アドバンス・ド・蜜の味 1
私は死につづけていた。
笑顔でずっと死につづけていた。
「夏美……。真冬……。お父さんから大事なお話があります」
16歳になったとき母親から奥座敷へ来るよう呼ばれた。通称アカズの間だ。そこは幼いころから「絶対に入るな」父親にクギを刺されていた部屋だった。髪が長いほうの姉・真冬は素直にその言いつけを守っていた。でも私はどうしてもなかへ入ってみたくて侵入を試みたことが何度かあった。そのたびに父親に見つかって意味がわからないくらいこっぴどく叱られた。父親は決まり文句みたいにこう言うのだ。
「お前はもっと真冬を見習いなさい」
姉ちゃんは昔から病弱で体育の授業は見学ばかり。ジャム瓶のふたを開けられないほど虚弱体質だった。その代わり妹の私は健康すぎて体力が有りあまっていた。幼いころから空手道場へ通ったり、ダンスを習ったり、やりたいことは何でもやらせてもらった。
学校の帰りに男子たちとつるんでゲーセンへ行ったり、寿がきやでラーメンを食べて帰ったりもした。跳び箱はクラスで一番高く飛べた。足は学年で一番早かった。なぜか知らないけど他の小学校の女の子からバレンタインにチョコをもらったこともある。私も一応、女の子なんだけどな……。
双子なのに私たちは正反対だった。
私は真冬のできないことは何でもやってあげた。真冬は私ができないことは何でもやってくれた。お姉ちゃんは私とちがって勉強ができるし部屋の片付けもできるしダジャレもいっぱい教えてくれる。私たちはそうやってお互いの足りないところを補いあって生きてきた。
中学生になったときクラスでいじめが起こった――。
赤池虎之介とかいうガキ大将みたいなやつが標的を定めると一斉に嫌がらせや無視が始まるのだ。彼らはそれを「いじめコント」と呼び入学式からやりはじめていた。虎之介にとってはそういう設定の遊びだったらしい。私は彼とは別の学校だったのでそんなノリは知らないし参加したくもなかった。クラスには私の他にも虎之介に従わない生徒が何人かいた。でもだいたいそういう生徒は次の標的にされていた。だんだんとみんなが虎之介に従うようになっていった。
ある日クラスで男子から一番人気の岩塚葵ちゃんが標的になった。どうやらこないだの春祭りの夜に虎之介からの告白を断ったらしい。それで翌週から標的となってしまった。彼女はクラスの皆から無視され教室の隅でしくしく泣いていた。
私は小学生時代にさんざん暴れまくってたので「中学生になったら良い子になります」父親と約束させられていた。だから今まで頑張って猫をかぶっていたんだけど、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。
「ちょっとあんた……」
「はぁ、なんだお前」
パーン!。
あいつが立ち上がるや否や思いっきり腹パンしてやった。一瞬の静寂。となりの女子生徒が悲鳴をあげた。うずくまる虎之介。何やってんだお前!。周りのモブ男子たちに取り押さえられた。でも構わず「あんた、やること小さくね?」言ってやった。あいつは顔を真っ赤にして私に殴られた腹部をずっとおさえていた。でもとくに言い返しては来なかった。
やがて騒ぎを聞きつけた先生が飛んで来た。すると虎之介は急に立ちなおって田舎の小学生みたいに「せんせ~、こいつに殴られました~」ふざけはじめた。教室にドッと笑いが起こった。
殴り返すわけでもなく口撃をしてくるわけでもなく、あえて笑いに昇華することで体面を保ったか。この男、意外とデキる……。
私はそんな彼の立ちふるまいに敬意を表して何も反論しなかった。そのまま職員室へ連行された。家に帰ると父親に意味がわからないくらいこっぴどく叱られた。
その夜――。
私は部屋のベッドのうえでそのシーンを再現する。マジいい音したんだよ。パーンって。そんでね、あたし言ってやったの。あんた、やること小いさくね?。あいつの悔しそうな顔、お姉ちゃんにも見せてあげたかったなあ。
真冬はそんな私の話をいつも優しく笑ってくれた。私はそれが嬉しくて何度もそのシーンを再現した。
すると真冬は「待ってました」「よ、日本一」「なっちゃんかっこいい!」ベテランの見巧者みたいな掛け声を絶妙なタイミングで入れてくれるもんだから私はますます調子に乗ってしまうのだ。私はこの時間が大好きだった。そんなお姉ちゃんのことが大好きだった。
次の日――。
校門で待ち伏せしていた三年生から呼び出しを食らった。言われるがまま体育館裏へついていった。いかにも悪そうな番長みたいな男が段差のところに座っていた。その周りには数人の手下みたいなやつらが立っていた。赤池龍之介。あいつの兄貴だった。龍之介は開口一番こう言った。
「お前かぁ、俺の弟をかわいがってくれた女は」
「うん、そうだけど……。何か用?」
周りの手下みたいな男子たちがざわついた。きっと私の第一声にびびったんだろう。すると龍之介は「おもしれえ女だな、名前は?」聞いてきた。
私は腰に手をやって「扶桑夏美だ。憶えとけ!」指差しポーズを決めてやった。でも本当は心臓が爆発しそうだった。指先がちょっと震えていた。すると彼はガハハ豪快に笑って「気に入ったぞ。俺の女になれ」って言ってきた。
ヒャハ。思わず変な声が出た。
こんな世紀末みたいなことをいう人間が実在するとは。すると、あぁ?。なに笑ってんだよ~。手下のひとりがポケットに手を突っ込み顔を上下させながら凄んできた。ヤンキーがよくやるやつ。ニヤニヤしていると別の手下が、シチューかき回しの刑にしてやるぞ。ブチ切れてきた。さらにもう一人が、てめえ、お嫁に行けなくしてやろうか。声を荒げてきた。なんか、脅し文句がいちいちツボなんだけど。笑。
そのとき龍之介が「てめえら黙ってろ」一喝してスクっと立ち上がった。空気がピリついた。あれ、もしかしてピンチかも。私は拳を握りしめ四股立ちの体勢をとった。でも龍之介は何食わぬ顔で私に近づいてくる。彼は両手を広げながら指をL字にして下へ向けた。見たことない構えだ。す、隙がまったくない!?。
額に汗がにじむ。ふと横を見ると手下の一人がマイクの玉を口元へ斜めにあてながら「ポン、ツク、パン、ツク」ビートボックスを刻みだした。そのリズムに乗って龍之介が目の前までやって来た。次の瞬間……。
♪俺のHeartはHeat. 昂ぶるBeat.
♪Dash決めるStart. 行くぜMario Kart.
♪Tutoは不要(Yo!) Cheatも無用(Yo!)
♪"奪取"してやるぜ? お前へのPassport.
Aiight!?
手下たちがうぉおおおおおお!。拍手喝采した。なにそれー。
どうやら彼らは私を脅かすために一芝居打っていたらしい。「怖い思いさせちまったな」龍之介が言った。うんん、面白かったよ?。返すと彼はガハハ豪快に笑って「マジ惚れた。絶対に俺の女にしてやるぜ。扶桑夏美!」謎の宣言をして去っていった。私は彼のうしろ姿を見送ったあとその場にへたり込んだ。
心臓のチクチクが止まらなかった。
おーはようー!。
教室に入るとあいかわらず虎之介は子分みたいな男子を周りにはべらせていた。何やら談笑していて私が挨拶しても振り向きもしなかった。葵ちゃんのほうを見ると軽く会釈をしてきたので私はウィンクで返して自分の席へついた。
それ以来、虎之介が「いじめコント」をすることはなくなった。でも相変わらず調子のいいやつだった。それよりも問題はその兄の龍之介のほうだった。どうやら彼は本気で私に惚れたらしい。毎日ちょっかいを出してくるようになってしまった。
真冬の調子が目に見えて悪くなったのはちょうどそのころだった。原因不明の体調不良がつづき朝起きられないことが多くなった。医者はストレスが原因ではないかと言っていたけど父親はそれ以上追求することはしなかった。真冬は一日中ベッドで過ごすことが多くなった。そのかたわらには必ず本があった。学校を休んだ日はひたすら本を読んでいるらしい。
夜になると真冬は読んだ本の内容を教えてくれるようになった。それはインドネシアの妖怪の話とか赤血球の話とかたいてい私にはチンプンカンプンな内容だった。でも私は楽しそうに話をしている真冬のことが好きだった。だからどんな話でも楽しかった。
真冬の話が終わると次はお待ちかねの「夏美劇場」だ。私がベッドの上に立つと「よ、大統領!」常連客の真冬から声がかかる。そこで私はその日、私が学校で巻き起こした出来事を熱演した。真冬はいつもそれをニコニコしながら聞いてくれた。でもその笑顔はだんだん弱々しくなっていった……。
10月に体育祭があった――。
私たちのクラスの応援団長は虎之介が務めることになった。あいつはなんだかんだクラスのリーダー的ポジションを堅持していた。私はこのころになるとあまり教室には顔を出さず保健室にばかり入り浸っていた。そこには真冬がいたからだ。学年で成績トップだった彼女は体調がわるくなったらすぐに横になれるよう特別に保健室で自主学習することを許されていた。
私は授業をサボる体のいい言い訳として彼女の世話役を買って出ていた。ついでにホームルームにも出なかったのでクラスの動向はあまり知らなかったし興味もなかった。
そんなある放課後に私は虎之介に呼び止められた。
教室から他の生徒が出ていくまで待ってから彼は「応援合戦でどうしても一番になりたいんだ」と言った。うちの学校では体育祭のときに応援合戦という演目があった。それはクラス対抗でダンスやパフォーマンスを披露してそれにも順位がつくという謎の伝統だった。もはや応援でも何でもないんだけどそれは毎年クラス対抗リレーよりも盛り上がっていた。私たちのクラスは「虎之介のラップに合わせて女子がダンスをする」という意味不明な演目に決まったらしい。
それって大人になってからふいに思い出してうわあああってなるやつじゃん。ウケるんだけど。彼は「兄貴の影響でラップを始めたんだ」はにかんだ。そういえばこないだ龍ちゃんが言ってたっけ。あれは千代田橋のアピタで彼と寿がきやラーメンを食べているときだった――。
――夏美、俺は今度「Summer Buddha B.B.Q」っていうフリースタイルHIP HOPグループを立ち上げるんだ。もちろんSummerはお前の名前から取った。そう言って彼はラーメンに胡椒をふった。やめてよ恥ずかしい……。
――俺はMC Dragonって名前で活動していく。東京で一旗揚げて絶対に成り上がってやるからな。そんときは必ずお前のところへ迎えに行くぜ?。
ジジジ……。番号札が鳴った。うんわかった。待ってるから。私は面倒臭そうに返事をしてクリームぜんざいを取りにいった。本当は嬉しかった。
結局、私たちは付き合っていた。龍之介は悪ぶってはいたものの純粋にHIP HOPを愛し憧れているだけの中学三年生だった。周りの連中は手下ではなくてグループの仲間だったらしい。きっと虎之介は私が兄・龍之介と付き合ってることを知っていて関係を修復したがっているのだろう。
他に誰もいない教室。窓の外から野球部の掛け声が聞こえてくる。
「夏美、過去のことは謝るよ。ごめん。このとおりだ!」
そう言って虎之介は直立不動でひょっとこの顔をしてきた。
いったいどの通りなんだよ。
彼は例のいじめコントの件で私に殴られたあと龍之介からもコテンパンにされて心を入れ替えたらしい。でもお調子者なのは変わらないみたいだ。
「夏美、お前しかいないんだ。どうか女子のダンスをまとめてほしい」
「いやいや、いきなりそんなこと言われましても」
「頼む。このとおりだ!」
そう言って彼はまた直立不動でひょっとこの顔をした。
「だからどの通りなんだよ!」
仕方ないなあ。そのオモシロ顔に免じて受けてあげるよ。
そう言って私は彼の肩をポンとやってあげた。窓の外からカキーンと甲高い打球音が聞こえきた。虎之介は「ありがとう。応援合戦では特大ホームランを打ってやるぜ!」謎の宣言をして教室を去っていった。ホント似たもの兄弟なんだから……。
その日以来、学校がおわると近くの平和公園の一角にクラスの生徒たちが集まって自主練習をするようになった。私はそこで女子たちに熱血指導をしてダンスパートをそれなりのクオリティまで仕上げた。
そして迎えた本番当日――。
私たちは大したミスもなく演技を終えることができた。でもそのまま終わっておけば良かったのに虎之介がサプライズで葵ちゃんに公開プロポーズするという暴挙に出た。まだ好きだったんかい!。
結局、演目はぐだぐだになって終わり私たちの演技は最下位に沈んだ。しかも葵ちゃんはそのとき上級生の彼氏がいたため虎之介は後日その先輩からボコボコにされたらしい。ちゃんと調べてからやりなよ……。
そんな私たち双子姉妹も高校生になり16歳の誕生日を迎えた――。
母親に促されるままアカズの間へ足を踏み入れると室内は八畳くらいの大きさで格式が高そうな桐の衣装箪笥。謎の巨大金庫。座布団の山。中央には輪島塗の座卓。その向かいの座布団に父親がドカッと座っていた。母親は少し離れたところの畳のうえに座った。少しこわばった両親の顔がただ事ではない雰囲気を醸し出していた。深く空気を吸い込むとじめじめと埃のにおいがした。おもむろに父親が口を開く。
――今からする話を心して聞きなさい。扶桑家の娘は代々「謎の遺伝病」をわずらって生まれてくるのだ。そのため寿命が短いのだよ……。
何やら父親が衝撃的な話をはじめたのだけれど私はすでにそれを知っていた。あれは6歳のときだった。なんだか寝付けなくて私はトイレへ立った。するとアカズの間のドアの隙間から光が漏れていた。私は何かを察してそろりそろり廊下がきしまないように歩いた。ドアの隙間に耳を当てた。すると両親の話し声が聴こえてきた。その内容は今、父親が話している内容とだいたい同じだった。
「謎の遺伝病!」
私は初めて聞いたかのように驚いてみせた。真冬は両手で口を抑えたまま目を見開いていた。でも私は何とも思わなかった。
そんなこと信じられないし信じたくもなかったからだ。ただ私は両親の話を聞きしてしまったあの夜から決めていたことがあった。それはたとえ本当に短い人生だったとしても「後悔しないように生きよう」ってこと。私はこれから先、いつ、どんな不幸があろうとも笑顔でいよう。笑い飛ばしてやろう。死ぬまでそうやって生きてやろう。幼心に誓ったのだ。
そんな遠い日の夜に思いを巡らせていると父親の話がつづいていた。
――お前たちは結婚できる年齢となったわけだが、扶桑家は古来より寿命の短い娘を姉妹ごと嫁へ出すことで体面を保ってきた。これを姉妹型一夫多妻婚という。
あたしたちは二人セットでお嫁さんになるの?。
――そうだ。木花之佐久夜姫と磐長姫の神話にも見られるようにそれは、古代の日本では珍しいことではなかったのだよ。ただし現代では重婚が禁止されているため、そのような結婚はできない……。
ダメじゃん。
――形式上はな。事実上は可能だ。したがって扶桑家では順縁婚という形でその伝統が受け継がれているのだよ。
じゅんえんこん?。
――順縁婚とは嫁いだ娘が死んだらその姉妹が同じ家へ嫁ぐという婚姻システムのことだ。まあこれはあくまでも結果的にそうなるだけなのだが……。
何でそんなことするの?。私の素朴な質問に父は少し考えあぐねたあと「それが扶桑家の娘にとって一番幸せになれる方法なのだよ」と言った。
――今すぐ理解できないかもしれないが、お前たちにもきっとわかるときが来るだろう。私もお母さんもそうなることを願っているぞ。この世に娘の幸せを願わない親などいないのだから……。
父親はそう言って話を締めくくった。母親はずっと不安そうしているだけだった。私は「よくわからんけど面白そうじゃん」笑った。父親は呆れていたけど私が受け入れてくれたことには満足した様子だった。でも姉の真冬はずっと目の焦点があっていような表情で口をぽか~んとさせていた。
その夜――。
私たちは高校生になっても同じ部屋で寝ていた。真冬は青いパジャマ姿でベッドのうえでうつ伏せになって足をパタパタさせながら本を読んでいた。私はピンクのジャージ姿でだらしなくYogiboへ体を預けながらスマホゲームをやっていた。私たちはしばらくお互い何も言わなかった。何も言わずにずっとお互い別のことをやっていた。ほどなくして真冬が話しかけてきた。
――ねえ、なっちゃん。
んん?。
――実はね、私知ってたの。
ええっ!?。
私はびっくりしてスマホでお手玉した。今まで黙っていてごめんね。真冬が謝ってきた。いやいやー、実はねー、あたしも知ってたんだよ。ごめんごめん。そう言って私も謝った。すると真冬は「やっぱり私たちは双子だね」にっこり笑ってくれた。私たちは改めてベッドの端に座りなおした。
だいたいさあ、謎の遺伝病って何?。ウケるんだけど。
――そうね。私もすぐには理解できなかったからずっと調べてたの。
真冬がずっと読書をしていた理由はそれだったらしい。彼女は医学・遺伝学・生物学などの難しい本や歴史学・民俗学・神話学、オカルトの類に至るまで手広く調査してとある真相に行き着いたという。
――驚かないで聞いてね。さっきお父さんは病気だって言ってたけど本当はそうじゃないの。これは「呪い」なのよ……。
真冬が顔を近づけてきたので私も負けじと顔を近づけて「どういうことだよ」言い返した。すると真冬はひとつ咳払いしていつものように、私の知らない物語を聞かせてくれた。
――それは日本が日本と呼ばれるようになるずっと前のお話。かつて日本列島には様々な民族が住んでいた。温暖な気候のなかで何千年、何万年と狩猟生活を営んで暮らしていたの。ときどきそこへ大陸から渡来してくる一団があって彼らはその都度、稲作や製鉄技術など列島にはなかった文明をもちこんできたのよ?。
そんなある日――。
出雲地方へ渡来してきた一族がいた。彼らは古代中国の王様に不老不死の霊薬をもって帰るよう命じられた方士の一族だった。実は一族はすでに不老不死の呪法を編み出していたのだがそれがあまりにも恐ろしいものだったので勝手に封印してしまって、そのまま日本で平和に暮らしていた。
月日が流れ、あるとき渡来一族に美しい娘が生まれた。だがその娘があまりにも美しかったため近隣の野蛮な部族が娘を奪おうと一族を皆殺しにしてしまった。しかしその野蛮な部族は当時この地方を支配していたイズモ族の不興を買ってしまい、あっさり全滅させられてしまった。その後、娘はイズモ王の妾となったという……。
――それでね、あるとき娘がいっこうに年を取らないことを不思議に思ったイズモ王が理由を聞いたの。すると娘は驚くべき事実を語ったのよ?。
なになに。
――私は大陸から渡ってきた方士一族の末裔です。私たちは長い間この地で平和に暮らしてきました。でもある日、野蛮な部族に襲われて皆殺しにされてしまいました。そのとき一族は死に絶える前に私に復讐を託して不死の呪いをかけました。それは「未来の子孫の寿命を奪って自らのものにする」という禁呪だったのです。
――しかし私の成すべき復讐は陛下があっさりと果たしてくださいました。私は自ら命を断つことも呪いを解くこともできません。だから私は一族のことを想い、子孫たちのことを想い、ただただ生きながらえているだけなのでございます……。
えー、かわいそう!。
――その話を聞いたイズモ王は娘の運命をあわれみ立派な社殿を建てて住まわせたそうよ。娘はそこで毎日すすり泣いて暮らしたという。やがて王の代が変わってもすすり泣きつづけた娘はいつしか「ススリヒメ」と呼ばれるようになり、それがしだいになまり転じて「スセリヒメ」となったというお話です。
おおー。パチパチ。
拍手していると真冬がさらに顔を近づけてきた。
「つまりね、なっちゃん……」思わず息を呑む。
――そのスセリヒメこそ扶桑家のご祖先様なの。
ええーっ。あたしら祖先ガチャ大失敗してるじゃん!?。そう言って私はわざとらしく派手にずっこけた。真冬はそんな私を優しく笑ってくれた。
廊下の柱時計が12回鳴った。夜のとばりがすっかり降りていた。カーテンの隙間から月の光が差し込む。私は起き上がってベッドの端に座ってうつらうつらしていた真冬のひざへダイビングした。彼女は私の頭が太もものうえに乗っかると当たり前みたいに優しく撫でてくれた。私は素直な気持ちを彼女に伝えることにした。
ねえ、お姉ちゃん。
――ん?。
あたしたちっていつ死ぬのかな。
――さあ。
どっちが先に死ぬのかな。
――そんなこと、わからないよ。
あたしね。お姉ちゃんには長生きしてもらいたい。だってあたしはお姉ちゃんの分まで好き勝手生きてるもん。空手もやらせてもらってるし、ダンスもやらせてもらってるし、スマホだって持ってる。それに悪いこともいっぱいしたからさ。きっとあたしのほうが早く死んじゃうと思うんだよね……。
「そんなこと言わないでっ!」
眠りかけていた真冬が声を荒げた。私は驚いて顔をうえへ向けた。すると今度は力なく「そんなこと言わないでよ……」彼女は肩を震わせた。そのとき顔に何かぽつりと感じた。涙だった。真冬の目から涙があふれ出ていたのだ。私は構わずうえを向いたまま「お姉ちゃん、どうして泣いてるの?」にっこり笑いかけた。
――なっちゃんはどうして笑ってるの?。
そんなこと、もうわかんないや。
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