ZENで行こう
昨今やれ和ジャズだやれ和ブギーだやれ和レアグルーヴだなどとやたら「和」を付けたジャンル名を目にすることが多い。海外のそれにも見劣りしない日本における音楽、という意味で付けているのだろうと思われる。
しかしながら、僕は悲しいよ。そういうもののほとんどは日本製なだけで伝統的な日本文化を取り入れているとは必ずしも言えないからだ。
僕はイタリアンプログレ、ブラジリアン、クラウトロックが好きなのだけれど、そのどれもに共通するのが「当地の文化に大きく立脚している」ということ。そうでなければ英米のそれと変わりないからね*1。そして日本にも日本文化に立脚した名盤が沢山あるのだ。主に和ジャズ。*2
が、和装時のBGMにしようかなと思って「和 名盤」とかで検索してもそれっぽい記事があまり出てこない。これは由々しき問題だ。多くの人が和装している時に何も聴けずに泣きながら過ごす羽目になってしまう。
というわけで、日本人にも十分和を感じさせる名盤セレクションです。*3
新月/新●月
一応プログレサークル出身なのでここから紹介。日本のプログレというと海外のプログレの焼き直しだったり妙にフュージョン風なものだったりするのだが、新●月は日本人に日本を感じさせてくれる、日本にしか存在しえない音楽をやってくれている。
白眉は一曲目の鬼。ジェネシスやP.F.M.系統の幻想的でクラシカルなプログレ空気感を日本の魂でもって表現している。日本文化を意識した日本のロックは海外受けするが国内受けはそこまで...なことが多いのだが、これはむしろ国内評価が高い。ライブでのパフォーマンスを含め後続のV系にも影響が強くあるらしい。*4
ハードすぎもポップすぎもしない音楽性で、アルバム全体を見ても無暗に長い曲や組曲が少ないのも非プログレファンにお勧めしやすいポイント。鬼の他にも白唇やFreezeなど日本プログレ史に残る名曲も収録されている。日本のプログレを追いたいなら必聴。
Ceremony/People
70年代初頭のニューロック期、日本におけるロックを模索する様々な試みがなされていたがその中で出てきた奇盤。サイケロックを声明やお経に混ぜ合わせてみようという実験。
サイケが東洋思想に影響を受けている側面があるからかあんまり強引な感じはしない。エレキをこういう琵琶だと思うか、経をこういうドゥームメタルと思えば結構いける。
面白いのはあんまり仏教臭がしない所。仏教思想みたいなのはサイケロックのそれに吸収されてしまっているのかもしれない。ただただ「音」として仏教的云々が耳に入ってくる。フラワートラベリンバンドは結構思想を感じるが、対照的である。
その後メンバーは各々裏方として活動していたようだが、再びバンドでのアルバムは出さなかった模様。まあ一発ネタな気も否めないので仕方がない。
銀界/菊地雅章+山本邦山
日本を代表するジャズピアニスト菊地雅章と人間国宝の尺八奏者山本邦山がタッグを組んだ作品。海外でも当時から日本のジャズを代表する名盤としてよく取り上げられていたそうだ。
西洋のジャズ理論に基づいたバンド隊と古来伝統に則った尺八の演奏とが互いに手を取り合う即興演奏は言うまでもなく圧巻。邦楽とモードジャズとの驚くべき親和性は、理論とかよく分からないリスナー*5にも圧倒的な迫力としてビシバシ伝わってくる。
またアルバム全体で「引き算の美学」を徹底しているのも特筆すべき点。この後の日本のアンビエントの名盤で徹底的な引き算をしているものがまま出てくるが、それの予言というべき編曲になっているようにも感じる。
山本邦山は人間国宝でありながら尺八ジャズに積極的に取り組んだ人で、他にも名盤がわんさかある。彼の参加したジャズ作品に外れはほぼないので、「山本邦山」という名前をジャズコーナーで見たら真っ先に買うべき。
Bamboo/村岡実
尺八名盤として銀界と双璧をなすのは村岡実のBamboo。昨今は銀界よりもこっちの方が評価が進んでいる印象がある。
銀界がモードジャズと邦楽なら、こちらはジャズファンクと邦楽。一見珍奇な取り合わせに見えてしまうが、ここでは無理なくまとめ上げてしまっている。また尺八のみならず琵琶や三味線などの和楽器という和楽器を使っているのもおいしい。特に和太鼓捌きが光る「陰と陽」の説得力は他の追随を許さず、和ジャズを代表する名曲として海外からも再評価されている。またいくつか入っているカバー曲(妙に和風なTake Fiveなど)も珍妙でちょっと笑えてしまうが、かなりレベルが高い。
アルバム自体はサブスクにないが、オーストラリアのバンドが「陰と陽」をカバーした際一緒に村岡実バージョンも解禁したので是非聴いてみよう。ファンキーで和な音空間に圧倒されるはず。
Is it Japan?/サクライケイスケ
Music From Memoryのコンピに冒頭曲が取り上げられていたのも記憶に新しいアルバム。
内容はというと祝詞や声明にバックトラックを付けたもの。イメージとしてはPeopleの平成バージョンと言った趣である。
そしてPeopleはまだ仏教に寄り添う気概があったのだがこちらはその気は皆無。非常にモダンなハウス音楽の上にただ祝詞がくっついているだけ。これは「サイバー忍者」というワードを初めて聞いた時の違和感に似ている。この強引さは余裕があった時代の音楽界らしいが、逆に上手いこと調和しているような気もしないでもない。
乱暴な手続きや解釈を経過した後でも、これらの祝詞は日本文化といえますか?というのがこのアルバムの言いたいことだろう。ただ僕は十分に勘違いな日本を感じたので和名盤として取り上げた。
THE 吉原/栄芝×近藤等則
こちらもIs it Japan?的なダンスミュージック×伝統俗謡。しかしこれは電化ジャズトランぺッター近藤等則作。一風も二風も変わっている。
ベースはゴリゴリのドラムンベースであり、その上で三味線やら琴やら長唄やらが歌われ、ちょくちょくリヴァーブの深いトランペットやギターが顔を出す、という仕様。一言で言うならIDMに伝統曲をぶち込んだという感じ。アルバム全体で異様な空気感が漂う。
演奏されているのは実際に吉原で歌われていた端唄。これに近藤さんが惚れ込みこのアルバムができたというわけ。ちなみに栄芝さんは端唄のお家元の方で「栄芝流」なる流派まであるそうだ。この異形感は吉原の妖艶な空気感にも通じるのかもしれない。
色々調べていたら、なんとこれをテレビでやっていたらしい。アルバムそのままの異形感。チャンネルを回してこれに行きついた人は愕然としたに違いない。
虫の夢死と無死の虫/COCK ROACH
所謂ロキノン系の中で異彩を放つアルバム。The Back Hornと仲良いらしいが、中身は全く異なり和風オルタナグランジというべきもの。
和風でハードなロック、要所要所に顔を出す日本文学風味などちょっと人間椅子っぽさがあるのだが、今作は津軽のような一地域だけではない現代から見た広範的な日本を見据えている。その点についてはこの後紹介する志人に近いかもしれない。
個人的には子供の遊び歌のようなメロディラインが頻繁に表れるのが魅力的。雅楽とかから引っ張ってくるのも良いが、結局日本人の根幹にあるのは子供の頃周りが歌っていた遊び歌だったりする。
詩種/志人+スガタイロ―
先ほどもちらっと名前を出したラッパー・志人の代表作。フリージャズピアニストのスガタイロ―氏とのコラボ作になっている。
志人もスガタイロ―も手数の多さに定評があるのだが、今作では悠々とした日本の森を感じさせるような、たおやかな印象がアルバム全体に漂っている。
とはいえ曲によっては二人が覚醒し、伝統文化をバックにした声明のような神懸ったラップとそれに追随するように毎小節拍子を変えていくジャズ隊が殴りかかってくるシーンも。また日本民話のようなコンセプトアルバムにもなっているのでしっかりリリックを聴いても楽しい。両氏の良いところが存分に発揮されている名盤であり、日本においてどういう音楽を作るべきかと云う問いに対する一つの答えを提示したとも思う。
驚きなのはこれほどの好内容でありながら僅か二日でレコーディングしたらしい。どこかで時間がねじれた?
Alo/Ajate
一時期Twitterでも話題になっていたらしいバンド。竹でできたギターを使って演奏するらしい。
アフリカで見たお祭りと帰国してみた阿波踊りに同じ「土着性」を感じ、それを表現しようと出来上がったバンドらしい。それ故かメロディ主体になりがちな和名盤たちの中で最もリズム重視。打楽器は勿論、ギターや笛、歌に至るまで全ての音を線ではなく点で置いていっている印象。アフリカ音楽的なビート感が非常に心地よい。
とはいってもどこまで行っても日本の農村音楽という趣を崩さない。リズムに合わせるため歌詞は徹底的に解体されて聞き取りにくくなってしまっているが、田んぼや狩りの歌であったりする。
一言で言うならば祭囃子ファンクというのが最も近い形容。各地のお祭りに彼らを呼んでほしい。
Echoes of Japan/民謡クルセイダーズ
これはもうみんな知っているだろうから取り上げるのも今更な気がしたけれど、「和名盤」と銘打っといてコレがないのは軽い詐欺なので取り上げましょう。
民謡を主題になんかやるのは東京キューバンボーイズ、矢野顕子や山本邦山など50-70年代によく見られたのだが、じゃあ最近の音楽の潮流に合わせてやってみたらどうなるの?ということで彼等。
民謡の古臭いイメージをどこかへサヨナラしてくれる、現代的なラテンアレンジが楽しい。民謡から今の音楽に進化して~なんて考えがちだが、この世には進化なんてものはなくただ形態が変化していくだけなのだということをよく理解させてくれる。
最近は海外での活動も増えているほか、某なんとかミュージックが猛プッシュしたため市井にも広まっている模様。民謡が再び民衆の音楽となれる日は近い。
ちなみにVo.の方は本職の民謡師らしい。さすが声が違う。
怪談/冥丁
ご存知冥丁。冥丁といえば古風だけれど、「和な名盤」というくくりであったらこっちの方が上。
静謐としたアンビエントと時たま載ってくる不可思議な声、尺八のような楽器のおかげで小泉八雲の世界にいるような気分になること請け合い。ポエトリーリーディング的に挿入される怪談の一節や真言などがより一層その気分を盛り上げてくれる。京都で聴きたい。
古風の前作もこういう作風だったので古風聴いた時ずいぶん作風変わったなあと思ったが、レコードのサンプリングの仕方など後々に続く要素が結構散見される。でももう一作くらい怪談の作風でやってほしいところ。
You Who Are Leaving To Nirvana/高田みどり
MKWAJU等の活動で知られるパーカッショ二ストの高田みどりのソロ作。ちなみに記事公開時点ではまだ二曲しか聴けない。
でもその二曲だけで「名盤」と言い切れるほど。内容はこの記事で紹介したアルバムで嫌というほどに取り上げた声明をフィーチャリングしたものだが、高田みどりのアンビエンスの光るパーカッションでアルバム名通り天国へ連れていかれる気分になる。さすがはアンビエント・リヴァイバルの中心人物。
今年の強力な個人的年間ベスト候補の一つ。ちなみにもう一つの候補はOKIの「月明かりのトンコリ」でこちらもおススメ。アイヌ民謡に根差した音楽。
ふう。これで「和 名盤」の検索結果を一件作ることができた。あとこの前このブログで取り上げたシャープ・ファイブの春の海もおススメです。
皆さんも#和名盤で和な名盤を任意のSNS上で発信してみるのはいかが?
追記(2024/4/22)
昨年末に何故かとんでもなく話題になって以降、この記事がよく読まれるようになっている。和名盤が時代に追いついた。
しかしながら、この記事2022年に執筆したもの。この間に幾つか素晴らしい和名盤たちを見つけた。追記としてそれらを紹介していこうと思う。
蟲師O.S.T.
言わずと知れた名作アニメ・蟲師のサントラ。日本民話を感じさせる物語、大変拘った作画などで知られているが、音楽も各話のED曲が異なるなど相当手の込んだもの。
静謐な物語に似合う、和風のアンビエント作品集である。田舎の夜を思い出すような、ちょっと恐ろし気で魅力的な音楽が揃っており、アニメを全く見たことない人にもお勧めできるほど完成度の高い内容。個人的にサントラの名盤として塊魂と双璧をなすと思っている。
夏の透濁 / サ柄直生 feat.ねんね
和からほど遠いと思われたネットレーベルMaltineからまさかの刺客。
あからさまに「和」なアルバムではないのだが、夏にやっている劇場アニメの劇伴や童謡を思わせるメロディ選びで平成以降における日本の田舎の夏をこれ以上なく披露している。そういう意味で現代における「和」を定義していると言える素晴らしい作品。和名盤の新しい可能性を切り開いたと言えるだろう。
狼信仰 / 切腹ピストルズ
「狼信仰」海賊盤
— 切腹ピストルズ (@seppuku_pistols) 2021年7月6日
【熱海 土石流被災者への義援用】
金二千円也〈全四曲〉
※皆様との売上、全額の寄付
昨年のアナログ盤内容のCD-R
装丁・紙で包むのみ ※画像
寄付先は早急に役立つ所を厳選しておりますゆえ、我々に一存ご容赦、宜しくお頼申しやす!!
購入はこちらhttps://t.co/Scxt8gSaLZ pic.twitter.com/UYD6AI4i4o
切腹ピストルズは知る人ぞ知るお囃子バンド。各地の芸術祭やお祭り、神事などに突如現れてはパンキッシュなお囃子演奏を繰り広げる謎集団である。ライブパフォーマンス主体のバンド故、音源はほとんどないのだが数少ない纏まった音源集がコレ。
彼等は狼信仰に基づいた音楽性であるらしく、度々狼がモチーフとして出てくる。稲荷信仰は結構聞くが、狼信仰はその元と言える存在らしい。
今は入手困難。再販キボンヌ
御池塘自治 / 帯化
現在のインディーシーンをにわかに賑わすバンド・帯化。フィールドレコ―ディングの要素を取り入れつつ、サイケデリック・民謡・ロックのような摩訶不思議な音楽をやっている人たちである。
3rdであるこのアルバムは彼らの中でも最も完成度の高い作品。こぶしの効いたボーカルにヘヴィなバンド隊が絡んでいく様は絶品。これからが最も楽しみなバンドである。
ちなみに、カセット版には水引がついている。可愛い。