるほど、本当に厄介な問題だ。

 Wi-Fi 7の問題はまだある。仕様的に2.4GHz帯、5GHz帯、6GHz帯という3つの電波帯を使用することから、Wi-Fiルーターの価格が高価になりがちだ。特に現在はまだ製品が出始めの段階で、高性能機を中心としたラインナップになっているのもあるが、Wi-Fi 6以前の製品に比べて価格が下がりにくいのは間違いない。昨今の物価高や円安も悪影響を及ぼす。

 その発想で行くと、いっそ使われなくなってきた2.4GHz帯を切ってしまえばコストカットできるのでは? などと考えてしまうが、Wi-Fi 7には3つの電波帯を束ねて使用できる「MLO」という機能がある。むしろ2.4GHzは今から再活用が始まるのである。よって高価なWi-Fi 7対応ルーターにも価値はあるのだが、高いものは高いと言わざるを得ない。

現在販売されているWi-Fi 7対応ルーターの中で最も安価な製品の1つ、エレコム製の「WRC-BE94XS-B」。それでも実売で2万円以上はする

 なおWi-Fi 7の規格策定完了は2024年12月の予定となっており、まだ正式に開始したという状態ではない。よって各所の対応も不十分だったり曖昧だったりするのも仕方ない、とも言える。

 とはいえ既に製品は世に出ており、規格策定後にもそのまま使えるのがWi-Fi機器の通例だ。今後も安心して環境を構築できるものはないかと探し求める日々は続きそうだが、せめて規格策定が終わる年末ごろには何とかなっていて欲しいものだ。

著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)

1977年生まれ、滋賀県出身

ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。

・著者Webサイト:https://ougi.net/

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