「知っている」になるのは簡単だ。知ればいい。
ただしもう二度と「知らない」に戻ることはない。
――息子がついにドラクエデビューした。元々いつかはやってほしいと思っていたのだが
大前提として字が読めなきゃいけないってのがあった。もう小学三年生だ。充分だろう。本人もやりたいと言っている。時は来たのだ。さっそくファミコン版『ドラゴンクエスト』を用意する。でもちょっと待てよと。うちの息子は既にバリバリのゲーマーではあるものの(ドラクエ型の)RPGは初体験だ。いきなり『1』をやらせてはかえって
RPGは面倒くさいという変な誤解を与えかねない。かと言って『2』はシリーズ屈指の難易度ときたもんだ。デビューには向いてないだろう。だとしたら『3』の一択ッッ!
さっそく本体に『3』をセットし電源を入れる。無音で表示されるウィンドウに思わず頭を抱える。うかつだった。『3』にはオープニングがないことを忘れていた。ドラクエと言えばすぎやまこういち先生の名曲の数々。とくにOP曲を聞くという行為は「これから冒険が始まるんだ」という
日常とゲーム世界の切り替えスイッチの役目を果たす重要な儀式ではないか。息子よ。我々のように『1』や『2』の冒険を終えてきた歴戦のファミっ子ならまだしも、RPGって何?セカオワ?みたいなド素人のお前に無音OPはあまりにも不条理。きっと戸惑っているに違いない。恐る恐る息子の顔をみると当の本人はなんてことない様子。杞憂に終わればいいのだが、、、
先に進もう。さっそくスタートすると音読の宿題みたいに小学生特有の棒読みでひらがなを読み上げる息子。母親に連れられ「このまままっすぐ城へ行って王様に会いなさい」と言われているのに、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
まったく王様のところへ行く様子がない。やることがわからないのかと聞いたらそうでもないという。もともとリアルでもしょっちゅう通学団に置いてきぼりにされては
「また◯◯君、ひとりで登校してたよ」と目撃したママ友から心配の連絡が入るような息子だったが、今、ハッキリとその理由がわかったぞ。お前、登校中もあっちへウロウロ、こっちへウロウロしてるんだろ。まったくしょうがないやつだな。ちゃんと六年生についていかないと駄目じゃないか。喉元まで出て来た説教を飲み込んだ。
結局、息子は通常の五倍くらいの時間をかけて何とか王様に謁見したあとルイーダの酒場へ向かった。こりゃ先が思いやられるな、、、
※ドラクエに初挑戦中の息子(小学3年生) 案の定、酒場に到着してもあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。なかなかカウンターへ着こうとしない。ああ、もう限界だ。しびれを切らした私は「はよ、あそこで話しかけんかい」と口を出してしまった。「え、これ話せるの?」と驚く息子。どうやら
「カウンター越しにひとと話せる」という概念はドラクエ世代の暗黙了解に過ぎなかったようだ。それからは手取り足取りで仲間を登録(結局は)。勇者、戦士、僧侶、魔法使いの4人パーティを組むことができた。
城から出ると「ねえ、敵はどこから来るの」
異様に怯えながら聞いて来る息子。そういえばお前、スイッチオンラインで『ゼルダの伝説』はプレイしたことあったな。あれと違ってドラクエの敵は見えないんだ。いきなり出、、、ドゥルンドゥルン。戦闘だ!
隊列を組み直してないため勇者が先頭のままだったが相手はスライム3匹。問題ない。いいか息子よ。たたかう、たたかう、ぼうぎょ、じゅもん→メラだ。よし、そうだ。順調にスライムたちをバッサバッサと倒していく勇者たち。戦闘が終わるとさすがゲーマーの息子。すぐにシステムを理解したようだ。それから何回かお城の周りをグルグル→戦闘→宿屋を繰り返し、レベルアップの仕組みなどを叩きこむ。そういえば一番最初にメッセージの速さを決めるやつで、つい癖で最速にしてしまったが息子にはパッ、パッと流れる「◯◯のダメージ与えた」とかのメッセージをちゃんと読めてるだろうか。聞くと「うーん、なんとなく」と気のない返事が返ってくるだけだった。
そろそろかな。息子のパーティの戦士がどうのつるぎを装備したところで橋を渡る許可を出す。「いいか、橋を渡ってレーベという町へ向かうんだ。ただし敵が少し強くなるから気を付けろよ」するとまた息子の奇行がはじまってしまった。敵が出ることに異様に怯えながら、なぜか
ジグザグに歩き始めたのだ!
※イメージ図 あまりの突飛な行動に思わず訊ねる。
「なんでジグザグ歩いてるの?」
すると息子はこう答えた。
「だってこうしたほうが敵に見つかりにくいじゃん」
……絶句である。
その言葉にギガンデスのこん棒で脳天をぶち破られたような衝撃を憶えた。そうか、そういうことか。最近よく聞く。ゲームがやりたいのに
「電源を入れることができない」という現代病を患ったおじさんゲーマーたちの泣き言を。かくいう私も同じだ。ほぼ毎日ゲームはしているが特定のものしかやらない。いつかやろうと決めて買った他のゲームソフトは「これでいつでもやれる」という安心感だけで満足してしまい、棚を埋めていく日々である。なぜなんだろう。ずっと不思議に思っていたが、そういうことだったのか!
その答えは単純だった。私が「知ってる」からだ。ゲームがどういう風に作られているのか。それはプログラマーがプログラムを打ち込んでつくっているということを私は知っている。したがって「敵にエンカウントするかどうか」なんてのはプログラムされた確率に過ぎないことを知っているのだ。だから我々はなるべくまっすぐ歩く。最小限の歩数で目的地まで行こうとする。どう転んでも
「ジグザグに動いたほうが敵に遭わない」なんて発想など絶対に出てこないのだ。しかし息子は違った。なぜなら彼はアリアハンにいる。今、まさに仲間三人を引き連れて命がけの冒険をしているのだ。見晴らしのいい草原をまっすぐ進むのと、岩陰、木陰に隠れながら進むのとどちらが敵に見つかりにくいのか。そんなことは自明じゃないか!
どうやら無音OPなんて杞憂だったらしい。現実切り替えスイッチなど不要だったのだ。彼はもうとっくにドラクエの世界にいた。息子よ。だからお前は敵が出てくるのが死ぬほど怖くて怯えていたのか。気付かなくて悪かったな、、、
🐍🐍🐍
「知らない」は尊い。つくづくそう思う。私はそれ以来、息子のジグザグ歩きをやめさせるのをやめた。ナジミの塔へ迷い込んでしまい「ああ、急いで帰らなきゃ」と言いながらジグザグ歩きしてる息子の姿はハッキリ言って滑稽だが、きっといつか自分で気付くだろう。それまでは彼の「知らない」を尊重しようじゃないか。なぜならそれは彼にとって
人生で一度しか来ない命がけの冒険なのだから。
| | そんな息子の名前がドラクエ由来なのは秘密だよ!? |
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