BOYS BE…みたいな恋に憧れてたあの頃の僕らは

金曜日、わたしは「ワルキューレの騎行」で目覚めました。藤原喜明さんの入場テーマ曲でおなじみのあれですけど、わたしにとっては会社から支給されている携帯電話が着信した時に奏でるメロディでしかなく、しぶしぶ通話ボタンを押すと「…何しとんの?」と上司の不機嫌そうな声が聞こえてきました。「おはようございます!」と爽やかに挨拶するわたし。「今何時やと思てんねん?」とまた質問を浴びせてくる彼。朝からうっとおしい…と思いながら時計を見るわたし。…13時?…えっ、お昼!と驚いていると、「今どこや?」とさらに質問を浴びせてくる彼。どうやら5W1H責めをされているということには気づいたものの、自分でも信じられないのですが布団の上にいます…とは言えず、抱えた枕に顔をうずめてイヤイヤをしていると、遂に噴火する上司のハゲ山。「電車は止まっとるけどおまえ車通勤やから関係ないやろ」とか「だいたい余裕で歩いて来れる距離やろ」とか「便乗して休んでんちゃうぞワレ」とか「休むなら休むで電話してこんかいボケ」とか間髪入れずにまくし立ててきました。この状態を我々の間では「煉獄」と呼んでおり、発動されたが最後、目の焦点が合わなくなった相手がまるで操られているかのように謝罪の言葉を述べはじめるか、上司が飽きるまで続きます。だからわたしはやれやれだぜ…という顔をしながら電話を切りました。するとすぐに電話から着信音が聞こえてきたのでまた通話ボタンを押し、「弁護士が来るまでは何も話しませんから」とだけ告げて電話を切り、ついでに電源も切り、床板をめくり、漬物の容器の上にそっと置き、床板を元に戻しました。

部下が出勤していないのを勝手に台風のせいだと決めつけて激怒する軽率な上司とほんの6時間ほど寝過ごしたせいで出勤しそびれてしまった部下。上司のほうに問題があるのは考えるまでもないわけで。とりあえず台風に謝ってほしい。しかも今回、部下にははちゃんとした理由があった。興奮して朝方までほとんど眠れずにいたわたしをいったい誰が責められるのか…

木曜日、巨乳の彼女と週3ペースでエッチしている後輩が「まだ何も終わってませんよ~!」と足にしがみついてくるのを左右の掌打と膝蹴りで昏倒させると、「お先に失礼します」と言いながら3階の窓を突き破って会社を出て、両腕にガラスが刺さったままゆり子さんの職場近くまで車を走らせました。台風ごときに彼女を濡れさせるわけにはいかない。彼女を濡らすのはわたしだけでいい。そんな強い気持ちに衝き動かされたわたしは会うなり「風が強いですから…」と言っては肩に手を回し、「おっと危ない…!」と言ってはさらにぐっと引き寄せて、全神経を集中させた右上腕部にオッパイの感触を永久記憶させていました。安全運転というよりむしろ迷惑行為に近い速度で自宅の前までお送りすると、傘を開きながらイーグルアイで半径20メートル以内に誰もいないことを確認し、わざとらしく咳払いをしたわたしは、「ひ、一人にさせるのは心配なのでおまじないを…」と意味不明な言い訳をしたのちチュウをしました。唇が当たった瞬間、身体中に電気が走ったようなびりびりとした感触があり、また目を閉じているにもかかわらず、純白のワンピースをお召しになられて草原に佇んだ石田ゆり子さんが微笑みながら手を振るのが見えました。すわ何事かと思い、そうっと薄目を開けるとゆり子さんの顔が間近に見え、まつ毛すらかわいいなこの人…とうれしくなり、また目を閉じたらお昼に食べたカツカレーのことをふと思い出して、でもゆり子さんもカレーは好きなのでまあいいかな…と思ったりしていると、背中をぺしぺし叩かれたのでチュウをやめました。

「長いです…」「いきなり苦情…」「初回なのにこの長さは…」「そんなルールありましたっけ…」「というより空気が足りなくなりましたので…」「鼻で息できないタイプですか…」「鼻息の荒い女だと思われるのはちょっと」「鼻息の荒い女性は僕も苦手で」「黙れ」「あなた顔めっちゃ赤いですよ…」「これは息でけへんかったから!」「だから鼻」「本気で怒りますよ…」「ごめんなさい。もう言いません」「ところで田中さん、今日はどうしたんです?」「えっ、どうもしてませんけど…」「ぐいぐいというか…積極的というか…」「風に背中を押されたのかもしれません」「台風のせいなのですか?」「台風のおかげです」「たまにはいいと思います」「…うん」「だいぶ待ちました」「…うん」「次はわたしもこっそり鼻で息しますので」「フンフンする?」「フンフンしません」「していいんですよ?」「しません」「…今からもう一回します?」「しません」「しましょう」「背中びっしゃびしゃじゃないですか田中さん」「しましょう」「タオル取ってきますからちょっと待っててください」「しましょう」「風邪引きますよもう…」「しましょう」「…します」「しま…はい?」

復習はだいじ。おっさんに似つかわしい柄のタオルを首に巻かれたおっさんはそんな当たり前のことを思いました。

 

U.W.F.変態新書 (kamipro books)

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